八話ですぜ、旦那!
辺境を治めるブース伯爵から、ギルバードさん達を含めた私は盛大なおもてなしを受けた。これは偏に、勇者であるギルバードさん達のお陰である。
とは言え、そんな最高の生活がいつまでも続く訳がなく、五日目の今日、泣く泣く旅立たねばならなくなった。
まぁ、これも致し方ない。身の安全の為に、出来る限りムーティッヒ国の中でも一番安全な王都へと行かねばならないのだから。
しかし、その現実を頭では分かっていても、いざ出発すると直ぐに歩くという作業が苦痛に感じられ、私の気分は一気に天国から地獄へと落ちたと言っても過言ではない具合である。
「はっはっはっ。次の町に着けばまたノンビリ出来るから、それまでの我慢だ。頑張れ、コーター」
「ギルバードさんは慣れているので苦に感じないのでしょうが、私はしがない鍛冶師ですからね。辛くて堪りませんよ」
「そうか? ムーティッヒ国内に入るまで、一言も泣き言を言わなかったじゃないか」
「いや、それはまぁ………。皆さんのように強い男ではありませんが、それでも一応は私も男ですので、それなりにプライドもあって早々に泣き言は言えなかったんですよ。
ですが、ブース様の所で御厄介になった後なら、流石に泣き言の一つや二つは言いたくなってしまうのが本音というものです」
「あ〜………。まぁ、確かにあの生活を満喫しちまうと仕方ねぇよなぁ」
私の気持ちを察してなのか、明るい口調で話し掛けて来たギルバードさんに、私は飾らぬ本音を伝えた。
その本音を聞いて、苦笑しながら同意するギルバードさんを見ていると、少しだけ沈んでいた気持ちが浮上する。
護衛だけではなく、こうやって私の事を慮ってくれる彼らには感謝しかない。
彼ら以外の冒険者を護衛として雇っていたとしたなら、私はきっとブツクサ文句ばかり悪態吐く嫌な奴になっていただろうと思う。
そうなっていたなら、護衛として雇っていた冒険者に見放され、旅の途中で放置という可能性もあったかもしれない。
彼らを護衛として選んだ数ヶ月前の自分を、私は自画自賛したい気持ちで一杯だ。
「それは兎も角として、実はずっと気になってた事があるんだけど、聞いても良いか?」
「気になっていた事? 改まって何ですか?」
ギルバードさんにしては少し歯切れが悪い問い掛けに、私は首を傾げつつギルバードさんへと顔を向けた。
それが理由で、何が気になっていたのかに気付く。ギルバードさんの視線が原因で、その理由は明らかだ。
「この腰に差した物が気になってたんですか?」
「あぁ。剣にしては細過ぎるし、槍にしては反ってて穂先が無いし、ずっと気になって仕方なかったんだよ」
「秘密している物でもないので、気になっていたのなら聞いてくれて構わなかったんですけど?」
「いや、俺は直ぐに聞こうとしたんだ。でもよ、他の奴らが自分で謎を解くとか言い出して、そのせいで俺も自分で考えろとか言われちまってさ」
「それで聞くに聞けなかった、と?」
「うん、そう」
苦笑しながら頷くギルバードさんは、チラリと仲間達へと視線を向けた。
私もそれに従って視線を移せば、他の面々は水を飲みながら何かを話している姿が目に映った。
「コッソリ教えてくれよ。このままじゃ気になって仕方ない」
悪戯っ子のような笑みで言うギルバードさんは、抜け駆けする事に罪悪感は一切無いようで、それどころか答えが気になって仕方がないと言った様子だ。
そんな無邪気さに、私は思わず笑ってしまった。
辛い旅の最中だと言うのに、この人は本当に凄い人だと感心すると共に、私の気持ちも幾分か子供の頃のように高まるのを感じた。
「んはははは。これは歴とした刀剣で、野太刀って名称の刀ですよ」
「トウケン? ノタチ? カタナ?」
