表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/111

5


「夜の鈴白行脚ってどんな感じなの?」


 興味津々で身を乗り出せば、豹馬くんはあからさまにヤバいという表情をした。

 この反応……。

 もしかして私がこの五年、正武家に居たにも関わらず夜の行脚について一度も耳にしなかったのは玉彦の仕業……。

 私が豹馬くんを睨むと慌てて湯呑みの湯気を見つめ出し、須藤くんを睨めば明後日の方向を見上げる。

 竜輝くんには箝口令が敷かれていなかったのか、きょとんとしていた。

 彼はまだ正式な稀人の命を賜わっていないから聞かされていないのかもしれない。


「……玉彦。しばき倒してくるわ」


 夜の行脚について話をしてくれなかったのはまだいい。

 けど箝口令まで敷くその過保護っぷりが許せなかった。

 ゆらりと立ち上がって一歩踏み出すと、須藤くんが諦めたように肩を落とす。


「玉彦様ではないよ。澄彦様だよ」


「……澄彦。しばく」


「おいおい、当主様を呼び捨てしちゃいかんだろ」


 苦笑した豹馬くんに袖を引かれて、椅子に座り直す。

 正武家の二人は過保護すぎるのよ。

 ずーっと前に須藤くんのお母さんも言っていた。

 知らなくて恐れるよりも、知って恐れる方が良いって。


「下手に上守さんに教えると一緒に行くって言い出しちゃうでしょ」


「言い出しちゃダメなの?」


「一緒に行きたい気持ちもわかるけど、道程みちのりがね。上守さんには無理なんだ。だって山越えとか崖下り出来ないでしょ?」


 山越えは頑張る。でも崖下りはどう考えても無理だった。

 そもそも玉彦を始めとする正武家関係の人たちは、馬鹿みたいに体力があり、運動神経が良い。

 清藤の多門でさえ、高一の時には息も切らさずに山を駆けていた。

 朝の修練の賜物なのか、持って生まれた能力なのか。

 残念ながらそれらを私は持っていない。

 須藤くんに諭されて、私は頬を膨らませるしかない。


「そもそもどうして玉彦じゃなくて澄彦さんが駄目だっていうのよ」


「それは……玉彦様だったら上守さんに押し切られちゃうけど、澄彦様なら笑って無理って仰るからじゃない?」


「そうじゃなくて理由よ」


「危険だからだろ。少し考えれば馬鹿でも解る」


 口を挟んだ豹馬くんを睨むと、竜輝くんも同じように彼を睨んでいた。

 竜輝くんは私を馬鹿呼ばわりした豹馬くんの湯呑みを早々に片付ける。

 亜門の件の時から、竜輝くんは私をなぜか尊敬してくれていた。

 惚稀人だからではなく、曾祖父の最後の弟子として人を護るということを実行した私に。

 香本さんは信者が二人になったって笑ってたけど。


「お二方。そろそろ昼餉の準備をしてください。竜輝は洗い物が済んだので、一旦下がります」


 そう言って手拭いを掛け直した竜輝くんは、一礼して台所を出て行った。

 残されたお二方と呼ばれた二人は慌てて竜輝くんを追い駆ける。

 今日の昼餉は三人分ではなくて、来客用のお膳も用意しなくてはならないのだ。

 予備のものも考えていつもより十人分は多く作らなくてはならない。

 それは二人にとって大問題だった。

 なので南天さんから直々に料理を教わっている竜輝くんが必要不可欠で。

 私は自分のグラスを洗って、部屋へと戻る。

 昼餉にどんなお膳が出てくるのか楽しみだった。



 あともう少しで昼餉を迎える時間。

 私は衣裳部屋の桐箪笥を眺めて途方に暮れていた。

 朝、澄彦さんに秋らしい装いで来客を出迎えるようにと言われていたのだけど、組み合わせが良く解からない。

 さすがに桃色は有り得ないと思うけど、帯もどうすれば良いのやら……。

 桑の実色の深い紫を手に取って、その上に帯を重ねる。

 どれもイケるような気がするけど、変な組み合わせなのかもと思うと踏ん切りがつかない。

 無い頭を捻っても良い案が浮かばずにいると、午前のお役目が終了した玉彦が部屋を覗き込んだ。


「もうすぐ昼餉ぞ?」


「わかってる。今、選んでるからちょっと待って」


 帯と睨めっこしていたら、玉彦がその中から一つ指差す。

 浅黄色のものを手に取ると、頷いた。

 でもすぐに首を捻って考え込んだので、私も動きを止めた。

 和服は玉彦の判断が第一だ。

 そうして彼が部屋の中に足を踏み入れてささっと手にして私に渡したのは、いつもの真っ白い小紋に、正武家の一つ紋が入った漆黒の羽織だった。


「ええっ? これ?」


「うむ。これが一番比和子に馴染む。華美な色は必要ない」


「それにしたってお役目じゃないんだから……」


「俺も父上もそれで座る」


「……じゃあ私もそうする」


 大人しく玉彦の言うことに従って、私は着替えた。

 この五年で着物だけは自分でも着られるようになっている。

 昔の様に着崩れすることも無くなった。

 部屋の外で待っていた玉彦に手を引かれて澄彦さんの母屋へと向かう。

 出逢った頃から今でも、彼はすぐに私の手を引きたがる。

 ほんの少しの距離だけど、なんとなくほっこりする。


 いつもとは違う広間に昼餉が用意されており、中に入れば澄彦さんと稀人衆を除く全員が揃っていた。

 玉彦と私は上座の席に腰を下ろす。

 広間を見渡せば、多門を始めとする黒いスーツ姿の人たちが七人。

 そして、袈裟を掛けたお坊さんが一人。


 絶対この人が蘇芳さんだ。

 お坊さんらしく髪は剃り落とし、しゃなりとした線の細い体型。

 そして細い眉に糸目。

 そして両耳に赤いピアス。

 ……何となく澄彦さんの悪友というのが感じられる。


 対する多門の一派は、若い人ばかりで一番年上でも三十は越えていないだろう。

 その中に一人だけ、女の人がいた。

 漆黒の真っ直ぐに長い髪が綺麗で、前髪を切り揃えている。

 肌の色は抜けるように白く、紅を差していない唇は赤く妖艶だった。

 伏し目がちな瞳を縁どる睫毛は長く、憂いているように見える。

 そんなとんでもない美人がそこにいた。


 なんというか、玉彦の好みそのものなんじゃないだろうか。

 長い黒髪に白い肌。

 隣の玉彦を盗み見れば、私と目が合ってニコリと笑う。

 人は見た目じゃない。心意気なのだと自分に言い聞かせて、私も微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