五話ですぜ、旦那!
明けましておめでとう御座います!
皆様の健康を願って、ソ〜レソレソレお祭りだぁぁああああ!!
└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘
酒場で盛り上がっていたギルバードさん達に、私は少し話したい事があるので、明日暇であれば鍛冶工房へと来てくれないかとお願いした。
折角盛り上がっているので、今日はその邪魔をするのは無粋だろうと考えたからだ。
しかし、彼らは今からでも全然問題無いと言い、笑顔さえ浮かべながら鍛冶工房へと場所を移す事になる。
有り難い話だ。
彼らにとっては久しぶりの休みであるのにも関わらず、こうやって親切にしてくれるのは本当に有り難い。
それ故、少しでも感謝の気持ちを表したくて、私は彼らに商人から結構な額で買い取ったワインを振る舞った。
そして、そのワインを飲みつつ、兵士を引き連れた騎士達の事を説明する。
勿論、私がこれからどうしたいのかも説明した。
「胸糞悪くなる話だなぁ。それだったら、コーターじゃなくても逃げたくなって当たり前だぜ」
「人口一万未満の小国家なら、そういう話は頻繁に耳にする。……が、こうやって実際に当事者から被害の話を聞くのは初めてだな」
「自国の職人を守らないとは、実に愚かな話だ」
「国の非常時なら徴発も分かるけど、流石に平時において徴発っつうのは初耳だぞ」
「………うむ。それ故に、弱小国家という位置から何時までも脱する事が出来ないのだろう」
私の話を聞いた面々は、呆れたようにそれぞれの感想を口にした。
因みに、弓使いのミールさんだけは渋面を浮かべて黙したままである。
彼はエルフであるらしく、いつも物静かなのだ。
それと言うのも、エルフという人種は例外なく物静かであり、あまり喋らないのが一般的らしい。
まぁ、私はミールさん以外にエルフの知り合いは居ないので、その話が本当かどうかは私には分からないが……。
それは兎も角、ビルジア国が私に対して行った今回の事に、彼らが不満の言葉を口々に呟く中、私はここぞとばかりに真剣な物言いを意識して声を掛ける。
「そんな訳でして、搾取される前に隣国のムーティッヒに逃げようと思ってるんですよ。それでその護衛を、貴方達にお願いしたいんです」
逃亡先を伝えると共にその道中の護衛を頼む私に向かって、何故か彼らは笑顔を浮かべた。
その笑顔を見て、私は一瞬だけ悪い想像をしてしまう。
逃亡を画策する私を、彼らがビルジア国に密告するつもりなのではと、そんな風に一瞬だけチラリと考えてしまったのだ。
しかし、それは大きな間違いであった。
「ムーティッヒ国は俺達の故郷で、活動拠点でもあるんだぜ! コーターも気に入ると保証してやるよ!」
「そうかそうか、やはり優秀な鍛冶師はムーティッヒ国に相応しいからな! コーターが行きたいと考えるのも分かるぞ!」
「歓迎するぜ! 護衛も任せときな!」
「ビルジア国にコーターは勿体無い。我が故郷こそが相応しいだろう」
「………うむ。コーター程の腕ならば、俺の親父達とも仲良く出来そうだし、問題無いだろう」
彼らが笑顔になったのは、愛国心からくる喜びによっての事だったらしい。
私が他のどの国よりも、ムーティッヒ国を選んだ事を嬉しく思っているようだ。
普段無口なミールさんですら、笑顔でボソッと”歓迎する“と言ってくれる程だ。
そんな純粋な気持ちからの笑顔だったのだと知って、自分の心が薄汚れているのではと感じた私は、少しだけ暗い気持ちになった。
しかし、これは自分が知らず知らずナーバスになっているからだと思い直し、私は戸惑いつつも笑顔を浮かべる。
「あ、有り難うございます。……えぇっと、護衛の報酬はちゃんと支払うつもりですが、それとは別に、私が趣味で造った特殊な武器も差し上げるので、良かったら使って下さい」
「「「「「特殊な武器っ!?」」」」」
