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招かれざる神女(旧「5th」)  作者: 雨咲はな
Ⅲ.こうもり
13/50



 仕上がったドレスがキリクの手元に届いたのは、茶会当日の朝だった。

 本当にギリギリだったな、と思うが、仕立て屋はちゃんと手を抜かずに仕事をしてくれたようで、出来栄えに不満はなかった。その分料金のほうは弾まなければならないが、これだけの短期間でこちらの指示通り丁寧に作るのは大変だったはずだ。

「細かいところは君に任せるよ。これでクーを完璧な淑女にしてくれ、マレ」

 ドレスと小物一式を渡して頼んだ女官は、無表情に近い顔つきで受け取り、キリクのその言葉に頷いた。


 彼女の内心では、さぞ様々な感情が渦巻いているのだろう。

 それを外に出さないように必死の努力をしている結果が、その人形のように動かない頬であり、ぎこちない仕種であるらしい。

 隠しきれない不満と嫌悪感が瞳の中にちらちらと現れているところは、まだ可愛げがあると思うべきかなと思って、キリクはこっそり内心で笑った。


「服くらい一人で着られるって」

 クーは往生際悪く、まだ抵抗していた。さっきから部屋の扉前に立ったまま、廊下にいる自分たちと向かい合い、なかなか中に入ろうとしない。

「背中に細いリボンがついてるんだ、自分では結べないだろう? それに髪も結い上げなきゃいけないし、化粧も君が自分でやると、きっと目も当てられないことになると思うよ。カイトを絶望の淵に叩き落したいのかい?」

「どういう意味だよ。なあ……本当にこんなことしなきゃダメなのか?」

「だめ。どうしても女官の手を借りたくないというのなら、しょうがないから僕が手伝うことになるね。僕は別にそれでも構わ」

「わかったよ!」

 そこでようやく観念したらしく、クーは怒鳴ってマレと共に部屋に入り、扉を乱暴に閉めた。


 キリクの隣で、ふー……とカイトが大きな息を吐き出す。


「やれやれ。どうなることかとヒヤヒヤしたが、これで恰好だけは一応なんとかなりそうか」

「そうだね。まあ、恰好だけは」

 今日の茶会で、クーという存在がすぐに受け入れられることはない。カイトもそれくらいはよく判っている。本当のところはぴったりくっついて、クーに向けられるであろう諸々から彼女を庇ってやりたいのだろう。

「何事もなく終わるといいんだがな」

「……まあ、そうだね」

 その確率はかなり低いのではないかと思いながら、キリクは曖昧に返した。

 「何事もなく」というのはこの場合、「クーが最初から最後まで徹頭徹尾無視されたまま」という意味だ。しかし、周囲がすべて神民のみ、という中に一人だけ放り込まれた「自分たちと同じ立場になった棄民」を見ない振りで通せるほど、神女候補らはおそらく寛大ではない。

 キリクにとっても、今日の顔合わせは重要な意味を持っている。


 ──クーという少女の資質を見極めるための。


「そうだ、カイト、ひとつ言っておくけど」

 思い出したように声を出して、キリクはくるっとカイトのほうを振り返った。その大事な茶会の前に、クーの機嫌をこれ以上悪化させるようなことは避けたい。

「クーが部屋から出てきたら、何をどう言うか、ちゃんと判っているよね?」

 カイトは、は? という顔をした。

「ドレスを着て、髪を飾って、化粧までするんだよ? 男の子として過ごしてきたクーにとっては、どれもはじめての経験だ。本当に似合っているのかとか、変じゃないかとか、笑われるんじゃないかとか、きっと不安でいっぱいになることだろう。その場合、君がすべきことは決まっている。それをきちんと理解しているかい?」

「なんだ、そんなこと」

 カイトは噴き出した。

「いくら俺でも、ちゃんと判ってるって。絶対にクーを見て、笑ったりしないから」

「当たり前だよ。そんな常識以前のことではなく、言動には重々気をつけてねと言ってるんだ。君はナチュラルに無神経なところがあるから」

「え。そうなのか?」

 ちょっとショックを受けたような顔をしているところを見るに、本人はまったくそのことを自覚していなかったらしい。そちらのほうが、どちらかというと驚きだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと、似合ってるって褒めてやればいいんだろ?」

