二話ですぜ、旦那!
鍛冶の仕事で使用する最低限の細々とした器具を、私は一ヶ月近くも時間を要してしまったが、確かに造り上げる事に成功した。
これは少し予想外で、自身の予定ではもっと早くに武器の製作に着手している筈だったのだが、これは私が鍛冶仕事を甘く見すぎていた証拠なのだろう。
しかしながら、そうやって自身で造り揃えた器具の数々は、中々に使い勝手の良い物であると実感している。
何事も先ずは基礎が大事だと言うし、試行錯誤の連続で造り出した事実は無駄では無い筈だ。
ともあれ、そんな自画自賛は兎も角として、私は武器の製作を始めるに至った。
最初に造るのは、刃渡り三十センチのナイフである。
ナイフにも様々な形状が存在するが、当然素人の私が最初に手を出すのはありふれた片刃のナイフだ。
最初から複雑な形状の物に手を出すつもりなど無く、それは器具を造っている間に嫌と言う程に身に染みて理解したからでもある。
これもきっと、中々に苦労の連続となるのだろう。
そんな思いを胸に抱いての一振り目のナイフは、しかしそんな思いとは裏腹に簡単に出来上がった。
勿論、研ぎも焼き入れも済ませた完成品であり、見た目だけで言えばそれなりに上等な一品となった。
だがしかし、村の廃屋に向けてナイフを振るって見ると、刃の部分が簡単に刃こぼれしてしまった。
材質的には鋼鉄を再現したつもりなのだが、何故こんなにも簡単に刃こぼれしてしまったのかと落ち込む。
見た目が上等だっただけに、その期待を裏切られた気持ちで一杯になった。
だが、これはまだ一本目のナイフだ。
最初から完璧な物を造り上げるなど、そんな都合の良い事が現実に起きる筈も無い。
そう思い直し、私は再びハンマーを手に取り、新しくナイフを造り始める。
そうして出来たナイフを、少しの期待を込めて、廃屋に目掛けて振り下ろす。
しかし再び、無惨にもナイフの刃は容赦無しに刃こぼれしてしまった。
何故だ?
炭素の量が少ないのか?
或いは、炭素が上手く混ざりあっていないのか?
私は頭を抱えながら、幾通りもの疑問を脳裏に浮かばせ、もしもその疑問の通りならば、その答えとなる対応策をと考える。
しかしそれ以外にも、問題となる部分があった。
それこそ、一番大きな問題である。
それは、一つ目に製作したナイフと二つ目に製作したナイフとでは、大きく形状も違えばそのナイフの重心も大きく違う事に気付いたのだ。
これでは話にならないとしか言えない。
機械程に正確とは言わないが、それでも違いが気にならないくらいの精度でなければ売り物にはならないだろう。
いや、もしかしたらこの世界の文明度を鑑みれば、この一つ目のナイフと二つ目のナイフの違いは許容範囲であると認識されるかもしれないが、それでも造るなら完璧を目指すべきであり、ともすれば刃こぼれ云々よりも先に形状と重心を一定にする方を心掛けた方が無難だろう。
一本目が驚く程に易々と造れた時は、鍛冶に必要な器具を造るよりは正直言って簡単に思えた。
だが、これは思っていたよりも深いのだと実感せざるを得なかった。
そうしてナイフを造り始めてから三ヶ月、形状と重心、その二つの要素は一定に造り上げる事に成功する。
もうどれだけのナイフを製作したのか、私自身でも分からない程には沢山造った。
事実、鍛冶工房の外には、ナイフ、ナイフ、ナイフ、ナイフ、ナイフ、ナイフと言った感じで、それこそナイフの山が出来ているぐらいには造っているのだ。
しかし、形状と重心という二つの要素は同一に造れるようにはなっても、何故か未だに私が造るナイフは簡単に刃こぼれしてしまう始末。
製作方法は、ヨウツベで見たブラックスミスさんの製法を完全に再現している筈なのだが、何故か一向にちゃんとしたナイフが出来ていない。
私の造るナイフには何かが足りていないからこそ、簡単に刃こぼれしてしまうのだろうが、その原因がさっぱり分からない。
冷静に理論立てて考えるならば、刃こぼれしてしまうのなら焼き入れに問題があるのだろう。
動画でのブラックスミスさんを、もう一度思い出してみる。
彼は黒く変色した水に、真っ赤になるまで熱したククリナイフを柄まで浸していた。
そう、それは間違いない。
私の場合、真っ赤に熱したナイフは、黒く変色してはいないが、それっぽい泥水に浸して一気に冷やしている。
私とブラックスミスさんの工程で違うのは、その一つの違いのみ。
黒い水に何か特別な物質を混ぜているのか?
