第2話 初めての異世界
5000字以内におさめるつもりが、つい盛り上がっちゃって………。
楽しんでいって下さい!
「……ここは?」
謎の浮遊感から解放され、おそるおそる目を開いた俺が最初に見たのは、青々とした草むらと木々に囲まれたどこかの森の中のような空間だった。頭上の葉の隙間から、今まで通りの爛々とした輝きを放つ太陽が見える。足元に生えている草にも、周りの木々にも、何ら違和感を感じることはない。つまり………。
「……。ここどこだ……?」
そう、どこだかさっぱり分からないのである。
「って、そんな冷静に分析してる場合なのか!?割とこの状況ってヤバくねぇ!?」
そう。この俺「葉月 時雨」はつい先程まで学校に登校している最中であり、その途中で森の中に入った覚えはないし、そもそも俺が暮らしている街の付近にはこんな森は無かったような気がするのだが……。あ、そういえば…。
「さっきの光は何だったんだ?」
この状況を作ったのは、さっき俺を包んだ謎の光だろう。というか、それ以外に原因が思い浮かばない。あの光は一体何なのだろうか…。
「とりあえず、どうやって街に帰るかだよなぁ…。…っ!?そういえば今何時だ!?学校に遅刻しちまう!」
俺は左腕に着けた安物の腕時計に目を向けた。
「まだだ、まだ間に合う!!って、うん?」
俺は腕時計の指し示す時間に違和感を覚えた。というか、秒針が全く動いていないのだ。
「安物の腕時計だからしょうがないか…?まあ、スマホの時計見ればいいや。」
俺は自転車の前方についている籠に入った青色のバッグに手を突っ込んだ。…突っ込んだ…。
「あ、あれ?自転車は!?自転車はどこいった!?」
俺が乗っていた自転車が何処にも見当たらない。恐らくここに飛ばされたのは俺だけで、自転車はさっきまでいた人通りの少ない道のど真ん中に放置されているのだろう。
「どうすんだよ…。誰にも連絡できねぇよ…。」
俺はここにいてもどうしようもないと考え、草木を掻き分けどこか適当な方向へ一直線に突き進んだ。
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10分も歩かない内に俺は開けた所に出た。ここにたどり着く道中にも、あからさまな違和感を感じるようなものは無く、ここがどこなのかはまだ分かっていない。
「森から出たのはいいが……。どこか人の住んでいる所を見つけないとな。」
少なくともこの周りに人が住んでいそうな建築物は見当たらない。もちろん、人のいた痕跡も全く無い。
「ここにいてもしょうがない、この辺りを散策しよう。」
この時の俺はまだ自分のいる場所が日本だと、自分が今まで自分が暮らしてきた世界だと思っていた。いや、そう自分に言い聞かせていた…。
「あ、あった…!」
散策すること20分、人の住んでいそうな家を見つけた。その家は中世ヨーロッパの町並みに見るような、レンガ造りの一軒家だった。俺はその日本ではあまり見ないような外観の家に少々違和感を感じながらも、綺麗な木目調のドアをノックした。
「すいませーん!少しお話を聞いていいですかー!すいませーん!」
出てくる気配は無い。俺はもう一度ノックし、さっきより大きな声で中にいるであろう人に呼び掛けた。
「すいませーん!!少しお話を聞いていいですかー!!」
返答は無い。留守なのか?それともこの家に人は住んでいないのか?この家は見た感じそれほど荒れていないので、この家に誰も住んでいないとしても、人が住まなくなったのはつい最近であろう。いや、この家は売りに出されているのか?それなら長い期間誰も住んでいなかったとしても管理している会社が定期的に清掃を行っているのかもしれないから、外観だけでそれを判断するのは難しいか…。いや、それにしてはおかしい。この家の周りには、この家が売りに出されていることを示す看板やポスターなどは見当たらない。そんなことがあるのか?…って、いかんいかん。つい癖でどうでもいいことを長々と考えてしまった。要するに今この家に人がいる可能性は低いってことだ。それだけ分かればいい。
