私の婚約者
水無月花音視点の話です。
訓練開始後すぐくらいの話です。時系列的には投稿する順番が前後しています。ご了承ください。
私が幼い頃に許嫁が決められた。そして、その人と初めて会ったのは、私が小学校に入学する前の事だった。
その人の名は高瀬清士郎。
高瀬家は水無月よりは劣るが、それでも十分名家というに相応しい家だ。
彼は当時高校生で私なんかよりずっと大人で、私では見合わないくらい素敵な人だった。それは今でも変わらない。
だから、私は少しでもこの人の隣が似合うような大人な女性に少しでも早くなりたかった。
一目会った時から、優しく紳士的なこの人に私は心を奪われてしまった。
彼は私の事をどう思っているかなんて分からない。
親が決めた事に逆らう事はできないだろう。
私は彼と将来結婚する事が決まっている事を幸せに思っているが、彼はどうだろう?
こんな子供となんて本当は嫌かもしれない。
自分の家と水無月家の顔色を窺わないといけない事が苦痛かもしれない。
それでも、私に優しく接してくれて、一人の人間として扱ってくれるこの人を私は手放してあげられない。
誰かが『初恋は実らない』と言っていた。
けれど、それはきっと嘘。そう思いたい。
私の想いは通じているかは分からない。それでも生涯を共にする事はできる。
きっとそれ以上を望んではいけない。
そして、水無月の名と私でその人生を奪ってしまうのだから、私はせめてこの人の隣にいて恥ずかしくないくらいにならないといけない。
だから私は努力して、努力して、努力し続けた。
私の持つ言葉の力は誉と言われた。
ならばそれに見合う知識を、水無月の人間として恥ずかしくない程の知識をといって身につけた。
中学生の時までは学内一の才女と言われた。魔法も学力もトップクラスで何も恥じる事などないと思っていた。
けれど、高校に入ってからはそうはいかなかった。
入学して最初の実力試験で、私は次席だった。
その成績は稀に外部の模試を受けた時に見る成績だった。そして、その試験と同様に主席を掻っ攫っていったのは如月魔法学校の生徒会副会長の西雲葉月だった。
模試で次席を取った時も一体誰だと思って調べた。
すると如月魔法学校の生徒だと分かった。あの学校の生徒は優秀な生徒が多いとは聞いていた。
だが、私は努力し続けた。だから、きっと今回こそは大丈夫だと思っていた。
なのに、また同じ『西雲葉月』という人間に邪魔された。
そして、同じ生徒会に入り、彼が一般家庭の子だと知って驚愕した。
きっと私の方が優れているはずなのに。最初はそう思った。
でも、直接会うと強すぎる威圧に直接顔を見る事すら恐ろしく感じた。
勝てない。
そんな言葉が私の頭の中に渦巻いた。
そんな事ないと否定したかったけど、彼を見る度に敗北感を感じた。
最初、彼が戦っているところを見た時に圧倒的な力の差を感じた。
短く、洗練された詠唱。完璧にコントロールされた魔法。無駄のない動き。
全てにおいて私は負けていた。
それが悔しくて、遠巻きに彼の行動を観察した事もあった。
的確な指示、瞬時にこなされる業務、教員から任される仕事の量。どれを見ても仕事のできる人だった。
優秀、完璧、天才。彼を表す言葉は数多くあった。
威圧で怯える生徒もいたが、それでも女子生徒は遠巻きで色んな噂話をしていた。
会長と付き合っているんじゃないかという話もあって、身分違いの恋なんて騒がれていた。そこに茶々を入れているのが神在さんなんて話もあったが、何故かそこに私の名前が挙がる事もあった。
同い年で、主席争いをしてるからというのが噂の元だったらしいが、男女というだけでそういった関係を疑う人がいたそうだ。下世話でならない。
当の本人はそんな噂を知っているのかどうかすら分からない。
彼の頭の中はどうなっているんだろう。そう思っても何も分からない。
普段生徒会業務に追われている癖に、成績優秀とかふざけている。
時々聞こえてくる彼の知識の端々は、私の知らないものもあった。
その時は悔しくて堪らなかった。
どうして? こんなに頑張ってるのに、業務ばっかりしている人に負けてるの?