そうふと思ったが、しかし日本刀の製作で泥水を使用していたりするし、別に問題無いような気がする。
もっとも、日本刀の製作において、日本人の鍛冶師は焼き入れ時には違う綺麗な水を使用していたが……。
ともあれ、黒い水だろうと水は水だし、それ程に違いは無いように考えられる。
となれば、あの動画に映っていた黒い水は、そもそも水では無かったのかもしれない。
そう考えた瞬間、私は体全身に電気が流れたかのような感覚に襲われ、それはもうビクビクッと盛大に体を震わせた。
気付いてしまったのだ。
いや、ある逸話を思い出したが故に、自身の愚かさに辟易とし、愕然としたと言った方が正しい。
とある刀鍛冶師の弟子が、焼き入れの技法を盗み取ろうとした。
その方法は単純で、真っ赤に熱した刀を師匠が液体に浸して冷やす際、その液体の温度を手で感じとろうとしたのだそうだ。
そして、弟子の目論みは成功する。
ただし、液体に手を入れた次の瞬間には、師匠によって弟子の腕は、容赦無く切り落とされてしまう事になる。
私が思い出したのは、そんな恐ろしい逸話であった。
そしてこの逸話に登場する液体とは、人肌より少し高い温度のお湯であったらしい。
そう、焼き入れの際に使用する水の温度には、最適な温度というものが存在していたのだ。
私はその事実を知識として知っていた筈なのに、この三ヶ月もの期間を、延々と滝壺から汲んで来た冷たい水を使用するという愚かな行為で無駄にしていた訳だ。
そして、その事に気付けた私は、更なる事実を思い出していた。
焼き入れに使用される水は、冷たすぎると一気に冷やされ過ぎて、その結果脆くなるという事を。
どうりで私の造るナイフの悉くが刃こぼれする筈だ。
しかも、思い出したのはそれだけではない。
逸話を思い出した後、何故か不思議と次から次に泣きたくなる程に有用な知識が溢れてきたのだ。
それはブラックスミスさんが使用していた黒い水についてであり、油は水と違って温度が下がり過ぎないという特性を活かし、西洋では焼き入れの際に油を好んで使用すると聞いた事があったのを思い出したのである。
何故私は、もっと早くにこれらの事実を思い出せなかったのだろうか?
形状と重心の二つの要素を一定水準で造る事に集中しながら、それと同時に刃こぼれの原因を探るという中途半端な事をしていたから思い出せ無かったのだろうか?
二兎を追う者は一兎も得ず、というが………いや、一定水準でナイフを造り上げるだけの技量は得たのだから、あくまでも一兎は得たと言えるのでマシと言えばマシか。
しかし、正直言って悔しい思いが込み上げるのは否めない。
私は自分の愚かさに項垂れながら、腰をくの字に曲げつつトボトボと村を出て行く。
もうこの日だけは鍛冶仕事をする意欲が湧かず、何故だか知らないが肉を無性に食べたくなった。
落ち込んだ気分を、少しでも良いから浮上させたかったのかもしれない。
何せ、この村に来てからと言うもの、もう三ヶ月は肉を食べていないのだ。
そのせいでかなり体が細くなってしまっており、二十一世紀の日本では痩せ過ぎと言われる事間違いなしの肉体となっている。
やはり鍛冶仕事に集中する為には、どうしても狩りに時間を割く訳にもいかず、植物ばかりを口にするのが最近の食生活であったのだから仕方ないだろう。
そうして刃こぼれしやすいナイフを片手に、狩りに行ってみたは良いものの、目当ての肉は得られなかった。
肉を得ようと散策して気付いたのだが、村周辺には兎などの動物が少ないらしいと初めて気付いた。
これには益々ガックリときてしまい、私は久し振りに罠を仕掛けて鍛冶工房へと帰宅する。
まだ昼を過ぎたばかりであり、空に浮かぶ太陽の存在主張は強い。
それ故、鍛冶以外で時間を潰す事を考え、ふと私は思い立ったかのように鍛冶工房に併設してある店のような部分を治し始めた。
おそらく、鍛冶工房で製作した物品を売っていたお店になるのだろうが、棚などは木製でボロボロだったので、そこを重点的に修復した。
釘は自作で造っていたので、廃屋から回収した使えそうな木材を加工して、日曜大工よろしく拙いまでも一応の棚を造り上げる事に成功する。
そうして、鍛冶仕事以外の事に集中する時間を久し振りに経験すると、存外心の平穏を取り戻せたようだ。
