バレンタイン・パニック!
本編の裏側、というか前日譚的な。
単独で読んだら、ただの溺愛話です(笑)
「えっ? バレンタインのチョコ? 私なんかがあげなくたって、慎なら貰いたい放題じゃん。何なら、食べきれない分、貰ってもいい!? 私としては、生チョコかトリュフが好みなんだけどね~」
世間ではバレンタイン・デーというものがもうすぐで、男はソワソワして落ち着かず。女の子たちは誰にあげるだの告白するだのキャーキャー騒いだりして。
そういえば。幼なじみの腐れ縁である瀬里香からは、チョコなんぞ貰ったことがないことに気づいて訊いてみたところ、返ってきたのが冒頭の台詞だ。
「んで。お前は瀬里香ちゃんからチョコ貰えなくて拗ねてんの?」
大学の学食で。食欲もなく、コーヒーだけで時間を潰していたら友人が現れた。
「河野家は、明日の夕食後に手作りチョコケーキだよ。愛也香と瀬里香ちゃんの共同作製。つっても、愛也香は料理が壊滅的にダメだから、ほぼほぼ瀬里香ちゃんの手作りだけどさ」
「……何で俺が食えないのに、お前が瀬里香のチョコ食うんだよ」
「んなこと言っても、俺ってばお義兄ちゃんだし」
友人の正義は、幼なじみの瀬里香の姉である愛也香さんの恋人だ。今年の6月には結婚式をあげる予定で、既に婿入りする為に河野家で同居しており、瀬里香とも完全に家族状態だ。
「何だって急に、チョコ貰いたくなってんだよ。今まで一回も貰ったことない上に、気にしたこともなかったんだろ?」
「……瀬里香が、俺以外にチョコ配ってたっていう話を聞いたから」
「そんなん、義理チョコと友チョコだろ? 俺だって、毎年貰ってるし」
「お前、去年までも貰ってたのかよ!?」
瀬里香の近くにいる男なんて、俺以外にいないと思ってた。ただでさえ小さい頃から男受けのする美少女で、明るい正義感の強い性格。ほっとくとストーカー紛いの男まで沸いて出るものだから、自然とそれを排除するために暗躍していた今までの年月。
出会いから数えたら、もう10数年。瀬里香の方は、俺の"イケメン"顔が好みらしく、よく萌えを叫ばれている。身近にいるアイドル感覚にしか思えないため、こちらとしても妹だの腐れ縁だのという括りで対していたつもりだったのだが。
「いや、おかしいだろ、お前。それ、ただの嫉妬だからな!? 大体、瀬里香ちゃんに近づく男の全部がストーカー紛いな訳ないから! 慎が勝手に排除してきたんだろ」
「俺は瀬里香が迷惑してるって言ってたヤツを、追い払ってきただけだ」
「何、その番犬精神……。無自覚、怖い」
正義は、義妹になる瀬里香に対しては始めから好意的ではあったが、下心のようなものは見せなかった。元々、姉の愛也香さんとお近づきになりたかったからだ、と素直に打ち明けてきたこたとも大きい。
愛也香さんとも幼なじみではあるが、年の近い瀬里香との方が、気が合ったこともあり長年一緒の時を過ごしてきた。親父の剣道を共に学んできたのが、一番大きいと思うが。
俺と正義以外にもチョコを瀬里香から貰っている男がいる――それを知った瞬間、俺は訳も分からずムカついた。胸の奥の辺りがモヤモヤどす黒いものに覆われる感覚。
「心配しなくても、瀬里香ちゃんが一番好きなのは慎なんだからさ。そんな落ち込むことなんかないって。お前、無駄に顔が整ってるから真顔でムカついてんの怖いんだよ。オーラがどす黒い」
「俺は落ち込んでなんか……」
「だったら、何でコーヒーだけなの? お前、いっつも飯だけはガッツリ食うタイプじゃん。瀬里香ちゃんの手作り弁当の時なんか更にがっついてるじゃん」
それは、食欲がないからで――。
そういえば。最近、瀬里香の手作り弁当食ってなかったな。ふと気づき、まさかその弁当も他に食っている男がいるのでは、とイライラしてきた。
「慎。今からでもいいから、瀬里香ちゃんに明日チョコくれって言えば? そんな悲壮感漂う表情でいたら、周りも居たたまれないって……」
