セストによる余計な展開
「あぁ! クソ! まだ魔力切れにならないのか!」
アウルスが目の前に立つルドに向かって、いら立ち混じりに怒鳴った。
周囲に積み上げられていた木箱は無残に壊れ、中身が散乱している。ルドを囲むように立っているアンドレ、カリスト、ウルバヌスは全身が砂埃で汚れ、肩で息をしていた。
ルドは息一つ乱さず、前傾姿勢のまま周囲を睨んでいる。後ろには倒れたままのクリスがおり、その隣にはずっと動けずにいるベレンがいた。
カリストが忌々しそうな顔をする。
「どんなに攻撃しても、おびき出そうとしても、あそこまでクリス様から離れないのは、しつこいとしか言いようがないですね」
ウルバヌスが軽口で便乗する。
「ルドー! しつこい男は嫌われるぞぉ!」
「……きらわれろ」
アンドレがぽつりと呟いたが、その一言は重く本気が込められている。
周囲に疲労や怒りなどの雑念が渦巻く中、ジャコモと傭兵を捕縛して後のことを部下に任せたセストが勢いよく倉庫に入ってきた。
「助太刀する!」
そのことにウルバヌスが左手で拳を作った。
「よっしゃ! 生きのいい生贄がきた!」
「は? 生贄? わっ!」
セストが困惑していると背中を誰かに押された。思わず数歩前に出たのだが、その瞬間突風が吹きつけてきた。
「クッ!」
セストが反射的に横に転がって逃げる。起き上がってすぐに抜刀すると、剣に重量がかかった。
「なんだっ!?」
目前には靴裏があり、そのまま弾き飛ばされた。
「グハッ! ゴホッ!」
散乱している荷物と木箱の残骸に背中を叩きつけられて咳込むが、次の攻撃が来ることを警戒して形だけでも剣をかまえた。だが、先ほどまでの攻撃の連続が嘘のように何も起きない。
セストが慌てて周囲を見ると誰も動いた様子がなく、一人で勝手に吹き飛ばされたかのような状態になっていた。
「な、なにが起きたんだ!?」
説明を求めるセストにアウルスが答える。
「ルドに攻撃されたんだ」
「は!?」
セストがルドに視線を向けるが、倉庫に入った時と同じ場所に同じ姿勢で立っており動いたように見えない。
アウルスが説明を続ける。
「我々が立っている場所が境界線だ。ここから一歩でも入ればルドが攻撃してくる。逆に言えば、そこに入らなければ攻撃はしてこない」
そう言われてセストはもう一度周囲を確認した。ルドを中心に円を描いて距離をとったかのように、それぞれが立っている。
セストは立ち上がると慎重にルドとの距離をとって近づいた。
「縄張り……か?」
「確かに、その言葉はピッタリですね。犬は縄張りに入ってくる者は誰であろうと攻撃してきます。どうにか引き付けてクリス様を連れていきたいのですが、近づくことさえ出来ない状態です」
「ベレン様も早くお助けしなければ」
セストがクリスの隣で座り込んでいるベレンを見る。顔は青くなっており、今にも卒倒しそうだ。
「だが、想像以上に力があるな」
苦慮しているセストにウルバヌスが得意げに口を挟んだ。
「そりゃあ、魔法騎士団でもずば抜けた実力保持者だからな。ただ真面目一直線なのが、たまに傷だけど」
「真面目一直線なのに、味方を攻撃するのか?」
「ま、そこはご愛嬌ということで」
どこまで本気でどこが冗談かわからないセストはアウルスに視線を向けた。
「ウルバヌス、無駄話はそれぐらいにしろ。あと、どれぐらいルドに魔力を使わせたら結界内に封じれそうだ?」
「あ、それ聞いちゃいます?」
「いいから早く言え」
ウルバヌスが困ったように笑う。
「まだまだっすね。ルドのヤツほとんど魔力使ってないですよ」
アウルスが目を開く。
「なっ!? 今までの動きは魔力を使って筋力を増強していたんじゃないのか!?」
「多少は魔力を使って増強させてますけど、あれはほとんど自力ですね」
カリストが舌打ちをしながら小声で呟いた。
「……脳筋バカ犬か」
綺麗な顔から出た思わぬ言葉にセストが身を一歩引く。だが、言葉が聞こえていなかったアウルスは苦悩した様子で言った。
「つまり、まだ本気を出していないということか。剣を出させるぐらいしないといけないか」
「それですね。剣は出すだけで、かなり魔力を消費しますから」
「……死ぬ気で特攻するしかないな」
アウルスが意を決したように剣を握り直す。その様子にカリストがアンドレに声をかけた。
「どうやらクリス様を連れだすには犬を封じないといけないようですから、先に全力で犬を叩きますよ」
「わかった」
「行くぞ!」
アウルスが剣を振り上げて走り出す。すぐにルドが反応して出迎えるが、その足元にアンドレが滑り込んできた。ルドが避けるために飛び上がる。そこにカリストが銀ナイフを投げる。しかし、ルドが軽く手を横に振っただけで起きた風によって、全て床に落ちた。
ルドの注意が逸れた隙をついてウルバヌスが魔法を唱える。
『氷の精霊よ! 全てを凍らす力の刃を!』
先端が尖った氷柱がルドへと飛ぶ。それもルドは右手を出すだけで簡単に溶けた。だが、その間に剣の間合いに入ったアウルスが剣を振り下ろしていた。
「覚悟!」
アウルスの声が響くが、ルドは軽く体をひねるだけで避けた。
「まだまだ!」
すぐに剣を切り返して攻撃するが、ルドは素早く避けていく。アウルスの攻撃の合間にアンドレやウルバヌスが魔法で攻撃するが、全てルドが手を出すだけで消える。カリストが投げる銀ナイフも器用にかわしていく。
自然と連携がとれた攻撃に入ることが出来ないセストはふと視線を横に向けた。位置的に今ならベレンがルドの死角になっている。
ベレン様だけでも!
セストは気配を消してルドとの距離を慎重に測りながらギリギリのところまでベレンに近づいた。そして、最後の距離を走って縮めた。
「ベレン様!」
自分に向かって走ってくるセストに気が付いたベレンが腰を浮かす。そのことにルドが反応した。
「動いてはいけません!」
カリストの声にベレンが振り返ると左手から剣を出したルドが襲い掛かっていた。
今までルドがベレンを放置していたのは動かなかったからであって、少しでも動けばクリスに害をなす者と判断して攻撃をするのは必然であった。
ルドの剣がまっすぐベレンの胸めがけて突進してくる。ただ殺すことを目的にして、無表情のまま迫ってくる様子はベレンが知っているルドとはかけ離れていた。
「キャァァァァ――――――――――!」
ベレンは叫びながら目を閉じて身を固くしたまま突き刺さる剣の衝撃を待った。しかし、いつまでたってもその衝撃はこない。かわりに不気味は静けさが周囲を包む。
ベレンが恐る恐る目を開けると、目の前には白いドレスと突き抜けた剣先があり、そこから血が滴り落ちていた。




