七話ですぜ、旦那!
何時もの平凡な朝を迎えたその日、関所からの先触れとして来た者から驚くべき報告を耳にした。
隣国である弱小国家に突如現れた天才鍛冶師が、その国から亡命する為に私が仕えるムーティッヒ国へと入国したというのだ。
しかも、その鍛冶師を護衛する者達は、私の知り合いでもある勇者達だと言う始末。
私はその報告を耳にして、直ぐに使用人達を集めた。
「我が国において非常に重要な一日を迎える事になるだろう。皆の者、心して客人を迎えるのだ」
天才鍛冶師の存在は、二年程前から耳にするようになった。
当初私はその噂を聞いて、余程に素晴らしい彫金を施す鍛冶師なのだろうと勘違いしておったのだが、現物を見た時には絶句した。
いや、正確に言うのなら、現物の使用結果を見て絶句したと言った方が正しいだろう。
何せ、初めて現物を見た時はガッカリしたからな。
理由は単純だ。少し珍しい形状の剣というだけであり、名をククリナイフなる代物で、決して美しい彫金が施されているという訳ではなかったからである。
しかし、その落胆は現物の使用結果を見るまでの事。
通常の刃物であれば、一度でも標的を切りつければ刃が潰れてしまうのにも関わらず、私の目の前で自慢気に商人の護衛が丸太に向かって剣を振ると、刃は潰れず鋭い刃をそのままにしていた。
この結果に、私は絶句すると共に歓喜した。
そう、歓喜したのだ。
そしてその次に、隣国であるビルジア国に嫉妬した。
こんな素晴らしい剣を生み出す鍛冶師が、どうして人口一万にも満たない弱小国家に生まれたのかと。職人国家として名高いムーティッヒ国こそ相応しいと、そう考えられずにはを得ず、私は心底から嫉妬してしまった。
その日からは、どうやって隣国を攻める口実を得ようかと、そんな風に考える日々を送っていた。
そしてそう考えるのは、私だけではなかった。
天才鍛冶師が造った剣を見た沢山のムーティッヒ国の貴族が、ビルジア国を攻める口実を色々と画策し始めたのである。
然もありなん。
あれ程に優れた武器であるなら、この乱世であれば頂点に立つ事さえ不可能ではない。
もしもムーティッヒ国の兵士や騎士が全員、そう、全員だ。全ての兵があの武器を手にしたのなら、周辺の弱小国家を軽々と降し、ムーティッヒ国は中堅国家という立場を脱して大国になるのは簡単だ。
そればかりか、大陸を統べるのでさえ可能とするだろう。
私はそう考えたし、他の貴族も当然そのように考え、本気でビルジア国を攻めようと考えていた。
そしてこれは、ムーティッヒ国のトップにおわす陛下の考えでもある。
まぁ、陛下は大陸を統べるなど考えず、魔の森に生息する魔物対策の為に天才鍛冶師を手中に収めたいとお考えのようであったがな。
まぁ何にせよ、我々ムーティッヒ国内の貴族は、全員が天才鍛冶師を得る為に日夜戦争の口実を見出だそうと躍起になっていた。
ところが、だ。
その喉から手が出る程に欲しかった天才鍛冶師が、先触れの者が言うには、隣国のビルジア国の騎士から端金で武器を造るのを強要され、そればかりか天才鍛冶師に暴力まで振るったのだそうだ。
しかも、要求を断れば死刑にするとまで宣言したらしい。
どう考えても馬鹿で阿呆な行動だとしか言えんし、ムーティッヒ国ならば絶対にしないと言えるだろう。
優秀な職人が減れば、それだけ国力が低下してしまうのが現実。
その現実を知っていれば、そのように短絡的な行動など絶対にする筈が無い。
だが、これは好機だ。
労せずに天才鍛冶師を手中に収められる、まとないチャンスなのだ。
天才鍛冶師が造る武器が兵士全員に行き渡れば、魔物など恐るるに足りず。
大国の動向に恐れる日々も無い。
私は高笑いしたい気持ちを抑え、勇者達が護衛する天才鍛冶師をひたすら黙して待った。
そして昼過ぎ、その待ち人が来たとの報告を耳にする。
私は改めて、その鍛冶師が気分を害しないように接しろと、そう厳重に使用人達へと言明した。