「ここで誰か帰ってくるのを待つか?それとも他に家が無いか探しに回るか?」
別に待ち合わせをしている訳ではないので、今ここを離れたとしても入れ違いのような状況に陥ることは無いだろう。そう思い、俺は他に家が無いかを確かめるために玄関先を離れようとした。その時、
………バン!!………
「ん!?何だ今の爆音は!?」
家の中からとても重いものが倒れるような音がした。もしや誰か人がいるのでは無いか…?それとも家具が劣化で壊れ、倒れたのか?…いや、それは無いだろう。壊れたのならもっと複数回音が聞こえるはずだ。今聞こえた音は一回だけだし、そんな軽い音じゃあ無かった。何が倒れたんだ?棚か?いや、音は一回だけしか聞こえて無いのだから、棚に何も入っていない限り音は複数回するだろう。じゃあ棚では無いな。…そうか、大きな絵画か?壁に立て掛けてあった絵画が床に倒れたのならこんな音がするのではないか?それなら辻褄は合いそうだ。この家の雰囲気にも合う。……また、どうでもいいことを長々と考えてしまった…。…いや、案外どうでもよく無いかもしれない。立て掛けておいた大きな絵画が倒れたということは、何かがこの家の中にいるのでは無いか?勝手に倒れたにしては聞こえてきた音が大きすぎやしないか?いや、犬猫がいて、ぶつかっただけかもしれないな…。
「ああ、もどかしい!!」
一瞬このことについて考えるのを放棄しようとしたが、ある可能性が頭に思い浮かび、再び思考を巡らせた。もしや、この家に住んでいる人は今声を出せない状況にあり、扉をノックした俺に助けを求めるために、大きな絵画?を勢いよく倒すことで大きな音を出したのでは無いだろうか?だとしたら、今すぐに中に入り住民を助けなくてはならない。しかし、これが勘違いだとしたら?俺は不法侵入ということになってしまう。それは避けたい所だ。試しにもう一度ノックして、何かしらの問題を抱えているならもう一度大きな音をたててくれと言ってみるか?いや、意識を失っていたら返事のしようがないな。それに、誰かに襲われているのだとしたら、もう大きな音は出させてもらえないだろう。
「うーん…。情報が少なすぎる…。」
それに、俺の考えていることがすべて間違っていて、家主がただ外出しているだけかもしれない。だとしたら、俺はただのマヌケ野郎ということだ。そんな馬鹿馬鹿しい結末を迎えるのかもしれない。
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「また、見殺しにするの?」
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「違う!!!俺はそんなことしない!!!」
これはもちろん幻聴だ。しかし、俺はついその声に反応してしまう。過去の過ちを無かったことにしようとする“自分”を絶対に許さない“自分”が作り出す幻聴に。それはもしかすると幻聴では無いのかもしれない。その声はあの“少女”の怨念の具現化なのかもしれない。どちらにせよ、俺はこの声から解放されることを望んではいけないのだ。すべて、自業自得なのだから…。
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そう、その日は記録的豪雨だか何だかと朝のニュースが伝えていた。そんな日。当時15歳で中学3年生だった俺も妹も、もちろん学校は休みになり、家で暇をもて余していた。
「ねー、お兄ちゃんー?」
「んー?何何?」
「暇ー!お兄ちゃんアイスー!」
「お兄ちゃんはアイスじゃありません。」
「むー、お兄ちゃん何先生みたいなこといってんのさ!」
「お、伝わったかこのネタ。やっぱり誰しも一回はやるよな、これ。」
「そんなことよりアイス!冷蔵庫のアイス取ってー。」
「あーい。何味食うのさ。」
「何があるの?」
「バニラ味だけ」
「じゃあ何で選ばせる素振りを見せたの!?」
「ん、なんとなく。」
「全く、お兄ちゃんはテキトーなんだから…。」
「すいませんね、テキトーで。で?バニラ味でいいか?」
「えー、チョコミントがいいー!」
