十話ですぜ、旦那!
今話題の中心となっておる人物が漸く城へと着いたと耳にし、儂は近衛兵の二人を伴って急ぎ城の応接室へと向かう。
ブース辺境伯から陛下への報告を謁見の間で聞いていた近衛兵も気になっておる様子で、儂と同様に少し落ち着きがない。
然もありなん。
今や亡国となって久しい初の国家である日本国の失われた血筋が、何故なのか本人もその事実を知らぬままにこの城へと来ておるのだからな。
正直言ってしまえば、半信半疑ではある。
ブース辺境伯が言うには、コインが変質するのをその目でしかと見たと言うが、それとて今までに無かったかと言われれば無かった事ではないからだ。
何故なら、錬金術師が用意周到に製作したコインを片手に、然も自分が失われた血筋だと言わんばかりに自分の血にしか反応しないコインを変質させ、自分が日本国の血筋であると声高に宣言した稀代の詐欺師がおったのだ。
王冠の紋様が施されたコインが、一体どのように変質するのかを誰も知らないのを巧みに利用した結果である。
しかし勿論、最初こそ日本国の血筋であると認められたものの、嘗て伝説とまでに至った日本国の技術の一つも知らないとあれば、当然偽物であるとバレてしまい、その稀代の詐欺師は惨たらしい結末を迎えておるがな。
だが、今回の場合は少し話が違う。
何せ、本人は日本国の血筋だと一言も宣言しておらんし、天才鍛冶師が日本国の血筋ではと疑ったのは余りにも平民にしては不自然過ぎるからそれで調べてみれば、という経緯だ。
日本国の血筋であると信じるには些か早計であるが、これは慎重に調べる必要がある事でもあると言えるだろう。
もし日本国の血筋でないとしても、それはそれで一向に構わん。 ブース辺境伯の話によれば、天才鍛冶師で天才算術師でもあり、天才剣術師でもあるらしいからの。その技術と知識だけでも、この国は他国を一歩も二歩も抜きん出る事になる訳だからな。
それ故に、日本国の血筋ではないにしても儂らは一向に構わんのだ。件の鍛冶師が下手に日本国の血筋であると宣言せんだなら、帝国を無駄に刺激せずに済むのなら、ただの天才がムーティッヒ国へと亡命しただけの事であり、その者の知識と技術を分けて貰うだけの事。
そう考えつつ応接室へと辿り着いた儂は、近衛兵を伴ったまま勇者達と、そして鍛冶師との邂逅を果たした。
その感想は、実に危うい、というものだった。
何故なら、礼儀が余りにも平民から逸脱しておるし、肝の据わり方が平民のそれではなかったからだ。これではブース辺境伯が言う通り、王族としての教育を受けていたと言われても不思議ではない程だった。
しかし、まだだ。まだ結論を出すには早計。
そう思い、必死に冷静さを装いつつ、儂は鍛冶師を退席させて勇者達に問うた。鍛冶師との出会いを。
すると、何を聞かれるかと構えていた勇者達が、儂の問いに困惑しつつ、それでいて問われた事には答えねばと考えたのか、ミールが真剣な表情で語り始める。
「……コーター様と出会ったのは、俺達がビルジア国に辿り着いてから初めての依頼を受けた時です。まぁ、そうは言っても俺は怪我をしてしまっていたので、その時はビルジア国の魔の森から一番近い町で静養していたんですがね。
ですので、その時の事はギルバードからの伝聞になるのですが、ご存知の通りギルバード達では上手く話が出来ませんので、俺から話させて貰いますが、それは宜しいでしょうか?」
