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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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ルドによる精神的な崩壊

 ルドは困惑していた。


 城内の一室でクリスが目の前から消えて、セルシティは動かせる人手を総動員して街中を捜索と情報を集めた。同時にカリストがクリスの影を追跡した。


 その結果この倉庫にたどり着き、関係者の名前からベレンの執事であるジャコモの名前が上がった。

 もともとジャコモはオンディビエラ子爵に接触した中央の人物の一人として要注意人物として注目はされていたらしい。そして、城の一室から転移した時に残されたベレンの近衛騎士たちから話を聞いて首謀者をジャコモに特定した。


 ルドは確信を持って親衛隊とともに踏み込むと、予想通りクリスがいた。ただ、その姿は無傷とは言えず、両手を後ろで拘束され、金色の髪は乱れ、白いドレスは汚れ、頬は痛々しく腫れていた。


 その姿を見て、ルドは自分の中で何かが切れる音を聞いた。そこから記憶がない。


 気が付いた時には目の前に自分の剣で刺したクリスがいた。クリスの腹から背中まで突き抜けた剣は後ろ手に繋がれていた手枷の鎖まで貫いていた。


「し……しょ……う?」


 ルドの言葉が虚しく響く。


 凍りついた空気の中でカタカタと震える音が大きくなっていく。今にも剣を手放しそうなルドにアウルスが叫んだ。


「ルド! 絶対に剣を放すな!」


「あ、あぁ……」


 ルドは真っ青な顔で自分が持っている剣を見つめていた。


 剣を通してクリスの脈動が伝わってくる。


 手に力が入らない。全身が震え、その振動で剣の柄が今にも手から零れ落ちそうになる。


 周りで誰かが叫んでいるが、言葉として頭に入ってこない。何も理解できない。理解したくない。


 純白のドレスが真紅に染まっていく。


 ナニで染まっているのか? 考えたくない。見たくない。


 ルドが逃げるように目を閉じたところで頬に何かが触れた。


「そんな情けない顔をするな」


 思わぬ声にルドが顔を上げる。そこには両手で自分の頬に触れているクリスがいた。


 クリスは手枷の鎖が斬れて自由になった両手で琥珀の瞳に溢れている涙をぬぐった。


「おまえはいつも笑っていろ」


「し、しょう……」


「カハッ」


 クリスが口から血を吐き、手が落ちた。脱力して倒れかけたクリスの体を後ろからアンドレが支える。


「師匠! 師匠!?」


 今にも剣を引きそうなルドの手をカリストが抑える。


「ここで剣ヲ抜いたら、傷口かラ大量に出血してクリス様が死にマす! アンドレ! クリス様の体ヲゆっくり床に寝※せて下さ□」


「わ※っタ」


 アンドレがカリストの動きを見ながら剣が抜けないようにゆっくりとクリスを床に寝かせた。


 アウルスが大声で叫ぶ。


「ウルバヌス! ★◎△※◇を○うだけ#□★◎は残って×るカ!?」


「あ※△す!」


「剣ヲ※□◆◎くト*〇時に★◎△※◇を〇ケろ!」


「は□!」


 次々とアウルスが指示を出すがルドは一切反応しない。アウルスがルドに怒鳴った。


「ルド! 聞いて□るノ※!?」


 自分の名前を呼ばれたような気がしたが、言葉の意味が解らない。声は聞こえているのだが雑音にしか聞こえない。


 焦点が合わない目で愕然とした顔のまま動かないルドに代わってカリストが答える。


「私が☆マす。合図ヲお願※しまス」


「わ□った!」


 ルドは周囲の喧騒が遠い世界のように感じていた。まるで自分だけが世界から隔絶され、違う世界に放り込まれたような、見えない壁に囲まれたような感覚になっていた。


 周囲にいる人が必死に何かをしているが、それが誰なのか、何をしているのか解らない。

 しばらくして誰かが自分の体に触って動かしたが、それがどういうことなのか、自分がどうなっているのか、まったく解らない。


 目は開いて見えているのに、声や音は耳から聞こえているのに、口は動いて息をしているのに、理解することを脳が拒絶した。





 クリスは意識が遠退いていくのを感じていた。手を動かして自分の傷を治療をしようとしたが力が入らない。周囲の声が遠くなっていくことに焦る。


 早く治療をしないと……間に合わなくな……る……私は、ここまで……か?