嫉妬心に駆られた。
生徒会に入ってからはいつもこんな感じだった。
そして、訓練が始まった時、西雲君は私達の何倍も動いているのに、疲れを見せず業務までこなしていた。
魔法なんて勝てるはずもない。私だけじゃない。他のメンバーが束になってもきっと勝てない。
絶望まではいかないが、これ程までに力の差を見せつけられたら悔しさに押し潰されそうだった。
彼の過去を少し聞いても、そんなに体力が無かったようには思えない。
男女の差はあっても、今の時点では大きく差があり過ぎる。
名家の出である私が一般家庭の子供に負けているという事実はどうやっても覆らない。
学校で顔を合わす度に憂鬱さを感じた。
最近では訓練も始まって、より一層憂鬱さを感じた。
そんな中で唯一の楽しみは清士郎さんと会う事だ。
清士郎さんはすでに社会人で、とても忙しいだろうに私の為に時間を作って会いに来てくださる。
そして、明日は一緒に出掛ける日だ。
私は遠足を楽しみにしている子供のように、その日はなかなか寝付けなかった。
お出掛けに持って行くバッグも着ていく服も履いていく靴だって決めていた。
なのに……。
「髪飾りが決まらない……」
それ以外は完璧に用意していた。なのに、髪飾りだけはすっかり忘れていた。
服なんて何日も前から決めていたというのに、なんという失態だ。
「ばあや! 手伝って!」
私は幼い頃から私の面倒を見てくれている老齢の女性を呼んだ。
こんな事で清士郎さんを待たせるわけにはいかない。
「はい、はい。お嬢様、ばあやはここにいますよ」
そう言ってばあやは私の持っている髪飾りを持ってきた。
今、私が着ている服はライトブルーのシンプルなワンピースだ。靴は歩きやすい程度のヒールのアイボリーのパンプスで、バッグはブラウンの落ち着いた雰囲気のものだ。
それに合うものを探さないといけない。
しかも、髪はかなり長く、ボリュームもある。それを加味して選ばないといけない。
「どれにしたらいいのかしら……」
真剣に悩んでいるとばあやがピンク色のレースのリボンを私の髪に合わせてきた。
「こちらは如何ですか?」
「子供っぽ過ぎるわ。服にも合わないもの」
「そうですか……。では、こちらは?」
そう言いながら差し出してきたのは色とりどりの石のついた髪飾りだった。
「それは派手すぎるわ。清士郎さんはあまり華美なものは好きじゃないもの」
綺麗ではあるが派手すぎる。できるのなら清士郎さんの好みに合うのものを身につけたい。
「では、こちらは如何でしょう?」
そう言って差し出してきたのは小ぶりの青い石のついた銀細工の髪飾りだった。
「合いそうだけど……私の髪を纏めきれるかしら?」
そこだけが不安だった。色味も綺麗だし、落ち着いて大人っぽいからすごくいいと思う。けれど、少しばかり私の髪を纏めるには華奢に見えた。
「大丈夫ですよ。そこはばあやの腕の見せ所です」
そう言ってばあやは私を椅子に座らせて、髪をいじり始めた。
その途中に清士郎さんが到着したという知らせが来てしまった。
「ばあや、後どのくらい掛かりそう?」
あまり待たせてしまうと申し訳ない。少しでも早く終わらせて欲しくて、ばあやを急かしてしまった。
「もうできますよ。少々お待ちくださいね」
そう言われても終わるまでは、そわそわし続けてしまった。
「できましたよ、お嬢様」
そう言われ、鏡を確認すると驚くほど綺麗に纏められ、飾りも品よくつけられていた。
「ありがとう、ばあや」
「滅相もございません」
ばあやを見ると腰を折ってお辞儀していた。
「行ってくるわ」
私はそう言ってバッグを持ち、急ぎながらも、優雅に見えるように清士郎さんの元へと急いだ。
「大変お待たせいたしました」
清士郎さんの姿を認めて、そう言うと、清士郎さんは朗らかに微笑んだ。
「いいえ、そこまで待っておりませんよ。今日も素敵ですね」
自然と褒めてくれるのは、本心なのか社交辞令なのかは分からなかった。それでも私の心は弾む。
「ありがとうございます」
頬がとても熱く感じたが、変に思われていないだろうか?