それから暫くすると、執事が少し困った様子で食事の準備が出来た事を報告しに来た。
「旦那様、その……食事のご用意は出来たのですが、鍛冶師様が浴室から出て来ませんで……」
「ちょっと待て! それはもしかして、倒れておるのではあるまいな!?」
「いえ、それがどうも違うようでして。その、何やら歌が聞こえるので、倒れているのではないのだと察せられるのですが、どうもご機嫌なご様子ですので、それを邪魔して食事に移すのは憚られまして」
「あぁ、そういう事か。それでどうすれば良いのか分からず、聞きに来たと」
「はい、左様でございます」
うむ。確かに機嫌良く風呂に浸かっているのを邪魔するのは不味いであろう。
流石は先代から仕える執事だけはあるな、細かな配慮が利く素晴らしい家臣だ。
それはそうと鍛冶師の方だが、好きにさせておけば良いだろう。
気分を害されないよう注意しておけば、それだけで問題ない筈だ。
「ふむ。鍛冶師殿の方はそのままにしておけ。私は勇者達の方から報告を聞く」
「畏まりました」
勇者達は、以前にディアブロという名の災害級の魔物を討伐してから、国からの依頼という形であちこちの国へと行って貰っている。
それはつまり、忍では聞き出せない情報を探らせる為であり、ある意味では今の勇者達も忍の一部と言えなくはない。
それ故に、彼らからの報告を最初に聞いておけば、鍛冶師の気分を害す事なく恙無く接する事が出来るだろう。
どんな人物なのか、短気なのか、職人気質なのか、人物像が分かれば接しやすいというものだ。
そう考え、私は既にテーブルを囲み休んでいた勇者達の下へと場所を移し、挨拶も早々に核心となる質問をする。
「鍛冶師殿は、この国に大きな力をもたらすだろう。それはムーティッヒ国の全ての貴族の考えでもあり、陛下のお考えでもある。その為に、鍛冶師殿の気分を害する事が無いよう事前に色々と知っておきたい。
ギルバード、彼はどのような御仁だ?」
「えぇと……すいません。さっきちょっとした事があって、今は混乱しているので、ミールにお聞き下さい」
「ぅん? 何やら気になるが、まぁ良い。ミール、聞かせてくれ」
まるで上の空と言った感じのギルバードに疑問を覚えるが、こいつは昔からこんな奴であったと思えばそうであるし、それならばとミールに問い直す。
するとミールは、普段の真剣な顔付きをそのままに、少し剣呑な雰囲気を醸し出しつつ口を開いた。
「鍛冶師の名は、コーター。年齢、二十六歳。平民とは思えぬ程に礼儀を知っており、貴族教育を受けたかのように漢字の読み書きが出来、しかも計算はエルフ並みです」
「平民が礼儀を知っているのは商人などの例もあるし驚かんが、漢字の読み書きが出来るというのは驚くべき事だな。貴族でも漢字の読み書きが出来ん奴もおるのだが……。
いや、ちょっと待て! エルフ並みに計算が出来るというのはどう意味だ!?」
「そのままの意味です。俺も父や母からエルフ式の算術を習いましたが、そんな俺以上に複雑な計算式を知っているのがコーターです。実際、幾つもの未知の計算式を教えて貰いました」
「エルフですら知らない計算式を、平民の鍛冶師が………? ただの天才鍛冶師という訳ではなく、算術においても天才だという事か………?」
「その考察は半分正解であり、半分不正解です」
「それはどういう……?」
「先程、風呂の中でコーターが何気無く話してくれた事ですが、毎年冬に発生する餓死者や凍死者などは抜きにして、流行り病や下痢などの体調不良で死ぬ者達を著しく減少させる方法を教えて貰いました。
その事から考えるに━━━」
「待て待て待て! そんな魔法のような事などある訳がなかろう!」
「石鹸です」
「セッケン? 何だそれは?」
「流行り病や下痢などを引き起こす原因を、薬殺する道具。それが石鹸という名の代物なのだそうです」
頭が痛くなってきた。
ただの天才鍛冶師じゃなかったのか?
エルフ並みに算術に秀でて、尚且つ病を蹴散らす道具を造れる天才鍛冶師?
