一話ですぜ、旦那!
のんびりとワッショイ└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘
今日も今日とて滝の爆音が木霊する真横の建物の中で、私は必死に金槌を振るい続けている。額から流れる汗も、それこそ滝のようである。
この世界に来てから既に一年半もの月日が流れているが、誰も人が居ない場所を見付けてからは、浮浪者のような生活スタイルとは隔絶した生活を過ごせるようになった。
そう、半年前の私は、それはもう見事な程に浮浪者もかくやと言った姿で、知らない町を力無げに彷徨いていたのだ。
それもこれも、誰もが当然のように行う瞬きのせいである。
いや、瞬きのせいではないのかもしれないが、少なくとも瞬きした次の瞬間から、私の平凡な人生は突如どん底へと落ちたのだ。
これは揺るぎない事実で、もう変えられない私の数奇な人生の序奏である。
あれはそう、丁度一年半前の事になる。
私は何時もと同じ時間に目覚まし時計のアラームで目を覚まし、それから歯磨きと朝食を済ませてから、畑へ向かう為に愛車の軽トラに乗り込んだ。
そして、毎日のルーティンとしての、交通事故にならないように、それから悲惨な事故を目撃する事も無いように、神様だか仏様だか自分でも分からないが、兎も角超常の存在に短い祈りを捧げ、瞬きと共にエンジンを掛けようと鍵に触れる。
それから瞼を開くと、私は全く身に覚えの無い場所に座っていた。
その時は当然の事ながら、私が盛大に混乱したのは言うまでも無い。
四駆の車でも通りづらいような、そして道という体裁を何とか保っているような、そんな凸凹した道の土が剥き出しの地面の上で、たった独り孤独に座っていたのである。
そんな道の両脇には、一切手入れをされていないのが分かる鬱蒼と生い茂る森林。
そして、道の先に見えるのは、所々から黒い煙が上がる町らしき姿。
しかし、私には最初に言った通り、全く身に覚えの無い景色であり、ただただ混乱しつつ呆然とするしかなかった。
一体全体、私に何が起きたのか?
いや、そもそも私の身に何かが起きたのではなく、世界に何らかの異変が起きたのではないだろうか?
そんな考えが幾つも浮かび、その度に浮かんだ考えの一つ一つに理性が冷静な判断でもって否定の言葉を返す。
そうやって数分、いや十数分かの無言の時を過ごし、埒が明かないと気付いた私は重い腰を上げた。
そして進むは勿論、視線の先に見える黒い煙を所々に立ち上らせている町である。
距離は目視で判断するに、割りと近いように思えた。一キロと少しと言ったところだ。
しかし、足を進め始めてから気付いたのだが、意外と町までの距離が遠かったらしく、辿り着くまでに一時間は時間を要してしまった。
まぁ、別に時間が予想よりも掛かろうが問題ではない。
問題なのは、町との距離が徐々に近付くにつれ、その余りにも非現実的な光景に、心底驚きっぱなしという事実である。
何せ、少し丘になっている自分が今居る場所からは、町を囲う高い石壁の内部が、遠目からではあるが、しかしうっすらと確かに見えたからだ。
二十一世紀の現代には存在しないような、そんなみすぼらしい建物ばかりで、まるで中世の年代にタイムスリップしたかのような印象を与えてくる。
しかも、中世後期ではない。中世初期に見られるような、稚拙で粗末な建築物ばかりである。
立派なのは石壁だけであり、その石壁に囲まれた内部に見える建物は、全て雑な感じで木を組み合わせたような物ばかりだ。
それを見て私の脳裏に浮かぶのは、まるで卑弥呼が権勢を振るった時代のようだと、そんな感想であった。
