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 私は二人におやすみなさいの挨拶をして、微妙な空気漂う台所を出た。

 それからお風呂に入ったりなどして部屋に落ち着いたけど、玉彦は既に寝ていた。

 さっきあれだけ迫ってきたのに、あっさりと寝ている意味が解らない。


 私は枕元にライトスタンドを持ってきて、パチリと点けた。

 お布団にもぐり込み、薄明りの下で先先代の顛末記を読み始める。

 前回はどこまで読んだっけ。

 この先先代の水彦は、かなりアグレッシブな当主だったようで、先代の顛末記の二倍の量があった。

 しかも文章がものすごく上手くて、読んでいて飽きないのだ。

 この人があの世でお父さんと酒盛りをしていると思えば、なおさら親近感が沸く。

 いざ読書。と思ったけれど、私は考え直して灯りを消した。


「旦那様ー。どうせ起きてるんでしょー」


 目を閉じて規則正しい呼吸を繰り返す玉彦を覗き込む。

 本当に寝ているのか、寝たふりをしているのか判断に苦しむ。

 彼は時々旦那様と呼んであげるだけで機嫌が良くなることを知っている。

 なので拗らせている今日みたいな時は効果が覿面てきめんなはず。


「久しぶりに比和子と戯れま……」


 最後まで言い終わらないうちに玉彦は私に覆い被さり、熱い吐息を漏らす。


「戯れというのは遊ぶということではあるまいな?」


 念を押す玉彦にそうだよと両手で頬を包んでキスをすると、心地よい重さが私に掛かる。

 あぁ、これでやっと以前の日常に近付く……。


 首に腕を回して玉彦に応えていると、私のスマホがけたたましく着信を告げた。

 身体が硬直して、あの朝をフラッシュバックさせた。

 こんな時間に着信だなんて、嫌な予感しかない。

 それは玉彦も同じだったようで、私から離れると座卓の上で充電していたスマホを手に取り呟いた。


「……豹馬。殺す」


「はっ?」


 私が飛び起きると同時に着信は切れて、這い寄って履歴を見ると確かに御門森に帰っている豹馬くんからだった。

 玉彦は人のスマホを乱暴にポイッと投げ捨て再び私に迫ってきたけれど、私は押し戻した。


 だって、おかしい。

 豹馬くんから電話が来るだなんて、初めてだ。

 いつもはメールのみ。

 しかも月に一回あるかないかだ。

 特に今日みたいなことを目撃したならば、絶対に夜は避ける。


「掛け直すわ」


「……比和子。すまぬ」


 玉彦がそう言って煌々と明かりを点けたのと、私の手にあるスマホが着信を告げたのはほぼ同時だった。

 さっきまでの甘い雰囲気は全く消えて、玉彦は玉彦様になっていた。


「このまま役目に出る。絶対に屋敷から出るなよ」


 南天さんの名を呼びながら部屋を飛び出した玉彦の後を数秒遅れて私も追いかけた。

 走りながらスマホを耳に当てる。


「もしもし、亜由美ちゃん!?」


 二度目の着信は豹馬くんではなく、亜由美ちゃんだった。


 私が中一の夏休みに初めてこの鈴白村で女の子のお友達になったのは、お祖父ちゃんの家から五百メートル先にあるお隣の弓場亜由美ちゃんだった。

 彼女は本当に普通の女の子で、いつもほわわんとしている。

 私の様に暴走することも無いし、誰かを傷つけるようなことは絶対に言わない。

 中学から高校の時には物凄い見た目が変化し可愛らしくなって、私に化けたなって思わせるくらいだった。

 そんな亜由美ちゃんは高校の時から豹馬くんとお付き合いをしていて、現在も続いている。

 彼女は鈴白役場に勤めていて、土日がお休みなのでたまに正武家のお屋敷に居る私に会いに来てくれていた。

 正武家は日付感覚はあるのだけれど曜日感覚に疎くなりがちで、亜由美ちゃんが来るともう週末かぁと最近お屋敷の皆は思っている。


「比和子ちゃん、玉様そこにおるん!?」


 切羽詰まった亜由美ちゃんの大声の後ろでガタンゴトンと物が倒れる音や、怒声が響いていた。

 その中には豹馬くんの声も含まれている。


「いるけど走ってる! どこにいるの!?」


「家におるんだけど、うきゃっ!」


 亜由美ちゃんの奇妙な声を残して通話が切れて、それからすぐに掛け直しても出なくなってしまった。

 豹馬くんは御門森に帰っていたはずだけど、亜由美ちゃんの家に行ったのだろうか。

 それとも亜由美ちゃんが豹馬くんのところへ?

 きっと、亜由美ちゃんの家だ。

 だからさっき台所で南天さんと須藤くんの間に変な緊張が走ったんだ。


 南天さんと合流をして、裏門へと走る玉彦の背中に「亜由美ちゃんの家!」と叫ぶと、わずかに頷くのがわかった。

 それから二人はそのまま裏門を抜けて車に乗り込むと、あっという間に山道へと消えて行く。


 私は裏門の内側から見送って離れへと戻る。

 外廊下を歩いていると、宗祐さんを従えた澄彦さんと鉢合わせた。

 澄彦さんはこんな夜遅くに離れから来た私を見て、もう全部判っていたようで軽く頷いて当主の間へと行ってしまう。

 たぶん玉彦が何かを関知したのと同様に澄彦さんもそうだったに違いない。

 夜だったから玉彦が駆け出していっただけで、昼間だったら澄彦さんがそうしていたのかもしれない。

 一体豹馬くんと亜由美ちゃんの身に何があったのか、心配でもう一度掛け直そうとも思ったけれど止めておいた。

 抜き差しならない状況で私の着信が鳴れば大変なことにもなりかねない。

 例えば何かから隠れていたのに鳴っちゃったとか。

 大体映画とかでもそういう時に限って鳴ってピンチに陥るのだ。


 私が玉彦と居たこと。

 どこにいるのかこちら側が把握したこと。

 それさえ分かれば、玉彦がそちらへ向かったと豹馬くんは判断するはずだ。

 あとは二人が何かから身を守れていたら良いのだけど……。


 私に連絡したこと、玉彦が役目だと言ったことを踏まえれば人災ではなく、正武家の領分の何かに巻き込まれたわけで。

 この状況で考えられるのは亜門の残党だけど、豹馬くんが狙われる意味が解らない。

 確かに南天さんも豹馬くんも視ることが出来る。

 でも清藤の多門もある程度は視えていたようで、初めて会った時に御倉神を認識していた。

 だから亜門が彼らの眼を欲しがるとは思えなかった。

 けれど突き詰めて考えて、眼が欲しいわけではなく正武家の稀人を減らすためだけだと思えばあり得る。

 五村の地は稀人が減ることを前提に増やしていたのだろうか。

 そうなると在るべき人数に戻るとすれば、必然的に御門森の直系以外の三人が犠牲になる。

 そしてもしかしたら、稀人に含まれる惚稀人の私もかもしれない。


 まだ澄彦さんからお呼びは掛かっていなかったけれど、私は部屋に戻ってすぐに着替えて当主の間へと向かった。



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