「このどしゃ降りの雨の中コンビニに行ってこいと?」
「イジワルしてきたお兄ちゃんが悪いんだよ!」
「悪かったよー(棒読み)」
「絶対悪いと思って無いでしょ!?」
「お!良く分かったなぁ、さすが俺の妹だぞー。」
「むか~~!!絶対許さない!!」
「えー、許してちょ。」
「やだ!お詫びとしてチョコミント買ってきて!」
「お前は鬼か?」
「いいから行った行った!雨衣着ていくんだよー!」
「まじかよ…」
俺は妹に言われた通りに雨衣をはおり、通学に使っている自転車に跨がり、比較的弱い雨に降られながら近所のコンビニへと向かった。
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コンビニでチョコミントアイスと天然水を買い店の外に出た時、さっきまで小降りだった雨が、蟻の通り道も無いほどのどしゃ降りとなっていた。
「俺そんな長い間コンビニに居座ってねぇぞ…。」
やはり外に出るべきでは無かったという後悔に苛まれている間にも、この雨はその勢いを増していく。なので俺は、急いで買ったものを自転車の籠に投げ込み、自転車に飛び乗った。転ばないようにあまりスピードを出さずに来た道を戻っていると、横目に明らかに普段より水量の増した川が見えた。青春を謳歌している学生達が水切りをして遊んでいそうな河原は、すっかりどす黒い水の下に隠れてしまっている。俺が自転車を走らせているこの道は、堤防の上にあるので何ら心配する事はないが、それでもこの光景は見る者を不安にさせる。
「うわやっば、早く帰ろ。」
そう思い、ペダルに入れる力を少しだけ強くした、その時。
「………けて……!」
「帰ったら妹の目の前でチョコミントアイス食ってやろうかなw」
「…た……けて……!」
「……ん?誰だ?」
「……助けて……!…助けて!」
「!!あれは…!」
声の聞こえる方向を見ると、どす黒い川の中に浮かんでいる、いや、流されている少女がいた。どうやら川の真ん中の大きい岩にしがみついているようだった。
「まずい!」
俺は堤防を駆け足で降りようとして、思い止まった。
(今この堤防の下に降りたら、俺も流されちまう…!)
俺は困っている人を見かけたら、なりふり構わず助ける、そんなスーパーヒーローのような人格も肉体も持っていない。だからといって、助けを求める人を無視するわけもなく、自分に出来る範囲でその人を助ける努力はする。しかし、さすがに自分の命をかけてまで人助けを優先するようなことは無い。俺は一般の学生なのだ。どしゃ降りの雨の中、とてつもない勢いの濁流に飛び込んで、人一人抱えて堤防の上に戻ってくるなんてのは不可能である。
「そうだ、電話!」
俺はズボンの後ろポケットに手を伸ばす。しかしそこにスマホは無い。俺はすぐ帰ってくるからいいやと、自室にスマホを充電しっぱなしで置いてきたのだ。
「こんなときに限って何で…!?くそっ!どうすればいいんだ!?」
俺がいるこの場所は、コンビニと自宅のちょうど中間だったので、戻っている暇は恐らく無いだろう。
「そうだ、近くの家に電話を借りに行けば…!」
俺は急いで近くにある赤い屋根の一軒家に向かおうとした。しかし、
「…助け…助けて…!!」
先ほどよりも助けを求める声が小さくなっていた。もう残された時間は少ない。
「俺が降りて…いや、それは俺も危ない…助けを呼ぶ暇もない…どう、すれば…!!」
そんなことを呟いている合間にも、少女の命の灯火は刻一刻とその勢いを落としていく。
「電源を借りに行こう…!」
俺は自転車に跨がり、200mほど先にある赤い屋根の一軒家に向かって走り始めた。その家の軒先に自転車を乗り捨て、インターホンを力強く押した。
「すいません!電話を貸してください!」
返事は無い。
「電話を!貸してください!人が溺れているんです!」
返事は無い。
「おい!!貸せっていってんだろ!!人が死にかけてんだぞ!おい!!」
返事は無い。
「くそっ!!」