「え、えぇ。実用的でいて、装飾にも拘った逸品になります。それから、普段は造らない弓もありますよ」
「弓っ!? あ……」
少しの罪悪感から戸惑う私だったが、特殊な武器という言葉に猛然と食い付いた面々に今度は別の意味で戸惑う。
無口なミールさんですら食い付くのだから、その姿には少し引いてしまった。
しかし、それも彼らの生業を考えれば、ある意味では当然だと思える。
信頼出来る仲間もそうだが、やはり信頼出来る武器というのも彼らからしたら命に関わる重大事なのだ。
それを考えると、この世界で唯一鍛造品を造る私が製作した拘りの逸品となれば、目の色を変えたとて不思議ではない。
私は改めてその事実に気付き、戦う者達に対してそれなりの影響力を持っているのだと認識した。
そして、その事実にちょっとした優越感を感じながら、鍛冶工房の奥からマジックバックを持って彼らの前へと戻る。
彼らは、それはもう肉食獣のような目付きで、今か今かと私が戻って来るのを待っていた。
その雰囲気を感じて少し困惑するが、私はマジックバックから一つ一つ丁寧に武器を取り出しつつ説明し始める。
「先ずは、サブウェポンから紹介させて頂きます。
最初の一品目は、これまで私が製作していた少し形状の変わったナイフであるククリナイフ。そのククリナイフを少し大型化させた代物です」
私が説明を終える瞬間にマジックバックから取り出したのは、刃渡り八十センチになるククリナイフであった。
刃部分には蛇を模した彫金を施し、柄の先端には金属の蛇の顔。
柄自体は木であるが、その木材も丹念に彫刻を施している。
剣先から柄の先まで金属だが、持ち手である柄だけは木材になっていて、それは冬などの寒さ対策に木材にしたという拘りの逸品である。
それを彼らの目の前に置くと、“おぉぉ”と感嘆の声が漏れ聞こえた。
「このククリナイフは、私がサブウェポンとして販売している物と同様、今回は大型化しましたが、それでもあくまでもサブウェポンという位置付けになります。人間と戦うにしろ、危険生物と戦うにしろ、そのどちらにも対応出来るように調整した代物なのです。
ですが、どちらにも対応出来るようにした結果、中途半端な威力となっておりますので、やはり冒険者としてはサブウェポンとして活用するのが無難でしょう」
「なるほど。コーターが武器店に並べているククリナイフの上位版という事だな?」
「は、はい。そ、その認識で間違いありません。
ですので、傭兵であれば問題無く主武器として利用出来ますが、大型の危険生物を相手に戦う冒険者には中途半端なのです」
「ふむ。コーターは厳しい事を言うが、しかし見事な逸品だ」
「このククリナイフは、この一本を含めた二本だけを用意してあります」
ミールさんが彼ら全員を代表して饒舌に語り始めたものだから、私はビックリして少し吃ってしまった。
彼が滑らかに喋るなど、知り合ってから初めての事だ。
因みに、他の面々は黙してククリナイフを眺めているだけである。
「続きまして、此方もサブウェポンになるファルシオンです。
このファルシオンもまた、対人も想定しつつ危険生物も想定した武器で、取り回しはククリナイフよりも少し難しいですが、その分、威力という面ではククリナイフを凌駕する武器です」
新たな武器を簡単に説明しつつ、その説明の絶妙な合間にマジックバックからファルシオンを取り出しテーブルの上へと置く。
すると、ククリナイフの時と同様に感嘆の声が漏れ聞こえた。
ククリナイフもそうだが、ファルシオンもこの世界には存在しない形状の武器であるので、彼らには興味深い武器であるのだろう。
しかも、このファルシオンも装飾に拘った物であるのだから、彼らの目線はファルシオンに食い付いたまま動かないのも当然だ。
しかし、その装飾はククリナイフとは大きく違っており、蛇を基調とした代物ではない。
この世界には空想のものではなく、実際に存在するドラゴンをモチーフとして彫金した代物になる。