ギルバードはチームのリーダーとしては相応しいのであろうが、こう言った説明ごとになるとミールが巧みだ。
それを知っているので、儂は無言で頷く。
すると、少し納得がいかない表情をギルバード達が浮かべるものの、ミールはその様子を尻目に完全無視の意思を示し、言葉を続ける。
「ギルバード達は当初、魔の森へと依頼であった魔物の素材を得る為に出発。しかし、ギルバードが持つ斧が戦闘で早々に破損し、仕方なく帰還する事に。
その道中、魔物のスタンピードで滅んだと伝え聞いていた廃村から、何故か木を加工している音が聞こえたそうです。最初は空耳かと思ったそうなんですが、近づくにつれ全員がはっきりと耳に出来たので、その音の正体を探るべく廃村へと侵入。
と、そこで、独り黙々と作業に勤しむコーター様をギルバード達が発見しました」
「ふむ。廃村でたった独り、であったと」
「はい。コーター様の他には、人っ子一人いないのは間違いなかったようです。実際、ギルバードがコーター様に確認したところ、独り孤独に生活していたと宣言したそうです」
「何故だ? 何故、廃村に独りでおったのだ? どう考えても不便極まりないだろう」
「コーター様の言によると、祖父と両親が村の鍛冶師として働いていたらしいのですが、魔物のスタンピードで両親を残して祖父や住人が全て死んでしまい、その結果、両親だけが村に留まったとの事です。そして、鍛冶師としての技術を伝授した直後、コーター様のお父上が亡くなり、その後を追うようにお母上も直ぐに亡くなったそうです。
それからコーター様は故郷を捨てる決意が持てず、ただお一人で鍛冶師として廃村に残っていたと、そう聞きました」
「なるほど。確かに故郷を捨てるのはな………。ぅん? 両親が死んだのはいつだ?」
「十二歳になる頃だと聞きましたが、それが何か?」
十二歳で両親を亡くしたという事は、もし日本国の血筋であるならばそれを両親が伝えそびれてしまったと仮定しても不思議ではないな。それならブース辺境伯の証言に一定の辻褄が合う。
ブース辺境伯が言っていた。鍛冶師は自身の身の上を知らない可能性が高いと。
もし王族としての教育を帝国にバレないよう事細かくしつつ日本国の失われた叡智と技術を伝承し、その上で充分に大きく育ってから決定的な事実を教えるつもりが、その決定的な事実を教える前に両親が死んだとしたなら、というブース辺境伯の予想が現実になりつつあるな。
いやいや、まだ早計だ。駄目だな、冷静さを失いつつあるようだ。
「十二歳からずっと、廃村で独りだったのは間違いないか?」
「えぇ。町に出た事もあるようですが、その時には戸籍が必要になっていた事もあり、それはコーター様にはどうしようもなく、それが故に廃村に戻ったと」
「ムーティッヒ国で戸籍制度が浸透したのが、約七十年前。ビルジア国なら、六十年から五十年前になるな。……遅くとも、四十年前くらいにはなるだろうから、それからビルジア国内に戸籍制度が浸透してしまい、天涯孤独の身の上ではどうしようもなかったのだろうな。一応の辻褄は合う、か」
「コーター様が嘘を言っているとお思いで?」
「いや、嘘とまでは思っておらんが、一応の確認はせねばならんからな」
「なるほど。陛下にお伝えするなら確かに確認は必要ですね」
もう既に勇者達の中では、鍛冶師は日本国の血筋であると結論付けている様子だ。ミールの口調からは、宰相の儂でさえも鍛冶師を疑う姿勢を不敬であると考えているように見える。
