四話ですぜ、旦那!
勘弁して下さいと盛大に叫びたい私に向かって、試作の剣を容赦無く振り上げ襲って来る傭兵。
彼の振り下ろす剣による一撃は風を切る音が恐怖を倍増させる事間違いなしで、しかしその音に相反して、私はヒラリと難なく躱す事に成功する。
そしてそんな私に目掛け、再び鋭い振りで剣が襲い掛かるが、今度は冷静に剣で受け流し、その後も苦労する事無く、私は傭兵の攻撃を躱し、受け流し、時には弾き、時には逸らす。
はっきり言って、拍子抜けだ。
私に値段を聞いた上で武器を造ってくれと頼んで来たのだから、彼らは最低でも中の上に位置する傭兵の筈で、ともすれば腕の方も高い技量を有している筈だ。
それなのにも関わらず、剣をブンブン振り回す速度こそ凄まじいが、それ以外には何も脅威を感じない。
本当に盗賊とかを斬り殺しているのだろうかと、ふとそんな風に疑問に思うくらいにはショボい腕前だ。
私が殺す気だったならば、もう二十回以上は殺している。
実際、それだけ反撃するチャンスが幾度もあったし、そもそも隙だらけで反撃するチャンスを窺うも糞もない。
それ故、私は少し疲れて動きが鈍り始めた傭兵の隙を突いて、相手の剣を私自身が持つ剣で蛇が絡まるかのような感じで絡め取った。
すると、傭兵は何が何やら理解出来ていないようで、自身の手から離れて宙を舞う剣を茫然と眺めている。
私はそんな傭兵の喉元に剣先を突き付け、模擬試合は終了となった。
沢山の見物人が見ているが、誰も彼もが、何があったのか理解出来ていない様子で、誰かの生唾を飲み込む音すら聞こえてしまう程には静寂が場を支配する。
しかし次の瞬間、大勢の者達から盛大な程に拍手喝采が上がった。
私はその華やかな称賛の言葉が数多く含まれる拍手喝采を浴びながら、しかしこの異様な事態に激しく混乱していた。
何故、こんなにも剣術がショボい?
いや、そもそも剣術と言って良い程に傭兵の技術が確立されていなかったのは何故だ?
どうして試合を見ていた全員が、驚愕の眼で私を見ているのだろうか?
まるで剣聖でも目の前にしたかのように、一体全体どうしてキラキラとしたそんな目を私に向けるんだ?
様々な疑問が幾つも浮かび、しかも浮かんだ疑問は波に捕らわれ沈む事もせず、そのまま浮かび続け、そのせいで疑問だけで思考の海の水面を覆ってしまうくらいには大きなクエスチョンマークが脳内に無数に浮かび上がる。
私は疑問の答えを生憎にも持っておらず、ただただ私の健闘を讃える場で黙すしかなかった。
そんな私に、傭兵達の纏め役を行っているマドラスという男が、それはもう興奮した様子で駆け寄って来て怒涛の質問を投げ掛けて来た。
剣の師匠は誰だ、流派の名を教えてくれ、剣を学んで何年だ、弟子は居るのか、師匠は何処に住んでるんだ、などと本当に此方の返答を聞きたいのかと疑問に思えるくらいには矢継ぎ早に質問され、私としてはタジタジである。
興奮するマドラスを目の前に、私は何と返答しようかと内心で考える。
しかし、もう嘘の身の上話を広めてしまっている以上、そうそう都合の良い嘘など思いつかない。
それ故、私は咄嗟に無手勝流だと言ってしまった。
無手勝流とはつまり、自分勝手に生み出した自己流です、という意味になる。
これ以外に、都合の良い言い訳が何も思い付かなかったのだ。
