いずれ訪れるその時
いつも、そうだった。
同じタイミングで柏手を打って戻るのに、私だけ現実で目覚めるのが遅い。
数秒から数分ほどのズレが殆どだったけど、今回はかなり異質の眼の力だったようで玉彦より十日間も遅れて目覚めた。
私の記憶が正しければ昏倒したのが三人の七月に行われた四十九日の日。
目覚めたのは十月初旬。
約二か月間私は正武家の本殿に寝かされていた。
人間が飲まず食わずで二か月。
普通なら栄養失調で餓死をしている。
病院で点滴などを受けていれば延命は可能だが、私にそれらは施されなかった。
自分で自分に神守の眼を使った状態だったので、なんていうんだろう。
人知の及ばない力に依って動きを止められた私の身体は、本当に時が止まった状態だったのである。
眠っている私の身体を動かすことは出来るけれど、反応はなく。
体温は平熱のままであったことから死んだと判断されず、誰も立ち入ることのない本殿で管理されていた。
いつ目覚めるのか、そもそも目覚めるのかも判らない状況で、玉彦は時間の許す限りずっと私の側で正座し、目を閉じたまま過ごしていたそうである。
食事とお役目と。必要最低限の生活時間以外はずっと。
その光景を思い浮かべて、迂闊に玉彦よりも先に死んではいけないと思うのだった。
目覚めて数日後。
すぐに身体は普通に動かせたけれど、私の目は光を感じることしか出来なかった。
今はもう回復し、通常に戻っている。
あとは随分と精神力を消耗してしまっていたらしく、ひたすらに眠い。
中学生の玉彦がお力を使っては、消耗したと言って寝ていたのを思い出す。
私は眠って回復を図っていたのだけど、日中数時間おきに様子を見に来る玉彦がそれを妨げる。
また起きなくなるのではないかと心配をしてくれるのは非常にありがたい。
でもその度に私に触れて確認をするので毎回眠りが浅くなる。
さすがに夜は玉彦も眠るので、私の眠りが妨げられることはない。
あれから、私は玉彦以外だと様子を見に来た澄彦さんと南天さんにしか会っていない。
今は身体の回復に努めるようにと言われ、清藤の粛清がどうなったのか聞けずにいた。
でもお屋敷の中に微かに黒駒の気配を感じるので、返終の儀とやらを行わずにいるのだけは判っていた。
私があんなことになってしまったから、予定を変更せざるを得ない状況になってしまったのだろう。
我ながら毎回毎回迷惑を掛けている。
十月。
縁側に座り、小春日和の穏やかな日差しが身体を包む心地よさに、自然と瞼が下りる。
ぽかぽかという言葉がピッタリだった。
「座ったまま眠るとは、また器用なことを」
「……起きてるよ」
いつもより少ない午後のお役目を終えた玉彦が濃紺の袷の姿で隣に腰を下ろした。
それを見て、もう秋なんだなぁと思う。
初夏に仕立てたはずの私のものは来年までお預けになってしまった。
「お散歩に行きたいなぁ」
澄み渡る空を見上げて呟く。
ずっとお屋敷から出ることがなかったので、季節の移り変わりは庭の花と遠くに見える鈴白の山々でしか感じることが出来なかった。
石段を降りて、小道を歩き、少し進んだその先に。
彼岸花が群生する野原があったはずだ。
あそこは今、どうなっているだろう。
初めて玉彦と訪れたときのように、咲き乱れているだろうか。
「久しぶりに外へ出るか?」
「いいの?」
「もう大分回復しただろう。だが近場だけだぞ?」
ようやく玉彦から外出の許可が出て、私の周囲が日常に戻りつつあることを実感する。
動きやすいようにパンツスタイルの洋服に着替えて、玉彦と一緒に玄関を出る。
表門を出て石段を見下ろして、考えた。
下りは良い。楽だから。
でも帰りの上りは、難所になりそうだった。
体力も戻ったとはいえ、運動不足の私にはかなりのハードルに思える。
なにせ数か月この石段を使っていなかったのだ。
隣の玉彦を見上げると、こちらの考えなどお見通しだったようで私の手を引き、門の中へと戻った。
「数日は屋敷の周りをぐるりと回る。慣らしが終われば、彼岸花を愛でにゆこう」
「うん」
「枯れてなければ良いがな」
意地悪く笑った玉彦に軽く体当たりして、見慣れた庭を歩く。
穏やかな日常に私の心は癒されつつあった。