確かに、話を聞いておると綺麗に辻褄が合うのだから、その気持ちも分からんではない。ブース辺境伯を含め、勇者達もコインが変質する瞬間を目にしているのだし、鍛冶師が日本国の血筋だとほぼ決め込んでいるのも分からないではない。
しかし、稀代の詐欺師という前例があるのだし、やはりまだ結論を出すのは早計だ。
「鍛冶師が普通ではないと気付いたのは、話を聞くところによるとミールだとブース辺境伯が言っていたが、それは相違ないか?」
「はい」
「どの辺でそう思った?」
「日常での何気ない計算をしていた時です。俺自身、幼い頃からエルフ式の算術を学びましたが、コーター様はエルフ式の算術とは大きく違う計算方法で金銭の精算を素早くしていたのです。それに他にも、武器の柄を加工している最中の事だったのですが、俺が全く知らない計算式を使用していました」
「その時におかしいと思ったのだな?」
「はい。ですがより正確に言うと、最初は知らない計算式に気を取られ、事の重大さに気付いたのが傭兵との模擬戦になりますね」
「ブース辺境伯が言っていたな。確か、お主が帝国の剣聖よりも遥かに上であると評価していたと」
「コーター様は殆ど動かず、ただ剣先を少し動かすだけで傭兵の攻撃を軽々と捌いておりました。アレを見た時、これが本物の剣術なのだと確信しました。俺が………いや、俺達が見ていたこれまでの剣術は全て、児戯のレベルであるのだと理解せざるを得なかったのです」
「帝国の剣聖の剣術を儂は見た事が無いが、そう思ってしまう程に鍛冶師の剣術は異常であると?」
「異常であり、異様であり、美麗でありました。一切の無駄が無く、それでいて寒気がする程に対人に特化した剣術であると悟りました。
剣術の名を、コーター様は剣道と呼び、そしてその剣道専用である武器を旅の道中に見せられましたが、それもコーター様が日本国の王家の血筋である証拠の一つだと認識しております」
「ちょっと待て、そのような話はブース辺境伯から聞いておらんぞ」
「それはそうでしょう。何せ、ブース辺境伯の屋敷を出発した後に、コーター様から武器を見せて貰ったので」
勇者達は既に鍛冶師を日本国の血筋であると結論付けておるからこそ動揺など皆無であるのだろうが、疑っておる儂からすると新たな証拠とやらのせいで激しく脳を揺さぶられるような心持ちだ。
そういう大事な事は最初に報告しろと言いたいものの、儂から問い始めたのを思い出せば今この時になって新たな証拠とやらの話になるのは仕方がなかったのだろうな。
イカンな、冷静さがどんどん遠のいて行くような感じがする。
「……して、その武器とやらは?」
「刀です」
「はぁ!? 待て待て、それは本物か?!」
「コーター様が言うのですから、恐らく本物かと思います。まぁ、刀とは言っても、野太刀という刀の中でも特殊な部類に入る代物だそうで、通常の刀よりは大振りな物を拝見させて頂きました。
その野太刀を一言で形容するならば、美術品のような武器、と言った感じでしょうか。非常に美しかったとしか言えません」
「……………………」
刀は知っている。見た事は無いが、形状などは伝え聞いている。
だが、野太刀とやらは知らん。刀という武器に、色々と分類される程に種類があった事も知らん。
ただの天才鍛冶師が知る由も無い筈なのに、それを知っているというのはどういう事だ! 本当に日本国王家の血筋という事なのか?!