清士郎さんは変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。
「では、まいりましょうか」
そう言って手を差し出してくれた。その手を取ると、清士郎さんは乗ってきた車まで案内してくれた。
「今日は言っていた通り、博物館へ向かおうと思いますが、よろしいでしょうか?」
清士郎さんは毎回行先を確認してくれる。元々二人で話し合って行き先を決めているのだから断るわけがない。
「はい、問題ありません」
清士郎さんは私の返事を聞いて、にっこりと微笑んでから運転手に行き先を伝えた。
歩いて向かう時もあるが、遠い所や人目がある時は車を使うのが常識だ。
今回は然程遠くはないが、名家の人間ばよく利用する博物館の為、車を用意してくれたようだ。
着くまでは他愛のない話をした。でも、生徒会の話はできなかった。
「さあ、到着しましたよ」
そう言われ、差し出された手を取った。
目の前には大きな博物館があった。
「参りましょう」
「はい」
エスコートし慣れている清士郎さんはごく自然に私を導いてくれる。
歩く速さも私の事を考えてくれる。育ちがいいと当たり前なのかもしれない。けれど、この気遣い一つ一つが嬉しくて堪らない。
行き先だって、幼い頃は子供の好みそうな遊園地とかに連れて行ってくださった事もあった。でも、最近は美術館や博物館も多い。
ただ、今日は博物館を選んでしまった事を少し後悔した。
最初のうちは楽しく見て回れた。だが、一か所、不快なものを思い出してしまった。
その所為で溜め息が零れてしまった。
「あまり、好ましくないものでもありましたか?」
少し不安そうな表情で清士郎さんが尋ねてきた。
しまった。こんな顔をさせるつもりなんかなかったのに……。
「いえ、少し……自分の知識不足があった事を思い出してしまっただけなので、気になさらないでください」
それもこれも西雲君の所為だ。
少し前にここに展示されている内容と被る話が生徒会内で上がった。何故その話題が上がったのかは覚えていないが、私は知らない分野だった。
それなのに、西雲君はさも当然のようにスラスラと説明していた。
聞かれていなかったら西雲君も説明をしなかっただろうが、それでも簡単に説明してのけるなんて私には厭味でしかなかった。
思い出しても怒りに似た感情が湧いてしまう。
それを清士郎さんは読み取ってしまったようで「外に出ましょうか」と言って、私を外に連れ出した。
「すみません、折角連れてきてくださったのに……」
申し訳なさで一杯になってしまった。それなのに清士郎さんは嫌な顔を一切しなかった。
「お気になさらないでください。今日はゆっくり話でもしましょうか? 落ち着くカフェがあるのですが、そちらに案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
清士郎さんの誘いを断るわけがない。
清士郎さんが案内してくれる場所なら、どこでも嬉しい。嫌な気持なんかきっと消え去るだろう。
清士郎さんが案内してくれたカフェは博物館から然程歩かずに着く場所にあり、家柄のある人達が利用するようなところだった。
だから各席に会話が漏れないように防音の魔法具が設置されていた。
席に案内され、飲み物も運ばれ終わってから、清士郎さんは落ち着いた優しい声で話し掛けてきた。
「ここでしたら何を話しても咎められる事はありませんよ。聞いているのは私だけですので、遠慮せず話していただければ幸いです」
清士郎さんは微笑んでくれたけど、私には気が重かった。
話すってさっきの話の続きでしょう? そんなの話したくない。
それが表情に出ていたのか、清士郎さんは少し困った顔をした。
「花音さんの学校での様子をお聞かせいただければ嬉しいのですが、難しいでしょうか?」
「……聞いてもきっと楽しくないですよ」
愚痴や文句なんて聞きたくはないだろう。それを言ってしまいそうになる学校の話なんて極力話したくない。
「花音さんは今は生徒会に所属していると伺いました。そして、その為、前線に立って戦っているという事も伺いました。それはとても心配なんです。貴女が怪我をしてしまわないか、何か気に病む事がないかと、とても心配しているんです。最近では訓練も始まったと伺いました。つまり、それほど危険な状況なのでしょう。それを分かりながら何もできないのは歯痒いのです。今の自分にできる事は貴女の話を聞く事くらいです。それも許しては下さりませんか?」
そんな風に言われて断れるわけがない。
「先程も申し上げましたが、聞いても楽しくはないと思いますよ。それでも、よろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論です。貴女の話ならなんだって伺いたいですから」
