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 久しぶりに日曜日のお休みで、守くんとデート。

 隣に住んでんのにデートってあんまり新鮮味がないけど、どこかへ一緒に出掛けるだけで楽しい。


 はずだったんだけど。

 なんとゆーか、私だけ盛り上がらない。

 ドライブしてから遊園地へ行って、夜になって夜景が綺麗に見える公園へ行って。

 二人で一緒にいても守くんは恥ずかしがって手を繋いでくれないから、ちょっと寂しい。

 人並みに流されてしまっても気が付いてくれないところがあるから、ちょっと残念。


 無意識に違う誰かと比べてしまっている。

 その誰かっていうのが全く心当たりがない。

 だって守くん以外の人とお付き合いはしたことがない。

 いつか観たテレビドラマに影響されているんだろうか。

 きっとそうだ。

 そうじゃなけりゃ、いつも優しく手を繋いでエスコートする男なんて居るはずがない。

 現実は世知辛いのだ。


 いつも通り家の前まで送ってもらって。


「比和」


 玄関のドアに手を掛けて振り向けば私を守くんが見つめていた。

 いつも真面目だけど、今夜はもっと真剣だ。

 これはまさか小町が言っていたやつでは……!


「結婚しよう」


 きたーーーーーー!


 私は守くんのところへ戻って、にっこりと微笑んだ。

 もちろん答えは決まってる。


「守くん」


 両肩を掴まれて、顔を斜めにして。

 キスをしやすいように。


『比和子』


 目を閉じて迫って来ていた守くんを、なぜか突き飛ばしてしまった。

 反射的に、両手で。


「比和?」


 戸惑う守くんに私は何も言えずに、家の中へと駆け込んだ。

 閉められたドアに寄りかかり、激しく打つ鼓動に胸が張り裂けそうになる。


 違う。違う。違う。

 何かが根本的に違う。


 私、やっぱりまだ錯乱してる。

 あの変な夢を見た時から。

 現実と夢がごちゃ混ぜになって、存在しない人の声に罪悪感を覚える。


 どうしよう。怖い。おかしくなってる自分が怖い。


 玄関でサンダルを脱ぎ捨てて、私は二階へ駆け上がった。

 自分の部屋に入る前に、両親の部屋から明かりが漏れていて私は吸い寄せられるようにノックをした。

 中からお母さんの返事があってドアを開けば、ベッドにヒカルと並んで仰向けに寝そべりテレビを観ていた。


「どうしたの、比和子。こんなところに」


「お母さん、あのね、私。あのねっ」


 ベッドの脇に膝をついてお母さんの手を握る。

 今あったことを説明しようとしても上手く言葉に出来なくて、もどかしくて涙が出た。


「比和子、泣いては駄目よ。戻りなさい。自分のところへ」


 お母さんは優しく微笑んで、頭を何度も何度も撫でてくれる。

 すると隣にいたヒカルが呆れるように私を見る。

 いい年して泣きやがってとその目が言っていた。


「お姉ちゃん。離婚して戻ってくんなよな」


「あっ、あんた、聞こえてたの!?」


 さっきの玄関前のプロポーズを弟に聞かれていたなんて恥ずかしすぎる。

 トイレで下に降りた時に聞こえたんだろうか。


「ばっかじゃねーの。早く戻んなよ。アイツ、待ってんだろ」


 この大人びた口調の九歳児を殴っても良いだろうか。

 一触即発になった私たちを見てお母さんは大きく溜息をついた。

 ヒカルを抱き寄せて、こっちは大丈夫。というけど何が大丈夫何だか。

 私はヒカルの頬っぺたを抓んで、ぷにぷにしてから部屋を出た。


「比和ー。ちょっと来い」


 一階のリビングからお父さんに呼ばれた。

 なんだろう。

 まさかお父さんまであれが聞こえていたんだろうか。

 だったら聞かなかったフリをしていてほしい。


 面倒に感じながらリビングへ入ると、いつものソファーにお父さん。

 そして、なぜか昨日の昼に会ったあの学ランの男の子が我がもの顔で座って、お父さんと談笑していた。


「なっ、ななななんで!? ちょ、お父さん?」


「何でって何がだ」


「だってその人! 不審者!」


「お前、御倉神を不審者呼ばわりとは……」


「え? 誰? みくらさん?」


 お父さんが手招きをするので、私はみくらさんから一番遠くに座った。

 だって絶対この人、おかしいもん。

 空飛んでたし。

 ドッキリにしても普通家にまで来る!?

  部屋の四方を見渡してもカメラらしいものはないけど。


「比和。お前こんなところで何をしてるんだ。こっちは大丈夫だから戻れ」


 いや、自分で来いって言っといて戻れっておかしいでしょうよ。

 お父さんは何故か私に呆れて、煙草に火をつけた。


「用もないのに呼んだの?」


「だから戻れっていうために呼んだんだ。もう自分の家族がいるだろう。待ってるぞ」


「お父さん……」


 やっぱりさっきの、聞こえてたんだ。

 守くんの声はそんなに大きくなかったはずなのに、うちの家系は地獄耳なのだろうか。

 それにしてもまだ結婚もしてない守くんを家族呼ばわりとはどうかしている。


「何があっても彼を信じろ。いいな?」


 お父さんはどうやら結婚賛成らしい。

 私は渋々頷いて、リビングを後にした。

 その足で玄関から外に出る。

 守くんの部屋を見上げると、すでに明かりは消えていた。

 返事は明日でもいいかな。

 あんな事しちゃったけど、大丈夫かな。

 動揺したって言えば、許してくれるかな。


 そのまま家に帰っても寝るだけで、またあの夢を見るのが怖かった私は近所の公園まで歩いた。

 どうしてかは解らないけど、ブランコに座って夜空を見上げた。


 月が、遠いと思った。

 あのお屋敷は山の上にあったから、もっと近かったと。

 そしてあの村はこんなヒートアイランドで蒸し暑い夏の夜ではなかったと。


 そう思い出して、私は両手で顔を覆った。


 意味が解らない。



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