恐らく、刀狩りをしていた帝国ですら知らない事実であろう。そんな事実があるのであれば、噂としてその事が出回っていても不思議ではないからだ。
これは由々しき事態だ。
もしかしたら、鍛冶師を国へと招き入れたのは不味かったかもしれん。この国にとっての大きな争いの火種になるのやもしれない。
いや、待てよ。この考えも早計かもしれん。
鍛冶師が口からでまかせに言った事かもしれんし、これから鍛冶師がこの国で何を示すかによって、此方がどう動くかを決めても遅くはなかろう。
それに、もしも本当に日本国王家の血筋だとしたなら、かの伝説の数々を残す叡智の一端を手中に納める事も可能なのだからな。この好機を逃すのは実に勿体ない。例え争いの火種になるかもしれんとしても、それでも簡単に手放すのは愚策であろう。
鍛冶師がこの国にとって毒となるか薬となるか、それは分からん。しかしその判断は、陛下に任せるしかなかろうな。
「うぅむ。……野太刀、か」
「御興味がおありでしたら、コーター様に直接見せて貰っては如何です? 或いは、内密で刀を一振り造って貰うのも宜しいかと」
「造って、だと………? 帝国ですら刀狩りで回収した代物しか持っておらんのに、あの鍛冶師は刀を造れると言うのか?!」
「はい。ただし、必要な薬品が手元に存在しないとかで、乱刃は再現出来ないとか仰っておりましたが、直刃でもそれはそれで美しいので、贅沢は言わずにそれで満足するしかないとも仰っておりました。
俺達には乱刃とか直刃とか言われてもピンと来ないのですが、宰相様ならその辺りの事はご存知なのでしょうか?」
かの刀の伝説は儂でも聞き及んでおる。折れず曲がらず刃こぼれせず、と本当なのか嘘なのか分からん伝説だ。
帝国にはそんな刀が数本現存し、今は王家だけが所有しておると聞く。まぁ、その数本の内の何本かは、帝王が信に値すると認めた家臣に下賜されたと聞くので、帝王が所有しておるのは五本くらいのものだがな。
いや、今はそんな刀に関する蘊蓄などどうでも良いのだ。重要なのは、刀を鍛冶師が造れるという事実である。
現在、刀は錬金術でしか造れない代物であると結論付けられており、鋼の秘術と呼ばれておる。その秘術を、世界各国の錬金術師が挙って解き明かそうとし、そして挫折してから誰も挑戦する者が居なくなって三百年。
鋼と呼ばれる物質を、あの鍛冶師は造れるというのか?! それはつまり、あの鍛冶師は錬金術師でもあるという事なのか?!
天才鍛冶師、天才算術師、天才剣術師、天才薬師、それだけではなく、天才錬金術師でもあると?!
「そのように突然顔色を悪くして、どうかなされましたか?」
「あ、うむ。い、いや………。えぇい、これは最早直ぐに陛下へと御知らせせねばならん!
勇者達よ、分かっておると思うが、決して鍛冶師の事は口外するなよ!! 首が飛ぶだけでは済まんと心得よ!!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
勇者達の全員が真剣な表情で応えたのを横目に、儂は応接室から近衛兵を伴って急ぎ出る。向かうは陛下のおわす一室。
もう鍛冶師が日本国王家の血筋かどうかを判断するのは儂には無理だ。冷静さの欠片も無くなってしもうた。
こうなっては陛下に判断を任せるしかない。物事の判断がこんなに儂の手から零れ落ちるのが早くなるなど初めての事で、それを情けないとも思えぬくらいにはパニックになってしまっておる。
儂の横を歩く近衛兵も儂同様に困惑しておるし、これではムーティッヒ国でも歴代最高の王だと呼ばれ親しまれておる陛下であっても、もしかしたら盛大に困惑するかもしれんな。
儂やブース辺境伯だけでは駄目だ。他にも優れた者達を呼び寄せ、皆で知恵を絞らんと不味いだろう。
それにしても、物凄い話になってしまったな。
コーターが日本国の血筋か、或いは鋼の秘術を解き明かしただけの人物かはもう儂一人では判断出来んが、どちらにしても凄まじい事には違い無い。
儂の隣を歩く近衛兵も、最早混乱の極致と表現するのが妥当な程に、表情を消してポーカーフェイスを気取る気力も無いらしい。
きっと儂も客観的に見れば同じ顔をしておるのだろうな。額から流れる汗が、それを物語っている。
ムーティッヒ国はこれから先、一体全体どうなってしまうのであろうな。
嘗ての日本国のように、現在の伝説で理想郷と呼ばれるようになる程に偉大な国家となるのであろうか?
