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玉彦の愛する誰か


 上守比和子。


 私の名前だ。


 春には、正武家比和子になる。


 なるんだけど……。


 私は夫となるはずの玉彦の部屋で、衝撃のあまり固まっていた。



 高校二年生の夏から私は鈴白村に転居して、村の名家、正武家にお世話になっていた。

 高校を卒業して進学はせずに、そのまま花嫁修業に突入。

 ついでに神守の眼と呼ばれる不思議な力を使いこなす為に、御門森九条さんと云う師匠にも正式に弟子入りした。

 正武家は私が婚約している玉彦の実家で、彼はその跡取り息子だった。

 彼の父親の澄彦さんは私の父である光一朗の親友でもある。

 紆余曲折を経て、三月の玉彦の大学卒業を待って、四月に私たちの祝言が執り行われる予定だったのだけれど。


 玉彦は高校を卒業すると通山にある国立大学へと進学をした。

 彼の稀人である御門森豹馬と須藤涼も同じ大学へと入学。

 三人は通山で一軒家を借りて、そこから通学していた。

 その間、正武家のお役目の為に当主の澄彦さんは鈴白村にずっと縛られていたけれど、息子の玉彦が土日には必ず帰って来ていたので、その二日間だけ羽を伸ばすというサラリーマンのような生活をしていた。

 私にとって毎週必ず帰って来る玉彦に逢えることだけが楽しみだった。


 彼も、同じだと思っていた。



 玉彦が卒業する年の二月。


 私は預かっていた彼らの一軒家の鍵を使って中に入り、引越しの為の段ボール箱をせっせと組み立てていた。

 男三人で暮らしている割には整理整頓されたリビングに空の段ボール箱を積み重ねていく。

 そして二階に上がって、玉彦に頼まれていた本棚にあるものを箱に詰めて行く。

 その中に私は見てはいけないものを発見してしまった。

 そして今、暖房も点けずに冷え切った部屋で氷の様に固まっていた。


 変だな、と思わないこともなかった。

 でも大学生の生活は私には未知で、そういうものだと思っていた。

 毎週必ず帰って来ていた玉彦が、二年前から月に一度だけ帰らない様になっていた。

 卒業が近くて忙しいのだろうと思っていた。

 信じてた。

 絶対玉彦に限ってそんなことはないって。


 なのに……。


 私は大切そうに本棚の奥に隠されていた桜色の箱の蓋を閉じて、元に戻した。


 その箱はパンドラの箱だった。

 中に希望も残されていないパンドラの箱。


 箱の中には、数十にも及ぶ桜色の封筒のお手紙が詰まっていた。

 差し出し人は全部同じ人。

 冴島月子。

 女の人だった。

 すごく字が綺麗で、ほんのりと封筒からいい香りがして。

 きっと本人も、そんな人なんだろうなって思えた。


 私は止せばいいのに、そのお手紙を罪悪感を持ちながらも読んでしまった。


 自分のスケジュール帳と照らし合わせて読み進め、鈴白村で馬鹿みたいに待っていた私のところへ帰らなかった日、玉彦はその人との逢瀬を重ねていたのだった。



 逢えて嬉しかった。

 また次はいつ逢えるのかと。


 冴島月子は玉彦に気持ちを真っ直ぐに伝えていた。

 愛しているとさえ書いている時もあった。


 旅行はどこへ行こうか。

 前はあそこだったから、今度はあちらへ。

 二泊三日くらいだったら、お互い都合を合わせられるかと。


 ……私は玉彦と旅行にさえ行ったことがない。

 そして箱の中には、まだ切手も貼られていない白い封筒があった。

 玉彦が冴島月子に宛てて書いたもの。

 玉彦はこの人に私に囁いたように、愛していると書いているのだろうか。

 封をされていないのを良いことに、私は便箋を震える指先で抓み出した。


 そこには、三月には鈴白村へと帰ること。

 私との結婚が決まっていること。

 もう逢えなくなるのが悲しいと書いてあった。

 どこにいても、忘れずに想い愛し続けるとあった。


 あまりの衝撃に、私は呼吸をしていなかった。


 どうやってその一軒家を出たのか、覚えていない。

 車のエンジンを掛けて、ハンドルに額を押し付けた。


「うぐっ……」


 全く可愛くない嗚咽に、あの冴島月子という人は玉彦に別れを告げられてもこんな泣き方なんてしないだろうと思った。


 コンコン。といつまでも泣いていると車の窓を帰宅した須藤くんが叩いた。

 すっかり遊び人風になってしまった須藤くんは、私の顔を見てぎょっとしてドアに手を掛ける。

 私はすかさずロックして、発進させた。

 左右を確認して右折すると、向こうから玉彦と豹馬くん、そしてその後ろに数人の友人たちが歩いている。

 引越しの準備の為に手伝ってくれる友人が来るとは聞いていた。

 私が車でその横を通り過ぎると、玉彦と目が一瞬だけ合った。

 でも私はすぐに逸らして前だけ向いた。

 玉彦の後ろを歩く小町級の別嬪さんが、彼の後ろに流れるマフラーを可愛らしく掴んでいた。



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