刃渡り八十センチのその刀身には、モンスターをハントするゲームで有名なドラゴンを基調に、至極丁寧に彫金を施した。
柄の部分は、これまた寒い時期の事も考えて木材を採用し、当然此方も彫刻を施している。
鍔はククリナイフと同様、日本刀に用いられる一般的な鍔の形状を採用していて、しかしその鍔はドラゴンである。
因みに、ククリナイフの方は蛇を模した鍔となっている。
「このファルシオンも二本だけ用意しております」
用意している数を伝えると、その途端に仲間同士で睨み合いが勃発した。
あのミールさんですら、その睨み合いの一員である。
しかも、その中の一人であるドワーフのゴードンさんに至っては、既にファルシオンに手が伸びており、もう絶対に離さないと言わんばかりである。
そんな少しヤバい雰囲気を感じ取り、私は即座に次の武器の説明を始める。
「つ、次の武器の説明を始めさせて頂きます。
えぇっと、こ、此方は手斧になりまして、投擲用としても勿論、それぞれ一本ずつ両手に持っても良しの一品であります。ただし、これは当然ですが、私が店で売っている代物よりも優れた物であるのは無論の事で、装飾も性能も優れているのは明らかです」
睨み合いが新たにテーブルの上に置かれる手斧によって、即座に中断される。
だが、それでもゴードンさんの片手は、ファルシオンから一向に外れる素振りは見せない。
余程に気に入ったのだろう事は明白で、それは製作者としては嬉しく思える一方、この状況では素直に喜べない。
しかし、他の面々は新たな武器へと視線を集中させていた。
一般向けとして販売している手斧とは大きく違って、今回彼らに見せた手斧は形状からして違っている。
その最たる部分が、手斧の刃部分の反対に位置するところであり、そこには鎌のような刃が付いている事だ。
これは冒険者の活動を聞いた時に思い付いた事なのだが、冒険者は戦闘中に大型の魔物の背に乗る事もあるらしく、それならばピッケルのように使用出来る武器があれば便利なのではと考えた結果、このような手斧となったのだ。
その影響で、鎌のような刃とは言っても、実際の鎌よりは短い刃となっており、その部分はあくまでも魔物の背を登る為の形状となっている。
勿論、武器としても使えるが、大型の魔物に対しては内臓まで届かないので、あまり攻撃としての意味合いは無いと思われる。
そして、違うのはそこだけではなく、もう一つ普通の手斧とは違う部分がある。
それは、持ち手である柄だ。
普通の手斧は、木材を使用した柄となるが、ピッケルの役割を持たせる為、柄の部分は握り易いように指の形に彫ってあり、すっぽ抜けたりしないようにしてある。
そして、そんな手斧の装飾はと言えば、模様ではなく文字を採用していた。
これは意外に思われるかもしれないが、手斧である以上、元々その形状が小さいので、模様よりは文字の方が装飾として格好良かったのだ。
二本で一対となるので、一本には百錬自得と刻み、もう一本には明鏡止水と刻んだ。
「此方の手斧に刻まれた文字は、百錬自得と明鏡止水です。
百錬自得の意味は、同じことを百回、千回、一万回、そしてそれ以上に反復して行なえば、自然に身につくという意味です。それくらい繰り返して行なわなければ、本当の意味で技を身に付けたとは言えないのだと、そう心にも刻んで欲しくて彫った文字となります。
そして明鏡止水の意味は、邪念がなく、澄み切って落ち着いた心を表した言葉となります。それはつまり、どんな危険な状況においても、曇りなき眼でもって冷静に判断し行動して欲しいという私の個人的な願いが込めれたものです」
「百錬自得と明鏡止水。素晴らしい言葉だ」
「あ、有り難うございます。この二つの言葉は、私の剣術の理念でもありまして、それを念頭に鍛練していたんですよ」
「ほう。それは益々素晴らしい」