「刀剣は武器を大まかに分類別にした呼び方で、野太刀は名称。そして、刀は………まぁ、これも刀という武器の種類を表す名称ですね」
「う〜ん……。つまり、その腰に差した物は武器で間違いないって事だよな? そんでもって、その武器の名前が野太刀で、剣なんだよな?」
「その認識で大丈夫です」
「はっはっはっ。やっぱり俺の感は当たりだった!」
腰に差していた物を説明するや否や、ギルバードさんは盛大に勝ち誇ったかのように胸を張り、それはもうドヤ顔を浮かべてクワイエットさんへと視線を向けた。
「弓じゃないってよ! これは剣らしいぜ!」
突然ドヤ顔で宣言された面々は、最初何を言われたのか分からなかったらしく、少々困惑した表情を見せた。
しかし、数拍した後にギルバードさんの発言内容を理解したのか、クワイエットさんが答えを聞くのはズルいと言い始め、だから賭けは無しだと最後に言いのけた。
どうやら、賭けの対象になっていたらしい。
「聞いたら駄目だってのは、別に関係ねぇじゃん! あくまでも賭けの内容は弓なのか剣なのか、だろ!」
「いいや! 謎を解くのも重要だったんだよ!」
「何でだよ!」
「旅の中でのちょっとした楽しみが、お前のせいで台無しじゃねぇか!」
「うっせぇうっせぇ! 金貨五枚! これは絶対払って貰うかんな!」
「誰が払うか馬鹿! ズルしたんだから、お前が払え!」
小学生の中でも低学年がするような言葉の応酬は、見ていてちょっと情けないと思える。しかし、何故だか妙に面白い。この調子なら、歩くという苦行も暫くは堪えられそうだ。
そう思い笑いながら歩く私の横に、スッとミールさんが音も無く移動して来た。
「コーター、それは本当に剣なのか?」
「えぇ。これは私の剣術には必要不可欠な武器なんですよ。だから皆さん、この武器が何なのか分からなかったんでしょうね。世界に唯一の私の剣術、その剣術専用の武器となりますから当然形状も特殊ですし。
ただし、本来はもう少し短い物を使用します」
「という事は、八十センチくらいか?」
「はい、大体そんなところです。ですが、通常の長さの物ですと対人戦には適していても魔物相手には通用しないでしょうから、魔物と人間の両者に通用する長さに変更したんです。
そのせいで重くって仕方ないですよ」
野太刀も人を想定した武器ではあるものの、その刀身の長さは非常に異なる。
戦国時代ではこの長さが普通で、江戸幕府が生まれる時代にはもう少し短い物………つまりは、現代で良く知られる長さの刀になる。
これは時代を経る事で、戦争が無くなり屋外での戦闘よりも屋内での戦闘が重要視される事によって起きた変化だ。
平和な世では、殆どが言い争いなどから発生する斬り合いだったし、都会である江戸の道は広くなかったので、鞘同士をぶつける事が無いように考案されたとも言われている。
因みに、鞘同士がぶつかる事を鞘当てと呼び、現代で言うところの肩がぶつかるのと同じで、それによって侍同士の斬り合いに発展する事が多かったらしい。
そんな刀に関する豆知識は兎も角として、ミールさんの目が野太刀に集中しているので、私は見せた方が早いと判断して実際に刀を抜く。
その瞬間、鯉口を切る事で特徴的な金属音が響いた。
すると、盛大に言い合っていたギルバードさんやクワイエットさん、そしてその二人のやり取りを笑いながら見守っていた他の面々が、此方へと視線を集中させる。
私はその視線を感じつつ、腰を捻りながらゆっくりとした動作で刀身を露にさせた。
刃は乱刃が理想だが、その乱刃を可能とさせる薬品が手元には存在せず、それ故に直刃となっている。
しかし、それでも刀特有の美しさが損なわれた訳ではない。
直刃には直刃の良さというものがあり、それを高らかに示すように刀身が一瞬キラリと光った。
「どうです? 美しいでしょう?」