清士郎さんはこういうところが狡い。ふわりと笑って、私の心の中にいとも簡単に入ってきてしまう。
「どこからお話ししましょう。生徒会に入った事も、訓練が開始になった事も既にご存知ですものね」
私は話していないが、きっと父にでも聞いたのだろう。
私の近況は父経由で知らされる事も多いようだ。
「訓練というのは実際どのような事をなさっているのですか?」
「主に体力強化です。他は魔法による攻撃の威力とスピードの強化ですね」
ほとんど走り込みで終わっている気もしなくはないが、魔法の強化訓練だってしている。でも、時間が圧倒的に足りない。
「指導者がいるのですか?」
「指導……そう言っていいのかは分かりませんが、主に副会長が指示をしています」
「そんなんですね」
「ええ」
自分で『副会長』と言っておきながら、苛立ちを覚えた。
優秀過ぎるあの人の事を少しでも思い出すと腹が立つ。
「その方と何かありましたか?」
その質問に、感情が顔に出てしまっていた事に気付かされた。
「その……あまりに優秀過ぎる人なんです。先程、知識不足があったといったかと思いますが、その人はそれさえも知っていて……きっと私より深い知識を持っているんです。それに、魔法も優秀で、教員から頼られる程に仕事もできるような方なんです」
言っていて悔しさが滲み出てくる。
「その方は花音さんと知識で張り合えるような方なんですね」
「張り合えるというより、向こうの方がきっと、優秀です」
彼の事を優秀と認めざる得ないのが悔しい。
「けれど、花音さんは実に優秀だと思いますよ。努力も惜しみませんし」
「それは、そうかもしれませんけど……」
私だって努力はしている。でも、勝てない。
「花音さんは今までは張り合えるような人がいませんでしたからね。自分に並ぶような方と出会ってこなかったから、戸惑いもあるのかもしれませんね」
「そんな事はないですよ。確かに張り合えるような人はほとんどいませんでしたが、あの人とは張り合う以前に私は負けてしまっているんです。私は入学してすぐの試験で次席でした。でも、副会長は主席でした。それに戦闘でも絶対的な程に強くて、仕事もできるような人なんです。それなのに、その人は一般家庭の出で……」
そこまで言って、私は口を閉じた。
一般家庭の出の人間に水無月の人間が負けているなんて失望されてしまうかもしれない。
そう思ったが、清士郎さんは特に気にした様子はなかった。
「その方はかなり努力してきたんでしょうね」
「そう、なのでしょうか」
努力をしてるのかどうかなんて分からない。すでにあの実力を持っている状態でしか知らない。
「だって、一般家庭という事は魔法とは疎遠で育ってきているでしょうし、中には一般の学校では習わない教科も魔法学校では学んでいるはずです。それも理解しようと思えば相当な努力が必要ですよ」
「それは……そうですね」
私だって努力した。だったら西雲君もそうなのかもしれない。
「その方は現在通われている学校の在籍は長いんですか?」
「ええ、小学校入学してからずっとだと伺っています」
「それなら教員からの信頼があるのも頷けますね。互いの事を良く知っていたら任せる事も数多くなっていくでしょうから、そちらは花音さんが気にする必要はないのではないでしょうか?」
確かに過ごした年数は努力だけでは埋められない。それは割り切るしかないところもあるだろう。
「そうですね」
「ええ。しかし、その方が主席という事は次の試験では花音さんと主席争いをするという事ですね」
「まあ、そうなりますね」
きっと私はまた次席なのだろうと心のどこかで諦めてしまっている。
「凄いですね。花音さんが主席争いをするなど、今までほとんどなかったのではないですか?」
「それはそうですけど……」
「凄い子もいたものですね。けれど、いいライバルになるのではないですか?」
「ライバル、ですか?」
そんな考えに至った事はなかった。
「ええ、同学年なのでしょう? なら、きっと切磋琢磨する事ができると思いますよ。それに相手がもっている知識はそう簡単には測れないでしょうから、知らない事を尋ねるのもいいかもしれませんね」
「知らない事を尋ねるなんて……」
「恥ずかしいですか?」
「ええ……」
自分の知識の無さを露呈してしまう事になる。そんな事、出来るはずがない。
「ですが、その方も答えられなければ、その分野では同等の知識量である可能性はありますよ。それに知らない事を聞いて学ぶという事はそれだけ、知識量も近付くのではないでしょうか?」
それは彼の知識を利用するという事?
