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7


 呆然として遊んでいた私の左腕を澄彦さんは掴んで自分の身体に持っていく。


 そしてこの人、澄彦さん。

 当初の予定ではバイクから降りて護石に触れるはずだったのに、私の気配を感じ取ってそれをさせまいとした。

 今は護石を目覚めさせることだけを考えろと言うように、その次もその次も最後まで私を後ろから降ろすことはしなかったのである。

 その間に影は一つから二つ三つ。そして最後の始まりの護石に触れた時には、その数は膨大になっていて狗ではなかった事を私に知らしめた。

 三の護石で相手にしていたら、そこから増えてずっと足止めされていたかもしれない。

 澄彦さんはそれに素早く判断を下して私を降ろさなかったんだ。


 正武家のお屋敷に向かう道すがら、私は澄彦さんの背中に頭を押し付けて唇を噛んだ。


 まだ絶対的に経験も実力も足りない。

 強い思いだけではどうにもならない。

 自分の未熟さに腹が立って仕方がなかった。


「比和子ちゃん!」


 もう直ぐお屋敷の石段前へと到着するその一瞬、澄彦さんはハンドルから両手を離して振り返り、私をきつく抱きかかえると。


 そこから飛び降りた。


「ーーーーーーーーーーっ!」


 私の絶叫が澄彦さんの胸に吸い込まれる。


 何やってんのよーーーー!

 どうして最後の最後でこうなるのよーーーー!


 横滑りしたバイクは物凄い音を立てながら、石段の石灯籠に衝突して止まった。

 車輪が空回りしているそこには人の腕らしきものが見えている。


「まずは一人」


 私を抱えたままの澄彦さんは飛び降りた直後に、どういう訳かふわりと何事も無かったかのように地に降り立った。

 ゴロゴロと転がる覚悟をしていた私は腰が抜けたように座り込んで澄彦さんを見上げる。

 すると澄彦さんの背後に金山彦神の様にみずらを結った細面の神様が呆れたように浮かんでいた。

 澄彦さんと出会ってからもう何年も経つのに、この神様の姿を初めて目にした。

 玉彦に金山彦神がいるように、澄彦さんにもまた神様が付いていたんだ……。


「澄彦さん……。神様が呆れていらっしゃいます……」


 そういうと、澄彦さんは辺りを見渡したけれど残念そうにする。

 どうやら視えてはいないらしい。

 それとは対照的に神様は私を見止めて、澄彦さんを指差して忌々しそうに目を細めた。


「比和子ちゃん。神様何か言ってる?」


「いえ、特には……」


 なんて無茶をするのだと呆れて怒っているようには視えるけれど……。


志那都彦神しなつひこのかみ様。ご助力感謝いたします」


 澄彦さんは礼儀正しくお礼をして腰を折ったけど、視えていないので神様とは明後日の方向に頭がある。

 すると志那都彦神はますます肩を竦めて首を傾げて腕を組んでしまった。

 なんというか、噛みあっていないのが澄彦さんらしくてこんな時なのに笑ってしまう。


 ほんとこんな時なのに。


 私たちをずっと追って来た影は膨らみ、夜空を覆うほどになっていた。

 けれど周りを漂うだけで決して近付いて……来てはいた。

 でも澄彦さんの周りに触れると霧散していく。

 私は足元に座り込んでいたのでその恩恵がある状態だ。

 そしてよくよく見れば、影は端から浸食されて消えていっている。

 敷かれた陣の効力が発揮されて小さく弱いものは排除され始めていた。

 それは清藤の人間以外の悪意あるものに対してこちらが対応する必要が無いということだ。

 腰を抜かした私の二の腕を掴み立ち上がらせると澄彦さんはスーツの内ポケットから、その格好に似合わない黒い扇を取り出す。


 この黒い扇は玉彦も時々持っている。

 宣呪言を詠う時には口元を隠す扇。

 玉彦が九児を祓う際に初めて目にした時は、扇を舞わせて山から白い手を呼び寄せていたのを覚えている。

 黒い扇を持つ意味を尋ねたことはなかったけど、もしかしたらお力の増幅装置的なものなのかな。

 でも親子喧嘩した時に澄彦さんはそれで玉彦を流したり、大笑いする時に口元を隠していたりもするし。


「僕はもうここから動けない。君は石段を登って、行くんだ」


 澄彦さんは石灯籠と外界の道の境目に立ち塞がる。

 表門へと通じる石段から中へは入れさせないために。


 でも、行けと言われても。

 表門に辿り着くまで無事でいられるのかどうか……。

 一応石段は正武家の敷地内扱いだから変なモノは出ないだろうけど、人間は出てくると思う。

 後ずさって澄彦さんの背中に身体がぶつかる。

 じんわりと温かい。


「大丈夫。行きなさい。迎えが来る」


 澄彦さんが呟き、数秒後に須藤くんが石段を駆け下りてくる。

 背には大弓、右手には錫杖。左手には黒鞘の太刀を持って。

 須藤くんは澄彦さんに太刀を手渡すと、その代わりに私の手を取った。


「行こう、上守さん!」


「う、うん!」



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