嫌に饒舌なミールさんを筆頭に、全員が感動したと言いたげな視線を私に向けてきて、少し面映ゆいものがあった。
しかし、剣術の理念というのは事実である。
教える所で少々の違いはあるだろうが、剣道においてはこの二つの言葉は重いものであり、剣道家ならば誰でも知っている言葉でもあるのだ。
よって、先の発言に嘘は一つとして無い。
「この手斧は、二本で一対です。それ故、他のサブウェポンと同様、此方も二人分を用意しております。
先ずはこのサブウェポンを、誰がどの武器を手にするのか相談して下さい。その相談が済み次第、主武器となる武器を御披露目致します」
言い終わるや否や、ギルバードさんを筆頭とした彼らは睨み合いを始めた。
そしてその中においてゴードンさんはと言えば、そっとファルシオンを取って小さく体を丸めている。
ドワーフ特有の小さな体を使用した、巧みな戦術だと言えるだろう。
もっとも、小さな体と言ったものの、私より五センチ小さいだけで、百七十あるかどうかという身長である。
しかし、それでも他の面々からしたら小さいのは間違いなく、その優位性を利用して、アッサリと自分が欲しかった武器を手にしているのだから、流石としか言いようがない。
そうして、その睨み合いは一時間程で無事に終了した。
手斧はギルバードさんとジョッドさんで、ファルシオンはゴードンさんとビルボさんに、ククリナイフはミールさんとクワイエットさんに渡る事となった。
まだ少し睨み合いの余韻が残っているようなのだが、喧嘩に発展しなくて良かったと胸を撫で下ろす。
こんな事なら、それぞれ全員分を造っておけば良かったのだ。
そうすれば、こんな風にヒヤリとする事も無かっただろうに。
ともあれ、彼らもお待ちかねである主武器を御披露目しようと思う。
焦らしたら此方の身も危ういので、ここは素早く進めるべきだ。
「では、主武器の説目に入らせて頂きます。
先ずは此方、斧となります。この斧は、一般に販売している斧とは大きく違って、斧の先端がギミック式になっております。
これは実際にご覧下さい」
そう言い終わると、私は斧を持って外の丸太に先端を向けた。
そして、金属部分である斧と柄の部分の中間に存在する突起を、私としてはかなりの力を込めてグッと手元へと引く。
すると、カチンッという独特の音が斧の内部から発生。次いで、私はその音を認識しつつ、息を吐きながら柄にあるボタンを優しく押す。
その瞬間、激しい金属音が斧から響き渡り、直径二センチ、長さ二十センチの金属製の杭が斧の先端から飛び出し、丸太を軽々と貫通した。
丸太との距離は二十メートルあったのだが、外れる事もなく見事に命中。その事に内心ホッとしつつ、然も当然かのように取り繕いながら笑みを浮かべる私。
「なっ!? ちょ、何があった!?」
「おいおいおいおいぃぃぃ! これはマジックウェポンじゃねぇか!?」
「マジックウェポンだ……」
「マジかよ!? コーターって錬金術師だったのか?!」
「………斧使いじゃないけど、これは欲しいな」
「見事。これは見事だ。しかも、装飾も素晴らしい!」
全員が吃驚仰天って感じであるが、この斧は決してマジックウェポンではない。
ただ単純に、金属製の杭を一度だけ射出する機構があるという事であり、それはつまり何度も使えるマジックウェポンではなく、使い勝手としては一回こっきりの中距離攻撃機構でしかない。
それ故に、別に魔法が使えない者でも造れるし、このギミックは意外にも簡単だったりする。
ともあれ、その説明をしても彼らには通じなさそうなので、決してマジックウェポンではないよと、そう告げるだけに留めた。
「まぁ、先程も言った通り、マジックウェポンではないので、一度この機構を使用したら私の下に持って来て頂かねば、再度の使用は不可能です。
とは言え、斧として使用する分には問題ありませんので、斧としてならそのまま使用し続けても問題ありません。