しかし、徐々に近付くにつれ、目に見える物が多くなってくると、そこそこ立派な建物も存在するというのが理解出来た。
木材は殆ど使用されておらず、その代わりに石を利用して建物が建てられているのが分かる。
だが、それは煉瓦とかを使用しているのではなく、自然石を加工しているだけのようだった。
そして所々に立ち上る黒い煙の正体は、そんな建物の煙突から上がっていたのである。
私はそんな町並みを視認して困惑しつつ、漸く町の出入口へと辿り着く。
開かれている木製の門扉の向こうに、稚拙な建築物が幾つもはっきりと見えた。
私は、早速とばかりに門扉を潜ろうと足を進める。
だが、そんな私を、門の両脇から革鎧に身を包み、そして槍を携えた男の二人が、当然かのように立ち塞がって止めた。
そして一人の男が言う。
『変わった服を着た奴だな。何処から来た? そして、この町に来た目的は何だ?』
二人の男の容姿は、紛れもなく西洋人。髪の色など正にそれだ。
しかし、口にした言葉は明らかに日本語。しかも、流暢な日本語で、その口調は日本人と比べても一切の遜色がない。
私は当然、そのギャップに戸惑うばかりで、思わずポカンと呆けてしまう。
『何だコイツ? 口もきけないのか? 或いは、気狂いの類いか?』
『でも服は綺麗だぜ? 変な服だけどよ』
何がなんなのか分からないが、目の前の男二人は武器を持っている。銅で出来た槍の穂先が、私の気のせいではあるのだろうが、まるで私を威嚇するかのようにキラリと光ったように見えた。
それを見て私は、旅をしている最中で此処に立ち寄ったのだと、そう咄嗟に言い繕った。
焦って言ってしまったのだが、咄嗟に放った言い訳としては中々堂に入ったものではなかろうと思う。
実際、男の二人は、そうかと、その一言で済ませて中へと通してくれた。
私はその事にホッと胸を撫で下ろしながら、しかしこんな簡単に私を通して問題にならないのかとも疑問に思いつつ、不思議な町へと入る。
そして、おそらくは門番なのだろう二人の男が、氏素性の知れない私を安易に中へと通した理由に合点がいった。
その理由は、町の中に暮らす住人の殆どが、控え目に言ってもかなり薄汚れていたからである。
この姿の彼らと、見慣れないがそれでも身綺麗な私とでは、怪しいと思われない大きな差となったのだろう。
しかしその差は、町の中央に近付くにつれ、意外にもアッサリと無くなった。
中央付近の住人は、家もそこそこ立派だが、その身なりもそれなりには綺麗だったからだ。
とは言え、それでも私と比べれば明らかに薄汚れてはいるのだが、それでも壁の近くの住人と比べれば身綺麗なのは間違いない。
ともあれ、私は私の身に起きた突然の異常事態が何なのかを調べるべく、早速とばかりに住人の者達に質問して回った。勿論、怪しまれないように、質問を無遠慮にしないよう考えながらである。
そうしてその結果をざっくり言うならば、どうやら此処は地球ではないという事が分かった。
その事実を知った私が愕然としたのは言うまでも無いだろう。
この訳の分からない現象が起きる直前に私がしたのは、ただの瞬きだった。そう、たったそれだけである。
それ意外には特に変わった事などしていない。それなのに、私は地球外の惑星に来てしまったらしい。
いや、或いは別次元の世界かもしれない。
何故こうなってしまったのかと、何度も何度も自分の行いを振り返ってみるが、やはり答えは見付からなかった。
