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3

 

「もっとお近づきになりたいですわよね」


「次代様といつになったらお話出来るのかしら」


「今日はお肉が良いなー」


 などと話をしていると、昼餉の準備が整ったと松さんの妹の梅さんが呼びに来る。

 松さんと梅さんは双子で花嫁候補たちはまだ区別がついていないようだけど、私には解かっている。

 何となく松さんの雰囲気は姉である、と感じられるのだ。


 私たちは梅さんに先導され、当主様の母屋の座敷に通される。

 そこには既に当主様と次代様がお膳の前に座っていて、私たちの到着を待っていた。

 大柄で住職のような当主様は微動だにせず、次代様は私たちが入ってくるのを見て、小首を傾げて微笑んだ。


 若干くせ毛のタレ目。

 整った顔をした次代様の微笑みは、四人の心を鷲掴みにした。

 そして私はそんなことよりも今日のお膳を見て、肩を落とした。


 今日も、魚かぁ。


 黙々と会話もなく昼餉が終了し、私たちは当主様と次代様が立ち去ったあと、自分たちの部屋へと帰された。


 午後は午前中の修行の続きを部屋で行い、明日にまた松さんの指導を受けるの繰り返しだった。

 ちなみに花嫁候補は週に一度振り落とされ、一か月後に残った者が花嫁となる。

 明日はその一週間目で、誰がどう見ても私が落ちるだろうと思っている。

 私もそうだった。

 二週間目は台所の修行なので、正直私は早々に村へ帰りたい。

 自慢じゃないけど食べることが好きな私は料理が得意だ。

 せっかく料理をするのに失敗を演じるのは気が引けるし、不味いものは食べたくない。

 もしそんなので三週目にまで残ってしまうと困ることにもなる。

 そんな感じで全く残る気のない私は雑巾を畳の上に放り投げて、部屋の障子を開け放ち、縁側に座り込むと足を投げ出した。


 春の午後の日差しは穏やかで、うとうとと横倒しになって惰眠を貪る。

 しばらくしてさくさくと庭を歩く足音に目を薄らと開けると、目の前を煙草を咥えた次代様が二度見をして立ち止まったのが見えた。

 着物姿で立ち姿が綺麗だったけれど、その顔は笑いを堪えて歪んでいた。


「うそっ……」


 起き上がり身形を整えて正座をすると、彼はニヤリと笑ってしたり顔で頷いた。


「まぁそうだよねー。こんなにぽかぽか陽気だもの。昼寝もしたくなるよねー」


「す、すみま。申し訳ございません」


「いやいや。人間らしくて良いんじゃないの? 僕だってお役目が嫌でサボり中だから」


「そう、ですか」


「うんうん。お天道様は良いよねー」


 彼はのんびりとそう言って庭を進み、姿を消した。

 白昼夢の出逢いに、私の背中に冷たい汗が流れた。


 あれが、五村の護り神になる次代様。

 言葉を交わしたけれど、現実味がない。

 小さな頃から正武家様は別物だと聞かされていた意味をようやく理解する。

 人間だけど、身に纏っている雰囲気が今までに出逢った誰とも違っている。


 無。だった。

 瞳に私を映して、会話をして、笑ったけど、無だった。

 関心もなく、どうでもよいという感情すらなかった。

 一体、あの人は何なんだろう。

 花嫁候補の彼女たちは、あんな人とどんな家庭を築きたいのだろう。


 私は無意識に震える指先に力を込める。

 あの人は、近付いてはいけない人だ。

 たぶんきっと人間じゃないんだ。


 昼寝を切り上げた私はその後、雑巾を三枚縫い上げて夕餉の席に呼ばれ、これまた会話も無しに部屋へと戻った。

 そうして明日の脱落を告げられる前に、荷物をさっさと纏める。


 早く、村へと帰りたい。 こんなところ、もう居たくない。


 起きていても時間が過ぎるのが遅くて、布団にもぐり込んだのは良いけれど、日中の昼寝のせいで寝付けない。

 早く。早く。

 どうしてこんなに帰りたいのか自分でも分からないまま、私は固く目を閉じた。



 さくさく、と。



 布団に潜り、障子だって閉めているのに庭から足音が聞こえる。

 そうして止まった足音は部屋の前で、私は唇から血の気が引いた。


「起きてる?」


 声が掛けられても動けないでいると再び同じ問いがされて、それでも固まっていたら、縁側に座った気配がした。


「昼のお天道様も良いけれど、夜の月も良いものだよ」


 ぞくりと鳥肌が立つ。

 この人はもしかして、全部『知っている』んじゃないのだろうか。


「出ておいで」


 言われるがまま私は起き上がり、覚悟を決めて障子を開けた。

 そこにはやはり次代様が団扇を片手に座っていて、私は顔が見えないように後方に正座する。


「明日ね、松さんからお達しがあるだろうけど、君ね。里に下ることになりました」


「……はい」


「理由は、まぁ、解かるよね?」


「……はい」


「でも君にやる気があるのなら、僕はもう一度くらいチャンスがあっても良いと思っているんだよ」


「……お気持ちは嬉しいですが、帰ります」


「……そう。そうか。うん。面白いと思ったんだけど、残念だ」


「申し訳ございません」


「すみません。で良いと思う。今どき、申し訳ございませんとか使わないでしょ」


「すみません」


「では、さようなら」


 彼は寂しそうにそう言って立ち上がり、私に振り向いた。

 でもやっぱりその顔は綺麗だったけれど、造り物のようで、私に恐れしか与えなかった。



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