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6


「待たせたな、みなの者」


 少し遅れて登場した澄彦さんは、悪びれもせずに座る。

 玉彦が言っていたように、私たちと同じ出で立ちである。


「楽にしてくれ。どうせ身内の集まりだ。酒でも呑んで……」


「父上」


 咎める玉彦に澄彦さんは一瞬口を尖らせてから、言い直した。


「とりあえず腹ごしらえだ」


 当主のやる気のない挨拶の後、昼餉の膳に視線を落とせば秋を感じられる先付の秋刀魚の山椒煮をはじめとして、鰹のたたきや蒸し物の茶碗蒸しなど、到底あの二人が作ったものとは思えないものが並んでいた。

 もう絶対に前日から仕込んでおかなくては無理なものまであって、一口食べれば私の脳裏には後光輝く南天さんと竜輝くん親子が思い浮かんだ。

 一体あの稀人二人組はどんな御膳を予定していたのかは解らないけれど、任せておいたらとんでもないことになっていただろう。


「比和子ちゃん、比和子ちゃん」


 いつの間にか澄彦さんはちゃっかり冷酒を呑み始めていて、蘇芳さんも隣に移動して無表情で呑んでいた。

 お坊さんって生ものは駄目だって聞いたことはあるけど、お酒は呑んでも良かったか定かではない。

 上機嫌の澄彦さんに手招きされて席を立ち、後方へと座る。


「蘇芳、この子、家のお嫁さんで比和子ちゃん。可愛いだろ。家の息子には勿体無いだろ。比和子ちゃん。コイツ、蘇芳」


 ものすごくアバウトな紹介をされて私は、比和子です。と頭を下げた。

 澄彦さんの説明だと蘇芳さんの名前しか明らかになっていない。

 蘇芳さんは黙礼して特に何を言うでもなく、盃を口に持っていく。


「という訳だから、よろしく蘇芳」


 澄彦さんに肩を叩かれた蘇芳さんは微妙に眉を寄せた。

 それにしても表情に乏しい人である。


「……無駄だ」


 押し殺した声で答えた蘇芳さんは、私を見つめてすぐに目を逸らしてしまった。

 澄彦さんは蘇芳さんの涼し気な頭を何度もぺしぺしして、不服を口に出す。


「なんでだよ。お前食い逃げするつもりか」


 無遠慮な手を払うこともせずに、彼は呆れて澄彦さんへと視線を投げかけた。


「これ以上この娘に護りなど必要ない」


「やはり『ある』か?」


「『ある』。これ以上護りを重ねても意味が無い。重くなり身動きが取れなくなるだけだ」


 二人の会話が全く見えなくて、辛うじて蘇芳さんは私の護りには付いてくれないことだけが解る。

 護りが必要ない私は、一体何が『ある』のだろう。

 少し離れたところにいる玉彦は右手を顎に当て、目を伏せている。

 考え込んでいる様にも見えるけど、どちらかといえばやっぱりって感じ。

 澄彦さんもそうみたいだから、今回は私に蘇芳さんが直接会って何かを確認するためだったのかも。

 だから蘇芳さんが男の人だったにも拘らず玉彦は護りに付くことに反対しなかったのだ。


「あの、あるって何があるんでしょうか」


 二人のやり取りに私が加わると、彼らは一瞬沈黙をしてから今日のお天気の話を始めた。

 あからさまな話題の逸らし方に食い下がる気にもなれず、私は玉彦の隣へと戻る。


「蘇芳さん、護ってくれないみたいだよ」


「そうか。では比和子は屋敷で大人しくしているべきであろう。本望だ」


 満足げな玉彦を一睨み。

 以前玉彦は一度だけお酒に酔って私に失態を晒したことがある。

 その時は本音がぽろぽろと出てきて、私を屋敷に閉じ込めて愛でていたいと公言していた。

 願ったり叶ったりといったところだろう。

 でもなんかムカつく。


「人も増えるのだから寂しくあるまい?」


「別に友達が増える訳じゃないし。あの人たちは私の退屈凌ぎの為にここへ来たわけじゃないし」


 多門を慕って、もしくは仕事の為に転居してきたのだ。

 私に関わる必要のない人たちなのだ。


「それにしても多門たち。十数人って話だったけど、やっぱり人数減っちゃったね」


「あぁ。そうなるだろうとは思っていた。ここへ向かう途中に消えたそうだ」


「……物騒だね」


「消えたというよりは離反したのだろう。正武家には神守がいる。何事かを企んでいては見破られると考えたのであろうな」


「私、むやみやたらに人様の中には入らない」


「分かっている。だが後ろめたい者は煙たがる。故に今ここにいる者は、そうではない者か眼を防ぐ手立てがある者と考えられる」


 玉彦も、だけど。

 正武家の人間は、まだ完全に多門の付き人たちを信用している訳ではなかった。

 亜門の息が掛かっている者がいるかもしれないし、油断は出来ない。

 清藤は西の拠点で、清藤の一族の他に三十人ほどの付き人を抱えていた。

 正武家と規模が違うのは個々の能力があまり高くないため。

 だから三人や四人一組でお役目に従事していたらしい。

 その三十人ほどの付き人たちは清藤が割れた時に、亜門と多門派に分かれた。

 昔から正武家が気に喰わなかった者や血気盛んな者が亜門に付き、多門のところには彼を純粋に慕っている人たちが残った。

 それが今、この座敷にいる六人。


「でもこのお屋敷内で私をどうにかしようとしても無理でしょ」


 お父さんたちの時の様に殺して眼を奪おうとしても、狗の気配が現れた時点でアウトだ。

 連れ去ろうとしても私だって黙っている訳ではないし、騒げば誰かが来る。


「無理だな。だから比和子は大人しく……」


「くどい。くどいわ、玉彦」


「解っているならば良し。懸念材料は比和子のみだ」


 玉彦の過保護っぷりは、私が目覚めた後さらに拍車が掛かっていた。



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