焼き入れの水の温度などを思い出せず無駄な時間を過ごしたが、まぁ良いじゃないかと、そう思える程には気分が向上したらしい。
その次の日からは、気分を一新出来た事が功を奏したのか、刃こぼれしないナイフの量産に成功し、三十本程を造ると様々な形状のナイフを造り始める。
それから暫くして、私はナイフ造りを一旦中断させると、冒険者と呼ばれる職業の武器を中心に製作を開始。
冒険者とは、危険生物を相手にする生業であるからして、当然武器は剣などではない。
剣はあくまでも人と戦う事を想定して造られた武器となるので、熊のように大きくて危険な生物と戦う事など想定されてはいない。
事実、私が町に居る時に聞いて回った際、サブウェポンとしてなら剣を持つ者も居たが、大概は斧や大きめのハンマーなど、後は少ないものの槍を主武器としている者ばかりだった。
危険な生物を相手にして、剣を手にして戦うなど愚の骨頂という事なのだろう。
そういう訳で、先ずは斧の製作に着手した。
柄の部分はマジックバックの中身である無数の木材を加工する事に決め、幾つか木材にも種類があるようなので一番硬い物を採用する。
加工する時は、村の廃屋の一つである木材加工を目的とした工房跡地があったので、そこに残っていた設置型の加工器具を使用する。
名称は知らないが、この器具のお陰で柄の加工も簡単に出来たのは有り難い。
鍛冶工房にもある足踏み式の研磨器具で、少し材質が違う事からおそらくは木材専用なのだろうと思う。
私はその器具を駆使して、手斧用のサイズの柄、遠心力で強力な一撃を加えられるように長めの柄、取り回しと一撃の強さを両立したサイズの柄、三種類の柄を取り敢えずは十本ずつ製作した。
そして、肝心要の斧の部分の製作なのだが、これに関しては初めてであるのでかなりの苦労を要したが、一応それなりの物は出来た。
勿論、ナイフと同様で慣れるまでは全て一定の水準を持った品質とはならないだろうが、それは兎も角初めての斧の完成である。
重量二十キロの巨大な斧を、使用テストの為に用意した丸太を地面に横向きの状態で置いて振り下ろしたのだが、その丸太の半ばまで一気に食い込んだ。
太さ三十五センチ程の丸太の半ばまでを一気に、だ。
この結果に、私としては大満足である。
勿論、刃こぼれどろか刃部分が潰れたなどの不具合も一切皆無。
私のような栄養が足りていない者の肉体でこの結果なのだから、筋骨隆々な冒険者ならば一発で両断出来るやもしれない。
素晴らしい結果に、私は思わず高笑いしてましったが、そんな私を一体全体誰が責められようか。
この数ヵ月間の努力の結晶が、私が今手にしているのだから、これで興奮しないなんて嘘だ。
そうして、私はそれからの一週間を上機嫌のままに過ごしながら、斧の形状を少し変更させたりしつつ、最終的な形状を決定するに至る。
完成形の斧の形状は、ハルバードに少し似ていると言えるだろう。
しかし、あくまでも少し似ているだけであり、大きく違う箇所が一点存在する。
それは、ハルバードは槍のように突き刺す事を想定した先端の穂先があるが、私の製作した斧にはそんな穂先など存在しない事である。
先端には何も突起状の物は無いが、その代わりに、斧の刃部分の反対の位置に杭のような長さ二十センチの鋭い穂先が存在する。
ハルバードの先端の穂先は、槍のように突き刺す事を想定して造られているのに対し、私の斧はあくまでも遠心力で一撃の威力を高めながら突き刺す事を想定して造り上げたのだ。
これには、正直言って最高に満足している。
斧という性質上、やはり遠心力を最大の特徴とした武器になるのだから、槍のように使うのはナンセンスであると考えた結果である。
一方、手斧に関してなのだが、そちらはサブウェポン用としてなので、普通の手斧を意識して従来の型を崩さない事にした。
投げて良し、両手に一本ずつ装備して良し、従来の手斧はそれはそれで完成形だと思えたからこその決定である。
ともあれ、それからというもの、私は斧を延々と造り続ける毎日を送る。
そして斧に満足すると、次はハンマーだ。
この武器も、遠心力を特徴としているのは斧と同様の為、片側は通常通りのハンマーで、もう片側にはやはり遠心力を最大限に活かす為の長さ二十センチの杭状を基本としている。