それから一ヶ月、私は当然の事ながらお金も持っていないので、町を囲う壁付近のあばら家で夜を過ごしつつ、日中はこの世界の事を学ぼうと様々な人に声を掛けて回った。
煙たがられないように意識しながら、そして怪しまれないよう注意しながら、内心ではそれはもう必死に、貪欲に、このコネも無いお金も無い知り合いも居ないという無い無い尽くしの状況を変えんが為に、町の彼方此方に場所を移しつつ質問する毎日。
そんな毎日の生活の中での食事はと言えば、町の外に出て植物を採取したり、動物を罠に掛けて取ったりして、それを味付け無しに調理して食べていた。
私の住んでいた場所は田舎の中の田舎であった為、自分の畑を守る為に罠の知識も持っていたので、それが非常に役立った。
まぁ、本来は鳥獣保護法などで国の法や県の条令でやってはいけないのだが、私の住む地域では自分でやらなければ誰も守ってはくれないので、日頃から猪などを罠で捕らえて食べていたのだ。
狩猟を生業として実行くれる人が居れば良いのだが、この昨今ではそんな人材も居る訳がなく、私を含めた村の住人は、皆自分達で相応の努力をするしかなかったのである。
私が生まれる前より人間の住む領域が縮小しているのにも関わらず、獣がどんどん増え続け、それによって鹿や猪が人間の領域に頻繁に出没するようになったのが私の住む村の現状だった。
動物愛護団体は批難するのだろうが、私達住人からすれば生存権の確保に必死だっただけだ。
猪の被害で指を食い千切られ、その結果、指を失った子供や老人が多く居たくらいには危険があったのだ。
これが人の住む領域が増えた結果、それで獣の被害が多発するようになったというのなら、確かに動物愛護団体の言う事も尤もだと私も思えるのだろう。
しかし、私が住んでいた所ではその逆だったのだから、彼ら動物愛護団体には文句の一つも言ってやりたい。
まぁそうは言っても、おそらくは狼や熊が絶滅したせいで猪や鹿が増えたのだろうから、それも人間が絶滅させたので自業自得と言えばそうなのかもしれないのだが……。
ま、それは兎も角として、故郷での経験のお陰で食事は問題無い。
勿論、調味料などは皆無なので、味については最悪である。
しかし、贅沢を言える状況ではない為、これについては我慢の一言だ。
そんな事より、今重要なのは情報である。
これは必死に聞き回った事で、それなりの成果があった。先ずは、この世界の名称についてだ。
私の故郷は誰もがご存知の通り地球という名前を付けられていたが、この世界にはまだそんな概念が存在しない事が分かった。
だからだろうか、私がこの世界の………いや、この惑星の名を聞いてみても皆がポカンとしていたのだ。
そして二つ目に分かったのは、貨幣制度についてである。
これは少し不思議なのだが、貨幣は全ての国で共通した物になっており、何処の国に行っても問題無く使えるらしいとの事。
この世界の国々の文明度は、地球で言うところの中世初期に位置するらしく、地球の中世初期と同様で小さな国が乱立しているようだ。
どれくらい小さいかと言えば、例えば今私が居る国で言うと、人口八万人程であるそうで、そんな国が数多く存在するらしい。
そして大きな国となれば、百万人程になるそうだ。
大国と言っても、二十一世紀の日本人の私からすれば本当にささやかな印象しか受けない。
まぁ、それは兎も角として、全ての国が同様の貨幣を流通しているという事は、何処の国が貨幣を作っているのかという疑問が浮かぶ。
何故なら、貨幣を作る国が巨大な権力を握っているのと同義になるからである。
しかしこの疑問には、答えてくれる住人は居なかった。
彼らは皆、そんな事を考えた事も無かったそうだ。