だがしかし、私のこの苦しい言い訳は意外にもマドラスに通用したらしく、彼は頻りに素晴らしいと連呼し、大勢の観客達も感嘆の声を響かせるだけで疑問に思う者は居やしなかった。
私がホッと胸を撫で下ろしたのは、きっと言わずとも分かるだろう。
ともあれ、その後は興奮する観客達の相手を少しだけして、三々五々に解散の運びとなる。
だが勿論、傭兵達には用意していた三つの剣のタイプから好みの一本を選んで貰う作業があるので、彼らは再び武器店へと一緒に戻った。
そして、興奮しっぱなしのマドラスと話つつ、傭兵達に試作の剣を実際に持って貰った。
で、全員がそれぞれに振り易いタイプを選んで貰っている間に、疑問に思っていた事をオブラートに包んでマドラスへと尋ねてみた。
それにより、私の疑問は見事に氷解する事と相成った。
これは少し冷静になって考えてみれば、自分一人でも答えに辿り着けた筈だ。何故なら、この世界の文明度を考えれば論理的な答えに自然と到達するからである。
先ず考えるのは、剣の素人が剣の技術を学ぶにはどうせざるを得ないかを考察すれば良い。
平民は生まれた村や町から出る事など成人を迎えるまで皆無なので(村や町から出る者の方が少数)、自身の生まれた場所で剣を使う者から指導を受ける事になるだろう。
そして、その指導者が剣術の達人である可能性は、それはもう限りなく低いと考えられる。おそらく、親から子に、という感じで伝わった程度の素人剣術が相場だろう。
そうやって生まれた場所で身に付けた剣術を、成人になってからどう育んで行くのかが次の課題になる訳だが、それが例えば傭兵になった者であるならば、多分同じ傭兵仲間との訓練で素人剣術を育むのであろうし、実際の戦闘で素人剣術を素人剣術なりにそこそこの実戦剣術へと高めるに至るのだろう。
本などは平民が手に入れられない代物になるので、やはりそこは人伝に情報を知るのが普通なので恐らくこの予測は間違いない筈だ。
それに、金銭を得る手段として剣術を教える者も居るには居るが、そういう者は貴族家の跡継ぎなどを相手に家庭教師のような立場で雇われると聞いた事があるし、そもそもそんな剣術師を雇う余裕が平民などにある訳がない。
そして最後に考えなければならないのは、この世界の時代そのものである。それはつまり、ローマが権勢を誇った時代と非常に似ているこの世界の文明度の事だ。
そう、何もかもが稚拙なこの時代なのだから、例えこの時代の者達からすれば洗練された物であったとしても、私からするとショボいの一言で他には感想が出て来ないでも不思議ではない。
それ故に剣術も稚拙に感じて当然であり、この時代で最強の剣術と呼ばれている流派が仮にあったとしても、私が修めた剣道と比べれば児戯も同然であるのが必定。
遥か長い研鑽の上で生まれた剣道と、この世界の剣術を同等に考えていた自分がそもそも愚か過ぎだったのである。世間知らず、と言い換えても良いかもしれない。
実際、マドラスが言うには、兵士や騎士であっても似たような力量であるらしく、寧ろ白兵戦のみに言えば傭兵の方が強いらしいし、この世界の達人がどの程度の力量なのかはお察しだ。
そんな訳で、疑問が見事に氷解した事になるが、そうなると少し自分の立ち位置が高い事に気付いてしまって思わず優越感を覚えてしまう。
この世界でなら、先ず間違いなく私は上から数えた方が早い位置に存在する剣術師だと言えるのだから仕方ない。
これは自惚れではなく、事実だ。