『……………………』
「この剣は特殊な製法で出来てまして、折れ曲がり難く刃こぼれし難くなっています。そして、この剣は何よりも斬るという事のみを念頭にしており、その一点を追及した武器です」
『………………………』
誰もが野太刀の美しさに呆然とする中、私の真横に居たミールさんだけがいち早く復帰し、声を震わせながら小さく何やら呟いた。
しかし、その言葉は余りにも小さく、隣に居た私でさえ聞き取れない程であったが、彼は再度同じ発言を今度は大きな声で響かせる。
「こ、この剣の名は?!」
まるで目が零れ落ちんが如く開かれた瞼に、私は少し得意気になって応える。
「この武器は刀と呼ばれ、その中でも大きな部類に入る野太刀という名称です」
「カタナ………これが刀……!!」
「ぅん? 刀をご存知なんですか?」
「コーター! 早く刀を仕舞うんだ!」
「は? あの、どうかし━━━」
「人に見られると不味い! 早く隠せ!!」
普段冷静沈着なミールさんが、物凄く取り乱してそう言った。
私としては何が何やら訳分からん状況だが、かなり焦っているミールさんを見て、取り敢えず急ぎ納刀し、それをマジックバックへと収納する。
そして取り乱したミールさんに理由を問おうと思ったのだが、彼は必死に周囲へと視線を巡らしていて、戸惑いつつ私もミールさん同様に周囲へと視線を向ける。
だが、道には私達以外には何者も居らず、それどころか動物や魔物さえも存在しなかった。
しかも、ミールさん以外の面々は、私と同じくミールさんの取り乱した姿に戸惑っているようで、全員が首を傾げていた。
「あの、どうしたんですか?」
「少し待ってくれ。周辺に誰も居ないのかを細心の注意を払って調べているからな」
「わ、分かりました」
何やら不穏な雰囲気だ。
勿論、その理由は盛大に取り乱したミールさんが原因である。
暫く真剣な様子で周囲へと睨みを効かせていたミールさんは、誰も居ない事を確信したのか、漸く私へと視線を戻し大きく溜め息を吐く。
心底ホッとしたような、そんな表情を浮かべる姿から察するに、何やら刀という存在が余程に不都合な存在なのだという事実は察せられた。
だが、刀の何が駄目なのか、そして何故ミールさんが刀を知っているのかは分からない。
「コーター、人前で刀は不味いぞ」
やや呆れたような表情と口調でそう言ったミールさんだが、その言葉にギルバードさんが噛み付いた。
「何で取り乱したんだよ。綺麗な剣だったから、確かに変な輩にちょっかいを掛けられる可能性は無いとは言えないけど、俺達が一緒に居るんだから問題ねぇだろ?」
「そうじゃない。いや、そういう事もあるかもしれんが、警戒したのは別の理由だ」
「別の理由? って、何だよそれ」
ギルバードさんの問いに、ミールさんは心底悩む様子で何やら一人考えに耽っているようだったが、小さく仕方がないなと呟くと理由とやらを説明し始めた。
「今から千五百年前、国の前身と呼べる代物は数多くあれど、まだ明確に国という名を冠する物は一つとして存在し無かった時代の事だ。
そんな時代に、突如として国の名を冠する国が初めて出来た。まだまだ国と呼べる程には進歩していなかった数多くの国の中にあって、その国は瞬く間に発展していく。その発展速度は驚異の一言であり、周辺の国も負けじと努力するも一切追い付けぬ独走状態。五百年もの長き年月を、世界はその国を中心に回る事になる程だったそうだ。
だが、その国の偉大なる初代の王が王位を退いた後、その国に負けじと大きくなっていた帝国の魔の手が忍び寄る。帝国は大小様々な国を襲い侵略して力を付けており、偉大なる初代の王が退いたのを好機と見たのだ。