そして、そんな事を知ってどうするのだと、心底不思議がっていた。
まぁ、文明度的に考えれば、貨幣の持つ力に気付く平民が居る方が不自然なので、この反応も仕方がないのだろう。
それにもしかしたら、国のトップですらその力に気付いていない可能性もあるのだし。
そして三つ目は、職業についてである。
これは私が今の現状を打破したいから最も調べたかった事になるのだが、これはかなり衝撃だった。
先ずは職業をざっくばらんに紹介すると、鍛冶師、薬師、錬金術師、樵、革職人、服屋、八百屋、雑貨屋などで、変わり種では傭兵、冒険者などがある。
まぁ、錬金術師も大分変わり種であると言えばそうなのだが、十八世紀ぐらいまでは地球でも存在した職業なので、それ程には驚かなかった。
しかし、その仕事の内容を聞けば、ただただ素直に驚くしかなかった。
何故なら、魔物と呼ばれる危険生物などの素材を用いて、魔法を駆使して色々な物品を製作する職業なのだそうだ。
これが冗談の類いではないと言うのだから驚くしかない。
そして驚くのはまだこれだけではなく………いや、ここからが本当に私にとっては衝撃の事実だった。
何と、この世界は、この低い文明度でありながら、戸籍という概念があり、しかも五十年前から国の政策により実施され、戸籍無き者は仕事に就く事が出来ないらしいのだ。
実際、この話を聞いて盛大に焦った私は、冒険者と呼ばれる職業の組合事務所に行って説明を聞いてみたのだが、確かに登録するのに戸籍が必要だと言われたのである。
しかも冒険者だけでなく、傭兵を取り纏める組合でも同様の事を言われ、更には鍛冶師の所やその他の所でもそれは同じだった。
つまり私は、この世界の何処の国にも戸籍が無いので、働き口が存在しないという訳である。
これには本当に衝撃を受け、私は茫然自失となった。
勿論、裏道が無いとは言わない。
戸籍が無く、その戸籍が欲しいのであれば、領地を治める貴族などに心づけを支払い、それによって戸籍を得れば良い。
しかし、それには当然、沢山のお金が必要になるのは言うまでもない。
それはつまり、今の私にはどうしようも無い事を意味する。
この三つ目の事実を知った日、私は立ち上がれない程の絶望に襲われ、自分が寝床としている汚くみすぼらしいあばら家に引きこもるしかなかった。
そしてそれは次の日も、その次の日も同様で、私は延々と穴のあいた天井を呆然としながら見詰めていた。
しかしそんな生活を三日続けていると、やはり当たり前であるが食欲という欲求が沸き上がり、私は町の外へと食べられる物を探しにトボトボと力無げに行く。
そして、色々な植物を採取していてふと気付いたのだが、私は今、こうやって自分のこれまでの人生で蓄えた知識によって確かに生かされており、これからもその知識を駆使すれば現状の打破も可能なのではと思えたのだ。
そう思えば、少しでもそう思えば、沸々と色々な考えが頭の中に湧いて来た。
そうしてそれから二ヶ月後、様々な情報を得た私は、町からかなり離れた無人の場所へと辿り着く。
此処は今や誰も人が居ない場所であり、今から八十年前に、魔物のスタンピードとやらで廃村となった村であるらしい。
何でも、魔の森と呼ばれる危険生物が跳梁跋扈する森が十キロほど先に進めばあるらしいのだが、その森で何らかの要因で魔物が森から大量に湧き出て、その結果、目の前の村の住人は全員が死んでしまったのだそうだ。
私はその事実を知り、敢えて此処に来た。
危険生物が跳梁跋扈する森の近くに行って、一体全体何をすると言うのだ? 危なくないのか?