 途切れていく意識の中で誰かに呼ばれた。


「……ィアナ……ティアナ」


 古い記憶にある懐かしい名前。もう、この名で呼んでくれる人はいない。


「ティアナ!」


 微かに聞こえてきた声に振り返ると、金髪の女性が乱暴に手を引いて走り出した。


「急いで走って! 時間がないわ!」


『第三居住区封鎖。第八通路閉鎖します。その場にいる人は直ちに避難を……』


 うるさい音が響く中、引きずられるように走る。女性の腰にも届かないほど背が低いため、二、三回足を動かして、ようやく女性の一歩に届くぐらいだ。


「こっちよ! 早く!」


 廊下の先で初老の金髪の女性が手招きをしている。二人が部屋に入ると分厚い扉を引いて閉めようとしたが、重くてなかなか閉まらない。手を引いていた女性が初老の女性と一緒に扉を引くが少しずつしか動かない。

 そこで初老の女性は外に出て全体重をかけて背中で扉を押した。


「先生!」


 金髪の女性が閉じ始めた扉の隙間から手を伸ばす。初老の女性は少しだけ振り返って微笑んだ。


「ここは任せて。行きなさい」


「せんせ……」


 ドオォォォーン!


 壁を突き破っていきなり現れた炎と爆風が扉を押し閉めた。扉が閉まる直前に微かに入ってきた風の熱が扉の外では生存が不可能なことを知らしめる。


「先生……」


 金髪の女性が呆然と立ちすくむ。


『第五通路閉鎖。第六通路も閉鎖します。直ちに避難を……』


 金髪の女性は右手で顔をぬぐうと、再び手を握って走り出した。時々地面が揺れてこけそうになるが、そのたびに金髪の女性に手を引っ張られる。


 しばらく走って息もできないぐらい苦しくなったところで金髪の女性が足を止めた。壁についた窓からは火の海になっている部屋が見える。


「そんな……ここもダメなんて……」


 そこに擦れた声が聞こえてきた。


『……き……える? 聞こえる? 第二ゲートに……そこなら、ま……パリン! ドォォォン……』


「制御室まで!? もう、ここは……」


「どうしたの?」


 声をかけると、金髪の女性が初めて顔をこちらに向けた。その目には涙があふれている。


「どこか痛いの? ケガをしたの?」


 金髪の女性が軽く首を横に振った。


「そうじゃないの。行こう。まだ、望みはあるわ」


 金髪の女性が強く手を握って走り出した。大きな音と振動が近づいているのが分かる。怖いという気持ちに押されるようにひたすら走った。


「待って」


 金髪の女性に言われて止まる。そのまま俯いて息を整えていると壁の一部が開いた。


「良かった。ここはまだ生きてる」


 薄暗い部屋に金髪の女性の声が響く。


「そこに座って。念のために定期的に整備していてよかったわ」


 言われるまま指示された椅子に座る。一人掛けで頭の上から足先までグニョグニョとした物で覆われる。

 金髪の女性が椅子の横にある机で何か作業を始めた。


「緊急事態! 緊急事態! 緊急脱出者、一名を射出する。至急受け入れてほしい」


『……こちら空中庭園。なにがあった?』


「中央制御装置が壊れた! ここも長くは持たない!」


 大きな爆発音が響く。金髪の女性は通信を止めて椅子の横にある装置を操作した。


「いい? どこも触ったらダメよ。大丈夫、寝ている間に着くから」


「どこに?」


 質問に対して、金髪の女性が抱きついた。


「私たちは無理だけど……幼いあなたなら、きっと適応できる」


 そう言うと金髪の女性は顔を離した。深緑の瞳が悲し気に揺れる。


「生きて……私たちが存在していた証を残して」


 言葉が終わると同時に椅子が壁に包まれ、真っ暗になった。


「え!? なに!? 開けて! ねぇ!」


 慌てていると椅子が揺れて体が押しつぶされそうになり、そのまま眠ってしまった。


 込められた願い。託された想い。あの時はわからなかったけど、今ならわかる。


 私はこんなところで死ぬわけにはいかない……まだ……まだ、生きないと……


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