「別に、俺は瀬里香のチョコが食いたい訳じゃねーし。甘いもん好きな訳でも」
「いや、うん。それは知ってるけどね。慎が甘いもの好きな訳でもないのに、瀬里香ちゃんのスイーツバイキング巡りに定期的に付き合ってやってるとか……甲斐甲斐しいと思ってたけどさ。俺はケーキ一個が限界だから」
瀬里香のスイーツ好きは、食べるだけでなく作る方も本格的だ。頼まれれば、店を予約したり、一緒に行ってちょっとずつでもなるべく全種類食べたい瀬里香のために協力してやっている。食べたものを参考に、自作のスイーツを試したと聞けば、試食して感想を聞かせるまでがルーティンで。
「別に、嫌じゃねーし、」
「うわぁ……無自覚、ホント怖い!」
正義が、さっきからうるさい。
「ってか、貰ってた男って誰だよ? 俺も知ってるヤツ?」
「担任の男の先生とクラスメートと家の親父」
「………慎」
「何だよ?」
「頼むから、自覚しろ! お前、その瀬里香ちゃんに対する執着が恋じゃなきゃ何なんだよ!?」
正義は、いつもそうやって自覚しろとか言うが。瀬里香は、長年傍にいて当たり前の幼なじみなんだから、変わりようがないのだ。隣にいるのが自然で、守ってやるのが当然で。
自分だけがバレンタインのチョコを貰ったことがないことが不満だっただけなのだ。
「はい、チョコケーキのお裾分け!」
「は……?」
「お義兄ちゃんから聞いたよ? そんなにケーキ食べたかったのー? 慎ってば。じゃあさ、週末新しくできたカフェのケーキ食べたいから付き合ってよ」
「いや……ケーキ食べたかった訳では。いや、カフェには付き合うけど」
ニコニコ顔の瀬里香は、いつも以上に機嫌がいいようだ。
バレンタイン当日の夜。思ってたよりも大きめのケーキを、普通に我が家に持ってきた。親父と半分こだから大きめだ、と聞いてちょっとだけ笑顔がひきつったのだが、瀬里香には気づかれなかったようだ。
「そんなに甘いもの得意な訳じゃないのに、いつも無理言って付き合ってもらってたでしょ? バレンタインでまで甘いもの押しつけたくなくって今まで遠慮してたんだけど、慎が食べたいんなら、来年からはちゃんと気合い入れて作るから期待してて!」
何だか、誤解されているようだが。来年からは俺にも作ってくれるらしいから……いいのか、これで?
「どうせだったら、義理チョコのバリエーションも増やそうかな? 試作品試すのにちょうどいいんだよね~バレンタインって」
「お前のバレンタインは、菓子作りの試作品提供の場でしかないのか?」
「んー。そうかもしんない。完成品、後で慎に食べて貰ってたりもしたしね」
俺、そんなもん食ってたのか?
「記憶にないんだが」
「お弁当のついでにつけてたりしたからねー。普通に美味かった、って私の大好物のスペシャルイケメンスマイルを返して貰えてたから。これからも、見返りはスマイル0円でお願いいたします!」
そんな瀬里香の笑顔に、俺の方だって、どれだけ、癒されているか――。
何でそんなに無防備なんだよ、お前。
「ねぇ、新しくできたカフェなんだけどね!」
早くも週末のデートの話に夢中になっている瀬里香を、穏やかな気持ちで見つめる。バレンタインのチョコなんて、瀬里香にとっては大したことない、いつものスイーツ作りの試作品にしかすぎなかったんだな。
「ちょっ……慎。何で無駄にキラキラオーラ振り撒いてんの! 私の眼が死ぬわ」
顔を真っ赤にしているのも俺がそうさせているのだと思うと、今までよりも何だか嬉しく感じてきた。
「――可愛い」
「~~~~っっ!?!?」
こんな瀬里香を見られるのも、俺だけの特権だ。
ふわり、と。
癖のない黒髪を撫でてやれば。
「ダメ、萌え死んじゃう……」
ますます赤くなっていく瀬里香に、言いようのない愛しさを感じていたのだが――それも無自覚なのだった。
本編は、閑話で義兄視点話を挟みますが、この話にリンクしてるかも。
自覚あっての溺愛も好きだけど、無自覚も大好物です。私の好みはどうでもいいですね。