そしてそんなハンマーなのだが、斧よりも簡単な形状をしている為、想定していたよりも早くコツを掴む事に成功した。
私の鍛冶技術が向上したせいでもあるのだろうが、それにしたって予想外の速度で満足出来る完成品を造れるようになったのは幸運である。
ぶっちゃけると、ハンマーだけ延々と造り続けて売ってやろうかと考える程には、かなり造り易かったのだ。
そんな予想外の出来事は兎も角として、ハンマーが一定の水準で造れるようになったので、次は槍である。
しかし、これはナイフと然程には変わらないので、これも問題無く完成品を造れた。
ただし、勿論ナイフとは違うし、刺突武器としてを主眼にした槍を製作した。
突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀。
こんな有名すぎる言葉が存在するが、私の製作した槍は突く事のみに特化させた槍となる。
なので当然、払う事は想定していないし、太刀のように斬る事も想定していない。
ただただ突き刺すという理念のみを追及した武器だ。
薙刀や太刀というのは、やはり人間と戦う事を意識して造られた物となる。
となれば、大型の危険生物に通用する訳が無い。
漫画やアニメ、もしくはゲームのような世界であれば超常の腕力を人間が有しているので通用するのだろうが、この世界の人種は地球人と変わらない身体能力なのだ。
それ故に、刺突特化の槍を完成形として決定した。
因みに、槍も人間を想定して造られた物なのではと、そう疑問に思う者も居るだろう。
しかし、事実は大きく異なる。
その証拠と論拠は、原始時代にまで遡る。
嘗て地球人達の祖先は、石槍でマンモスと対峙していた。
数トンにも及ぶ超巨大なマンモスを相手に、投げて良し、突き刺して良し、という二つの用途で造り出した槍で、祖先達はマンモスを倒して貴重な肉を得ていたのだ。
この事実から分かる通り、危険生物と戦うのに際して最も効率的な武器は槍であると私は考えている。
だからこそ、払えば薙刀、持たば太刀、という二つの部分は私の槍には不必要であると判断したのだ。
そんな訳で、サブウェポンとして投槍用の短槍と主武器としての槍の二本で完成形と至る。
ここまで本当に長い時間を要した。
突如この世界へと迷い混んで、今日で一年と半年になる。
造り置きしている武器の数は、それぞれ三十本ずつあるし、そろそろ最初に私が辿り着いた町へと自作の武器を持って行っても良い頃合いかもしれない。
予測通り武器が売れたら………いや、先ず間違いなく売れるだろうが、売れたら腹一杯になるまで肉料理を食べるつもりだ。
この世界に来てから栄養を満足に摂取出来ていないので、かなりガリガリになってしまったしな。
まぁ、食事だけが原因で痩せ細った訳ではない。
説明すれば当たり前だろと思われるのだろうが、地球とこの惑星はあらゆる意味で当然違うので、生物も違っていれば細菌も違っているのである。
となれば勿論、この世界に存在するウイルスなどの抗体を持っていない私は、悉く様々な病気を発症させ、その都度体調を悪くするという結果を幾度も経験せざるを得ず、そういう事も相まってガリガリになっているのだ。
ただし、この半年は一度も体調を悪くしていないので、おそらくはこの世界の住人が子供の頃から経験する病気には大方罹患しつくしたと判断しても良いのだろう。
まぁ、何はともあれ、漸くお金儲けの時間が来たのだ。
今日と明日は武器の柄を量産して、それが終わったら町へと繰り出そう。
そう考え、私は柄の素材となるマジックバックに入っていた謎の硬い木を片手に、木材工房の跡地で手慣れた感じで加工し続けていた。
もう脳内では金貨の山の姿がはっきりと浮かんでおり、心は異常な程に弾んでいる。
ワクワクが止まらないとは正にこの事で、心なしか歌まで口ずさんでいる程だった。
そんな風に私が浮かれ気分でいたせいなのだろうか、それとも足踏み式の木材研磨で木を加工していた事で気付かなかったのだろうか………いや、おそらくは全ての理由が合致してであるのだろうが、暢気に作業していた私は突然肩に衝撃を感じて悲鳴と共に背後へと振り向く。
何が肩に触れたにせよ、私は何かの存在が間近に迫っている事に全く気付けなかった。
そして、そんな私が目にしたのは、筋骨隆々な男達五人の姿だった。
