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「惚稀人は正武家に護られるべき者であって逆ではないぞ!」


「うそ、だって……」


 初めて惚稀人の説明を受けたとき。


『私の代で何か起こるのだろうな。稀人や惚稀人は私の味方であると同時に』


『盾でもあるんでしょ』


 そう、玉彦が最後まで言い終わる前に私が盾だと言ったのだ。

 だってあの時は惚稀人は異なる性の稀人がそう呼ばれるのだと聞いたから。

 でも結局はお祭りの夜にその玉彦の拙い嘘はバレてしまったわけで。

 よくよく考えれば、私は玉彦の惚稀人で生涯を添い遂げると言われていても、彼の盾になれと一度も言われた事が無かった……。

 私はこの十年、誰にも間違いを指摘されずに生きてきたのか……。

 私が玉彦の盾になるって言い張った時、皆は玉彦も、私が盾になってでも守るんだという意気込みだと思っていたのか……。


 全部全部、私が玉彦の話の腰を折ったから始まってしまった壮大な勘違いだったのか!


 目を見開いて愕然とした私に、玉彦もまた私の壮大な勘違いを察した様で唖然としていた。


「お前、誰から何を聞いたんだ」


「むしろ誰からも言われなかった……」


「勘弁してくれよ。お前の数々の暴走はそこから来たんだろ……」


 玉彦はあまりの動揺に話し方が普通になってしまっていた。


「とにかく俺の盾にだけはなるな。本殿で大人しくしていろ。わかったな!?」


「う、うん……」


「まったく……。気が殺がれてしまった」


 変な意味で気が抜けてしまった玉彦は、深呼吸をしてから私に背を向けた。


「騒動が終われば旅行にでも行くぞ。どこが良いか考えておけ」


「うん」


 頷き合った玉彦と御倉神は本殿の階段を降りて、都貴と大国主に対峙する。


「あぁ、良かった! 比和子さん」


 扉すれすれで眺めていた私の前に、南天さんが横滑りをして現れた。

 続いて豹馬くんも泥まみれになりながら転がってきた。


「宗祐さんと須藤くんは!?」


「表門にて澄彦様の加勢に向かいました。あちらはもう決着してまして、主門の身柄を運ぶ為にですが」


「澄彦さんは、須藤くんのお母さんは!?」


「大事には至っていません」


 大事には至っていないけど多少の怪我はしているんだと理解する。

 都貴に操られていたとはいえ清藤の当主を粛清するのは骨が折れたことだろう。

 でも誰も死んではいない。

 それだけでも充分な結果だ。


「残すはこちらだけですが……。誰ですか、あの神様……」


 南天さんと豹馬くんは顔を顰めている。

 御倉神と比べて太刀を携えた大国主は強そうに見えたのだろう。


「大国主、です」


「大国主ぃ!?」


 思わず声を上げた豹馬くんは慌てて自分の口を泥まみれの手で押さえた。


「なんだってそんな大物が出てきてんだよ」


「知ってるの?」


「知らないのか? すんげー偉い神様だぞ。しかも妻が三人とか六人いる」


「……女ったらしなんだ」


 道理で都貴に執心しているわけだ。

 彼女はその美貌で巫女として大国主ですら誑し込んだんだ。

 その手腕には呆れる。


「犬を祀る神社の祀神だったのでしょう。狗は犬と同じものですからね」


 南天さんの補足に納得するけど、それにしてもどうして都貴が正武家に反旗を翻そうとしたのか意味不明だ。

 この騒動の始まりはそこに集約されているといっても過言ではない。

 彼女の意思が清藤の男達を狂わせて、私の家族も殺した。

 そして主家である正武家に牙を剥いた。

 何が彼女をそこまで突き動かしているのか。

 三人の見つめる先に対峙する四人の間でそれは語られるのだろうか。


 御倉神と並び立つ玉彦は、太刀をゆるりと構えた。

 いくら玉彦でも神様である大国主には勝てないだろう。

 でも腕に抱かれている都貴ならば話は別だ。


「大国主よ。そこの者をこちらへ寄越せ。正武家に干渉することは赦さぬ」


「小僧が。私に向かってどの口がほざく」


「ここは五村鈴白正武家が治める地ぞ。その命は天照大神まで遡る」


「知っている。だがそれは祓い鎮めの干渉を控えるのみだと聞き及んでいる」


「その者が手に掛けようとしているのは、私の妻だ。正武家の子孫を途絶えさせると為れば話は別である」


 玉彦の強い口調に大国主は都貴に視線を落とした。


「眼だけ、欲しいのです。大国主さま。命まではいりませぬ」


 しおらしい都貴の願いに大国主は微笑む。


「なんと優しいことをいう。そういうことだから、眼だけでよいのだ」


「断る! その者をこちらへ寄越せ。いくら大国主とて譲れぬ」


「私と張り合うつもりか」


「お主の相手は私だ。いい加減にせよ。神守の者の眼も命も私が護りを司る。お主には無理じゃ」


 割って入った御倉神は苛立たし気に鉄扇を閉じる。

 その姿に一瞬だけ怯んだように見えた大国主に首を捻る。

 隣の豹馬くんにこっそりと囁く。


「あのさ、そもそも御倉神って強いの?」


 私の問いに豹馬くんは今更かという視線を投げかけた。

 で、答えてくれない。

 なので代わりに南天さんを見れば苦笑していた。


一応素戔嗚すさのおの直系ですから、推して知るべしでしょうね」


「大国主って……」


「正武家は天津神の系譜でして、対する大国主は国津神ですから相性は悪いですねぇ……」


 教えてもらったはいいけれど、全く理解できない。

 神様の世界って私たちが語り継いできたことのどれくらいが事実なのかも定かではないし。

 神様の上下関係は分からないけど、玉彦に助力してくれている金山彦神が出てこないところを見るとこの二人の神様に口を挟むことは許されないんだろうと察しはつく。



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