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 三月から玉彦と私の部屋になった和室は、二十畳ほどで広々としている。

 玉彦の性格を反映して、部屋には無駄なものが一切ない。

 衣類は壁に埋め込まれた桐箪笥に納まっているし、お布団は押し入れ。

 部屋にあるのは小さな座卓と二つの座椅子。

 あとは私用の三面鏡だけ。

 テレビなどは必要が無いので置いていない。

 どうしても観たい時には台所へ行くことにしている。

 時事問題は新聞でというのが正武家だ。

 でもただの新聞ではない。

 新聞は朝に届くのだけれど、その量が半端じゃない。

 一社ではなくて数社分の新聞と、時々英字新聞もある。

 どうしてそうなのか前に玉彦に訊いたけれど、そういうものだと思えと一蹴された。


 私は部屋を見渡して、明日買う家具を考えたけれど実際これで不自由を感じていないので必要ないのかなとも思う。

 調度品だって別になくても良い。

 夏物の服は必要だけど、きっと玉彦と見に行くのは呉服屋さんだろうし、私は詳しくないので殆どお任せになるだろう。

 色々と考えていると、一つの結論に達する。


 私って、今凄く面白味のない女じゃないだろうか。

 趣味もなければ、物欲も無く、玉彦に任せきり。

 私というアイデンティティが失われつつあるんじゃないだろうか。

 私は私のままであれば良いと玉彦は言ってくれるけど、この環境じゃ自分が見えなくなりそうだ。


 自分らしくって何だろう。

 学生の頃は突っ走ってみんなを振り回してたけど、大人はそれじゃ駄目だと理解をして、出来るだけ考えてから行動に移すことにしている。

 そのことは間違いではないはずだ。

 じゃあ自分のどこに納得がいかないのだろう。

 お屋敷ですることがないのなら範囲を拡げて、お屋敷の敷地内で探してみようか。

 お祖父ちゃんから野菜の苗を貰って、畑でも作ってみるかな。


 そんなことを考えていると、お風呂から玉彦が戻ってきた。

 あぁ、もう。

 また髪を乾かさずに濡れたままだ。


 ドライヤーを使って乾かさないと長くなった髪はうねり易くなるっていうのに。


 でもドライヤーは熱いと言って嫌がるんだよなぁ。

 無理矢理乾かしたら、久しぶりに電化製品が壊れたので余程嫌なのだろうけど。

 文句あり気な私の視線に気が付いた彼は、その理由を心得ているらしく、バスタオルでガシガシと髪を傷めつける。

 昔地下の書庫で出逢った玉彦は綺麗な長髪だったけれど、あの時代の私はどうやって彼を手懐けたんだろう。


「玉彦……」


「……これでも乾く」


 こうなると彼は自分が納得するまで意思を曲げないので、私は放って置くことにした。

 一応根拠の無い捨て台詞は吐いておく。


「そんなことしてたら、将来禿げるからね」


 それを聞いた玉彦は、こちらを凝視して固まった。




 翌朝。

 朝餉が終わった私は二人をお役目に送り出した後、台所で豹馬くんたちのお仕事を眺めながらワイドショーを観ていた。

 もう少ししたら部屋へと戻って、準備をするつもり。


「それで結局誰が一緒に行くことになったの?」


 洗いものをする須藤くんの背中に話し掛けると、振り向かずに答えてくれた。

 豹馬くんは隣でお鍋を洗っている。


「僕はお声掛かってないよ。豹馬は?」


「オレも。順当に兄貴だろ」


 ということで、今日はどうやらやはり南天さんが共に来てくれるようだ。

 芸能人の結婚話が終わった後で、普通に政治の話題に切り替わるワイドショーは今日も日本は平和だと言っているようなものだった。

 日焼け止めのCMが流れると、私は目が釘付けになる。


「小町だ」


 二人とも私の話には振り向かなかったくせに、小町の名が出ると素早くテレビに身体を向けた。


 小町は私の小学校からの親友で、今もずっと親交がある。

 彼女は短大を出た後にバイト先の芸能事務所に就職をした。

 高校生の頃は興味が無かったみたいだけど、今は雑誌のモデルさんをしている。


「うわぁ。こうやって観るとやっぱり小町ちゃん綺麗だねー」


 須藤くんは素直に感動していた。

 豹馬くんは観たものの感想を口にせずにお鍋洗いに戻る。

 二人は通山に住んでいた時に、小町や守くんと交流があった。

 特に守くんは三人と同じ大学だったので、何かと通山の案内をしてくれていたらしい。

 あとから守くんが私の小さい頃の恥ずかしい話を玉彦に語っていたと小町から聞いて、抗議をしたのは何回もある。

 そしてそんな小町と守くんは、小町の芸能界入りと共に別れてしまった。

 理由は色々あるんだろうけど、私には聞けなかった。

 二人で決めた決断に私がとやかく言う必要はないから。

  別れたって小町は親友だし、守くんは幼馴染に変わりないのだ。


「遠い世界に行っちゃったなー」


 そう呟けば、祝言の時に小町も同じことを言っていたと須藤くんが笑った。


 しばらく二人と無駄話をして、ワイドショーがお天気の話題になったところで私は部屋へと戻った。

 それから、今日のお出かけ用の服を選んでバッグの中身を何度も確認。

 ついでに夕方訪問する中川さんのお店をスマホで検索してみた。


 検索結果はすぐに出た。

 予想通りオネエさんのお店だった。

 しかもそれなりに繁盛しているみたく、HPの店内画像にはお客さんも沢山写っている。

 楽しそうだなー。

 私もこんなお店で遊んでみたいなー。

 オネエさんは未知の世界だし、すごく興味ある。

 ダメ元で玉彦にお願いしてみようかな。


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