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前編

『今年もごめんなさいね。義理チョコ係を貴女にお任せしちゃって……』

『かまいませんよ、前日に車通勤できる人間は私だけですからね』


 バレンタインやクリスマス前後に”なぜか”有休を取る総務部のお局様からチョコの買い出しを頼まれた”私”は、これ以上ないほどの営業スマイルで返事を返す。

 本当なら嫌味の一つも言いたいところだがそこは処世術。

 だがこの妖怪は私が無抵抗なのを見計らうや、さらに追い打ちを掛けた。


『ああ、”もし”本命さんがいたら、その分も経費で落としてもかまわないからね』

 うちの会社の社長は女性な為なのか、毎年義理チョコを会社の経費として配布しているのだ。


 ――バレンタイン前の日曜日。


(クソッタレ! なんで毎年! 毎年! こんな糞行事があるのよ!」

 指輪、ネックレスから勝負下着まで、鑑定額数十万円のフル装備を身にまとい、怒りと闘気と漆黒のオーラを体中から噴き上がらせながら、私はデパートのバレンタインコーナー売り場に向かう。


(ヲラ! ヲラ! ヲラ! ヲラ!)


 着いた側から”腐”を含めた女子と名の付くリア充に負けじと、まるでクヌギの木の蜜に群がるカナブンやオオムラサキ、スズメバチすら己の角でなぎ払うカブトムシのようにリア充どもを蹴散らし、ひたすら売り場備え付けのカゴに


”これも義理! あれも義理!”


呪詛(じゅそ)のように呟きながら放り込む。


(今年でもう三十路か……いや! 三十路って言葉、今じゃ古い! でもアラサーって言いたくないなぁ……何か三十を受け入れた気がして……本当、どっちが”ギリギリ”なんだろう……)


 そんな私にふとショーケースに入った高級チョコが眼に入る。

 それは一山いくらで山積みされたチョコと違い、ハリウッドのレッドカーペットのような赤い敷物の上に並べられたそれは、正にチョコ界のセレブ!


 ”本命”という殿方がいる淑女のみ、買うことの許された選ばれしモノ!

 

(み、見栄でも何でもないんだからね!) 

 そんなチョコが鎮座するショーケースの前に立ち、私はウエディングドレスを眺める夢見る少女のように釘付けになる。


(今年”も”……どうしよう。でも毎年そう思いながらも、結局は買わないんだよね)

 ふとある男性社員が思い浮かぶ。いや、浮かびたくないのだが……。


 ―― ※ ――

 同期の営業。

 凡庸(ぼんよう)を絵に描いたような新入社員時代の”アイツ”。

 うまく客先で話すことができないアイツの練習台につきあわされた。


『貴女相手ですと、不思議と話しやすいんです……なんででしょう?』


 たどたどしく私に向かって話すアイツ。

 やがて私たち二人の関係は徐々にステップアップする。

 もちろん色気も糞もない、”俺”と”おまえ”の仲へとだ。


 当然! こちらもそれなりの対価を要求する。当たり前だ!

 むろん、体ではない! 居酒屋や、新しくできたカフェにつきあわせたりする。奢りで!


 そういえば約束したケーキ屋へはなかなかいけないな……。

 雑誌やSNSで人気だからなかなか買えないんだよね。

 今頃はチョコケーキの予約で賑わっているんだろうな……。


『あ~なんなら体で払うわ!』

とアイツは冗談でも言わない。いや、一度も言ったことがない。

 真面目なのか、ヘタレなのか、ゲイなのか。


 それとも……私が男に興味がないと想われているのか!?

 いや、私はノーマルだからそれなりに男性に対して……。


『酔っ払いの浅い方が肩を貸す』

 いつの間にかアイツとの間にできた謎ルールに、お互い肩を貸したり借りたりする。

 でも毎回私の方がグデングデンになるのだが……。


 わざとじゃない! アイツが酒に強いのだ。

 アイツの広い肩に手を回す私。

 太い腕が私の体を包み込む。

 触ろうと思えば、襲おうと思えばいくらでもできる。

 私のあられもない姿をスマホで撮ったりもできたかもしれない。


『あ~? する訳ねぇだろ。ウチの会社、女社長だから女性従業員へのセクハラはものすごく厳しいんだぜ。知らなかったのか?』


 彼の練習も、やがてお偉いさんや取引先相手のプレゼンへとステップアップし、それに連れて、会社内での彼の社員、そして”男性”としての評価もうなぎ登りになった。 


『誰かに取られないうちにくっついちゃえば!』


 周りの人間がことあるごとにはやし立てる。

 だけど、逆にそれが意地になる。

 赤の他人、第三者に言われてくっついたらなぜか負けた気分になる。

 せめて自分の気持ち、いや、アイツからなら……。


 でもつい先日、アイツに肩を貸す羽目になった。

 取引先の新規事業の為、アイツは完璧なプレゼンをしたと豪語したが、ライバル会社に契約を取られてしまった。

 会社内でも”アイツでダメならしょうがない”の空気が流れ、女社長も特に何も言わなかった。


 最初はこっちも慰めていたが、まるで新入社員の頃に戻ったようにウジウジウジウジと卑屈になるアイツに、こっちも段々イラついてくる。

 路肩でゲロを吐き、崩れるように座り込むアイツ。


『ハッハッハ……俺はどうしようもない馬鹿だよ。もう終わりだな……』

 とうとう”プッツン”した! 


『ざぁけるんじゃないわよ! 何様のつもりよ! あんたが馬鹿なのはアタシが一番知っているわよ! 入社した頃のあんたに戻っただけのくせに何が終わったのよ! あんたなんて最初から底辺のウジ虫よ! ウジ虫ならウジ虫らしく、また最初から練習して、せめてハエになって跳び立ちなさい!』


 こっちも酔っ払っている為、もはや何を怒鳴ったのか憶えていない。  

 そんなアイツを何とかタクシーに押し込んでサヨナラした。

 ハァ? 何で家まで付き添わないといけないのよ?


 ―― ※ ――

 レジで支払いを済ませ、ちゃんと領収書を切ってもらった私の横ではバカップルの”キャッキャウフフ!”が聞こえてくる。


「お前が欲しいのってどれだよ?」

「これこれ! ずっと狙っていたんだぁ!」


 そう! 今やバカップルの馬鹿女にとってバレンタインとは、己が食べたいチョコを男に買わせる日へと変貌したのだぁ!


「すいません、これ下さい」


 でっかい紙袋二つたずさえた私は、さらっと”できる”女っぽく、セレブチョコを颯爽(さっそう)と買う。

 当然、領収書は切らない。 


(ど~するんだよこれ!)


 紙袋に詰め込まれた義理チョコとは違う、小さく赤い袋に入れられたセレブチョコ。

 冬の寒さが、私のほてった心を現実へと冷やす。

 心なしか、体も寒いなぁ……。

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