優れた薬師であり、優れた鍛冶師であり、エルフ以上の算術師。
最早、そんな存在は鍛冶師とは呼べんし、決して鍛冶師の枠で収まって良い器ではない。
普段から冷静沈着なミールが、これ程に剣呑な雰囲気で話す理由が良く分かったわ。
私では判断出来んな。
「……その石鹸とやらの現物はあるのか?」
「手が空いたら造るそうなので、その時に俺達にも融通すると申しておりました」
「つまり、造ろうと思えば何時でも造れるという事か」
「はい。そうに違いありません。
後━━━」
「まだ何かあるのか!? これ以上に!?」
今直ぐに陛下へとお知らせせねばならない情報を知ったばかりだと言うのに、もう勘弁してくれ。
そう思うが、聞いておかねばならない。
私は決心して、ミールへと話の続きを促す。
「一年半くらい前なのですが、ヘパイストス村に来た傭兵達がコーターの噂を聞いて対人用の武器を依頼したのですが、その時に妙にコーターが武器の重心がどれだけ重要なのかを語り、そのせいで模擬試合をする事になったんです」
「武器の重心? いや、まぁそれも気になるが、何故そこで模擬試合になる?」
「コーターの話す内容が、どう考えても剣術家のそれで、傭兵達がコーターの実力を試そうと考えたようです」
「ほう。しかし剣術家と言っても、精々たかが知れているだろう」
「はい。俺もそう思っていました。試合を見るまでは」
「つまり、強かったと?」
「はい」
ふむ。しかし強かったと言ったって、在野の剣術など真の剣術からすれば粗末なものだ。
それは兵士や騎士でもそうであり、例外は王を守る近衛兵ぐらいだろう。
何故なら、戦争に直結する技術は全て、王家が独占するのが国の手法であるからだ。
ムーティッヒ国でもそれは同じであるし、他の国でも同様である。
「どれ程の実力だったのだ?」
恐らく、傭兵を相手に難なく倒せる程度だろうと予測しつつ尋ねた私に向かって、ミールは至極真面目な表情で口を開いた。
「大帝国の中でも剣聖と名高いシュラジミールの剣術が、児戯の剣術に思える程には圧倒的でした」
「はっ!? それは冗談の類いか!?」
「いえ、真面目な話です。少なくとも、ムーティッヒ国の近衛兵では勝てないと確信しております」
「ちょっと待て。それじゃ何か、天才鍛冶師は天才薬師でもあり、天才算術師でもあって、それに尚且つ天才剣術家だとでも言うつもりか!?」
「その通りです」
「ふ、ふふふ。そんな馬鹿な話がある訳が━━」
「コーターはもしかすると、嘗て権勢を誇った亡国の尊い血筋かもしれません」
ミールの表情は至って真面目で、とても冗談やふざけているのではないと察せられる。
しかし、ここに来て亡国の尊い血筋というのは現実感が無さ過ぎる話だ。
例え天才鍛冶師であり天才薬師でもあり、その上で天才算術師であって天才剣術家だったとしても、亡国の尊い血筋というのは飛躍し過ぎだ。
確かに、亡国の伝説の数々に照らし合わせて考えると、コーターという存在がピッタリと当てはまる。
だがしかし、亡国は滅亡してから四百年は経っており、本当にコーターがその尊い血筋だとしても知識や技術までは失われている筈だ。
そうでなくば、何故今までその知識を広めなかったのかが疑問だ。
自身の立場を変える大きな力となるのは間違いないし、場合によってはどんな国であろうと引く手あまたになるのは想像に難くない。
大国であっても、高い地位を用意してコーターを招く筈である。
それなのに、あの数々の伝説が残る亡国の知識や技術を利用しない者など居やしないだろう。
「ブース様、決して取り乱さず、落ち着いて目にして欲しい物があります」
「コーター殿が造った武器か?」
「いえ、コーターが亡国の尊い血筋かもしれない証拠です」
「待て、ちょっと待ってくれ! そんな代物があるのか!?」
「伝説では、亡国の王子が国の滅亡に際した時、王家の紋章である魔法のコインと共に逃亡したと伝わっています。誰もが知っているお伽噺の一説ですので、勿論ブース様もご存知かと思いますが」