当然のようにこれらの疑問が浮かぶだろうが、それは問題無い。
何せ、魔物というのはマナと呼ばれる不思議な物質が濃い場所にしか生息しないらしく、普通はマナの濃い魔の森からは出て来ないらしいのだ。
だからこそ故に、私は自信を持って此処に来ている。
まぁ、自信があると言っても怖いのは怖いが、それでも現状を打破するには恐怖心を押し殺しながらでもやらなければならないのだ。
そして何故此処に来たのかと言えば、それは偏にこの世界の鍛冶技術が余りにも低かった事が要因である。
何とこの世界の鍛冶技術では、まだ鋳造が主流となっているのだ。
いや、鋳造以外には製法が無いと表現した方が正しいだろう。
私が武器屋で実際に見聞きした結果なのだが、それはもうただのナマクラとしか思えない武器ばかりだったのである。
鋳型に溶けた鉄を流し込み、冷えて固まった物を鋳型から取り出し、最後は砥石で研磨して完成。
それがこの世界の武器で、それが当然の共通認識なのだ。
しかも、焼き入れすらしていない始末である。
そんな武器では、一回標的を切りつけただけで、刃は潰れ、場合によっては刃こぼれするだろう。
武器に少しの彫刻を施していたりはいるが、その前にマシな武器を造れよと言いたくなった程だ。
つまりこの世界、まだ鍛造という概念が皆無なのである。
そして、だからこそであるのだろうが、鋼という鉄より更に硬い物質の存在も知られていないのだ。
この事実を知った時、私はこの世界で生きていける僅かな望みを見付けたと確信した。
そしてその僅かな望みを掴み取る為、この廃村へと来たのだ。
きっと此処には、村という小さな規模ではあるが、それでも鍛冶工房があった筈で、もしそれが残っていれば、その工房を利用してこの世界には存在しない鋼鉄製の武器を私が造り、お金を稼ぐ方法があると見込んだのだ。
しかも鉄製の武器だとしても、私の造る武器は鍛造品となるのだし、それに焼き入れもしている事になる。
これで売れないというのは絶対にあり得ない。
誰もが挙って売ってくれと言うに決まっている。
そんな期待を胸に、私は廃村である村の中へと足を踏み入れた。
まぁ、廃村であるからして、当たり前であるがボロボロである。
そして勿論、人の姿など一切無い。
希に、家と家の隙間に、骨となった嘗ての住人の亡骸が転がっているくらいだった。
キョロキョロとそんな村内を見回し、私は少し焦る。
何せ目的の鍛冶工房が、全くと言って良い程に見付からないからだ。
しかし私は諦めず、何度も何度も丁寧に家々を見回った。
そして、思わず項垂れる。鍛冶工房が見当たらなかったのだ。
力無げに地面に腰を下ろし、現実は厳しいものだと、いや、厳し過ぎるのではないのかと、そう思いつつ空を見上げる。
そんな私の心模様とは違って、空には雲一つ無かった。
大きな大きな、それはもう大きな溜め息を一つ吐きながら、私は視線を下へと戻す。
そしてふと、視線を下へと戻す最中、視線の先に大きな滝が存在する事に今更ながら気付く。
きっと、鍛冶工房の事で頭が一杯になっていたから気付かなかったのだろう。
大きな滝だというのに、それにすら気付けない程に、結構精神的に追い込まれていたのかと苦笑する。
苦笑いとは言え、笑みには違いない。
それによって少しの余裕が生まれたからなのか、良く見ると滝壺の脇に一軒の建物が存在している事に気付いた。
どうやらまだ、一応建物は他にもあったらしい。
まぁ、それが目的の鍛冶工房かと言えば、多分それは無いだろうが……。
ともあれ、折角なので、念の為にチェックはしておこう。
そう思い滝壺の脇まで行ってみれば、かなり頑丈そうな建物であると気付けた。
村の殆どの建物は、かなり朽ちてはいたが、それでも木造であるのは見て直ぐに分かった。
それに相反して、今目の前にしている建物は、自然石を加工して造られた石を使用しており、かなり丁寧に造られた家屋だというのが察せられる。
村長でも住んでいたのか? 或いは、何かしらで財を築いた成金の家か?