不安だらけで足を進めていると、ふと気付けば陛下の執務室へと辿り着いていた。
もう目の前の景色すら考えていられる余裕が無いのだろう。その状況で執務室まで来れたのは、偏に歩き慣れた道順だから、という事なのだろうな。
ともあれ、儂は意識して一呼吸すると煩くなく、かと言って聞き漏らさない程度に力を込めて扉を叩く。
すると、常に陛下のお側に仕えている従者が扉を開き儂を招き入れる。
「イワンか。……もう件の鍛冶師とは会ったのか?」
執務室の中に入ると、早速とばかりに陛下からの問いが儂へと投げ掛けられた。
その陛下の表情は、恐らく陛下自身もコーターの事を考えていらっしゃったからなのだろうが、どこか落ち着きが無いように見えた。
「ブース辺境伯の言葉に、嘘偽りは無いと断言出来ます」
「ほう。つまり、亡国の血筋であると?」
「いえ、あくまでもブース辺境伯の言に嘘偽りが無い事は確か、という意味です。まだ確実とは申せません」
「ふむ。………して、そちの感想は?」
お叱りを受けるかもしれんが、ここは飾らぬ言葉を告げるべきであろう。例え、この件が理由で宰相の地位を失ったとしても、それでもはっきり言わねばならない。それが儂の役目であろうな。
どことなく普段とは違って落ち着きに欠ける陛下に向かって、儂は意を決して飾らぬ感想を告げる覚悟をすると、陛下の質問に数拍の間を置いて口を開く。
「鍛冶師、コーター。かの者は争いを忌避する性格のようで、そして平穏を良しとする性格のようで、その点で言えば国民として迎えるのは問題無いと存じます。しかし欠点もありまして、どうやら向上心に欠ける人物のようにも見えました」
「……それで?」
「ですが、その向上心の無さは地位や名誉という意味でありまして、職人としての誇りは充分に持っているようです。陛下からの褒美をちらつかせて見せても、本人は自身の鍛冶師としての腕で生きて行く所存のようでして、鍛冶工房さえ開かせて貰えれば何も望まないとまで断言しております」
「謙虚、という一言で済ますには謙虚過ぎる職人だな。……まぁ、それは良い。余が聞きたいのは━━」
「はっ。理解しております」
「ならば何故、このように回りくどい説明を?」
全て飾らぬ言葉を告げると決めたが、実際に面と向かって最初から会話しておらねば、きっと儂の気持ちが伝わらない筈だ。そう考えたればこそ、こうやって少し回りくどい説明となった。
しかし、コーターという鍛冶師がどんな人物かという最低限の情報は伝えられたので、ここからは本当に儂からの飾らぬ感想を告げさせて貰うとしよう。
「失礼しました。ここからは、コーターと相対しての飾らぬ感想をお伝え致します。
先ずはコーターの立ち居振舞いからですが、はっきり申しまして平民を逸脱しておるとしか言えません。なまじ下級貴族ならば、コーターよりも礼儀作法に疎いかもしれませんな。肝の太さも同様です」
「面白い。そちもブース辺境伯と変わらぬ印象を受けたのか」
「はい。王族としての教育を受けたのかどうかは分かりませんが、高位の貴族教育を受けたと言われれば納得するぐらいには洗練された所作でありました」
「なるほどな。それで?」
「コーターが日本国の血筋かどうか、それは分かりません。否定するには日本国の血筋を証明するコインの検査をせねばなりませんので。
反対に、コーターを日本国の血筋であると認めるにしても、まだ”ただの天才“という可能性もありますれば、簡単に認める訳にもまいりません」
「道理であるな。まだまだ否定材料も肯定材料も揃っておらぬ内に、答えは出せんしの」
驚いた。陛下は至極冷静に、コーターの正体を見極めようとされておる。
動揺など微塵も無い。まるで答えを知っているからと言わんばかりに、動揺など一切皆無のように見える。
いや、或いは答えを知る方法を事前に知っているからこそ、という感じの堂々さと言うべきか。
「ブース辺境伯を筆頭に、有能な貴族を集め審議するお時間を頂きたく思います」
「鍛冶師の正体についてか?」
「はい。恥ずかしながら、儂一人では判断出来ませんので」
これは真実だ。恥ずかしいが、この判断は儂一人では無理なのだ。
それ故に恥を捨てて有能な貴族を召集する願いを訴えたのだが、それに対して陛下は首を横に振った。
審議の必要が無いと言いたいのだろうか?
