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「物事は全て単純に出来ている。深く考えるからいけないんだ。とりあえず君に与えられた選択肢は二つ。 正武家へと来るか、バラされて家族共々村八分になるか」
「それは選択肢と言うのでしょうか……」
「……ほら、深く考えちゃ駄目なんだってば」
「……」
明らかに脅されている。
彼は選択肢が二つだというけれど、三つ目を言わないあたりに腹黒さを感じる。
「貴方が黙って大人しくお屋敷に帰る……」
「ない。それは、ない。絶対にない」
言い切られて私は肩を落とす。
まぁ想像はしてたけど。
「お断りして村八分になったら、私はきっとこの村を出て行くと思います」
「え……」
「そうしたらもう貴方とはお会いすることも無いと思います」
「えぇ~……」
痛いところを突いた私に彼は饒舌だった口を閉じた。
僅かな時間、沈黙が続いて。
彼はようやくのそりと身体を起こした。
「で、君はどうしたいの」
「……考える時間を下さい」
「相分かった。では今宵はこれで帰る。では……また」
そう言って彼は玄関ではなく、再び窓から出て行った。
前みたく、さようなら、と言わなかったな。
本当は考える時間は必要無かった。
彼の答えで私の答えはもう決まっていた。
再びそれから、である。
彼が部屋を出て行った後、茶の間へと降りた私を待ち受けていたのは今にも倒れそうなお父さんと、妹の肩を抱くお母さん、それと思いがけず秘密を共有することになってしまった和くんだった。
「お姉ちゃん!」
勢いよく腕に飛び込んできた妹を抱きしめ、その肩越しにお父さんと目が合った。
ほんの数時間しか経っていないのに、随分と疲れ果てている。
「お父さん。聞いてもらいたい話があるの。お母さんにも」
私がそう言うと二人はソファーに力なく座り、和くんは絨毯の上に胡坐を掻いた。
妹と手を繋ぎ、春からの私と妹の入れ替わりについて話をすれば、三人は口をあんぐりと開けて固まってしまった。
それはそうだろう。
三人は私に化けた妹をずっと私だと思って一つ屋根の下で数週間暮らしてきたのだ。
私からすれば、お父さんや和くんはともかくも、お母さんくらいは気付いているだろうと思っていたけど、 全く解らなかったようで、残念ではあった。
親ですら見抜けなかったとは妹の演技力に頭が下がる。
真実を告げられた両親は何かを言おうとして口をパクパクし、和くんは不謹慎だけどほっとした表情を見せた。
きっと正武家様に逆らわなくて済んだ、と思ったのだろう。
「で、さっきの、だけども。もう一回花嫁修業においでというお誘いで」
「もっ、もちろん行くんだろう!?」
切羽詰まったお父さんの悲鳴に近い問い掛けに、私は少しだけ身を引いた。
「考える時間くださいって言ったら帰って行ったけど……」
「何を考える必要があるんだ!」
間髪入れずにお父さんに突っ込まれ、私は増々身を引く。
「何をって、色々」
「考える必要なんてないっ! 行け!」
この場合、お父さんが言っているのはお屋敷に行けではなく、嫁に行けなのだ。
その時、睨み合う親子の間に割って入ったのは、我が家の間の抜けた玄関チャイムだった。
そろそろ電池が切れかかっているのか、ピンポンじゃなくピンしか鳴らなくなっている。
何故か全員で見上げた壁のポッポ時計は夜の十時過ぎを指していた。
こんな時間に村の誰かが訪ねてくることは滅多にない。
村の朝は早く、もう寝ているか酔っぱらっているかだ。
時々急用があってっていうのもあるけど、数年に一度だ。
しかもわざわざチャイムを鳴らす間柄ではないから、大体は縁側に回って無遠慮に声を掛けてくる。
おい、とお父さんに促されてお母さんが足早に玄関に行けば、ひゃあっと本日二回目の悲鳴が聞こえる。
素早く動いた和くんに続いて廊下から玄関に向けて顔を出すと、尻餅をついていたお母さんが座り直して正座し頭を下げる。
開かれた玄関のドアの前には、美山高校の学生服を着た男の子が困ったように曖昧に笑って立っていた。