日本では、毎年現れるそこそこ優秀な才能を持つ学生という評価の剣道家に過ぎなかった私だが、此処でなら天下無双の剣士である。
とは言え、だからと言って調子に乗るつもりなど微塵も無い。
確かに数人の者に囲まれた程度であれば軽くあしらえると思えるものの、それは剣を持つ者が相手であった場合の話になるからである。
もし相手が槍を持っていれば、その対処に困惑している間に他の者の手によって容易く殺されてしまうだろう。
何せ、槍を持つ者を想定した訓練など行った事が無いし、間合いが広ければ広いだけ、剣では対処しづらくなるのだから当然だ。
そんな予測が容易に出来るので、私は決して自惚れるつもりはない。
ただ少しだけ、ほんの少しだけ、もしも暴漢に襲われても余裕を持って対処出来ると分かっただけで、本当にそれだけの気持ちである。
ともあれ、その事は一旦置いておいて、私が少しの妄想に悦に浸っていた間に、傭兵達は手に馴染むタイプの剣を選び終えていた。
先端に重心が寄っている物を好むのが二十人、中心に重心が寄った物を好むのが十人、柄に重心が寄った物を好むのが零人という結果だった。
この結果は、ある意味では当然の結果だと言えるものだろう。
何故ならば、技術が稚拙な彼らは、防御を主体とした剣術を知らないからだ。
重心が先端寄り、或いは中心寄りという事は、攻撃する際の威力に関係するので、攻撃する事しか考えていない彼らの未熟な剣術ならこの結果は当然だと言える訳だ。
何はともあれ、これが彼らの希望なのだから私としては何も言う事は無い。
ただ粛々と彼らの望む通りの武器を造るだけである。
それ故、彼らが注文を終えて帰った瞬間から私は、一ヶ月もの期間を両手剣の製作に費やした。
そして一ヶ月後、勿論彼らは私の製作した武器に大喜びした後、仕事を熟す為に町へと戻って行った。
そうして、再び平和な日々が戻ったのだ。
しかし、現実というのは時に非情なものであり、私にとっては精神的にも肉体的にも辛い日々の到来となる。
そう、安息の日々は束の間の事で、私が住む村には次々に傭兵達がひっきりなしに来るようになったのだ。
まぁ、最初に訪れた傭兵達が私の剣を自慢するだろうと予想していたので、新たに客として傭兵が来るのは許容範囲内だ。
しかし、弟子にしてくれと頼まれるのは許容範囲外である。
鍛冶師の弟子としてなら考えるが、剣術家の弟子としてなど絶対に嫌だ。
毎日、それはもう毎日、鍛冶師として必死に働き疲れているのに、その上で剣術の弟子を取って教えるなど考えたくもない。
そもそも、剣術を教える時間が私には無いのだ。
物理的に無理であるし、ここ最近は傭兵がひっきりなしに来るので、剣をひたすら造っている私の右手首は腱鞘炎気味なので尚更無理である。
それなのにも関わらず、毎日毎日鍛冶工房に来る弟子志願の者達。
どんな風に傭兵達から聞いたのかは知らないが、本当に迷惑でしかない。
常連である客の冒険者達は、笑いながら弟子志願の者達と私が繰り広げる毎日の茶番劇を見ているが、その張本人の私からしたら笑えない現実だ。
少しだけ、ほんの少しだけでも想像してみて欲しい。
朝に目覚め、朝食を済ませて歯磨きをした後、窓から見える雲一つ無い快晴の素晴らしい天気を見て頬を弛ませつつ、体を解そうと外に出てみれば“師匠!”“お師様!”“剣神様”と、厳つい強面の者達に呼ばれるのだ。
これが嬉しいと思える者など居るであろうか?