そんな事、考えた事もなかった。
黙って考えている私に清士郎さんは微笑みかけた。
「私にも友人がいるのですが、その中には天才と呼ばれる者もいます。それこそ、人の領域を超えているような者で、時には変わり者と言われていますが、案外話してみると普通の人間だと思わされる事もありますよ。相手を知ると見方は変わるものです。その方ともお話をしてみると案外いい友人になれるかもしれませんよ」
「友人……あっ、あの、言い忘れていたんですが、副会長は同学年の男性なんです」
完全に言い忘れてしまっていたが、自分の婚約者が異性と張り合おうとしているなんて知ったら嫌かもしれない。
ここまで話してしまったが、不快に思われたらどうしよう……。
変に焦りながら清士郎さんの反応を窺うと、清士郎さんは口元に手を当てて何か思案している様子だった。
「清士郎さん?」
呼びかけると、清士郎さんはいつものような柔和な笑顔を向けてきた。
「すみません。私の知り合いにも過去に如月学校の生徒会に所属していた者がいるので、案外その子とは知り合いなのかもしれないと思いまして」
「そうなんですね。案外世間は狭いものですね」
「そうですね。ところで、その子のお名前は何ておっしゃるんですか?」
清士郎さんは何故、そんなに西雲君の事が気にかかるのだろう?
私と何かあるとでも疑っているのだろうか?
「西雲葉月という方です。……過去に外部の模試を受験した際に私が次席だった事があったでしょう? その時に主席だった方です」
名前だけはその時に知っていた。
でも、誰も聞いた事のない名前で、どこの家のどんな人なのかなんて分からなかった。
それが、高校に進学して出会うなんで思ってもみなかった。
「西雲、ですか……」
「ええ、どこかの家の派生なのかと思った事もあったんですが、そうでもないみたいで、完全に一般家庭の出のようです」
気になって色んな所の家系図を調べた事がある。氏に『雲』がつく名家はいくつかある。そこからの派生かと思ったが、そうではないようだった。
「そうなんですね。余程、その学校で求められるものが多かったのかもしれませんね。そうでなければ一般家庭の子供がそこまで優秀な成績を修めるのも珍しいでしょう」
確かに模試の上位を見てもよく聞いた事のある家の出だったり、あまり聞かずともどこかの名のある家の人間ばかりだ。
一般人がというのはあまり聞かない。
「……でも、だからと言って、出来ない事はないといった程になる事があるのでしょうか?」
才能の差があるんじゃないか? 私には届く事の出来ない領域にいるんじゃないか?
そんな事ばかり考えてしまう。
すると、清士郎さんは少し困ったような表情を浮かべた。
「花音さんは、今までは感じた事のない劣等感を感じてらっしゃるんですね。けれど、その子が努力もなしに今のようになったとは考えにくいのも確かなので、それは理解すべきですよ」
「それは……そうです、けど……」
「私も天才と言われている友人には苛立ちを覚えた時期があります。何をやっても敵うわけがないのに、近くにいるというだけで比べられ続けて……。その時は本当にその人が嫌いになりましたよ」
清士郎さんのその言葉にこの上なく驚いた。
「清士郎さんがですか? 信じられません」
だって、清士郎さんが人を嫌うところなんて想像できない。
「信じられませんか? でも、事実ですよ。ただ、その友人……いえ、友人と呼ぶにはまだ親しくなかった時はとても嫌いでした。けれど、相手と話す機会が増えて、知っていくうちに案外放って置けなくなったんですよ。仕方のないの一言で許せる事も増えたおかげで、今ではそこまで嫌っておりませんよ」
清士郎さんはその友人を思い出したのか、苦笑を漏らしていた。
「そう、なんですね……」
「ええ、ですので、性別が違っても花音さんはその方と友人になれるかもしれませんよ。少し、相手を知ってみてはいかがでしょうか?」
「そう、ですね……。少し、考えてみます」
「ええ、花音さんの学園生活が充実したものになる事を願っていますよ」
「ありがとうございます」
それからは他愛のない話をした。ただ、私も清士郎さんも流石に『如月』の話はしなかった。
いくら私が如月魔法学校に通っていても、あまり口外するべきではない。