男達は、その逞しい肉体とは打って代わった様子で私を見ていた。
小さく悲鳴を上げ、太い腕で身を守るように体を縮こまらせていたのだ。
これはもしかして、呼ばれている事に私が気付けず、そんな私に気付いて貰う為に私の肩を叩いたら、私が馬鹿みたいに絶叫したので、その私を見て彼らはビックリしたと、そういう事なのかもしれない。
いや、そういう事なのかもしれないと言うよりは、ほぼ間違いなくそうなのだろう。
『あ〜……失礼しました。変なところをお見せしてしまって申し訳ない』
実際、恥ずかしい姿を見られてしまったので、その赤っ恥を少しでも払拭するべく、私はそれなりの体裁を取り繕って謝罪の言葉を告げた。
すると男達は、その屈強な肉体からは相反するイメージの口調で口を開く。
「い、いやいや、こっちこそゴメンな。まさかあんなにビックリするとは思わなくてよ」
「あぁ。あそこまでビックリするとは思わなかったよな」
「お陰で、こっちまでビックリしたぜ」
「………俺はビックリしてないぞ。ビックリしたのはお前達だけだ」
「嘘つけよ。お前もビックリしてたろうが」
厳つい顔と体であるが、内面は優しい者達であるらしい。
武器を見れば一目瞭然で、彼らが持つ斧とハンマーから察するに冒険者であるのだろう。
しかし、その冒険者が何故こんな場所に居るのかは分からない。
そして、自分だけはビックリしなかったと言い切っている身長が一番低い男なのだが、彼が私を抜けば一番ビックリしていたのは間違いない。
まぁ、それは兎も角として、何故こんな場所に居るのかを尋ねてみれば、その質問をそのまま返されてしまった。
独りっきりで廃村に居れば、当然そんな疑問を持たれるのは必定。
それ故、私は予め想定していた通りに用意していたカヴァーストリーを話す。
その内容は、“嘗て私の祖父と両親がこの村の鍛冶師として働いていたのだが、魔物のスタンピードで両親を残して住人が全て死んでしまい、その結果、両親だけがこの村に留まった”という架空の話で、私はその両親の息子という丸っきり嘘っぱちのカヴァーストリーである。
これを聞いた冒険者達は、そう言えばそんな昔話を聞いた事があるなと、そう口々に言い合い納得してくれた。
私が言うのも何なのだが、このカヴァーストリーはかなり説得力があると思う。
魔物のスタンピードは八十年前に実際に有った事だし、村の生き残りが居たとしても不思議ではないからな。
「そうか……大変だったんだな。俺達の住む国でも前に似たような事があったし、相当苦労しただろう事は容易に分かるよ」
斧を片手に携えた金髪の男がそう言うと、他の面々も渋い顔で小さく頷いた。
自国の事を思い出し、その時の光景がフラッシュバックのように脳内に浮かんでいるのだろう。
そんな彼らを見ると、少し罪悪感に襲われる。
何せ、私の話した内容は嘘なのだ。
これで何も思う事が無ければ、それはサイコパスの類いだろう。
しかし、そうは言っても自分の為に嘘でしたとは言わないし、嘘はこのまま貫き通させて貰う。
「それで、ご両親は? 姿が見えないようだが」
「私に鍛冶師としての技術を教えた直後、最初に父が死に、その父を追うように母も死んでしまいました」
「そ、そうなのか」
「おい、もう少し考えて聞けよ」
「そうだぞ。お前の悪い癖だ」
「村の中には他に人が居なかったのだから、少し考えれば分かる事だろうが」
「………お前は果てしない馬鹿だな。小さい頃から変わらな過ぎだ」
両親の事も真っ赤な嘘なのだが、それによって悲惨な程に金髪の男が仲間から責められ始めた。
これには先程と同じく、申し訳ない気持ちが湧き出す。
しかし悲しいかな、私は嘘を貫き通させて貰うがね。
そうして暫くすると説教が済んだらしく、次々に自己紹介してくれた。
説教されていた金髪の男がギルバード、そのギルバードと同じ斧使いで茶髪の男がビルボ、次はスキンヘッドが特徴的なハンマー使いのジョッド、私と同じく珍しい黒髪のクワイエット、最後は彼だけが唯一槍を装備しているゴードン。
因みに、ビックリしていないと言い切っていたのがゴードンで、身長が170センチあるか無いかくらいの小柄になる。
そんな小柄で冒険者という職業が務まるのか心配になったのだが、どうやら力自慢として有名なドワーフ人なのだそうで、全然問題無く冒険者としてやれているらしい。
