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背中を摩って落ち着かせようとしても泣くばかりで困ってしまった。
でも、そりゃそうだろう。
いきなり知らない男たちの襲撃を受けたのだ。
トラウマになっても不思議じゃない。
しかも正武家の領分だったら、その他に不可思議なものもいたのかもしれなかった。
「あなたは?」
警察のおじさんが私に向き直り、亜由美ちゃんを宥める私をじろりと睨んだ。
何もやましいことはないけど、警察だと判るとちょっとビビる。
一応善良な一般村民のつもりなんだけど。
「先ほどあちらに座っていた正武家玉彦の妻の比和子です。弓場さんとは高校の同級生で、祖父の家が離れてますけどお隣さんで。仲良くしてます」
「そうですか……。やっと普通の人間と会話できます。私は橋本、こっちは行永です。県警の者です」
そう言って橋本さんは私に警察手帳らしきものを懐からチラッと見せた。
どうせだったらもっとしっかり見せて欲しい。
「それで正武家さんはこの件について何かご存知ですか。彼らから話は聞いていますか」
「すみません。私では解りかねます。でも夜中に彼女から電話があったので、何かあったのかもと主人には伝えました」
何てゆうか、玉彦のことを主人と人前で呼ぶことになる日が来ようとは思ってもいなかった。
なので不謹慎にも照れてしまう。
「そうですか。それで二人が弓場さんのお宅に……。その後のことは?」
「すみません。私はずっとここで待っていましたので……」
これは本当だ。
帰って来た玉彦に事情を訊く間もなく、当主の間で話が始まってしまったのだ。
「では、先日の件はご存知ですか?」
「すみません。その時私は祖父の家に居まして、解らないんです」
「しかし何があったのかくらいは聞かれているでしょう」
「すみません……」
清藤の乱があったとどうして説明できよう。
しかもその人たちがどうやら村内で記憶を無くした状態で保護されたと聞けば下手なことは言えない。
言ったところで信用もされないと思う。
「あなた、大丈夫ですか?」
口籠った私に、橋本さんの隣にいた行永さんが心配そうに覗き込んだ。
細面に黒縁の眼鏡でとても警察の人には見えない。
どちらかというと学校の気弱な先生みたい。
「え、大丈夫ですけど」
「実はこの正武家さんに何かされていたりしませんか? ここは普通じゃないですよ?」
確かに普通ではないけど。
何もされていないどころか、高校生の時から三食昼寝付きの好待遇を受けているわけで。
「刑事さん。それはちょっと失礼ですわ。正武家様に限ってそんなことせんですよ。こちらの比和子様だって次代様に望まれて望まれて嫁がれたんです。次代様がそんようなお人ではないことくらいみんな知ってます」
亜由美ちゃんのお父さんが絞り出すように声を出して、膝の上に拳を握った。
「この五村では正武家様が居られればそれでいいんです。警察なんぞ必要ないんですわ。今回のことはなかったことにしてもらって構いませんで。亜由美、帰って片付けるぞ」
亜由美ちゃんのお父さんは私に深く一礼をして、ようやく泣き止んだ亜由美ちゃんの肩を抱えて当主の間を出て行く。
その後姿に、橋本さんと行永さんが溜息をついたのがわかった。
「ここは一体どうなっているんだ……。派出所の連中も正武家様正武家様。村民も正武家様と来たもんだ。ここは何なんですか?」
正直私に尋ねられても困る。
玉彦曰く、そういうものだと思え、とこの人たちには言えない。
「昔ながらの繋がりが深いところのようですから……」
「失礼ですが、奥さんはご出身はこちらで?」
「いえ、通山です」
刑事さん二人は顔を見合わせて変な顔をする。
「通山の方がこちらへ嫁がれたんですか? それはどういう……」
なんか、すごく変な方向で疑われてる気がする。
正武家が無理矢理私をこの村へ連れてきたんじゃないかって思われてる。
「私の父と主人の父がこの村で同級生だったので、その関係で、あの、お付き合いが始まりまして。それで、上手く言えないんですけどそんなご心配される様な感じではなくて、きちんと恋愛結婚ですから……」
「……まぁ良いでしょう。私たちもそこまで疑って掛かっている訳ではないんですよ。ただねぇ……。ここは日本であり日本ではないような感じがします」
「そうでしょうか……」
「昔ながらの日本の田舎過ぎるんですよ。ここだけ時代が取り残されているというか、何なんですかね?」
そう言われても私には答えられない。
前に澄彦さんと少しだけ話したことがあるけど、この五村はあまり開発はしたくないと言っていた。
何故なら、土地を掘り返すと何が出てくるかわからないから。
大人しく眠って居る者を起こしてしまう恐れが高いのだそうだ。
だから代々正武家では、土地の売買はせずに管理下に置いているらしい。
この土地らしい尤もな理由だった。




