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 膠着状態の四人の前に、ふらふらと立ち上がった多門が倒れ込む。

 大国主に抱えられた都貴を見上げて呟く。

 すると彼女は驚いて目を見開いた。


「都貴ねぇ……」


「あら、やだ。もう解けたの?」


「ふざけんなよ……。亜門を返せ。父上もだ」


「無理よ。知ってるでしょ。自力で何とかしないと無理よ」


「……都貴ねぇを殺しても戻るだろ?」


「……そうね。でもあんたにそれが出来るの? お姉ちゃんを殺せるの?」


 都貴の問い掛けに詰まった多門は砂を握り締めた。

 姉弟で殺し合うなんて駄目だよ……多門。

 もし私だったら自分の手でヒカルを殺すことは出来ない。


「何だってこんなこと始めたんだよ……」


「あんたたちが弱いからじゃない! 次代との勝負以来腑抜けて逃げ腰になったからでしょ! そんなんじゃ清藤は潰されるわ!」


 いきなり激昂した都貴は大国主の腕から離れて、座り込んだ多門の襟に掴みかかった。


「あんたたちが弱いから! 私が居なくなったら誰が清藤を引き継げるのよ! 無理でしょ、あんたと亜門じゃ! だったら正武家を潰すしかないでしょ!? 私たちが生き残るためにはそうするしかないじゃないの!」


「だから神守を殺したのか? だから大国主の贄になったのか!」


「そうよ! 正武家の傘下から出て先祖は失敗したわ。力が無かったから。だから正武家を潰した後に眼が必要だったのよ。大国主さまの贄になれば願いが達成されるまで私は丈夫な身体でいられるもの! 子供だって生めるわ!」


「……違うだろ。オレ達清藤は正武家の上じゃないんだ。次代との腕比べは従う主家に惧れを抱かせるのが本来の意味なんだよ……」


「でたらめ言わないで!」


「清藤は正武家に必要とされているから存続していたんだ。次代に敗け続けてたって潰されていないだろ」


「……あんた。すっかり正武家に毒されたわね。だからね? 私の呪が直ぐに解けたのは」


「そうだよ。オレは四年前に正武家の稀人の資格を持った。だから当主に清藤の粛清を願い出たあと直ぐに稀人になったんだ。稀人に下位である清藤の呪は通用しない。大国主っていう誤算はあったけど」


「そう! それは良かったわね! この裏切者! あんたなんか狗に喰われて狗になってしまえば良いのよ!」


「その願い、聞き届けた」


 姉弟の喧嘩に厳かな声が響いた。

 それは大国主のもので、彼が手を振ると赤駒が牙を剥いて多門へと襲い掛かった。


 狗に喰われて狗になれ。


 そんなの言葉の綾だ。

 実際本気で思って言ったわけじゃないだろう。

 でも神様にそんなの通用しない。

 彼らの常識は私たち人間とはちょっとずれている。


 飛び掛かった赤駒の牙を錫杖で受け止めた多門は、押し倒されて喉元に牙が迫っていた。


「多門!」


 私が叫んだのと同時に初速で距離を縮めた玉彦が赤駒に太刀を振り下ろしたけど、獣の勘なのか身を捩って躱すと距離を取る。

 そしてもう一度多門に飛び掛かった赤駒は空中で主を守るために飛び出した黒駒に体当たりをされる。


「黒駒……」


 呼ばれた黒駒は多門に寄り添ってふらついて倒れた。

 黒駒の身体は黒毛に覆われていて良く判らないけれど、浪若と美津時を相手にして傷付いていたようだった。


「黒駒。ごめんな……」


 動きが弱くなった黒駒を抱き寄せて、その黒毛に多門が顔を埋める。


 黒駒は生まれた時から多門が育てていたと言っていた。

 子犬になって成犬になって。餓死寸前で自分の手で殺して。狗にして。

 ずっと縛り付けていたと多門は言うけれど、黒駒も多門の側にいたかったんだと思う。

 そうじゃなかったら休めという多門の命令に逆らってまで助けになんか来ないでしょ。

 多門が死ねば自分は解放されるのにわざわざ助けないでしょ……。


「南天さん……。どうにかなりませんか。黒駒を私のところへ連れてくることは出来ませんか……」


 黒駒はこのままだと多門に再び殺されるか、赤駒に喰われるしか道が無い。

 でも私だったらもしかしたら送ってあげられるかもしれない。

 黒駒は二度背に乗せてくれている。

 せめてものお礼に送ることは出来ないだろうか。


「申し訳ございません。今あの場に介入するのは無謀です」


「そうですよね……。すいません」


 南天さんの冷静な答えに、俯く。

 正武家は感情的に動いてはならない。


 わかってるけどさ……。


 こうしているとやっぱり私は目があっても無力だった。

 沈んだまま眼前の出来事を眺めることしか出来ない。


 多門を背に庇って大国主と睨み合っていた玉彦の背後で、粛清後気絶していたはずの亜門がゆっくりと前屈みに立ち上がる。

 それを見止めた大国主が腕を振るえば、赤駒が亜門に飛び掛かった。

 顎が外れるほど開かれた口に亜門の頭部が噛み砕かれる。

 そして上からガツガツと主だった亜門を喰らった赤駒は人型を取ってその場で蹲り身体を震わせた。

 振り返り赤駒の所業を目にした玉彦は、その途中で多門の襟首を掴み脱兎の如く駆け出す。

 本殿前の木造りの階段に放心している多門を放り、太刀を抜く。

 南天さんもすぐ隣に降り立って、玉彦の前に錫杖を構えた。


 私は豹馬くんに護られたまま、その光景を呆然と見ていた。

 悲鳴を上げることも出来ずにそのまま。

 現実離れした出来事に頭が付いて行かない。


 亜門が、狗に喰われた?



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