彼女の社交界での様子は清士郎さんもよく知っている。けれど、学校での様子はよく知るものとは全く異なっていた。それを話すのは憚られる。
そして、清士郎さんは家柄的にもそう簡単に口に出すべき家でないと分かっている。だから、お互いに暗黙の了解で彼女の事を口にする事はなかった。
暗くなる前に私は清士郎さんに家まで送ってもらった。
「本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、時間を作ってくださってありがとうございます」
お互いにお礼を言って別れる。
婚約者であってもまだ、私は未成年で、親の庇護のもと育っている。夜遅くまで一緒にいる事はないし、一つ屋根の下で暮らす事もない。
どんなに今すぐ大人になりたくても、こればかりは無理だ。
年齢差なんて一生埋まる事はない。
なんで同じくらいの年で生まれなかったんだろうと、どうしようもない事を何度も思ってしまう。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
家に入るといつものようにみんなが迎えてくれる。私はこの家でとても大切にされている。それは痛い程に分かる。
「ただいま戻りました」
それ以上の言葉を掛ける事なんてほとんどない私に、みんなは尽くしてくれる。なんて恵まれているんだろう。
それなのに、色んな事を望んでしまう。なんて我儘なんだろう。
自室に戻るとばあやが入ってきた。
「お嬢様、髪を解いてもよろしいでしょうか?」
「お願いするわ」
素っ気のない私にばあやは世話を焼いてくれる。
「本日は如何でしたか? 楽しめましたか?」
ばあやの言葉に素直に楽しめたと思えなかった。
「そう、ね。……きっと迷惑を掛けてしまったわ。だから、あまり楽しめたとは言い難いわ」
幼い頃から私の面倒を見てくれているばあやには悩んでいてもそれを打ち明けられる。
ばあやは嫌な顔一つせず、私の話を小さい頃から聞いてくれている。
今日も同じように変わらぬ優しい顔で私の話を聞いてくれた。
「私、きっと子供なんだわ。妥協を覚えないといけないところもあるんでしょうし、清士郎さんの言う通り、嫌な相手の事でも知っていけば見方も変わるかもしれない。それでも、私には難しいわ。好ましく思はない相手とはあまり関わり合いたくもないし、知りたいとも思わないし、友人になんてなれるとは思えないわ」
なんて身勝手なんだろう。嫌いは嫌い。それでいいじゃないって思ってしまう。それじゃ駄目なの?
そう思いながら少し俯いていたら、ばあやが優しい声で話し掛けてきた。
「お嬢様は子供というわけではありませんよ。嫌いな相手を好きにならなければならなかったり、嫌いな人間をつくらないのが大人なら、ばあやは大人ではないですよ」
「ばあやも、嫌いな人がいるの?」
「勿論ですとも。嫌いな人間を無理に好く事はできませんよ。どれだけ相手を知っても好きにはなれない事もあるのです」
「そう、なのね」
色んな考えが渦巻くような世界に全員を嫌う事なく生きる事は確かにできないんだろう。
「それにお嬢様、私から見たら年齢的に言わせていただきますと、旦那様も奥様も子供ですよ。無理に大人になろうとしなくてよろしいんですよ。それに、お嬢様がばあやを必要しない程に大人になってしまったら、ばあやは寂しく思います」
少し態とらしさを含んだその言葉にクスッと笑いが零れた。
「そうね。じゃあ、もう少し子供でいようかしら?」
「ええ、それがようございます。勿論、お嬢様が今後人付き合いで、悩まれる事があるのならいくらでも相談は乗りますし、お嬢様が嫌ってらっしゃる方がお嬢様に何かされるようならばあやがその方を許しませんよ」
「それは心強いわ。でも、清士郎さんの言うように、私は西雲君の事を知らなすぎるんでしょうね。嫌うにしても本当は知らなすぎるんだと思う。少し、頑張ってみるわ」
「お嬢様が頑張られるのなら、ばあやは全力で応援いたします」
「ありがとう」
小さい頃から私の味方をしてくれるばあやの言葉はとても心強い。
きっと知っていくと変わるんだろう。それがどう変わるかは分からない。もっと嫌いになったり、怖れを感じるようになるかもしれない。でも、清士郎さんの言う通り、いい友人になれるかもしれない。
また週明けからは生徒会のメンバーとして過ごす事になる。けど、少しばかり頑張ろうと思えた。