「それは………いや、それが今此処にあると言うつもりか? 確かにそれがあるのなら判断出来るが、あれは確か王家の血筋の者が血をコインに垂らす必要があった筈だ。そしてその垂らした血にコインが正しい反応を示せば、コインの紋様が亡国の王家の紋様に変わると言われている。
それを確かめる為に、コーター殿に血を下さいとでも言うのか? もし本当に亡国の血筋ならば、絶対に首を縦には振らんし、何より不敬に過ぎる。
それにな、亡国の伝説にあるあのコインの偽物は、世の中に腐る程に存在するのだ。今そなたが持っているのも、そんな偽物の一つにしか過ぎんよ」
「それでしたら、実際に確認してみましょう。幸いにも、旅の途中で魔物に襲われた際、コーターが頬に怪我をしてしまい、その血を拭った布がギルバードのマジックバックの中に入っています。
そして、コーターのマジックバックから、浴室を先に出た俺がコインを見付けて持って来ておりますで、それで結果が分かるでしょう」
「いや……そなた、本気で亡国の尊い血筋だと思っているのか? 確かに話を聞く限り、コーター殿が貴重な人材だというのは嫌になるほどに理解させられたが、それでもあり得んと思うぞ」
普段冷静沈着なエルフのミールは、ギルバードが率いるチームでの影のリーダーを務めている。
表面上はギルバードがリーダーとして振る舞っているものの、アイツはたまにポンコツになるからな。
それ故に、そうなった時にはミールがリーダーの代わりを務めるのだ。
そんなミールの言葉であればこそ、コーター殿の事も亡国の云々以外は心底信頼出来る評価だと私は思っている。
だがしかし、流石にそれは無いだろうと思わざるを得ず、私としては苦笑するしかない。
しかしミールは、コーター殿のマジックバックから拝借したというコインをテーブルの上に置き………いや待て、平民がマジックバックを持っているのか?
どうやって手に入れたというのだ?
マジックバックというのは錬金術師が造る物であり、そうである以上、平民が手にする機会など殆どあり得ない。
何せ、錬金術師とは魔法を使える貴族の一部が、錬金術師専門の家系としてマジックアイテムを造るのが普通で、貴族が関わる以上は当たり前になるが非常に高価な代物となる。
そして、そうやって出来た代物は、ただ高価というだけではなく、どんなにお金があっても伝がなければ買えない代物なのだ。
何故なら、マジックアイテムを持っていれば、それがその家の力の象徴にもなるし、貴族位とは別の力を示す材料にもなるので、ある一定の権力を有していなければ平民が手にするのは先ず無理。
なのに何故、平民であるコーター殿がマジックバックを持っているのだ?
「伝説のコインと同じく、このコインにも王冠の紋様があります」
「う、うむ。そのようだな」
マジックバックをコーター殿が持っているという事実に、私は思考の海へと沈んでいた。
しかし、解説し始めたミールの声によって、私の意識は急浮上し、少し困惑混じりに返答してしまう。
少しだけ、ほんの少しだけだが、もしかするとそうなのではと考え始めた自分に気付き、いやいやそれはあり得ないと理性が否定の言葉を呟く。
「では、このコインにコーターの血が付着する布を擦り付けます」
「……………」
「いきます」
この部屋に居る全ての者、執事、メイド、辺境伯である私、勇者達の面々、本当に全ての者がまさかと思う中、ミールがソッと優しくコインを赤く染まった布で拭う。
すると突然、コインが白く光った。
その輝きは非常に強く、目を開けているのが辛い程であった。
そして数秒の短い時間が経過すると、王冠の紋様が刻まれたコインは、その刻まれた紋様を変化させていた。
「こ、この事は………いいか、この事は口外を固く禁じる!!! そなた達勇者であっても、もしもこの事を口外すれば命は無いものと思え!!!
