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3


 私はふわりと玉彦の世界に降り立って辺りを見渡す。

 すると遠くから玉彦が駆けて来て、私に抱き付いた。


「ちょっ、離れて」


「馬鹿を言うな。ようやく中に入って来たな。捕まえたぞ」


「はぁぁっ!?」


「ずっと待っていた。ここで話をするのを」


「あんた、外での記憶持ってきてるの!?」


「正武家を舐めるなよ」


 意地悪くニヤリとした玉彦は、拘束を解かない。

 私は柏手を打とうとしたけれど、彼の両腕がそれを許さなかった。

 嵌められた。

 ここで私は絶対的な立場だけど、相手に意思がある場合は別だ。


「何があったか吐け、比和子!」


「ご愁傷さま! 悪いけど私はここでも嘘を付くことが出来るわ。絶対に言わない」


「では俺に訊け」


 そう、たとえここで意思を持つ玉彦でも嘘は付けない。

 それは確かだった。

 この中で意思を持つことの出来る豹馬くんで実験済みだった。


 以前、九条さんが豹馬くんを呼び出して、私に封筒の中身を当てられなければ車を買ってやると言い出した。

 用意された封筒は四つ。

 けれど中身は全部、赤い折り紙が入っていた。

 豹馬くんはそんなことを知らずに選んで、中の色を確認すると私を中に入れた。

 そして封筒の中身が何色だったかと聞けば、素直に赤だと答えたのだ。

 嘘をつく気満々だったのに。

 元の世界に戻って来ると、豹馬くんはふざけんな! と捨て台詞を吐いて走り去った。


「……私、試すようなことはしたくない」


「俺は試されたいと思っている。偽りのない答えを聞いて欲しいと」


「じゃあさ、玉彦の好きな人って誰」


「比和子」


「愛してるのは」


「比和子」


「他にはいない?」


「おらぬ」


「あんた、絶対嘘ついてるでしょ」


「付いておらぬ」


「……聞き方が悪いのかな。じゃあ、大学行ってるとき、浮気したでしょ」


「しておらぬ。そのような恥じ入ること、するか!」


「じゃあさ、あのさ、たまに鈴白に帰ってこない週末があったでしょ。その時にやましいことしてなかった?」


「……していない」


 少しの沈黙の後、玉彦は呟いた。


 そうか、と思う。

 ここでは嘘は言えない。

 でも答えないで、隠すことは出来る。

 そして、冴島月子と逢っていたことをやましいと思っていなければ、そう答えられるのだ。

 きっぱりと冴島月子と別れて、今は私だけを好きだ、愛してるとも言えちゃうのだ。

 本気だったら浮気とは言えないのだ。


 これじゃあ全然意味ないじゃん!

 かと言って、冴島月子って誰? と聞けないヘタレな私を許してほしい。


「比和子?」


「もう、いい。意味ないから」


「納得していないだろう!」


「なんであんたがここで逆切れしてんのよ! ほんと腹立つなー!」


 地団駄を踏む私に呆れかえった玉彦は、顎を掴んで何度もキスを繰り返し始めた。

 腕の中で暴れても、止めずに続ける。


「やめっ、止めてよ!」


「断る。外では無理にすると悲鳴を上げて誰かを呼びつけるだろう? こちらがどれほど我慢をしていると思っている」


「だからって、馬鹿じゃないの!?」


「何とでも謗ればいい。これは脱がすことが出来るのか? そのままでも良いが、出来れば肌を触りたい」


 そう言って玉彦が私の帯に手を掛けたので、貞操の危機に私は解かれまいと抵抗をする。

 攻防は続いて、私が襦袢だけになると玉彦は腰紐を手にして、口を尖らせた。


「比和子は俺の浮気を疑っているが。正武家の男は浮気は出来ぬようになっている。子種をそこここに振り撒けない様になっているのだ。愛する者以外は抱けぬ」


「嘘でしょ、だって澄彦さん……」


 自分は女好きだと豪語している。

 土日は夜な夜な遊びに出ては、すっきりとして帰って来るのだ。

 どん引きだけど。


「父上は離縁した母に逢いに行っている。溺愛して他の男を近付けさせぬようにしている。息子の俺でさえだ」


「そんな……」


「父上の好きな女とは女性一般ではない。妻だけという意味だ。だから以前比和子を妻にすると宣った時は、皆本気で焦った。母が死んだのかと」


 玉彦は襦袢の腰紐をいじいじしてずっと目を伏せている。

 言い訳をする子供のように見えてくる。


「正武家の男は相手を愛して一度身体を重ねてしまえば、他にはゆかぬ。その女性が自分の拠りどころであると決めて、役目に臨む。だから神々は同情したのだ。正武家には嫁や婿は長く居着けない。愛し合っているのに、離れ離れになる定めだから」


「それは、惚稀人ではないからでしょう?」


「違う。白猿の時に惚稀人の根底が崩された。居着けないから苦肉の策で惚稀人が出来たのだ。居着けないのは産土神のせいではない。正武家の業のせいだ」


「……うーん」


「それに」


「それに?」


「これは男としてあまり言いたくはないが」


「じゃあ言わなくていいわよ」


「いや、知っておいた方が良いだろう。一度しか言わぬ。……比和子以外では勃たぬ」


「は?」


「……比和子を抱いたあの夏から、他の女性が裸であっても反応はしない。比和子を拠りどころと定めたからだ。これは惚稀人という存在を産土神が認める代わりに正武家に課せられた……呪い……いや、約束事だ」


「あ、そうですか……」


 言った玉彦も赤くなってるけど、言われた私はもっと赤くなる。

 そんなの、あからさまに告げられても困る。



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