「それを聞いて、安心したよ」

 自信たっぷりに胸を叩いて請け負う姿を見たら逆に不安になったが、キリクはそう返事をしておいた。




 しばらくして、カチャリと扉が開き、さらりとした衣擦れの音と共に、クーが自分たちの前に姿を見せた。

「ああ……いいね」

 キリクは彼女を上から下まで眺めて、目を細めた。故意に作らなくても、柔らかな笑みが自然と口元に浮かぶ。


 すでに出来上がっていたものを仕立て直したとはいえ、そのドレスはクーによく似合っていた。


 腰部分ではなく、胸の下あたりで切り替えがある形は、少し幼く見えてしまうかなと思ったが、髪色よりも深い赤と光沢のある生地がそれを相殺して、全体的に非常にバランスが良くなっている。

 逆三角に大きく開いた襟ぐりと袖口には、黒いレースが大胆に飾られて、浮き上がった鎖骨と細すぎるほどの腕を程よく隠していた。ふわりと膨らんだ袖、あまり長くはない裾には、目立たないくらいに繊細な刺繍が施され、とても上品に見える。

 解けば肩の下まである髪は、くるりと巻いて、綺麗に結い上げられた。小さめの花飾りは派手さはないが、今の彼女にはこれくらいがぴったりだ。キリクは自分の目の確かさに感心した。

 マレも内心はどうあれ、頼んだ分の役割は果たしてくれたらしい。もともとの造形は整っていたので、きちんと化粧をされたらきっと美しくなるだろう、というキリクの予想を上回るほどの出来栄えだ。

 控えめにピンク色が乗った目元、そして艶やかに彩られた小さな唇。薄く刷かれた頬紅が、あまり栄養状態のよくない顔色を覆って、色気まで醸し出している。


 子供と大人の中間地点にいるような儚げで華奢な体格といい、クーの持つ中性的な雰囲気といい、それらのすべてが良い方向に出て、その姿はどこか神秘的でさえあった。


「素晴らしいね、クー。とても可愛いよ」

 キリクが言うと、クーはなんとも居たたまれないように目線を下に向けて、もじもじと両手を組んだり離したりした。その様も初々しくて、口元が綻んでしまうのが抑えられない。

 もっとたくさん賛辞を贈ってやりたいが、あまり言葉が過ぎるのもかえって白々しく聞こえてしまうかもしれないと思い、キリクはそこで口を噤んだ。それに、自分がありったけの誉め言葉を羅列してしまったら、後に続くカイトがやりにくいだろうし。

「…………」

「…………」


 ん?


 当然すぐに聞こえてくるものと思っていたカイトの声がなかなかかからないので、キリクは不審に思って隣を向いた。クーも、さっきからちらちらと目をやって、そちらを気にしているのは一目瞭然だ。

「──あ、えーと」

 キリクとクーの視線を受けて、カイトははっと我に返った。今になって夢から覚めたような顔で、目を何度も瞬いている。どうやら、この瞬間までずっと茫然自失していたらしい。

「その、なんだ、よく似合ってるな、クー」

 ようやく慌てたように、事前に用意しておいた台詞を、耳を赤くしながらしどろもどろに口にしたのはいいのだが。

 ……その後が、悪かった。


「ちゃんと、女の子に見える」


 クーはそれを聞いて、ほんのりと色づいていた頬を、みるみるうちに真っ赤に染めた。決して羞恥からではない、ということは、その急激に吊り上がった眉を見れば判る。

「バーカ!」

 クーは怒鳴りつけて、カイトの足を思いきり蹴った。キリクとしては、短めの丈が役に立ってよかった、としか思いようがない。

「いって!」

 渾身の蹴りをお見舞いされたカイトが叫ぶ。しかしクーはかんかんに怒ったまま、そちらをもう一瞥すらすることなく、横を通り過ぎてすたすたと大股で歩き出した。

「なんだよ、クー!」

 カイトの困惑したような声も、もちろん無視である。せっかくの可憐な装いも台無しな、壁を突き破りかねない勢いでどんどん小さくなっていくその背中を見やって、キリクは大きなため息をついた。

