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 冴島月子は、玉彦のお母さんだったんだ……。


 そう言えば須藤くんのお母さんが言ってたっけ……。

 正武家は身内を溺愛するって。

 それは離縁しようが続くんだ……。

 澄彦さんは週末だけ彼女に逢いに行ける。

 平日や玉彦が帰らなかった週末は鈴白村からは離れられない。

 澄彦さんは息子ですら離縁した彼女から遠ざけたと言っていたから、彼が鈴白村に確実に滞在している日を見計らって、親子水入らずで旅行とかに行っていたんだ。

 多分、玉彦はその事実を私に教えると何かの拍子に澄彦さんにバレてしまうから黙っていたのだろう。

 それにお母さんと会っていることは、年頃の玉彦にとって照れ臭くて言い出せなかったのかも……。


 私、玉彦のお母さんにあんなに嫉妬してたんだ……。


 思い出すだけで顔から火が出た。

 玉彦が言った通り私の勘違いで、中に入ってまで玉彦をあんなに疑って、赤くなるような事まで言わせて!

 私って、本当にしょうもない!

 でもそれが原因だったって、口が裂けても言えない。

 言ったあとの玉彦のしたり顔が目に浮かぶ。


「どうした、比和子」


「何でもない。玉彦、今日は独身最後の夜だから一緒にお風呂でも入る?」


 ほんの少しだけ罪滅ぼしをしたいと思う。

 玉彦は考えた後に、首を横に振った。


「無理はしなくても良い。これからまだ時間はある」


 玉彦の優しさに私も首を振る。

 もう、もうもう。

 笑えるくらいに心が晴れ渡った現金な私は、玉彦の上に飛び乗った。


「無理なんてしてない。別に入らないなら、いいよ。このまま寝ちゃうから。私、お風呂入らないとしないからね」


「何だと!?」


 実に私の勘違いから二か月近くお預けを喰らっていた玉彦は、私を乗せたまま身を起こした。


「初夜まで駄目だと思っていたが……」


「誰がそんなこと言ったのよ」


「てっきりその為に拒否をされていたのかと……」


「どうして初夜の為に拒否するのよ。散々やっといて」


「それは……」


 玉彦が黙り込むので、顔を上げさせる。


「それは?」


 玉彦はふいっと視線を横に流した。

 その仕草が、悪代官に言い寄られて困っている町娘に見えて、私の嗜虐心を煽った。


「比和子は、何故未だに裏門を通れぬか意味を知っているか」


「急に何の話?」


「正武家へと正式に嫁げば裏門を通ることが出来る」


「そうなの?」


 私は今までずっとあの長々とした石段を通ってお屋敷の出入りをしていた。

 その重労働が軽減されるのは万々歳だった。


「だがしばらくは裏門を通ってはならぬ。絶対にならぬ」


「どうしてよ」


「不思議に思ったことはないか。俺と夜を過ごして一度も子が出来なかったことに」


「だって、それは……」


 きちんと避妊をしていたから。

 たまにそのままってこともあって、私が高校を卒業してからはもう、あれだったけど……。


「嫁げば、正確には正武家の男に愛された者は裏門を通らぬ限り、子に恵まれぬ」


「えっ、ええっ!?」


「やはり知らなかったか。知らぬ比和子はてっきり初夜に子を期待して俺に我慢を強いているのかと思っていたのだが。そうではないのか」


 要するに玉彦は、初夜にあわよくば子供が出来れば良いなと私が考えていると思っていて、この二か月を我慢していたと。

 でも実際はこの訳の分からない鈴白を含む五村の地の不可思議な力で、私は裏門を通らない限り子供は出来ないと。

 で、まだ通るなと玉彦は言っている。

 私が初夜に期待をしていると考えていた玉彦は、その期待に水を差してはならないと今まで我慢して気を使っていたけれど、どうやらそうではないらしいと感じて、今このおかしなタイミングで裏門のしきたりを白状したのか。


 そして玉彦の中では私は、そんなことを考えていたことになっていたのか……。

 だから赤くなって、照れて……。


「そっ、そんなこと、全然考えてなかったわよ! だって子供は神様からの授かりもので、しょ……」


 口に出して理解をする。

 神様は、授かりたかったら裏門を通れば授けますよっていうことか……。


「授かる確率は!?」


「百発百中。嫁や婿が正武家にいられる期間は限られている。失敗をするわけにはいかぬ」


「嘘でしょ……」


「違うのなら、そもそも何故拒否をしていたのだ」


「えっ」


 尤もな疑問に、私は口籠った。

 触られるのが辛かったって言えない。


「いや、うーん」


 ここで玉彦の勘違いに乗ってしまうのも癪に障るけれど、そうするしかない。


「時間をあければ盛り上がるかなって」


「まったく馬鹿なことを考える。暫くは裏門は通るな。もう少しだけ二人だけの時間を楽しみたい」


「え、でも……」


 玉彦は私との間に子供をってまだ考えていないんだ……。

 そりゃあ、ちょっとまだ早いかなとは思うけど。


「比和子。ここではそう在る様に、そうなる様になっている。深くは考えるな。とりあえず今は……」


 膝に乗ったままの私の後ろ髪を撫でながら、玉彦は久しぶりに心からの安堵の表情をみせた。

 二月から今まで、ずっと私に意味も解らずに避けられ、でも祝言は挙げるという訳の分からない状況で、ようやく本来のあるべき二人に戻れたと感じたのかもしれない。

 そういう私も疑心暗鬼の二か月で、かなり心が消耗してしまった。


 まるっきり自分のせいだけど!


「玉彦……。いつもいつもごめん……」


「構わぬ。前にも言った。比和子はそのままであれば良い。振り回されるのもまた一興。なにか誤解があろうとも、有り余る時間の中で解いてゆけば良い」


 玉彦に大人な余裕を見せられて、私だけ成長していないと実感する。

 もう二十二にもなるのに。


「だからな、比和子。とりあえず今は、大人しくやらせろ」


 現実の世界で帯に手を掛ける玉彦は遠慮が無く、私はいつも通りに組み敷かれ、抵抗虚しく独身最後の夜は更けていった。




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