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そう考えていると澄彦さんはフルフェイスのまま着流しを脱ぎ出して、パンツ一枚になる。
まるっきりの変態な姿に、私はヘルメットを落とした。
「な、な、何を……」
「なんてーん。服ー」
「こちらに。比和子さんは中でお着替えを。明かりを点けなければ見えませんからご安心ください」
いやいやいやいや、そうじゃなく。
まずはどっちで行くかの選択肢はないのかーい!
澄彦さんは中年とは思えない引き締まった裸体を晒し、腰に手を当て私に車を指差す。
渋々移動して中に入ると、そこには私の服が用意されていた。
黒いパーカーに白いTシャツ、そして黒いサブリナにサンダル。
この服は私が昨日洗濯して干しておいたものだった。
南天さんは私の服を用意する時に箪笥を開けずにこちらを選んでくれたんだと、その気遣いに頭が下がる。
素早く着替えて外に出ると、澄彦さんは初めて出会った時の様にグレーのスーツ姿だった。
「お待たせしました……」
ヘルメットを被ってバイクに凭れ掛かる澄彦さんの隣に立つ。
二人揃って胡散臭さ爆発だった。
「南天。次代が五村に入った。それと清藤も細かく動いている。五村に散らばっているようだが、こちらで数人相手をすることになるようだ。陣が完成次第出るぞ」
「承知しました。次代はどのように?」
「神守の眼が戻り次第、護りに付かせる。露払いに奔らせたいがそうもいかんだろう。何しろ清藤は神守を狙っている。そちらに主力が向かうは必至。ならば適材適所。夜は次代に任せるに限る」
「承知しました」
澄彦さんから指示を受け、南天さんは身を翻す。
そして多門はバイクの鍵を澄彦さんに渡すと、私の肩を掴んだ。
「浪若、美津時、赤駒」
「うん。わかった。ありがとう、多門」
「三匹はオレの造った狗だ。だから……!」
多門は縋る様に私を見つめて、苦しそうに目を伏せる。
数日前、私は多門にどうして黒駒が私の指示に従ったのかを明かした。
これは大きな賭けだった。
もし多門が裏切りを心に秘めていたなら、眼の力を明かしてしまうには危険が大きかった。
でも本当に味方であるならば、清藤の狗の真名を私に明かすことによって事態を好転させることが出来る。
そして多門は漸く私に清藤の狗の名を教えてくれた。
迷っていたのは裏切りの裏切りを考えていた訳ではない。
自分の手で、自分が造った狗の最期を迎えさせるための葛藤を今までしていたのだ。
ギリギリになっての決断だったけれど、それは仕方のないことだと思う。
「視たらすぐに多門のところへと走らせるから。出来る? もし無理なら誰か他の人にでも……」
「出来る! オレが終わらせないと駄目なんだ」
「……任せたよ、多門」
力強く頷いた多門は澄彦さんに一礼して走り去る。
私たちのやり取りを見ていた澄彦さんは、フルフェイスのせいで何を考えているのか判らない。
けれど腕組みをして何度も首を縦に振っていた。
バイクに跨り、澄彦さんの身体に手を回す。
両手でしっかり抱え込むと、その上にそっと添えられた手が私の腕を握る。
そして私たちは五村の夜の町へと走り出した。
護石を配置したその時代の正武家の当主は、まさかこんな手段でその陣を描く者が居ようとは考えもしなかっただろうな。
一つ目の護石から三つ目の護石を目指す途中でそう思った。
順番的には一→三→五→二→四→一で回ることとなる。
そして一に戻ればそこから下って正武家のお屋敷がゴールとなる。
陣は最後の一に辿り着けば完成するので、お屋敷への道順は必ずしも予定通りではなくても大丈夫だった。
それにしても澄彦さんの運転は快適である。
一度も信号に引っ掛かることなくぐんぐん進む。
一度も信号に引っ掛からない……。
一度も……。
深く考えまいとしたその矢先に、スピードに乗るバイクに並走する影が私の視界を掠めた。
思わず力が込められた腕に澄彦さんの身体が一瞬だけ反応するとさらにスピードが上がる。
それでも影は付かず離れずの距離を保つ。
速すぎて私の眼にはハッキリとした姿は追えないけれど、この速さに音もなく追従し、対向車線を走るそれは普通のものではないことだけは確かだった。
とうとう清藤が仕掛けてきたんだ。
この影は三匹のうちの一匹だろうか。
それとも別の何かなのか。
私の身体が興奮から総毛立った。
先ほどの三匹の中に、私の家族を殺した狗がいる。
多門は亜門の狗だと断言していた。
だからきっと最後の赤駒がそうなのだろうと察しは付く。
出来れば私の手で赤駒をと思うけれど、それをしてしまうと多門に任せると言った約束が反故になってしまう。
だったら私は赤駒にそれを命じた者を引き摺り出すまでだ。
三の護石に到着した時が、その時だ。
狗を見極めて、多門の下へと走らせてやる。
そしてその人間を……!
背後に私の物騒な気配を感じ取ったのか、澄彦さんが僅かに振り向く。
そして道の先に三の護石が見えてくるとバイクを停止させずに澄彦さんはそのまま突っ込んだ。
左に身体を傾けて有り得ない角度で曲がる。
私はその意図を汲み取って、右腕で澄彦さんの身体を抱えるようにして左腕を伸ばす。
伸ばされた左手が微かに護石に触れて離れた途端、護石には青天の夜空から雷が落ちた。
凄まじい轟音に振り向くと、護石が在る場所に白い人影が浮かび上がり両手を水平に掲げた後、柏手を打った。
私はその仕草に見覚えがあり、膝上からぞわぞわと鳥肌が立った。
あれは玉彦がお役目で白蛇を祓った時と同じもの。
護石って、護る石じゃないんだ。
御遺志。
歴代の正武家当主の五村を護り鎮めるという『御遺志』を『目覚めさせる』ってことなんだ。
正武家の当主五人の御遺志。
それらが創り出す陣とはきっと計り知れない力があるはずで、清藤を封じ込めてもお釣りがくるんじゃないだろうか。