そんな疑問を胸に、私は朽ちて脆くなった木製の扉を蹴破り中へと入る。
何せ、蹴破らねば開かなかったのだから仕方ない。
そうして中に入った私は、この家屋が願って止まなかった物であると認識した。
そう、鍛冶工房だったのだ。
狂喜乱舞、その言葉に相応しい程に喜びを体現し、私は工房の中の隅々までをも目を通していく。
この時の私は、本当に興奮していた。それこそ、まるでゲーム機を買って貰った子供のように。
食器と思われる鋳型、ナイフを始めとした武器の鋳型など、多種多様な鋳型が並ぶ棚を眺めると、他には何かないのかと物色する。
滝壺の脇という事も相まって、それはもう凄まじい爆音が響いているのだが、今の私には然して気にもならない。
それ故に、この時の私は床の悲鳴に気付けなかった。
床は石で覆われていたのだが、長い年月を誰も管理せずに放棄されてあった為、彼方此方がかなり傷んでおり、私が小躍りしていたせいで床の敷石が盛大に割れてしまったのだ。
そして私は偶然、嘗てこの鍛冶工房の主が隠していたのだろう地下室を発見するに至る。
畳五枚分………いや、或いはそれより少し広いぐらいの地下室の中央には、ポツンと革製のバックが一つ置いてあった。それ以外には何も無い。
はて、これはどういう事なのだろうかと、そう思いつつ私はバックを手に取った。
バックは、ズシリと重い。おそらく、十キロくらいはあるだろう。
中に何が入っているのだろうかと、当然の疑問が浮かび、私は躊躇なく手を入れ、その中身を探る。
そして手に何かが触れた感触があり、私はそれを掴むと引き摺り出す。
出て来たそれは、鉄のインゴットであった。
それを見て私は納得する。鍛冶工房なら当然の物であると。
しかし、そのインゴットの重さには少し驚いた。
何せ、普通のインゴットは一キロくらいであるのだが、私が手にしているのは十キロはあろうかと思えるインゴットなのだ。
勿論、その重量通りに大きさもそれなりで、しかしそのインゴットを取り出したのにも関わらず、相も変わらずバックは十キロ程の重さを維持したままだった。
最初にバックを持って、私は確かに重さ十キロ程だと判断した。
そして中身の重量十キロと思わしきインゴットを取り出して、それなのにも関わらず、まだバックは以前として十キロ程の重さを誇っている。
私は狐にでも騙されているのかと、そんな馬鹿な妄想が頭を過った。
それ故に、その真相を確かめようと、更に手を入れる。
そして取り出したのは、またもや十キロはあろうかと思えるインゴットだった。
私は呆然とした。
今何が起きているのかと、そう思わざるを得なかったからだ。
私は脳裏に浮かぶ馬鹿馬鹿しい妄想の数々を消す為、大きく頭を左右に振ると、また中身を取り出した。
インゴット、インゴット、インゴット、インゴット、インゴット、鉄のインゴットが次々に出てくる。
途中で疲れて中断したが、バックの外に出したインゴットは既に千キロを越えるだろう。
魔法のバック? 猫型ロボットのポケットのような?
脳裏に浮かぶのは、間の抜けた青いロボットの顔。
しかし、そこでふと思い出す。
この世界には、私は見た事が無いものの確かに魔法を使える者が存在しており、そんな者達の中の極一部の者達が、錬金術師としてマジックアイテムと呼ばれる高価な品物を造っているという事実を。
とするなら、手にしているこのバックは、間違いなくそのマジックアイテムの類いであるのだろう。
それ以外にこの現象を説明出来る根拠を、私は持ち合わせていない。
さしずめ、マジックバックとでも名付けておこう。
その後、私はマジックバックの中身を把握する為、その中身を延々と出し続けた。
そして分かったのは、鉄や銅、他にも錫などのインゴットが山程にマジックバックの中に入っていた事。
おそらくその総重量は、四十トンから五十トンくらいにはなるだろう。
驚異的な量としか言えないし、こんな莫大な量のインゴットを、以前のマジックバック所有者は何を考えて収集していたのか心底疑問である。