そして、此処には居ないが、まだもう一人仲間が居るらしく、その人は弓の名手で名をミールと言うらしい。
ドワーフ人のゴードンだけ小柄であるが、そのゴードンも含めて全員が凄まじい筋肉である。
私のガリガリの肉体が悲しく思えてくるくらいには、圧倒的な存在感を放つ者達だ。
そうして自己紹介が済むと、少しの会話を交えつつ鍛冶工房へと場所を移した。
木材工房の跡地では、白湯ですら出せないのだから仕方がない。
その時の会話で、彼らが廃村であるこの場所に足を踏み入れた理由を知る。
この廃村の更に先へと進むと、そこには危険生物が跳梁跋扈する森があるのだが、彼らはそこから帰って来る途中だったらしいのだ。
本当は一週間を森で過ごす予定であったのだが、目的の魔物を相手にギルバードが斧を振り下ろした際、その斧の一部が砕けたので已む無く撤退する事に決定し、その帰還の途中、廃村である筈の村から異音がするので立ち寄ったらしい。
私は彼らの話を聞いて、この村に来た理由に納得しつつ、武器店の方に彼らを通し、お湯を沸かすと自作である銅製の湯飲みに淹れて彼らに手渡した。
すると彼らは、湯飲み片手に棚に飾られている武器をまじまじと眺め始めた。
実のところ、彼らを鍛冶工房に隣接する武器店へと案内したのは、何も世間話の為だけではない。
自作の武器を持って町へと出る前の、丁度良いテストになるのではと考えたからである。
この目論見は、自分でも意外な程に見事に成功した。
金髪で斧使いのギルバードが、棚に置いてあった斧を見て、その普通とは違うフォルムを気に入ったらしく売ってくれと言い出したのだ。
この世界には存在しない形状の斧であるのだから、そこを誉められると実に嬉しい。
私のオリジナルの形状であるのだから、勿論地球にも無いのだし、やはりその部分を誉められると素直に嬉しく思うのは仕方がない。
私は勿論、彼の言葉を否定する事は無く、至極冷静な様子を意識して淡々とした口調で値段は金貨三十枚であると告げる。
「は!? 金貨三十枚って本気か!?」
ギルバードは、それはもう目玉が零れ落ちるかの如く目を見開き、大きな声を木霊させた。
滝の爆音にも負けない程には、ギルバードの声は店内に良く響いた。
彼が驚くのも当然で、その理由は世間一般の斧なら金貨三枚だからである。
だが、私の斧はそんじょそこらの斧とは別格の性能であり、手間暇が鋳造の物とは10倍以上も違って掛かるのだから、10倍の値段で売るのは当然だ。
それに、鍛造の物など私が造る物以外には存在しないし、彼が驚愕の眼を向ける斧は鋼鉄製なので、この世界では他に手に入れる手段が存在しないのだから、金貨三十枚というのは安い値段であるとしか言えない。
まぁそうは言っても、見た目は普通の鉄製の斧であるし、製作方法も見た目では分からないので、彼の驚きようも理解出来る。
なので私は、自信満々の笑みを浮かべ、ボッタクリだと言いたげな彼ら全員に向け、少し芝居じみた仕草で声を掛ける。
「何故、金貨三十枚という大金なのか………そんな大金を払う価値があるのか………。気になるでしょう?
その秘密が知りたければ、棚の下に置いてある丸太に向かって斧を振り下ろしてみれば分かりますよ」
「いやいや、別に使わなくても分かるぞ! 確かに変わった形の斧であるのは認めるが、それで金貨三十枚は高過ぎだ!」
「ギルバードさん、貴方は大いに勘違いしているようですね。今貴方が手にしているその斧は、この世界に存在するどの斧とも違う性能を有しています。
嘘だと思うのなら、先程も言ったように試して下さい。直ぐに理解なさるでしょう。
あ、因みに、試すなら外でお願いしますね。まぁ、それは言うまでも無いでしょうが」
あくまでも自信満々に言いのけた私に、ギルバードさんを含めた全員が胡散臭げな表情を浮かべた。
その表情が一変するのが手に取るように分かるので、私は早く試せよと、そう内心で叫びながらニッコリとした笑みを浮かべつつ黙して眺める。
すると観念したのか、それとも私の自信満々な理由を知りたくなったのか、ギルバードさんは店外に出ると丸太を地面に横向きに置いた。
そして、大きく斧を振りかぶると、その斧を一気に振り下ろす。