帝国の目的は、偉大なる王の叡智。その時代には少ない農業などで国を富ます叡智であり、どうやって造られたのか判然とせぬ切れ味鋭い武器を造る叡智であり、生活を豊かにする様々な生活用品を生み出す叡智であり、国を万全に運用する叡智であり、矮小な人間が自然に対抗する叡智であり、心底幸福だと思わせる美食や音楽の叡智であり………この世の天国を想像させる国を作り出したその全ての叡智を、帝国は全力で欲したのだ。
ここまで説明すれば、お前達でも嫌になる程に理解出来るだろう?」
チラリと私に申し訳なさそうな視線を向けた後、ミールさんはその視線を厳しいものにして他の面々へと問いと共に向けた。
何故申し訳なさそうに一瞬此方を見たのか、そこに私としては疑問が浮かぶのだが、今はそれよりも歴史の話の続きが気になって仕方ない。
何せ、刀とどう関係するのかが一切分からないままだからだ。
それ故、何やらミールさんの視線にタジタジになっている面々を無視して、私は話の続きを問うた。
しかし、ミールさんは出会ってから一番の呆れた表情を浮かべ、その表情をそのままに固まってしまった。
「あの……えぇと、どうかしました?」
「い、いや、コーターは知っているだろ? その話の続きを」
「いえ、全く知りませんね。実に興味深い話なので、出来れば最後まで聞きたいんですけど」
「全く? あり得るのか………?」
本心から知らないと答えると、何やらブツブツと困惑した様子で呟くミールさん。
その呟きは暫く続くものの、最後に”そうか! 子供の頃に家族を失っているからか!“と、大きく頷きながら答えを導きだしたらしく、一人で納得したようだった。
恐らく、誰もが知っている昔話になるのだろう。
だからこそ、私が知らない事に驚いたのだろうが、それは私の過去のカヴァーストーリーが効果を発揮して、私が知らない根拠の理由となったようだ。
「……報告すべき事が増えてしまったな」
「何の話ですか?」
「い、いや、何でもないぞ。冒険者としての仕事関係の話だからな。こ、コーターには無関係だ」
何やら盛大に取り乱すミールさんの独り言に問うと、至極焦った様子で誤魔化された。
さっきから何やら怪しい。ミールさんだけじゃなく、ギルバードさん達も同様に、非常に怪しい。
だが、今はそれよりも、刀に関係する話が先だ。
「それで、刀が駄目な理由は何ですか?」
「あ、あぁ。………偉大なる王が作った国はユートピアと今では多くの庶民から呼ばれているのだが、そのユートピアは帝国のあらゆる策によって崩壊する事になる。まぁ、そうは言っても、偉大なる王が退位してなければ問題なく存続しただろうがな。
しかし初代の王は退位してまっており、その次代の王では上手く対処出来ず、国が設立されてから五百年六十年後に儚くも散る事になった。そして、帝国が完全にユートピアを征服したのだ。
だが、帝国は本当に欲しかった物を手に入れる事に失敗する。そう、偉大なる王を手中に納める事に失敗したのだ。
初代王は、妻と共に腹を切って死んでしまったのだと伝わっている。敵に捕まるは恥であると、そう考えたのだと云われているが真相は闇の中だ。
そして初代の座を継いでいた王はと言えば、戦の最中に仲間から背を討たれ死亡したらしい。どうやら、帝国の魔の手に靡いた愚か者が多くいたらしいな。
しかし、王の唯一の子供であった王子だけは逃げ延びる事に成功した。しかも、それなりに優秀で信頼出来る家臣達も一緒だったらしく、その姿を完全にくらましたのだ。
それから四百年後、滅びていた筈のユートピアが、以前とは違って遠く離れた場所で突如として樹立される。最初はその事に懐疑的だった帝国の面々だったが、全力で欲した叡智の数々が、実際にその新たに生まれたユートピアで使用されている事を知り、逃げ延びた王族の末裔だと認めざるを得ず、まだ叡智を手中に納める機会があるのだとざわめきだった」