「カイト……」

「キリク、なんであいつ、あんなに怒ってるんだよ。俺、褒めただろ?」

 まったく意味が判らない、という顔をしている。そちらに向けるキリクの目が、憐れむような眼差しになってしまったのは、致し方ないというものだ。

「バカだね、君」

「キリクまで!」



          ***



 顔合わせの茶会は、神殿内の中広間で行われた。

 外は気候が良いのでもったいないような気もするが、今はまだ彼女たちは人目には晒せない立場なのだから、やむを得ない。

 しかし女神像が祀られた大広間ほど広くはなくても、この中広間だって相当に美麗であることには変わりはなかった。白く艶のある石の壁は室内にあるものを映し出すほどに磨き込まれて、全面を鏡に囲まれているようだったし、いくつも並んだ大きな窓から光が射し込んで、床を水面のごとくキラキラと輝かせている。

 静かで、清浄で、澄んだ湖の中にでもいるような気分になってくるほどだった。


 その広間の中央には大きなテーブルが置かれ、それを囲んで五人の乙女たちが座っている。


 全員が揃ったところで、一人の娘が立ち上がり、口火を切った。

「──それでは、こうしてせっかく神女となるべき者が四人集まったのですから、お互いの自己紹介からはじめませんこと?」

 大変に人目を惹くような黄色を基調にしたドレスを身につけた彼女は、きっぱり「四人」と言い切った。

 頭の派手派手しい飾りといい、昂然と顔を上げて物怖じしない態度といい、よほど自分に自信があるタイプなのだろう。彼女のことなら、キリクも知らないわけではなかったが、一、二度話を交わした印象でも、確かにそんな性質だった覚えがある。


「わたくし、イレイナ・ソロ・ミリサと申します。こうして本日、みなさまとお会いできて、嬉しい限り。これからも同じ神女として、共に我が国アリアランテを支えてまいりましょう。女神リリアナの名の許に」


 高らかに宣言するような言い方が、いちいち大仰だ。水晶に選ばれた娘というのは、本来こういうのが普通なのかもしれないが、クーに慣れてきたキリクは、まるで芝居を見ているようだなという感想しか浮かばなかった。

 神民の名前のミドルネームは、位階を示している。キリクと彼女に付いている「ソロ」は第三位。率先して立ち上がり、最初に名乗りを上げたということは、四人の神民の中で第三位のイレイナ嬢が最も上の身分だということだ。


 彼女が再び椅子に腰かけると、それと入れ替わるように別の一人が立ち上がった。


 自らを「ロンミ」と名乗った二番目の娘は、第五位神民だった。

 背が高く、きりっとした濃紺のドレスが、どこか近寄りがたい雰囲気をまとわせている。

 鋭い視線がテーブルを一周し、最後にクーに向けられた目には、はっきりとした軽蔑の色があった。

 鼻筋が通っているのが印象的な容姿だが、性格のほうも、他者を見下し、下の者はその高い鼻にも引っ掛けない、という感じなのだろうなと思わされた。


 三番目は第七位神民。「サンティ」と名乗った娘は、この中で最もシンプルなドレスを着ていた。イレイナ嬢のような派手さはないが、全体に非常に凝った刺繍がされている。

 彼女はおそらく自分の容貌に大層な自信があって、それを際立たせるために、わざわざこの衣装を選んだのだろう。どうすれば最大限に自分の魅力を引き出せるのか、そのすべを心得ている。

