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じわりじわりと眼が熱を持ち始め、佇む玉彦の本当の姿を私の眼に映し出す。
山の怪だ……。
玉彦の姿をしていたけど神守の眼で視れば、その身体は繋ぎ合わされて腐りかけている。
異臭が漂って口元を覆った瞬間。
私たちを惑わそうと山の怪が口を開いた瞬間。
澄彦さんは問答無用で太刀を抜いて一刀両断したのだった。
「逢魔が時はこうした格下が己の力量も弁えずに気が大きくなり逸って出てくる。これからは眼を常時発動させておく様にね。惑わされない様に気を付けて」
「すみません……」
眼があるのに。
玉彦だと思った瞬間、私は嬉しくなって駆け出して。
本当しょうもない、私。
縮こまった私の背中を澄彦さんが押す。
「大丈夫。僕はこういう時のための護衛役なんだ。護りきってみせるから、比和子ちゃんは護られきってみせてよ」
「日本語がおかしいです、澄彦さん」
目が合ってお互いに笑って、夕闇になりつつある道程を急ぐ。
途中何度か怪しいモノが道を塞いだけれど、その度に澄彦さんが有無を言わさずに斬り捨ててゆく。
そこに迷いは全くなかった。
そう言えば玉彦もそうだった。
禍だと判断すれば容赦がない。
歴代の正武家の人間はこうした的確で冷静な判断の下、生き残ってきたのだ。
そう思えたのは最初の護石に到着して月子さんが現れたとき。
澄彦さんはあまりにも無策と笑いながら月子さんを斬り捨てた。
「さぁ、ここでちょっと休憩しよう」
月子さんの顔をした山の怪の頭に太刀を突き刺して、護石に腰を落とす。
私は澄彦さんのその様子にどん引きしつつ、座らずに立ったまま。
「よりによって月子に化けるとはなんとも愉快。どういう構造でこちらの情報を読み取って反映させているんだろうね?」
「さぁ……?」
言われてみれば不思議だけど、科学的に解明は出来ないと思う。
御倉神が浮かぶのを浮力として考えて、どこにその動力がと考えても揚げしか思いつかないし。
辺りを警戒しながら考えていると、胸元に仕舞っておいた青紐の金鈴が微かに鳴った。
取り出して四回振れば、三回返事がある。
玉彦が五村に入ったのだ。
鈴白のお屋敷にはまだ到着していないのだろう。
僅かに口元が緩んで、安堵する。
とりあえず西から無事に帰って来られた。
それだけで私は心が落ち着いてきた。
すると遠くからこちらへ向かって道路を走り光が二つ近づいて来る。
澄彦さんに駆け寄ると、彼は警戒もせずに眩しそうにするだけだった。
不安げに立ち竦んだ私を見上げて澄彦さんはニヤリとする。
「昔々この陣を敷いた時にはね、歩いて何日も掛かった。今では道をある程度整備したから楽だけど、それはそれは大変な道程だったと思うよ。でさ、今は現代なわけ。だから僕はもっと楽に陣を敷けると思うんだよ」
「え?」
「円は曲線だし山道はガタガタだから歩いたけどさ。これから星を描くのは直線だ。しかも五村の生活圏内。こういうこともあろうかと水彦が計画実行したものがようやく日の目を見る時が来た」
と、澄彦さんが言い終わると同時に、南天さんが運転する車と多門が乗ってきた大きなバイクが目の前に滑り込んでくる。
「澄彦さん、まさか……」
「水彦爺様は五村の六本の道を一筆書きで描いて作ったんだ。ここから始まり四つの護石を廻り戻れば、あとは正武家へと一直線」
「そんな私的なことを……」
「私的も何もここは正武家のものだ。誰からも文句は言われない。五村は鎮めの地。必要ならば山さえ造るよ」
そうだった……。
ここではあんまり私の常識が通用しない。
こと正武家に関しては。
多門を西から一時間で呼び寄せたり、事件があっても警察はスルーだし、今回は道を勝手に作っているし。
細かいことをあげればキリがない。
なにせお財布を持たずに買い物だって出来てしまうのだ。
普段はそんな無茶をせずに過ごしているけど、いざとなればどんな手を使ってでもしてまうのが正武家だった。
「僕は車よりもバイクが得意なんだけど、どっちが良い?」
呆然とする私をよそに澄彦さんはもう黒いフルフェイスのヘルメットを被っている。
そしてどっちが良いと聞きつつも、私に白いハーフのヘルメットを投げて寄越した。
手に取って固まる。
何故なら澄彦さんは正直車の運転が下手なのだ。
中一だった豹馬くんがシートベルトを何度も確認していたくらいに。
しかも着物でバイクって、跨げない。
裾が巻き込まれたら危ない。