一度だけ、間合いの外から攻撃する手段として用いると良いでしょう。例えば、魔物の目を狙って使用するとか、口の中を狙って使用するとか、そんな風に使う事を念頭に造りました」
そう言って、興奮しきりの彼らの目の前に、私はそっと斧を置いた。
キラキラとしていて、どこかギラギラもしているような視線が、テーブルの上に置いた斧に集中される。
うん、実に怖いね。
彼らの目は、今や斧の装飾に向けられている。
雷を模した模様が、金属部分の斧から木材部分の柄までを通っており、これが実に美しい。
シンプルでありながらも美しさも兼ね備えた、そんな装飾となっている。
私としては、このギミックもそうだが、結構気に入っている。
「この斧は二本用意しております。
さて、次の━━━」
「ま、待て待て待て!」
「は、はい? どうかしました?」
「二本しかないのか!? それだけしか造ってないのか!?」
斧使いのギルバードさんとビルボさんが、至極残念そうに尋ねてきたのだが、彼らには悪いが本当に二本しか造っていない。
これはギミックが原因で、簡単な機構であるものの、その機構となる部品を造るのは非常に難しく、その結果、二本だけしか未だに造っていないのだ。
と言うより、部品を造るのには本当に気を遣うので、もう造りたくないとまで思っていたりする。
それ程に大変なのだ。
よって、私は言外に頷く事で彼らの疑問に答えた。
すると彼らは、両膝と両手を地面へと付け、おいおいと涙を流し始めた。
ここまで落ち込むとは思わなかった私は、少しの罪悪感を抱きながらも何も言えず、結局は彼らをスルーして他の武器の説明を始める。
「さ、さて、次はハンマーの説明に移りたいと思います。
先ずは、実際にご覧下さい」
斧使い二人は撃沈したまま、他の面々は食い入るようにハンマーへと視線を向ける。
蠍を模した模様が施されている以外は、見た目には一般用のハンマーと大差ない。
しかし、このハンマーもギミックを仕込んでいる。
「外見は普通ですが、此方も斧に近い機構を採用しています。これも結構苦労した作品でして、しかし斧とは違って何度も使えるギミックとなります」
「「「「「「マジックウェポンか!?」」」」」」
「いえ、私は錬金術師ではありませんので、決してマジックウェポンではありませんよ。あくまでも、からくり式という訳ですね。
それでその機構とは何なのかと言えば、この通常の鎚部分の反対に位置する杭の部分なのですが、この部分を内部に収納出来るようになっているんです」
「「「「「「はぁ………………………?」」」」」」
言葉だけでは理解出来なかったらしく、眉間に皺を寄せて小難しい表情を浮かべる面々。
いや、或いは意味は通じていても、収納してどうするのかと、そんな風に疑問に思っているのかもしれない。
「これはですね、こうやって━━」
理解出来ていないのか疑問に思っているだけなのかは分からないが、それなら実際に見れば分かると考え、私はハンマーを片手にテーブルをターゲットにして構える。
そして、杭のようになっている突起部分を、指を引っ掛けられる場所を精一杯引く事で収納し、平らになったハンマーを上段に振りかぶり、テーブルに向かって振り下ろす。
すると、平らな部分がテーブルに接触した次の瞬間、収納されていた杭が凄まじい速度で内部から姿を現し、テーブルを軽々と貫通した。
これは、所謂パイルバンカーをイメージして造った代物になる。
足場の悪い場所では満足に武器を振れなかったりするので、そういう場合には遠心力で杭の部分を標的に突き刺すという事が無理になってしまう。ならばそんな状況でも一定の威力で突き刺す事を可能とした武器を造ろうと考え、そのコンセプトを大事に造った逸品になる。
このギミックは、斧よりも遥かに苦労した物であり、これはもう絶対に造らないと誓った。
何せ、最初こそワクワクしながら造っていたのだが、如何せん一つ一つの部品が面倒この上なく、しかも破損し易いのだ。
