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ぬいぐるみ

睦月野唯のぬいぐるみについての話です

 カチャカチャと音が響く生徒会室。その中央には可愛らしい丸いテーブルが二つの椅子に挟まれている。

 真っ白なテーブルクロス、それに映える真っ赤な花、一口サイズの色とりどりの菓子、ふわりと香りが漂う紅茶。

 これらを用意しているのは、機嫌よく鼻歌を歌っているこの学園の生徒会長、如月弥生だ。

 もうすぐ準備が終わるという時に、軽い音のノックが三回聞こえてきた。

「はーい!」

 弥生はパタパタと走ってドアを開けた。

 そこにはまだ幼い少女が年に合わない凛とした顔でちょこんと立っていた。生徒会情報処理担当の睦月野唯だ。

 睦月野は自分の役職を示すようにノートパソコンの入った鞄を右手で持ち、いつも持ち歩いているウサギのぬいぐるみを左で抱えている。

 そんな睦月野に笑みを浮かべ、如月は丁重に持て成した。

「どうぞ、入ってちょうだい」

「失礼いたします」

 年齢に似つかわしくない丁寧な言葉を述べ、一礼し睦月野は生徒会室に入った。

「今は私の貸し切りにしているの。だから他は誰も入ってこないわ」

 普段なら副会長の西雲葉月が業務をこなしていることが多いが、如月が無理を言って貸し切ったのだ。

「そうですか。それで何の用ですか?」

 淡々とした声で尋ねる睦月野に、如月はくすっと笑う。

「少しお話ししようと思ったの。私とのお茶会は嫌かしら?」

「いえ、嫌というわけではありませんが……」

 睦月野はお茶会をする理由も見当たらず、何故自分と二人きりなのかが分からなかった。

「別に唯ちゃんとだけってわけじゃなく、みんなと一人一人時間を取ろうと思うの。コミュニケーションは大切でしょ?」

 如月は睦月野の疑問を見抜き、柔らかな笑みを携えそう答えた。

 言ってしまったら会長と他のメンバー一人一人の面談なのだ。それが分かったらしく、睦月野はこのお茶会を受け入れた。

「お話をする事は分かりました。けれど、ここまで用意していただかなくてもよかったのに……」

 綺麗に整えられたお茶会のセットが睦月野には少し豪華すぎた。それは如月も分かってはいたのだろう。

「私、お茶会を楽しむ時間が欲しかったから用意したの。それに付き合わせてごめんなさいね」

 そんな風に言われたら睦月野も断れるはずがなかった。

 睦月野は大人しくそのお茶会を受け入れる事にした。

「さあ、座って」

 如月に促され、睦月野は用意されていた椅子に座った。

 如月はカップに琥珀色の水色の紅茶を注いだ。そして、それを睦月野の前に置いた。

「私のお気に入りのお茶の一つよ。気に入ってもらえると嬉しいわ」

 にっこりと微笑む如月に睦月野は少し気まずさを覚えた。

 睦月野は家自体は古くからあり、由緒正しいと言えるが、決してお嬢様といったように育てられたわけではない。

 だから作法もそこまで詳しくはない。

 もし不作法だと思われてしまったらという不安と、目の前の液体を飲んでも味すら分からないのではないかという不安を抱えていたのだった。

 それを如月は見抜いた。

「今は私と二人きりだから楽にしてね。楽しまないとお茶もお菓子も美味しくないでしょ? それに嗜好品だもの。好みはあるわ。だから唯ちゃんが美味しいって思うもの是非教えて?」

 如月のその言葉に睦月野は少し肩の力が抜けた。

「では、いただきます」

 そう言って紅茶を一口飲んだ。だが、思ったより熱かったようで吃驚してすぐにカップを口から放した。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。思ったより熱かっただけなので……」

「猫舌?」

「……はい」

 睦月野は申し訳なさもあり、少し俯いた。

「少し暑くなってきたし、今度はアイスティーを用意するわね」

 如月は気にしていないといったように微笑んだ。そしてまた次の機会の話をしたのだった。

「私なんかと話しても楽しくないと思いますよ」

 睦月野は少し自棄になり、そう言った。だが、如月はふわりと微笑んだ。

「私は唯ちゃんとお話がしたいの。それ自体に意味がるんだもの。だから楽しくないなんてないわ」

「会長は変わってます。私なんかきっと生意気で、小難しい事は知っていても常識や作法を身に着けられているわけじゃない。年相応の可愛げなんてどこにもない。そんな私と話したいなんて変わってます」