「あの〜、ユートピアを征服したのなら、その時に様々な知識を奪う事に成功したのでは?」
「偉大なる王は妻と共に腹を切って死んだと言っただろう」
「死んだとしても、その知識や知識によって造られた何かは残りますし人の記憶に留まりますから、そこから研究すれば自分の物に出来るじゃないですか」
「あぁ、そういう意味か。確かにそうだな。
だが、偉大なる王が生み出した物の全てが、血の魔法により全て喪失しているとしたら?」
血の魔法とは何ぞや。
心底分からないと言いたげな私の表情を見て、ミールさんはその魔法についての説明をしてくれた。
それによると、どうやら血の魔法とは錬金術の類いであるらしく、造り出した本人が死ねば全て消滅する秘密遵守の為の魔法らしい。
それならば確かに、帝国は叡智の一つも手に入れる事は出来なかったであろう。
いや、国を万全に治める方法や治水技術などなら、実際に見て聞いて学べるので、本当に全てを手に入れられなかったというのはまずなかなろう。
だがしかし、どう考えても学べなかった事の方が多いのは察せられる。
因みに、血の魔法を掛けた品々は、次の者へと継承する事が出来るそうなのだが、帝国はそれを知らなかったので、まだ継承が済む前にユートピアを攻めてしまって叡智の数々を手中に納める事に失敗したそうだ。
「話を戻しても良いか?」
「あ、はい。すいません」
「……新たに生まれたユートピア、その国の王は確かに偉大なる王の末裔であった。そしてその技術や知識も、紛れもない偉大なる王の叡智そのものであると考えられた。
何故なら、世界中の国々がユートピアが滅んで四百年も経つというのに、亡国となってしまったユートピアの足下にも及ばなかったその叡智を、新たに設立されたユートピアが十全に使用していたからだ。
そこで、帝国は再び虎視眈々とユートピアを狙い始めた。用意周到に、大小様々な国々と手を結び、愚かな失策をせぬよう細心の注意を払って、だ。
そうして新ユートピア包囲網が完成し、新たに国として生まれていたユートピアは、僅か百五十年で崩壊する事になった。勿論、叡智の幾つかも奪われたのだそうだ。
だが、全ての叡智が奪われた訳ではなかった。そう、偉大なる王が生み出し育んだ叡智は、その末裔である新ユートピアの王子に伝授されており、王子はその叡智と共に姿を消したからだ。
帝国は無論、そんな王子を血眼で探し回った。新ユートピア包囲網で幾つかの叡智を奪う事に成功したとは言え、全ての叡智を手中に納めた訳じゃないのだから当然だ。
そして帝国は、王子を見付ける為にとある政策を打ち出した。それが刀狩りだ。
逃げた王子の家臣達が、ユートピアの叡智によって造られた刀をユートピア騎士の象徴として所有している事を意図して、刀を持つ者を全員捕らえ始めた。それであわよくば、叡智を受け継ぐ王子を芋づる式に探しだして手中にしようと画策したのだ」
漸く刀の話になったのだが、それで私が刀を持つ事が駄目な理由とはならないだろうと思えて仕方なく、正直言って納得は出来ない。
何故なら、新ユートピアが滅んで四百年以上経つのだから、今さら刀の一本や二本が世に出ても問題にならないと思えたのだ。
「はぁぁ。その表情を見るに、まだ楽観的に考えている様子だな」
「い、いや、それはまぁ………。ですが、実際問題、私が刀を持っていたとしても、新ユートピアの刀が一本新たに発見されたという風に認知されるだけで、別に大して問題にならないのではないかと」
「はっきり言うが、大問題だ。現存する刀の本数は全部で八本であり、その全ては帝国が保有している。