 美しいが冷ややかな顔で、自分以外の娘を値踏みするように眺めては、形の良い唇を嘲るように上げていた。


 四番目が、「モリス」と名乗った第八位神民。

 神民の中ではいちばん身分が下のためか、どこかびくびくしたように他の娘たちを窺い、名前を言ったらすぐに座ってしまった。

 三人の神民を卑屈な目で掬いあげるように見るわりに、クーに対しては目を向けても嫌そうに顔をしかめてすぐに背けてしまう。

 このテの女性は、対する相手によって、自分の態度をころころと変えがちだ。


「さあ、これで()()()名前が判りましたわね」


 四人の神女候補が自己紹介を終え、キリクが大体のところを見定めたところで、イレイナ嬢が笑ってそう言った。

 イレイナ嬢以外の神女候補は、誰一人それに異議を唱えない。この場で彼女たちの世話をする神殿付きの女官たちが、さっさとお茶の用意を始めた。

 壁の近くに立って控えている、各々の神女候補の衛士たちも、揃って知らんぷりだ。中には、浮かんでくる嘲笑を隠さない者もいる。



 ──やれやれ、露骨だな。



 予想はしていた成り行きとはいえ、キリクはそっと息を吐き出した。

 この場にいる誰もが、クーの存在を空気と同じようにして振舞っている。事前に打ち合わせをしていたわけでもなかろうに、大した気の合いようだ。

 こうなるだろうと思ってはいたが、実際に目の当たりにすると、想像以上にうんざりさせられた。ここにカイトがいないだけ、まだよかったと思うべきだろうか。

 クーはどうかと窺ってみると、特に衝撃を受ける様子もなく、いつもと同じ顔で、自分で勝手に茶をカップに注いでいた。

 これくらいは覚悟していたのか。いやあるいは、彼女もまた、ここにカイトがいなくてよかった、と思っているのかもしれない。



          ***



 茶会は続いたが、他の神女候補たちは、完全にクーを「ここにいないもの」として扱った。

 一応、和やかに話をしているように見えるものの、穏やかではない空気がぴりぴりしている。彼女らが気にかけているのは、あくまで「神民の神女候補のみ」ということらしい。

 今日は内輪の顔合わせということになっているため、司教や神官の同席はない。まだ詳細が判らないのは、他の四人も同様だ。

 彼女たちは、自分以外の誰かがもっと多くの情報を得ているのではないかと、互いの腹を探り、牽制し合っているようだった。


「……まあ、でも、神女がすでに四人いるのですもの。あとは誰がどのお役目を女神から頂くか、ということだけですわ。何も心配なさることはありませんのよ、みなさま」

 と、イレイナ嬢が、半分くらい自分に言い聞かせるように言う。

 この中では身分が最も上で、唯一のクリスタルパレス住民ということもあるのか、彼女は最初から、自分こそがこの茶会の主催者だというような態度を貫いていた。


「ええ、そうですわね。今回は、水晶に何か間違いがあったようですけど、そんなのは些細なことでしてよ。わたくしたち神女は、もっと崇高なことに頭を使うべきだと思いますの」

 ロンミ嬢が、口元に持っていったカップを傾けて、素っ気ない口調で同意した。


「司教とソブラ教皇は、いつ、神殿の中に入り込んだネズミを追い出してくださるのかしら。この分では、部屋の中にまで変な臭いが漂ってきそうで、気が気じゃないのですけど。香水でも消えそうにありませんし」

 サンティ嬢は、わざとらしく手を鼻に当てている。


「そ、そうですわ。きっとすぐに過ちは正されるに決まっています。汚水は放っておいても、低いところに流れていくものですから」

 モリス嬢が引き攣った笑いを浮かべて、おもねるように言葉を添えた。



 ──水晶が神女を選ぶ基準というのは何なのかな、とキリクは黙ってその様子を眺めながら、胸の内で呟いた。

 それは少なくとも、慈悲や、優しい心根などではないらしい。

 クーは果たして、彼女たちにどういう反応を返すのか。キリクが知りたいのは、そこだった。

 幼い頃からこういう環境に置かれていたカイトはともかく、周りがみんな自分と同じ棄民ばかりで、神民と直接関わったことなどほとんどなかったクーにとっては、これらの悪意や言葉のすべてが、自分に突き刺さる針のように感じられるはず。



 反抗するのか。逃げ出すのか。聞こえないものとして素通りするのか。耐えきれず、ぺしゃんと潰れてしまうのか。

 キリクは冷淡なほどに醒めた目で、じっとクーの出方を観察していた。

 ……さあ、君はどうする?



「まあまあ、みなさま、そこまで仰っては可哀想というものですわ。いくら神に見捨てられた棄民、混ざりものの半民とはいえ、恥というものくらいは知っているのかもしれませんし」

 イレイナ嬢がそう言って、四人が一斉に笑い声を立てた時だ。


 ガチャン、と大きな音がした。


 一同は驚いたように、音の方向に目を向けた。叩きつけるようにカップをソーサーに置いたクーは、彼女たちのその視線を正面から受け止めた。

「──あのさ」

 その口から出てきたのは、泣き声でもなければ、怒鳴り声でもない、静かな声だった。

「棄民の子供が、そこにある焼き菓子を食べようと思ったら、どれだけ働けばいいか、知ってるか?」

 テーブルの中央に乗った大皿に綺麗に盛りつけられた菓子の一つを指差して問う。神民の娘たち四人の誰からも答えは返ってこない。全員が、何を言われているのかすら理解できないように、ぽかんとした顔をしていた。