勿論、完成品であるこのハンマーともう一つのハンマーは問題無いのだが、その前に試作した全てのハンマーは一度使用しただけでギミックが盛大に壊れていたりする。
もう二度と造る事は無いだろう。
私がデモンストレーションをして見せた後、他の面々も実際に試し始めた。
そして、使用する度に挙がる感動の声。
私の苦労が報われたと、そんな風に心底から思えた。
「此方のハンマーは、今試されている一本と、後もう一本がございます。
さて、次の━━」
「「待て待て待て! 二本だけなのか!?」」
ハンマー使いのジョッドさんとクワイエットさんの二人が、私の言葉を遮って、しかも追い詰められた悪役かのような表情で尋ねてきた。
さっきのギルバードさんとビルボさんを彷彿とさせるその様子を前に、私は慣れたのか、遠慮会釈も無しに頷く事で言外に答える。
すると、これまた斧使いと同様に、ジョッドさんとクワイエットさんの二人は、両膝と両手を地面に付いておいおいと泣き始めた。
うむ、許せ。
これ以上は造る気になれないのだからしょうがない。
せめて腱鞘炎が治ったとしたならその時は考えても良いが、それでも絶対に造ってやるとは言えない程には造る気は無い。
「えぇっと、次の武器ですが、それはこの槍になります。
此方の槍は、長槍と短槍の二本で一対となりまして、長槍の方は一般向けの代物よりも性能が少し良いだけで装飾した以外には違いがありませんが、短槍の方はギミック式となっております。
この短槍は………あ〜、私が実際に使用してお見せしたいところなのですが、私では丸太の奥深くまでめり込ませるのは難しいので、ゴードンさんのお力をお貸しください」
「………分かった。何をすれば良い?」
「その短槍に指を掛けられる場所があると思うのですが、それを先程のハンマーと同様に引いて下さい。カチッと音がしたら大丈夫ですよ」
「………良し。次は?」
「外の丸太に向かって投擲して下さい。そうすれば、分かります」
冷静な口調とは裏腹に、子供のように目を輝かせるゴードンさん。
そして、ゴードンさんは大きく振りかぶり、片手に持つ短槍を力一杯に投擲した。
私がどんなに必死に投げても決して聞こえない音が、ゴードンさんが投擲した槍から響いた。
その次の瞬間、誰かの骨でも折れたのかと錯覚するような衝撃音が耳に入り、丸太は短槍をめり込ませた状態で吹っ飛んだ。
凄まじい、実に凄まじい一撃だった。
そして、先程の凄まじい一撃が、もしも自分に向けられたらと想像し、ブルッと体が震えた。
「す、素晴らしい投擲でしたね。は、ははは。
で、では、丸太から槍を抜いてみて下さい」
私の言葉を聞いたゴードンさんは、キョトンとしながら丸太へと足を進める。
きっと、他の武器と違って地味なので、これで終わりなのかと疑問に思っているのだろう。
しかし、そんなゴードンさんの態度は、丸太に突き刺さった短槍を引き抜こうとして驚愕の色に染まる。
何故なら、どんなに力を込めても、決して短槍が抜けないからだ。
「ゴードンさん、短槍の柄頭に丸い突起があるので、そこを押してみて下さい。そして、もう一度槍を引き抜く為に力を入れてみると━━」
「おぉ!? 今度は抜けたぞ!!」
「投擲する前にギミックを作動させる事により、投擲した後にターゲットに短槍が突き刺さると、穂先が変形して抜けなくなるようにしているのです。
何故こんなギミックをと、そう疑問に思われるでしょうが、これにも歴とした意味があります。それは、危険生物である魔物との持久戦を想定した場合、その短槍によって激しい出血を狙うと共に、ターゲットが刺さった短槍が邪魔で動きづらくなったり、短槍が突き刺さった事で単純な痛みにより戦闘に集中させなくする為です」
「………これは実に良い物だ。長槍の方も、装飾もそうだが素材の方も吟味されていて、実に良い物だ」
