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13

 


 ゆっくりと両腕で身体を支え、うつ伏せの状態から起き上がった半魚人はオレと目が合うと笑った。


 二の腕に鳥肌が立つほどの不細工な笑みをそのままに半魚人は視線をオレの横側へと流す。

 すると途端に表情が険しくなり勢いよく水飛沫を上げ立ち上がった。

 視線の先には背に比和子ちゃんを庇った竜輝が身構えていた。

 二人は驚きもせず怖がりもせず、半魚人と睨み合っている。

 オレの時とは大違いだ。


「鈴木くん、走って!」


 比和子ちゃんが叫んだけど、どこへ走れば良いのやら。

 まさか半魚人に向かって突っ込んでいけという訳ではないよな!?

 頷いたまま動かないオレに比和子ちゃんが細い腕を振り、道路を指差す。

 逃げろということか。

 オレは三歩ほど足を踏み出して二人に向かうと、彼女たちの腕を取り走った。


「ちょっ、鈴木くん!?」


「三人で逃げるんだ! 二人を置いていける訳ないだろ!?」


「いや、私たちは……!」


 踏ん張って留まろうとした比和子ちゃんを引き摺り、オレは走る。

 友達の彼女と弟を犠牲にしてまで自分が助かろうとは思えない。

 というか一人ぼっちは嫌だ。

 数十メートル走って振り向けば、半魚人はヒレのついた足を二つにして走って来ていた。


 アイツ、走れるのかよ!


 河原を抜けてガードレールの無い一車線の狭い道路に転がり出たオレ達は走りやすくなりスピードを上げたがそれは向こうも一緒で、段々と距離が縮まっていた。

 どうして縮まっているかだって? それはオレの体力がないからだ。

 最初こそオレが引っ張っていたのに、いつの間にか比和子ちゃんと竜輝に引かれている。  


「お、オレ、もう駄目かも……」


 そんな弱音を吐いたオレの言葉に振り返った竜輝は顔を顰めた。

 大の大人がこのくらいで、と言いたげだった。


「竜輝くん! 鈴木くんをお願い!」


 そう言った比和子ちゃんの手がオレから離れ、こちらに背を向けた彼女は右手を前に翳す。

 なんだ、何をするつもりなんだ。もしかして合気道とかの達人なのか。

 数メートルの距離で半魚人と対峙した比和子ちゃんを見つつ速度が緩んだオレ。

 そんなオレの横を何かが物凄い勢いで通り抜けた。


 それは多分時速百キロは出ていた。

 オレと竜輝を蛇行で躱し、膨らんだところで比和子ちゃんを躱し。

 道路の真ん中で突っ立っていた半魚人を正々堂々と真正面から撥ねた。

 シルバーの高級車に撥ねられた半魚人は嘘みたいにくるくると空中を舞い、どしゃっと瑞々しい音を立てて着地した。


 一瞬の出来事に呆然としていたら、竜輝がオレから離れて比和子ちゃんに駆け寄った。

 彼女はその場にへなへなと座り込んだ。

 そして高級車の運転席のドアがゆっくりと開き、長い足がスラリと出てくる。

 よっこらせと出てきた人物は、玉様の家にいた男だった。


「道の真ん中で何してるの。危ないじゃないか。僕じゃなかったら轢き殺してたよ」


 しゃがみ込んで比和子ちゃんの頭をぽんぽんしてる男にオレは言いたい。


 半魚人を轢き殺していると。


 呆然と突っ立ているオレのところにニコニコと微笑み近寄って来た男は小首を傾げる。

 ふわりと風に乗って花の甘い良い香りがした。


「『色々と』ごめんね?」


「へっ?」


 何がごめんなのか。

 怖い思いをさせてごめんなのか考えた瞬間、オレの鳩尾に鋭い痛みが走った。









「鈴木、まだ起きねーの?」


「うむ」


 頭上で御門森と玉様の声が聞こえて、オレは目が覚めた。


 パチリと目を開けば暗闇で、飛び起きればそこは高速道路のトンネルを走る車内だった。

 玉様はいつもの無表情で、起き上がったオレを見ると深い溜息を吐いて窓の外に目を向けた。

 玉様に膝枕をされていたらしいオレは少しだけ照れて、身を乗り出し運転席の御門森を見た。


「あれからどうなったんだよ。オレ、なんでここに居んの?」


 男に気絶させられて意識を失って、どうしてここに居るのか。

 半魚人はどうなったのか。


「なに言ってんだ、お前。酔っぱらって眠って朝までぐっすり。もう通山に向かってる」


「へっ? 嘘だろ?」


 御門森はオレの問いに玉様と同じ溜息で答えた。


「え、だって半魚人は?」


「それはお前の夢の話だろ」


「いやいやいやいや、川での半魚人は比和子ちゃんも竜輝も見てたってばよ! 一緒に逃げたもん!」


「だから、それも、お前の夢の中の話だろ」


「うぉーい、ふざけんな。絶対に夢じゃねぇよ!」


「じゃ証拠だせ」


「んなもんあるか!」


「じゃあ夢だ」


「だーかーらー!」


「五月蝿い」


 玉様の一言でオレと御門森は黙り込む。

 しかしオレはこのままで引っ込みつかない。

 隣の玉様を見れば気怠そうに外を眺めていた。

 反射する窓越しに目が合い、オレが口を開くと言葉を発する前に玉様が遮った。


「そういうものだから、そういうものだと思え」


「……はい」


 有無を言わさぬ迫力にオレは大人しく頷き、そして悟った。

 アレはやっぱり夢じゃなかったんだと。

 でも玉様が夢だったと言えば、あの村の人間は夢だと口を揃える光景が目に浮かんだ。

 もし玉様が人を殺してしまっても、殺していない、そんな人間はいなかった、と言えば完全犯罪が成立するのだろう。

 そう考えてオレは二の腕に鳥肌が立った。


 もしオレが半魚人に殺されてしまっていたらどうなっていたんだろうか。

 最初から存在しなかった人間として扱っただろうか。


 恐る恐る玉様を横目で窺うと、意味あり気に微笑んだ玉様がオレの肩を叩いた。

 友達になってからいつも親しく肩を叩く。時々頭を叩くこともあるけど。

 きっと多分、玉様や御門森や須藤がオレの肩を叩く限り、友情は続いていく。


 するとオレは何だか身体が軽くなり、自分が考え過ぎていたと思ったのだった。




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