それとも、何か他の理由が?
陛下の意外な反応に少し困惑していると、至極落ち着いた声音で陛下が口を開く。
「鍛冶師の正体については、今ではない。まだ先だ」
「しかし、毒になるかもしれん者を放っておくというのは━━」
「よい。例え猛毒となろうとも、今はよいのだ。鍛冶師の正体は、いずれはっきりとする運命。それ故に、鍛冶師の正体については詮索するべきではない。………今はまだな」
「……陛下がそう仰られるなら、そのように」
どこか悟っているかのように語られる陛下を目前にして、何故か不思議とあれだけ有能な者を集めて審議しようと考えていた事が不要だと思えた。
しかし、どうして”今は“という言い回しをされたのであろうか?
分からぬ。儂には陛下のお考えが分からん。
然れど、陛下が良いと言うのだから、ここは素直に従わねばならん。勿論、心の片隅に懸念として忘れぬようにしておかねばならんがな。
「鍛冶師の正体については、今は周りの国々に少し有能な鍛冶師として吹聴するようにしておけ。或いは、天才鍛冶師として吹聴しても構わん。
だが、それ以上の噂は良くない。鍛冶師の身辺警護にも力を入れて、表の人間と裏の人間を駆使して固めておけよ」
「はっ。周辺国には、草を使って噂を撒いておきます。コーターの身辺警護には、近衛兵と忍を配置すれば充分かと」
「うむ。……今はまだ鍛冶師の存在を薄くしときたいからな」
陛下はそう呟かれた後、最後に天井へと視線を向けつつ「とうとうこの日が来たか」と、それはもう消え入りそうな声色で言いのけ、それ以後は沈黙なされた。
何なのだろうか?
ただただ疑問だけが渦巻くが、儂の裁量から零れ落ちる事になる為、今は陛下のご指示に粛々と従うだけだ。
いずれ陛下のお考えがどのようなものなのかはお教えして下さるだろうから、それまでは恙無く儂が物事を処理しておけば良かろう。
しかし、やはり歴代最高の王と呼ばれるお方だ。あれだけ取り乱しておった儂なのに、陛下と少し話しただけでこれ程に落ち着きを取り戻せるとは思わなんだ。
なればこそ、今は陛下のご指示をまっとうせねばならんな。
そう決意を新たにしつつ、儂は現在分かっておるコーターに関する事実を全て報告した。
鋼の秘術を解き明かしたかもしれない人物である事も、残さず全てである。
そうして、儂が陛下へと報告する全てを終わらせて執務室を後にすると、儂の頭にはコーターの身辺警護に相応しい人物をどうするかという疑問で一杯になった。
近衛兵でも上から上位の者を五人付け、忍の者をそれとなく二十人程で良いであろうか?
いや、コーターは暫く城の中で過ごす事になる故、忍は暫く少ない数でも問題無かろうな。
であるならば、メイド数人に忍を紛れ込ませとくだけで良かろう。
問題は、コーターが武器を全て納入した後だ。その時には国賓扱いから国民扱いへと切り替わるのだから、当然コーターは城から出て生活する事になるからな。
その時に、どうすれば不自然にならないように護衛の者をコーターに付けられるかが問題だろう。他国の間者からすれば、コーターに四六時中近衛兵を付けておったら嫌に目立つだろうし、丁度良い匙加減が難しい。
これは少し考えて答えを出さねば、安易に答えを出して他国から余計な邪推をされると不味いな。