槍使いのゴードンさんになら、きっとこのギミックの素晴らしさが伝わると信じていた。
私自身も、この地味ではあるが効果的なギミックには非常に納得していて、これが意外に思われるかもしれないが一番の力作だと確信しているくらいなのだ。
因みに、装飾の方は植物である蔓をイメージし、それはもう至極丁寧に彫刻を施している。
「その二対一組の槍は、一つのみになります。短槍だけ量産してくれとか言われても、はっきり言って無理です。……ギミックが難しいので、一本の短槍を造るのに三ヶ月は掛かりますので」
なん……だと!? とでも言いたげに、ゴードンさんはこれまでの人達同様、子供のように泣き始めた。
しかし、私はもう完全に慣れたので容赦なくスルーさせて貰う。
「では、最後になる弓をご紹介させて頂きます」
「う、うむ。これまでの武器は全て素晴らしかったからな、少し緊張してしまう」
「私としても、これから見せる弓は秘蔵するつもりだった代物になりますので、正直に言えば手放すのが惜しい逸品です」
「そ、それ程の弓を………!?」
ミールさんが額に汗を浮かび上がらせる中、私はマジックバックから優しく弓を取り出し、その複雑なギミックが施された代物をテーブルの上にそっと優しく置いた。
ミールさんは、そんな私の一挙手一投足を見逃さんとばかりに、全力で集中しつつ弓へと視線を向けている。
「此方の弓は、名をコンポジッドボウと言います。一見すると、出来損ないの弓にしか見えないでしょう。
ですが、この弓から放たれる矢の威力たるや、空恐ろしいものであると共に、ターゲットからしたら絶望の一言です。狙われたら最後。逃げ切るなど、そうそう無理かと愚考します」
私のプレゼンを耳にしたミールさんは、生唾を飲み込み黙する。
実際、この弓の威力は私でも恐怖を感じたくらいで、本当に手放す気は無かった程の逸品だ。これがもしも量産されたとしたならと、そう考えると真実恐怖したからである。
「では、ミールさん」
「そ、そうだな。試してみんと分からんからな」
ミールさんは緊張半分、もう半分は期待と言った感じで、コンポジッドボウを片手に持ち、矢をゆっくりと番えた。
そして、狙いを付けると風切り音だけを残して、目にも止まらぬ速度で矢が射出される。
その矢は勿論、丸太に見事命中した。
だが、その着弾音が異常だった。
コンッという音ではなく、ズギャッという凄まじい着弾音が響いたのだ。通常の弓から放たれた矢では決して発生しない着弾音である。
そんな音が発生した方を向けば、一目瞭然。
矢が、丸太を貫通していたのだった。
そんな状況の生みの親たるミールさんは、その結果を見て嬉し泣きしながら両膝と両手を地面に付けていた。
何故だろうか?
全員漏れなく泣いているのだが、これは放って置いて良いのだろうか?
それは兎も角、このコンポジッドボウは本当に苦労させられた。
ギミックについては苦労していないが、材料についてが苦労したのである。
カーボンは無いので、弓の部分は硬い木と伸縮性に富んだ木の二種類を合成し、カーボンの代わりとした。
そして、コンポジッドボウで大切な滑車やら他の部品については、鉄では重過ぎるのでアルミニウムを使用している。
何を隠そう、このアルミニウムの生成が一番苦労させられたのだ。
アルミニウムを生み出すのに必要な苛性ソーダとかを、日々コツコツと造るのに相当の期間を要したのである。
しかし、そのお陰でアルミニウムはそれなりの量を確保出来たので、その気になれば後五つは造ろうと思えば造れる。
まぁ、同じ物を造るのは芸が無いので勿体無いし、量産すると怖すぎるので造る気は今のところ無いが……。
何はともあれ、これで護衛の前金は充分だろう。
後は、隣国までの移動で必要な物資を買い込む事が重要だ。
鍛冶仕事に必要な物資は、マジックバックに収納すれば良いし、マジックバック様々である。
ところで、彼らはいつまで泣き続けるのだろうか?