「棄民の街では、子供も老人も、みんな朝から晩まで働いている。そうでなきゃ、生きていけないからだ。汗を流して、くたくたになるまで心と身体をすり減らして、それでも菓子なんてそうそう口には入らない。それよりも、切実に必要なものが他にいくらでもあるからだよ」

 クーは淡々と言葉を続けた。

「そんな風に働いても働いても、棄民の街には日々の食べ物にも事欠く人間ばかりが溢れてる。どうしてか判るか? そうやって死ぬほどの苦労をして稼いでも、その稼ぎの大部分を、税金として吸い上げられているからさ。その税金は、ほとんどが神都へと集められて、この菓子や茶になって、ろくに働きもしない神民の娘たちの口に入って消えていく。税金も納めず遊んでばかりの神民の生活が成り立っているのは、棄民が働いている分を掠め取っているからだって、あんたたちは一度でも考えたことがあるのか?」

「そ、そんなの!」

 今までクーのことを無視していたイレイナ嬢が、声を張り上げた。

「そんなの、当たり前ではないの。だって、そのために、棄民というのはいるのですもの!」

 クーは彼女のことをまっすぐに見た。

「そのために? 自分たち神民を食わせるために、棄民はいるんだって? 棄民の街では、働きもせずただ泣くだけで飯を貰えるのは、赤ん坊くらいのものだけどな。あんたは自分がその程度のものだと、認めるのか? だったらそんなの、羨ましくもなんともない。棄民はそれでも、自分の手と足と頭を使って自分自身を食わせているという、誇りと自負がある。それがないやつは、物乞いと同じだ。いいや物乞いだって、自分の立場を恥じている。でもあんたたちは、ただ与えられるだけの自分を、顧みることもない。いいかよく聞け、同じ言葉を返してやるよ」

 クーは皮肉げに、唇の片端を吊り上げた。



「……()()()()



 ガタン!と音を立てて、蒼白になったイレイナ嬢が、椅子から立ち上がった。

「──これ以上、無駄な時間を浪費するつもりはありません。わたくし、失礼いたします……!」

 そう言ったのは彼女だけだったが、他の三人も同意見のようで、全員が強張った顔でドレスの裾を翻すようにして、席を立った。

 こちらを恐ろしい形相で睨みつけながら衛士たちもそれに続き、神殿付きの女官たちもこれ以上ここにいるのは御免だとばかりに、次々に出て行ってしまう。


 扉が閉められ、中広間に残ったのは、クーとキリクだけになった。


 その時になって我慢できなくなり、キリクは勢いよく噴き出した。

「……なに笑ってんだよ、キリク」

 がらんとなった室内で、一人椅子に座ったままのクーが、苦々しい顔で唇を突き出す。

 言いたいことを言ってやってせいせいした、というよりは、まずいことしたかなあ、というように眉を下げていた。

「やっちゃった。ごめんな、キリク」

「どうして謝るんだい?」

「だって、せっかくいろいろ苦労して準備してくれたのに……カイトにも、悪いことしたな」

 しゅんとはしているものの、反省しているのはその部分だけらしい。キリクはますます可笑しくなった。

「気にしなくていいよ。それに、カイトも怒ったりはしないから」

 イレイナ嬢の不用意な「混ざりものの半民」という発言が、クーに戦いを決意させた契機になったことを知れば、カイトも怒りようがないだろう。


 クーは逃げるでもなく、潰れるでもなく、諦めるでもなく、真っ向から立ち向かった。


「楽しませてもらったなあ」

「おまえな……」

 にこにこして言うキリクに、クーはますます苦い表情になった。

 下を向いてひとつ息をつくと、改めて切り替えるように顔を上げる。

「……ま、やっちゃったものはしょうがない。どうせだから、残った菓子を持って帰って三人で食べようぜ。こんなにあるのに、もったいないからな」

 早速手を伸ばすクーに、キリクはまた笑った。


 茶会という名の神女候補たちの顔合わせを、少々強引に司教にやらせた甲斐はあった。

 ──彼女なら、きっと大丈夫。


 来たるべき、「その時」に。



 僕は必ずやり遂げる。

 待っていて、ニーア。





      (Ⅲ・終)





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