よいな!!!!」
『はっ!』
えらい事になった。
陛下にいち早く報告せねばならん。
コーター殿が日本国の血を引く尊いお方なのだと、陛下にご報告せねば。
誰がその役目を負うに相応しいか………そうだな、ジェイス以外には居まい。
「陛下への伝言をジェイスに頼んでおいてくれ。爺、絶対にミスるなと厳命しておけよ」
「か、畏まりました」
「それから、コーター殿の………いや、コーター様のご様子を確認しておいてくれ。風呂で倒れられている可能性もある」
「はっ」
執事の爺が部屋から出て行く。
その足音が嫌になるほどに大きく聞こえた。
その後は、室内の誰も言葉を発せず、ただただ沈黙が支配する室内となっていた。
それから幾ばくかして、コーター様が執事の爺に促される形で、この場へとお越しになった。
見た目は遥か北に住む人種に見え、別段おかしな部分は無い。
ただし、コーター様が何者なのかを知ってしまった今の私には、とても普通人とは思えなかった。
極度の緊張が私を支配する。こんな経験をするとは、人生は何が起こるか分からんものだ。
震える手を気付かれぬように必死に抑え、私は自己紹介を始めたコーター様へと素知らぬ振りで応える。
あぁ、やはり普通人ではないな。
発する言葉、仕草、どれを見て聞いても、いやに丁寧だと理解出来る。
恐らくは、王家としての教育をひっそりと受けておられたのであろう。
そして、嘗て滅び去った日本国の知識や技術も、受け継いでおられるのかもしれない。
それがもしかすると、石鹸だとか鍛冶技術の一端であるかもしれん。
そして勿論、ギルバード達が見たコーター様の剣術というのも、日本国の剣術である可能性がある。
「ど、どうやら当家のワインを気に入られたようだな」
「はい。この香りから察するに十年以上は寝かせた物かと思われるのですが、当家の物という言い方からすると、販売はされていないという事ですか?」
「ははは。いやはや、中々に鋭い。一般向けに売っている物もあるにはあるが、今そなたが飲んだワインは贈答用の特別な代物で、一般向けではないのだ。
しかし、今夜は客人を迎えての食事会であるのだから、勿論気にする事なく満足するまで飲んでくれたまえ」
「有難うございます、閣下。感謝の念に絶えません」
「楽にしてくれたまえ」
恐ろしいとすら思えてきた。
ただ一口ワインを飲んだだけで、そのワインを寝かせた年月を当てるばかりか、少しの情報から販売網まで読むとは。
しかし、このお方からは何やら違和感を感じる。
それが何かは分からんが、確かに違和感があった。
例えるならば、まるで自分の立ち位置を理解していないような………いや、そんなまさかがある訳が……。
いやいや、そう考えると何故かしっくりくる。
もしや、コーター様の父祖は日本国である亡国の血筋なのだという事実を、お教えしていない可能性があるのでは?
かの国の知識や技術、そして王家としての教育を、コーター様にそれと悟られぬよう密かに施していたとしたなら、今のような会話にもしっくりくるものがある。
何故なら、身分を隠すにしては平民以上の教育があからさまに表に出過ぎているし、それを知らずに今のようにしているのなら、非常に辻褄が合う。
間違いない。コーター様は自身の身の上を御知りになられないのだ。
糞、ジェイスに報告を行かせたのは早計だった。
この事実も陛下にお伝えせねば、何か取り返しのつかない事になるやもしれん。
細心の注意を払うに越した事は無いだろう。
「勇者達、そしてコーター殿、申し訳ないが急用を思い出した。それ故、先に席を立つ無礼を許してくれ」
「閣下のように高い地位におわすのですから、そのような事を申されなくとも構いません。どうぞお仕事を優先されて下さい」
「う、うむ、すまんな。数日、ごゆるりと過ごされるが良かろう」
咄嗟の発言に対しての応対も完璧だな。嫌味などなく、いっそ爽やかな印象さえ抱かせる発言だ。
どれだけの教育を受けたのか、そしてどんな風に王族としての教育だと悟られないようにしたのか………いや、現状では王族というよりは、貴族を想像させる言動であるが、コーター様の父祖は余程に神経を削るような教育をされたのだろう事は想像に難くない。
きっと帝国を意識し、身分を徹底的に秘匿する事に難儀されたのであろう。
もしも日本王家の末裔だとバレてしまえば、帝国の者に抹殺されてしまうだろうからな。
そう思いつつ席を外した私は、コーター様や勇者達へと短い挨拶を遣り過ごすと、一目散に執事の爺を伴って屋敷外へと出る。
そして馬車に乗り込み、急ぎ王都へと出発した。