少なくとも、私は嬉しくとも何とも無い。
ガラガラ声の大男達に、朝の初っぱなから囲まれるなど御免被る。
私はまだ、二十五歳の若い男だ。
まだまだ雄として枯れてはいないし、性癖もノーマルなので女性に囲まれるならまだしも、男に囲まれて嬉しく思う筈もない。
そんな訳で男に囲まれる毎日は本当に辛いのだが、それは多分腱鞘炎が酷くなっている事が更に精神的な負担を大きくしていると思われる。
傭兵が来るようになってから、既に半年近く経過していて、剣を造るようになったら直ぐに腱鞘炎になってしまったのだ。
剣を造る時は他の武器と違って、振り下ろすハンマーの角度を微妙に斜めに変えて打つ作業が格段に多いので、手首に疲労が蓄積し易いのである。
お陰で現在の私の手首は、常にビリビリと痺れたような症状があるし、ハンマーを振るう度に激痛が走るのだ。
男に囲まれ、手首の痛みに悩まされ、この半年は最悪の半年であるとしか言いようがない。
だがしかし、この世界に来た当初の日々と比べれば、この苦しみもまだ可愛い方だ。
そう思えるからこそ、私は冷静に弟子志願の者達をあしらいつつ、そして手首の痛みにも必死に耐えつつ、毎日を鍛冶仕事に邁進していた。
そんな日々の中、弟子志願でもなく、客でもなく、何が目的なのか判然としない者達が、私の鍛冶工房付近をウロチョロし始めた。
最初は弟子志願の者達と同類だと思い、私は軽く無視していた。
しかし、その者達は弟子志願の者達とは違って、私を師匠とかお師様とか呼ばないし、間違っても剣神様とも呼ばない。
そればかりか、私が鍛冶工房から外に出た時などは、一定の距離を保って近寄ろうともしてこないのだ。
こんなにあらかさまな程に怪しい行動を見せられたら、私とて違和感に気付かない筈がない。
そんな怪しい者達の目的が何かと言うと、それは私の武器を購入しに来た商人達から耳にする事となり、意外にも直ぐに判明する事となる。
商人の説明によると、私の製作する武器が貴族にも評判になり始めているらしく、その噂を聞いた鍛冶職人達が、私の鍛冶の秘密を探ろうとこの村に集結し始めているそうなのだ。
彼らは私の製作する武器の秘密が炉にあるのだろうと予想しているらしく、その秘密を探ろうと必死になっているらしい。
そのスパイ活動が開始された当初は、割かし直ぐに秘密を探り出せるだろうと誰もが安易に考えていたそうだ。
だが、それが何故か全く進展しないまま、半年もの月日を無駄にしてしまう事になる。
その理由の大きな原因は、私の鍛冶工房の立地にある。
鍛造というだけはあり、ハンマーで金属を幾度も叩く工程が必須になるのが当たり前であるが、巨大な滝と滝壺が隣にあるので、ハンマーで叩く音が滝の爆音に掻き消され、その結果、外にまでハンマー音が届かないので鍛造について一切バレていないのだ。
それに、鍛冶工房自体が岩を加工した物で出来ているので、元々内部の音が外に響きにくい構造になっている。
この二つの要因と、そもそも彼らが私の鍛冶の秘密を炉にあると間違った憶測を持っているので、それが大きな要因となって私の秘密がバレていないのだ。
その結果、当初だけはそれらしく行動していたスパイ活動が、上手く秘密を探り出せない事によって杜撰なスパイ活動へと変貌してしまった。
だからこそ、私でも容易に怪しいと気付けた訳だ。
商人は、それはもう心底可笑しそうに大笑いしつつ、更に説明を続ける。
「いやぁ、コーター殿の造る武器は素晴らしいですからな。此処から遠い異国の地では、斧が金貨二百枚で売られたりしている程ですよ。
そのせいで最近は、巷にコーター殿の造る武器に似せた偽物も出回る始末。
ま、その真贋は直ぐに分かりますがね。何せ、丸太を標的に一回でも使用すれば、偽物はその一回で刃が潰れてしまいますからな。
ですので、今では”丸太で試させろ“という合言葉が出来てしまった程です。コーター作という売り込みで販売する場合、丸太も用意するのが我々商人の鉄則となっております」
