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正武家のお屋敷にて執り行われた玉彦と私の祝言は、朝から始まり夕方に終わった。
午前中は本殿にて、正武家の慣わし通りの儀式があり、正武家の当主が厳かに進めた。
本殿には人間は三人しかおらず、惚稀人願可の儀のように正武家に所縁のある神様たちがその姿を白く発光させて見守ってくれていた。
私の加護を担っている御倉神は真っ白な水干姿。
凄く不機嫌だったけれど、披露宴の席でお父さんが揚げを勧めればすぐにほくほくとしていた。
相変わらずそれがあれば良いらしい。
午後は神前式をお祖父ちゃんの家の裏山にある名もなき神社で挙げる。
これには普通に招待客も参列出来て、普通の結婚式。
本殿の時のただの白い留袖ではなくて、きちんとした白無垢を身に纏えばようやく実感が沸いてきた。
白無垢は嫁ぎ先のお家の色に染まりますって意味合いがあるけれど、正武家は基本何かがあると白なのであんまり変わり映えしない。
その後は再び正武家へと戻り、披露宴が開かれた。
皆あちらこちらへの異動で大変そうだったけれど、私も大変だ。
何せ正武家のお屋敷の石段を往復しなくてはならない。
しかも白無垢姿で汗だくものだった。
手を引く玉彦は紋付き袴でいつも通り和装だけど、私のリクエストで伸ばした長い髪が邪魔そうで。
表門に到着して走って着替え部屋へと移動すれば、汗だくの白無垢を脱ぎ捨て、用意されているものを再び着付けて色打掛を羽織る。
黒市松の鳳凰柄を見て、私はちょっと派手すぎるのではないかと思ったけれど、お母さんはこれくらいのものの方がいいと譲らなかった。
でもさ。
お母さんはそう言うけどさ。
私は正武家に訪れた呉服屋さんのご主人にその値段を聞いて、本気で目が飛び出しそうになった。
一度しか着ないものに、車が新車で買えちゃう位の値段っておかしいと思う。
だからレンタルでいいんじゃないの? って隣にいた玉彦に言えば、呉服屋さんのご主人の君島さんにうちはレンタルないですよ、と苦笑された。
そして澄彦さんも玉彦も、コイツ何を言ってんだと言わんばかりの視線を私に投げかけたのだった。
でもさ。
私だけでもそういうものでお金が掛かって、結納があって、祝言に掛かる費用は全部正武家持ちって正直いくら使ってんのって。
招待客の交通費や宿泊費とか、玉彦の紋付き袴等々だって決して安くはない。
正武家の出納帳を握る松梅コンビにそれとなく聞いてみたけれど、奥方はそういうことを気にすることはないとにべもなかった。
澄彦さんは惚稀人願可の儀が私の突拍子もないタイミングで行ったものだから、お披露目も何もない地味だったことを根に持っていて、祝言は絶対に豪華絢爛にすると譲らなかった。
なので玉彦と私は、澄彦さんに祝言の全部を丸投げしたのだった。
例えどんなことになっても文句は言わないと約束をして。
お蔭様で何とか澄彦さんの仕切りで祝言は無事に終わり、夕方になると私の家族以外の人たちは次々とお屋敷を後にして行った。
最後に、冴島月子さんが裏門を出て、松梅コンビがその門扉をゆっくりと閉めたのだった。
夜になり、一段落した私は一旦母屋の部屋へと戻り、寝間着に着替えてから澄彦さん側の母屋へと向かった。
玉彦はまだそちらで今夜泊まることになっている私の両親との酒宴を続けている。
披露宴の席から玉彦は注がれるままずっとお酒を呑み続けていて、なのに全く酔わないのが不思議だった。
澄彦さんがいつも晩酌をする縁側を覗くと、そこには澄彦さんとお父さん、玉彦が胡坐を掻いて楽しそうにしていた。
お母さんとヒカルは先に休んでしまったようだ。
「お父さん」
声を掛けて私はTシャツにハーフパンツ姿になっていたお父さんの背中に飛びついた。
小さい頃からお父さんがお酒を呑んでいるこの背中に抱き付くのが好きだった。
お父さんの背中は、なぜか私を安心させてくれるのだ。
「なんだ、比和。いきなり」
「久しぶりだったから、つい」
私は背中から離れて、お父さんと玉彦の間に正座する。
ぴとっと寄り添って深呼吸するとお父さんの煙草の匂いがした。
「お父さんの匂いがする」
「そりゃ澄彦の匂いだったら困るだろ」
「えー、僕も中々良い匂いだよ」
「やめろ。おれの娘に触るな。玉彦君、比和子を澄彦から遠くへ」
「はい」
玉彦は私を一番端に座り直させ、澄彦さんから一番遠くになった。
彼はまだ披露宴の時の格好のまま生成りの色紋付袴のままだ。
澄彦さんはちゃっかりもういつもの着流しに着替えている。