どう冷静に考えても、一人では使いきれる量ではなかろう。
しかし、マジックバックの中身はこれだけではない。既に衝撃の量ではあるのだが、まだまだマジックバックの中には得体の知れない物品で満ち溢れていたのだ。
この世界で初めてガラス容器を見たのだが、その容器の中には毒々しい色の液体が入っている物があったり、何に使うのか不明な四角いキューブ状の金属があったり、貨幣とは違って手の平サイズという大きさの王冠の彫刻が施されたコインがあったりと、謎の物が余りに多い。
インゴットや炭以外の品は、はっきり言って用途不明なので出来るだけ触らないように決めた。
毒々しい液体を例に言えば、もしも迂闊に皮膚にでも触れてしまったら、どんな事になるか分かったものではないからだ。
想像しただけでも恐ろしいと思ってしまう私だが、実際に液体を目にして貰えばきっと誰もが理解してくれるだろう。
そうして、私はマジックバックの品物の一応の検品を終えると、インゴット以外は封印しておく事に決め、溜まっていた疲れを取るように爆睡した。
何せ、検品作業は一週間も時間を要したのだから、疲れもそれ相応に溜まっていたのだ。
そしてその次の日からは、鍛冶工房の修繕を始めた。
私が蹴破った扉は勿論、単純な掃除など、他にも修繕が必要な箇所は丁寧に治した。
慣れない作業ではあったが、この世界で生きる為の必要不可欠な前処理だと思えば、それはもう楽しんでやれたぐらいで苦労には感じなかった。
それから数日が経過し、私は鍛冶の仕事に漸く着手する。
とは言え、先ずは鍛冶に必要な道具を揃える事から始めなければならない。
ハンマーは大きさ別に複数あるので問題無いが、その他には何も無いので、必要となる品々が複数あるのである。
名称は知らないが、熱した鉄を掴む鉄製の鋏であるとか、他にも細々とした数々の品物が必要不可欠なのだ。
これは動画投稿サイトであるヨウツベで見て学んでいるので、造るのに然程には苦労しないだろう。
勿論、簡単に造れるとは思っていないが、そこは根性で乗り越えるだけである。
因みに、どうして動画で見ているのに道具の名称が分からないのかと説明すると、私が見ていたのは外国の方が解説しつつ実際に昔の製法で造っていたからだ。
残念ながら、私には他国の言葉は知識が無いので分からないのだ。
確か………そうそう、ブラックスミスとかいうユーザーネームの人が、私が頻繁に見ていた鍛冶師の人だったと思う。
動画に対してコメントなどした事が無かったのだが、彼のお陰で鍛冶に必要な道具の造り方を学べているのだから、今覚えばコメントで礼の一つでも書いておけば良かった。
まぁ、それはもう手遅れであり、どうしようも無い事なのだが………。
ともあれ、そんなこんなで鋏を造る前に、その鋏を掴む簡素な鋏を造り始めた。
これは鉄を二本の棒に加工して造るだけで、後は丸い輪っかを造り、その二本の棒を輪っかに通して交差させて使用するだけという非常に簡素な鋏になる訳で、これは簡単に私でも造れた。
まぁ、簡単にとは言っても、朝から始めて昼を少し過ぎてしまっていたのだが、これは始めての鍛冶作業なので仕方ないだろう。
そうして簡素な鋏が出来たら、今度は本格的な鋏を造る。
しかし、これが中々どうして、意外にも難しかった。
いや、ブラックスミスさんが簡単に造っていただけであり、素人がやると簡単に出来ないのが普通なのだろう。
ハンマーで棒状にするのは慣れてきたが、その棒状にした物を意図した形状に叩いて変形させるのが苦労するのだ。
何度も何度も試行錯誤を重ね、結局は本格的な鋏を造るのに四日も時間を要してしまった。
しかも、出来たは良いものの、出来た鋏を実際に使ってみればガタガタで使いづらいの一言。
こんなのではストレスが溜まり、満足に良い品物は造れないだろう。
それ故に私は、先ずはマトモな鋏を造ろうと必死に、そして根気強く繰り返し造り続けた。
そうして一週間が経過し、私は漸くちゃんとした鋏の製作に成功したのだった。