鋳造か鍛造なのかは外見だけでは確かに分からないので、試すのが手っ取り早い見分け方ではある。
とは言え、そんな風に合言葉まで出来てしまう程に、私の武器が評判になっているのには驚いた。
いや、いずれはそうなるだろうと考えてはいたが、私の予想を遥か上回る速度で世間に浸透した事に驚かされたと言った方が正しいだろう。
交通の利便性が非常に悪いこの世界で、こんなにも早く私の造る武器が遠い地までも浸透するとは、一体全体誰が予測出来ようか。
少なくとも、私は十年単位の期間が掛かると予測していたのだが、それはつまり、武器を遠い異国の地まで売り歩く商人を過小評価していた事に他ならない。
商人というのは恐ろしい生き物なのだと、この時になって初めて思い知った。
そうして、ある意味で怖い存在だと思える商人を改めて認識し直し、私の周辺を嗅ぎ回る怪しい者達の目的も理解出来た後、私は腱鞘炎の苦痛との上手い付き合い方を模索しながら日々を過ごしていた。
とは言え、腱鞘炎との上手い付き合い方など存在せず、今はただ必死に痛みを堪える毎日である。
因みに、決して私が剣術の弟子を取らないのだと漸く理解してくれたのか、弟子志願の者達はやっと顔を見せなくなっていた。
半年近くも粘着されるとは思いもしなかったが、漸く静かな日々が戻ってきていたと言えるだろう。
しかし、やはり何かが過ぎ去った後には再び不都合な何かが訪れるのが人生というものであり、その証左とばかりに、腱鞘炎との戦いを繰り広げていた私の下へと不穏な客が訪れた。
いや、客と呼ぶには烏滸がましい程の自己中糞野郎の集団だ。
全員がお揃いの防具と武器を装備しており、その中でも地位の高そうな者達は兜に鳥の羽をワンポイント付けていて、その羽を付けた者達だけは馬に乗っている集団だった。
馬に乗っているのは十人だけで、後の百人は徒歩である。
そんな集団なのだが、その中でも一番年上と思わしき男が、私に向かって何故か問答無用で突然殴り掛かって来た。
私としては突如集団で来た客という認識だったので、まさか挨拶の一つも無く殴り掛かって来るとは思いもせず、コメカミ辺りを無抵抗に殴られてしまう。
その一撃はそこそこ強く、少しだけクラッと足にきた。
そしてそんな私に、男は“無礼者め!”と声高に叫んだ。
どう考えても、無礼なのは私を殴り文句を言い募る目の前の男である。
私は何もしていないし、まだ”いらっしゃいませ“の一言も発言していない。
これで一体全体どうして私が無礼になるのか、甚だ疑問だ。
「膝を付き頭を下げろ!! 首を切り落とすぞ!!」
だから何故私がそんな事をと、そう思うものの、今の発言で目の前の男達がどんな存在なのかは理解出来た。
要するに、超強力な権力を有する者達なのだ。
そう、おそらくは騎士なのだろう。
少なくとも、兜に羽を付けて馬に乗っている者達だけは騎士であり、その他の徒歩である者達は兵士なのだと察せられる。
そして私の下へ来たという事は、国のお偉いさんから私の武器を買い取って来いとか、或いは注文して来いとか言われたのだろう。
まぁ、それぐらいは冷静に考えれば誰にでも分かる。
分からないのは、何故殴られたのかだ。
「何を黙っている!! そしてその目付きは何だ!!」
今度は私の目付きをディスり始める始末で、私としては大きなお世話だと言いたい。
この目は生まれつきであり、別に睨んでいる訳でもないのだ。
それに、日本人の中ではそこそこ大きい部類に入るし、パッチリ二重でもある。
まぁ、それでも白人から見るとまだ細く感じるのだろうが……。
それは兎も角として、私がただ黙って応対していると、同じ騎士だろう他の男が馬から降りて、私に怒鳴る男と代わって偉そうに喋り始める。
「貴様の造る武器が、今王都でも話題になっている」
「……………」
「ふん。折角誉めてやったというに、ふざけた態度を貫く奴だ」
「……………」
「チッ。まぁ、良い。貴様に王からの有り難い御言葉を言い渡す!