その状況下で、近年になり新たに刀が発見されたという事実は存在しない。……と言うより、もう三百年以上に渡り、未発見の新たな刀が発見されたという事実は無いんだ。全てが四百年前の刀狩りによって帝国に奪われたから当然だな。つまり、それ程に苛烈な刀狩りだったという事だ。
それなのに、嘗てのユートピアを彷彿とさせる武器を生み出せる鍛冶師が突如現れ、あまつさえその鍛冶師が刀を持っているとなったら帝国の者はどう思う?」
「それはまぁ………そう思うでしょうね。私がその末裔なのではないか、と」
「そうだ。新ユートピアの王子が逃亡せず帝国に捕まっていれば………或いは、逃げた王子の死体でも発見されていれば話は別だが、事実はそうではない。
だからこそ、余計な疑いを掛けられぬようにしておかねば、平民のコーターでは危ういんだよ。それはもう非常にヤバい訳だ」
事ここに至って、ミールさんが至極取り乱した理由に合点がいった。
未だに帝国の者が探しているとなれば、確かに私の身は危ういだろう。
私は決してユートピアの末裔ではないのだが(と言うか、この世界の人間じゃないのだが)、地球の遥か優れた二十一世紀の知識を持つのだから、帝国の者からしたらユートピアの末裔だと勘違いしても可笑しくはないのだし。
非常に面倒臭い事になったな。これでは剣道の技術が十全に活かせない事になる。
何故なら、刀は日本剣術があるが故に生まれた武器であり、その日本剣術を活かすには刀がないと駄目だからだ。
似た武器でお茶を濁すという方法もありはするが、それでも剣道を十全に使用するには不適切だろう。
まぁ、そうは言っても、私が刀を手に戦う事などこの先無いと言えば無いので、心底困った事態ではない。
荒事は他人に任せれば良いし、何なら奴隷でも買って護衛をして貰えば良いのだし。
「無駄になっちゃったな」
問題は、苦労して造った野太刀が無駄になったという事実である。
まぁ、製作方法は本来のものを少し変更しており、製作過程で必要な稲穂を麦穂に変えたりしていて、完全に同じような環境で造った訳じゃない。
しかしそれだけに、私の環境で出来る限り試行錯誤して努力しただけに、悔しい思いがあるのもまた事実。
だが、こればっかりは仕方ないだろう。
帝国はこの世界でも一、二を争う国家なのだから、そんな国に目をつけられたらたまったもんじゃない。
要らぬ疑いを掛けられ、その結果捕縛されるなど御免被る。
「そう落ち込むな。コーターには優れた鍛冶の腕があるじゃないか」
「まぁ、そう言われるとそうですね。別に鍛冶の腕が無くなった訳じゃありませんし」
「刀の代わりになる剣を造って、それを護身用に持ち歩けばそれで良いんだ。ククリナイフでも充分だろ? 他にも、傭兵向けに造った剣などもそうだしな」
まるで慰めるかのように優しい口調でそう言うミールさんは、その後も暫くは優しく気遣ってくれた。
それは勿論、他の面々も同様である。
ただし、ギルバードさんだけは少し違っていて、夜になるともう一度刀を見せてくれとか言ってきて、その度にミールさんが刀を誰かに見られると不味いと苦言を呈し、それが旅の道中ずっと繰り広げられる事になる。
新たに到着した町の夜でも、村の夜でも、人目に付かない場所であれば決まって二人のやり取りが繰り広げられ、最終的にはミールさんが怒髪天でぶちギレるまで続いた。
それが途中からはお決まりのコント劇のようで、そのお陰で苦労の多い旅も少しだけ気持ち楽になったと言えるだろう。
そうしてムーティッヒ国に入ってから二ヶ月半、旅を開始してから五ヶ月半にも及ぶビルジア国からの逃亡という苦労の日々は終わりを告げる。
とうとうムーティッヒ国の王都へと辿り着いたのだ。
巨大な魔の森の真正面に相対するかのように存在するムーティッヒ国王都、私はその王都の真裏に位置する巨大な外壁の門を、胸が高鳴るのを感じながら潜る。