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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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クリスによる新たな癒しの発見

 クリスが目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。


「ここは、どこだ?」


 呟きながら体を起こすと、金髪が肩を流れて白いドレスにかかった。手枷はなく両手は自由に動かせる。


「倉庫のような場所に移動して……アンドレがやってきて……」


 意識を失う前まで喧騒で五月蠅かったのに、今は物音一つ聞こえない静寂に包まれている。


「また場所を移動したのか?」


 クリスが立ちあがると、黒い液体が体に絡みつくようにまとわりついてきた。粘り気があり意思があるかのように広がっていき、あっという間に純白のドレスが黒へと染まっていく。


「私を呑み込む気か?」


 クリスが黒い液体に触れるように手を伸ばす。


『ガウッ!』


 突如、赤毛の狼が現れてクリスの周りをグルグルと走った。広がっていた黒い液体が小さくなり、逃げるように地面を這って離れた。黒い液体が通ったあとは黒い跡があるのに、クリスの白いドレスには何も残っていない。


『ガルルゥゥゥ』


 黒い液体がクリスの周囲から消えても赤毛の狼は警戒するように唸りながらゆっくりと歩いて回る。


 その様子を眺めながらクリスは軽く首を傾げた。


「もしかして……おまえ、犬か?」


 赤毛の狼が足を止めて顔を上げる。琥珀の瞳を見てクリスは腰を下ろした。


「やっぱり犬か。何があった? ついに本物の犬になったのか?」


 赤毛の狼が嬉しそうに長い鼻をクリスの頬にこすりつけてきた。ごわごわしているように見えた毛は思ったより柔らかく触り心地は良い。


 クリスは赤毛の狼の頭を撫でながら訊ねた。


「ここはどこだ? どうやったら元の場所に戻れるか知っているか?」


 気持ち良さそうにクリスに撫でられていた赤毛の狼が一歩下がる。そして、鼻をクリスの胸に向けて軽く動かした。


「胸? 私の胸の中ということか?」


 赤毛の狼が顔を横に振る。


「違う? なら誰かの胸の中ということか?」


 赤毛の狼が鼻先を自分の胸に向ける。


「そうか! 犬の中か! 私が飲みこんだ魔宝石から溢れた犬の魔力が私を引き込んだんだな!」


『バウッ!』


 赤毛の狼がその通りとばかりに尻尾を振りながら返事をした。クリスが改めて周囲を見回す。


「犬の中か……で、どうやったら、ここから出られるんだ?」


『クゥ……ン』


 申し訳なさそうに赤毛の狼が俯く。その姿にクリスは軽く微笑んだ。


「知らない、か。気にするな」


 クリスが手を伸ばすと、赤毛の狼は撫でてとばかりに耳を横に伏せて頭を差し出した。その様子にクリスが思わず苦笑する。


「おまえは撫でられるのが好きなのか。本当に犬だな」


 右手で頭を撫でながら左手で首をさする。モフモフとした毛が気持ちよく、いつまでも撫でていたくなる。


「ふむ。動物を触ると癒されると誰かが言っていたが、その理由が分かる気がするな」


 クリスがモフモフを堪能していると、ふいに赤毛の狼が顔を上げた。逃げていた黒い液体が目の前に集まってきたのだ。


『グルルルゥゥゥ』


 赤毛の狼がクリスの前に立って警戒心丸出しで威嚇する。黒い液体は波打ちながら立体的になり、黒い狼へと姿を変えた。


『ガウッ!』


「あ、ちょっ、待て!」


 クリスが止める間もなく赤毛の狼が黒い狼に飛びかかる。だが液体のため雫になって飛び散った後、再び狼の姿に戻った。それでも赤毛の狼は何度も黒い狼に飛びかかった。


 一方的に疲労していく赤毛の狼を見ながらクリスは右手を顎に当てて考えた。


「ここは犬の中……ということは、赤い狼もだが、あの黒い液体も犬の一部……ということか?」


 クリスは頷くと前に出て赤毛の狼を止めた。


「少し話をさせてくれ」


 赤毛の狼が拒否するように首を横に振る。クリスは視線を合わすように屈んだ。


「あの黒い液体もおまえの一部だろ? おまえは私を傷つけるのか?」


 赤毛の狼が困ったような顔になる。クリスは赤毛の狼の首に両手を回すと軽く抱きしめて背中を撫でた。


「大丈夫だ。私はおまえもあいつも信じている。だから、少しだけ話をさせてくれ」


『クゥーン』


 赤毛の狼が諦めたようにその場に座った。


「ありがとう」


 クリスが一撫でして立ち上がる。


「さて、少し話をしようか」


 黒い狼と向き合う。


「おまえは犬の闇の部分だな?」


 黒い狼の形が崩れる。蛇のように細長くなり、クリスに絡みついてきた。その様子に赤毛の狼が毛を逆立てて立ち上がる。


 クリスが赤毛の狼に右手を向けた。


「待て! 絶対に手を出すな」


 赤毛の狼が渋々お座りをする。クリスは全身が黒く染まっていくのを感じながら言葉を続けた。


「闇は誰もが持っている。おまえだけが特別ではない。時に闇は大きくなるし、小さくもなる。だが完全に消えることはないし、消す必要もない」


 クリスの最後の言葉に黒い液体が動きを止めた。


「人は同じように光も持っている。光もまた時に大きくなるし、小さくもなる」


 クリスは赤毛の狼に視線を向けた。


「光が常に大きくある必要もない。たまには闇が大きくなってもいい。それが人だ」


 黒い液体がクリスの前に集まってくる。


「完全無欠でなくていい。欠点があっていい。悩んでいい。立ち止まっていい」


 黒い液体が人の姿へと変わっていく。


「全てひっくるめて、おまえだ。おまえが自分の嫌いな部分があって受け入れられなくても、私はそれを受け入れよう。それもまた、おまえの一部だからな」


 人の姿となった黒い液体をクリスが抱きしめる。


「嫌いな部分を無理に好きになれ、とは言わない。だが、そこから逃げるな。その部分もおまえを作っている一部だ。つかず離れず、うまく付き合っていける方法を探したらいい」


 クリスが顔を上げて微笑んだ。


「私も共に探そう。だから一人で悩むな」


 ルドの姿になっていた黒い液体が再び狼の姿になるが、赤毛の狼が唸る様子はない。お互いに存在を気にしながらも適度な距離をとっている。


「すぐには難しいだろうし、衝突もするだろうが、ぼちぼちやっていけ」


 そこでクリスの視界が歪んだ。


「なん……だ?」


 クリスが頭を押さえる。意識を保っていられなくなり、そのまま倒れた。


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