”鍛冶師であるコーターよ、我が国の兵士や騎士が使用する武器を造る名誉を与える。よって、両手剣を二百、槍を二百、装飾に力を入れた特別な剣を十、同じく特別な槍を十、直ぐに用意せよ“との言だ。
誉れある勤めである。コーターとやら、励むが良い。
期限は二月。間に合わぬなどの言い訳は聞かん」
権力者からの強制的な命令。
これは遅かれ早かれ、何時か絶対に来るとは予想していた。
まぁ、予想よりも数年早かったのだが、しかしそれは商人達を過小評価していたからであり、その評価を改めた今となっては納得の出来事である。
だからこそ私は、一応は冷静にそれらしく頭を下げた。
このような場合を想定していた私にしたら、まだマシだと思えたので逆らうつもりは無い。
殴られたり侮辱の言葉や態度を見せられたりしたが、この文明度から考えれば、これでも許容範囲にしなければならないからである。
何故なら、強力な権力によって強制的に徴発する事も可能だからだ。
徴発とはつまり、”強大で強力な権力でもって、強制的に私が造る武器を奪う“という意味である。
これをされれば、平民など逆らう事など出来やしない。
平民からしたら理不尽極まりないが、徴発も国の立派な正当手段なのであり、違法でも何でも無いのだ。
それ故に私は、粛々と頭を下げたのである。
しかし、そんな私に向かって、王の言葉を伝えた男は、最後に料金だと言って金貨十枚だけを投げ渡して帰って行った。
金貨十枚だけでは、とてもとても足りやしない。
剣二百、槍二百、装飾を施した特別な剣を十、同じく特別な槍を十など、とてもその料金とは釣り合わない。
マジックバックの中身を勝手に使用しているとは言え、本来ならそれなりの原材料が掛かる訳で、金貨十枚では原材料にもならない。
前言撤回だ。
許容範囲内だと言ったが、これは許容範囲外である。
まだ殴られたり侮辱されたりまでなら良いが、ここまで要求がエスカレートするなら話が変わる。
今回の要求をそのまま飲み込めば、この先では私の武器をタダ同然で買い取り、その上で国が私の武器を売りさばき稼ぎ始めるだろう。
いや、それどころか、私の鍛冶技術を要求し、その技術を沢山の鍛冶師に伝授させ、他国を相手に莫大な財を得るという手段に出てもおかしくはない。
実のところ、私は最悪の状況を考えて今まで動いており、もし最悪の状況に至ったならば、問答無用で逃げると決断していた。
そう、どうやら私がこの村から姿を消す時が来てしまったようだ。
まぁ、その状況を想定して、出来る限り早くお金を稼ぐ事を意識し、こうやって実際に稼いでいたのだから、逃げるのに際して問題は特に無い。
強いて言うならば、商人を過小評価していて予想よりも数年早く逃げねばならなくなった事を悔しく思うが、それでも資産的には一生遊んで暮らせるだけのお金は稼いでいるので、やはり問題は無いと言える。
今の私の全資産は、金貨六千九百枚だ。
私個人がこれだけの金貨を持っていて大丈夫なのかと、国の金貨が足りなくなるのではと、そう疑問に思える程には稼いでいる。
そんな私が気にしなければならないとしたら、逃げる場所だ。
逃げる場所によっては簡単に追っ手が来るだろうし、最悪の場合には、逃げ延びた場所で鍛冶師として強制的に働かされる未来もあり得る。
その可能性を打破する為には、私にとって都合の良い国へと逃げるしかない。
私にとっての都合が良い国とはつまり、ただ普通に鍛冶師として働ける環境を維持出来る国である。
しかし、普通に考えてそんな都合の良い国があるのかと、そう疑問に思う者も多く居るだろう。
どんなに素晴らしい国であっても、馬鹿は何処にでも居るから当然の疑問だ。