俺は乗り捨てた自転車をそのままに、隣の家へ向かった。もしかすると、もうあの少女は濁流に飲み込まれてしまっているかもしれない。その考えが頭に浮かぶたび、俺は自分が川に飛び込むべきでは無かったのか、という自責に苛まれる。俺は隣の家にたどり着き、息切れ切れにインターホンを押した。
「すいません!電話を貸してください!!」
返事は無い。俺がもう一度インターホンを押そうとしたとき、扉が開いた。
「どなたですか?なぜこんな雨の日に外に出ているんですか?」
「そんなことはどうでもいい!!あそこの川に人が溺れているんです!!早く119番をしてください!!」
「わ、分かったわ!!」
30代くらいの女性は急いで家の中に戻り、電話をかけた。家の中から、女性の必死な声が聞こえてくる。俺はその場で少女の無事を願っていた。
「119番しました!あなたはどうするの!?」
「俺は戻ります!ありがとうございました!」
俺は隣の家に投げ捨てた自転車を立て、急いで少女の下へ戻った。
「まだ耐えている!頑張れ、頑張ってくれ!!」
少女はまだ岩にしがみつき、恐ろしいほど早い流れに耐え続けていた。
「助けは呼んだよ!!だからもう少し頑張ってくれ!!」
俺は少女に届くとも分からない声をかけた。あと少しなのだ、あと少し耐えてくれれば…!
少女が一瞬こちらを見た。
「もう少し、もう少し耐えてくれ!!」
少女はこちらを見ていた。
「頑張って!!」
少女はこちらを見続けていた。
「頑張れ~~~!!」
少女はこちらを見続けていた。
「頑張ってくれ~~~!!」
少女はこちらを見たまま
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遠くから救急車の音が聞こえてくる。
救急車は俺がいる場所のすぐ近くに止まった。
救急隊員がこちらへ向かってくる。
そして、こう聞いてきた。
「電話の少女はどこに!?」
俺は答えない。答えられない。答えたくない。答えたら、それが本当になってしまうから。
「あの、少女はどこにいるのですか…?」
答えなければいけない。なぜなら、この救急車を呼んだのは俺だから。俺には、救急隊員の質問に答える義務がある。
俺は、恐る恐る口を開き、こう呟いた。
「……もう………。」
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「いやなことを、思いだしてしまったな……。」
俺は、決してあの少女を見捨てた訳じゃ無かった。助けるすべが無かっただけなのだ。まだその時は“シフトアップ”の能力を持っていなかった。川に飛び込んでも、少女の下にたどり着けるかさえも怪しかったのだ。そう自分に言い聞かせても、やはり罪悪感は拭いきれない。俺は多分、この罪悪感と共に生きていくのであろう。
「はあ……。どうしようか……。」
もう俺の中で結論は出ているのだが、その選択が本当に自分の望むものなのか、それを確かめるために、こう呟いた。
「この扉を開ける…!」
俺は中にいるかもしれない人がどういう状況におかれているのかを確かめるために、レンガ造りの家の扉に手をかけた。
「鍵は…掛かっていないのか…」
俺の頭に嫌な予感が浮かんだ。俺は恐る恐るその扉を開いていく。
「おーい、誰かいるのかー……?」
返事は返って来ない。しかし、俺は自身の嫌な予感を信じ、警戒は解かないままに家の中を歩く。
「おーい、誰もいないのかー……?」
またもや返事は返ってこない。俺はその歩みを止めずに奥へと進んでいく。
「あれは…何だ?」
前方に何かが見えた。大きな塊だった。まるで人がうずくまったような………。
「これ、人なんじゃ…?おい、あんた!大丈夫か!?」
やはりその塊は、うずくまった人だった。意識はない。もしかして、死んでいるのでは…?俺はその人の体を起こし、肩を掴んで優しく揺らした。
「おい、大丈夫か!?おい!!」
「……。ん……?」
どうやらその人影は女性のようだ。俺はその女性に質問を投げ掛ける。
「あの、なんであなた倒れ「後ろ!!!」え?」
俺は後ろを振り返り、そして見た。
こちらに向けてナイフを振り下ろす、小汚い男の姿を。
次回、初戦闘