 睦月野はウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて言葉を吐き捨てた。

 如月は少し悲しげな表情を浮かべならがらも微笑み続けた。

「唯ちゃんは可愛いわよ。私の知らない事もたくさん知ってる。それは素敵な事よ。だから自分の事を『なんか』なんて言わないで。ね?」

 その言葉に睦月野は只管に黙り続けた。

 如月はそんな睦月野に少し困惑したが、それでも微笑み湛えていた。

「唯ちゃん。良かったらお茶が冷めるまでお菓子でも食べない? 色んなものを用意したの」

 如月の言う通り色とりどりの小さな菓子が並べられている。だが、睦月野は首を横に振った。

「じゃあ、少し唯ちゃんについて聞いてもいいかしら?」

 それについては睦月野は頷きすらしなかった。

 だが、黙り続けるのは如月としても気まずいようで睦月野の反応もないまま質問しだした。

「唯ちゃんは紅茶とコーヒーだったらどっちが好き?」

「別に、どっちも、そんなに好きじゃないです」

 睦月野は普段どちらもあまり飲まない。だからそんな答えになってしまった。

「じゃあ、普段よく飲むのはなぁに?」

「……ココア」

「そう。甘い方が好きかしら」

 その質問には頷いて返した。

「じゃあ、お菓子もしょっぱいのより甘い方が好きかしら?」

 睦月野は再び頷いた。

「じゃあ、これおススメよ。甘くて美味しいの」

 如月はそう言うと桃色の一口サイズの菓子を皿にのせて睦月野に渡した。

「もし今食べないなら持って帰っても大丈夫よ」

 如月のその言葉を聞いても睦月野はなかなか動かなかった。

「じゃあ、私も貰おうかしら」

 如月はそう言うと睦月野に渡したものと同じ種類の菓子を取り、見本を見せるように口に運んだ。

 如月はしっかり味わうように咀嚼し、飲み込んだ。

「美味しいわ~」

 如月がとろけるような笑みを浮かべると睦月野の喉が小さく鳴った。

 そして目の前に置かれた菓子に手を伸ばし、口に入れた。

 ふんわりとした食感、口の中一杯に広がる甘味に睦月野は笑みが零れた。

「ふふ。美味しいわね」

「はい」

 睦月野は少し気恥しそうに返事をした。

 暫く二人で甘味を楽しんでから、如月は一つ睦月野に質問した。

「唯ちゃんはそのウサギのぬいぐるみをずっと持ってるけど、いつから持ってるの?」

「えっと、数か月ほど前からなんです」

 数か月前という事は睦月野はまだ小学校入学前という事になる。

「そうなのね。凄く綺麗だからよっぽど大切にしているにしても、そんなに経ってはいないのかなとは思っていたけど」

「えっと、たぶん製造からもそんなに経ってないんだとは思います」

「たぶんっていう事は唯ちゃんが買ったものじゃないって事かしら?」

 睦月野はその質問に頷いた。

「人から、貰ったんです」

「そうなの? 誰から?」

「それは、その……誰か分からないんです」

「どういう事?」

 如月は理解できず首を傾げた。

「あの、私、このぬいぐるみ貰う前に魔力の暴走を起こしかけたんです。でも、助けてくれた人がいて……。その時、私は痛みとかであんまりその人の顔とか覚えてなくって……」

「まったく覚えてないの?」

 それに対しては睦月野は首を横に振った。

「ぼんやりとは覚えてるんです。男の人で、温かい手をしていて、優しい声だったんです。その人が私にこのぬいぐるみをくれて、頭を撫でてくれたんです。『もう大丈夫だよ』ってその声だけは覚えてるんです」

「そう。じゃあ、そのぬいぐるみは唯ちゃんにとって大切な思い出なのね」

「はい」

 睦月野は返事をしながらぬいぐるみに顔を埋めた。

 その様子を如月は微笑みながら見つめた。

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