確かに、そう考えると都合の良い国が存在する筈が無い。
だが、私の予想が正しければ、丸々私にとって都合が良いという事はあり得ずとも、それに近しい国は絶対に存在する筈である。
逃げるに際して、私が選択すべきものは大まかに言えば二つだ。
先ず重要なのが、私の身の安全である。
これについては、現在私が住んでいる場所を統治しているビルジア国より強い立場の国であり、ビルジア国の追っ手が安易に入れないレベルの国に逃げるのが最適だ。
そして二つ目に考えなければならないのは、その逃げ延びた先での身の安全であり、そしてそれと同時に鍛冶師としての普通の暮らしが出来るかどうか。
この二つの条件を満たすのが、鍛冶国家として有名であり、中堅国家としても一定の力を有するドワーフ人の国であるムーティッヒ国だ。
優れた鍛冶師は手厚く面倒を見てくれると噂で聞いた事があるし、この国ならば私を放っておく筈が無いと言い切れるだろう。
噂を信じるなら、私がビルジア国から逃亡した者であると知っても、きっと助けてくれる筈だ。
勿論、それは善意だけではなく、鍛冶国家には鍛冶国家で大きな利点があるのが前提になるし、それは当然私の造る武器が交渉材料にはなるだろうがね。
それでもムーティッヒ国なら、ビルジア国とは違って職人には一定の配慮をすると有名であるし、少なくとも私に向かって金貨十枚で武器を造れだとか対面するなり問答無用で殴ったりなどは決してしないだろう。
まぁ、それは兎も角、今は無礼な騎士達を相手にして冷静に応対した自分を誉める為、久しぶりにお酒でも飲むとしよう。
酒はエールとワインの二種類しかないし、どちらも不味いからやけ酒のような感覚になってしまうだろうが、飲まないとやってられない気分なのでしょうがない。
大きな溜め息を一つ吐き、私は空を眺めて妄想する。
妄想する内容は、無礼な騎士達とのifである。
私は今回冷静に対処したが、もしも私の怒りが爆発していれば、戦国時代の剣豪将軍のように、私が死ぬ前までに十人くらいは斬り殺していた場合もあったかもしれないなと、そんな妄想だ。
いや、私は元来臆病で慎重な人間なので、勿論そんな事はしないのだけれども。
私はもう一度溜め息を吐き、この村に最近出来たばかりの酒場へと足を進めた。
そしてそんな私の目に映ったのは、酒場でお酒を豪快に飲み干すギルバードさん率いる一党であった。
ギルバードさん達は、私の客としての第一号である。
最近の彼らはかなり忙しいらしく、私の店には半年前に一度だけ顔を見せたくらいだったのだが、此処に居るという事はどうやら仕事が一段落したのだと思われる。
そうでなければ、暢気に酒など飲んでいられないだろう。
そんな彼らを見て、勿論私はチャンスだと思った。
何故なら、彼らは冒険者の中では一番気の良い連中だからだ。
それに何より、知り合って少し時間が経った後に知ったのだが、彼らは冒険者達の間では超有名人らしいのだ。
何という名だったかは忘れたが、狂暴で凶悪で強大な魔物を、彼らはたった六人で倒してしまったそうなのだ。
本来なら数千人レベルで戦いに臨むのが普通の、そんな強大過ぎる魔物を、斧使いのギルバードさん、同じく斧使いのビルボさん、ハンマー使いのジョッドさん、同じくハンマー使いのクワイエットさん、唯一槍使いのゴードンさん、そして同じく唯一の弓使いであるミールさんの六人だけで、マンモスよりも大きな体躯を誇る猪のような魔物を倒してのけたのだ。
彼らに逃亡する為の護衛を依頼すれば、最強の矛であり盾となってくれるのは間違いない。
まぁ、本来護衛という生業は傭兵の仕事の一部であるが、私が個人的な趣味で造った武器を餌にすれば、きっと彼らならば食い付く筈だ。