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ツンデレ治療師による特異な治療

 クリスは老人の腰に手を当てたまま堂々と宣言した。


「尿管結石粉砕と尿管および、その周囲組織の修復を行う」


「え?は?にょうかっ?え?」


 頭にクエッションマークが飛んでいるルドを無視してクリスが魔法を発動させると、老人の腰が内側から発光した。


 クリスがゆっくり動かしていた右手を止める。


「尿管結石確認。結石周囲に結界壁展開」


 クリスの額に汗が浮く。ルドはクリスが慎重に自分から魔力を抜き取っていることを感じた。

 抜き取りすぎて自分の体に負担をかけないように、だが少なすぎて魔法が発動しない、ということにならないように。


 絶妙な調節力でルドから魔力を抜き取りながら、魔法を発動させる。


「爆破」


 見た目は何も変わっていないが老人のうめき声が消えた。痛みが軽くなったことに驚いている老人を無視してクリスが治療を続ける。


「尿管および、その周囲組織の修復」


 老人の腰が再び内側から光る。クリスは最後にもう一度腰全体をゆっくりと撫でた。


「出血なし。腎臓に結石なし。尿管に狭窄なし。膀胱への排石確認。治療を終了す……」


 そのままクリスの体が後ろに倒れる。


「師匠!」


 ルドが手を差し出して支えたが、クリスの目が開くことはなかった。


「師匠!しっかりして下さい!師匠!」


 ルドがクリスを激しく揺さぶった。その声は必死で切羽詰まっている。


 深緑の瞳が微かに開き、口が動いた。


「うるさい。魔力を限界まで使ったから動けないだけだ。体に異常はない」


「よかった……」


 ルドが安堵しながら俯く。


「クリス、今のはどういう治療だ?」


 テオの質問にクリスが目を閉じて不満そうに答える。


「腎臓という尿が作られる臓器があるんだが、そこから出ている管の途中に石が詰まり、尿をせき止めて周囲の組織も傷つけていたんだ。このまま放置していたら激痛が続き、最後は管が破裂して死んでいた」


「体内に石?この古傷を受けた時に入ったものか?」


「違う。腎臓内で石ができたんだ」


「体の中に石が出来ることがあるのか!?いつから、あったんだ?」


「以前、治療する前に痛みが引いたことがあっただろ?あれは尿管を傷つけていた石がたまたま動いて、治療前に痛みがなくなったと考えられる。だから少なくともその頃には石があったということだな」


「そんなに前からあったのに誰も治せていなかったのか……」


「だから治療をする部位が重要になってくるんだ。適した位置に治療魔法をかけなければ効果はない。少し休むぞ」


 クリスが不機嫌に言い捨てると同時にルドの腕が重くなる。ルドはテオに視線を向けた。


「あの、今の師匠の話なのですが……」


「気にするな。私も半分以上はわからん」


 テオはルドが理解できていないことを当然のように話す。


「クリスは他国の……解剖学書?とかいう本で人体の構造を勉強しているらしい。それ以外にもクリスは独学でさまざまなことを勉強しているからな。他の治療師とは違う治療をすることが多い」


 その説明にルドが琥珀の瞳を輝かせてクリスを見る。


「さすが師匠!」


 だが、返事はない。

 テオは眠っているクリスを見て、困ったように自分の頭をかいた。


「まったく治療をするためなら平然と無茶をするからな」


「いつものことなんですか?」


「いつも……というか自分が傷つくことを恐れないんだ。必要なら進んで傷つくほどだ」


 ルドが脱力したクリスを両手で抱きかかえて立ち上がる。

 二人の姿を見ながらテオは独り言のように言った。


「口と態度は悪いがそれだけのことをしている。だから街の連中も慕っている」


「あれは慕っているという範囲を超えていると思うのですが……」


 貢物の量や人々の行動を考えても、そのうち祀られて拝まれそうな勢いがある。


 ルドの考えを察したのかテオは苦笑いを浮かべた。


「まあ、とりあえず今日は家に帰ったほうがいいだろ。こういうときは寮住まいより家通いのほうが良いよな。家に帰れば面倒をみてくれる人間がいる」


 テオは独り言のように呟いたあとルドを見た。


「ルド、すまないがクリスを家まで送ってくれ」


「はい。あ、家はどこですか?」


「馬車を手配する。家の場所は御者が知っているから大丈夫だ」


「わかりました」


 テオが部屋の入り口で待機していた受付の男性に声をかける。


「馬車を呼んできてくれ」


「はい」


 受付の男性が部屋から出て行く。痛みが消えた老人が軽い動きで上半身を起こした。


「どこか痛みませんか?違和感などはありませんか?」


 テオの問いに老人が腰をさする。


「いや、まったく痛みはない。今までは治療を受けても痛みや違和感が残っていたのだが、それがまったくない」


「それは良かった」


 テオが安堵していると、老人はクリスを抱えているルドに視線を向けた。


「今までどんな凄腕の師をつけても決して師匠と呼ぶことはなかったのにな。よもや、そんな若者を師匠と呼ぶようになるとは」


 老人がどこか諦めているような残念な顔をする。そんな老人をルドが睨む。


「師匠を愚弄することは誰であろうと許しません」


「儂の恩人だ。愚弄などせん。だが、どんなに良い師につこうが約束は忘れるなよ」


「わかっています」


 鋭い空気が部屋に流れる。そこに受付の男性の声が響いた。


「馬車が到着しました」


 ルドは軽く頭を下げると、どうしたらよいか分からない顔をしているテオを置いて部屋から出て行った。





 ルドが治療院から出ると、入り口に一台の馬車がいた。ここに来たときと同じ馬車で、ルドが


「クリスの家まで」


 と言うと、御者は慣れた様子で頷いた。


「場所は知っているので任せて下さい」


 クリスを抱えたままルドが乗ると、馬車はガラガラと音を立てて進みだした。


 街の喧騒を抜け、郊外へと馬車が駆け抜ける。家はまばらになり、畑や空き地が多くなってきた。


「ずいぶん遠いところに住んでいるんだな」


 ルドが物珍し気に外を見ていると馬車が停車した。


「ここです」


 緑の葉が多い茂った庭園の先に屋敷が見える。ルドが馬車から降りると屋敷から青年が出てきた。


 この国では珍しい黒髪の青年はルドに一礼をして声をかけた。


「主が世話になりました。あとは私がいたしますので、客人はこちらへどうぞ」


 そう言ってクリスに手を伸ばす。だがルドはその申し出を断った。

 執事服を着た青年は、見た目は申し分なく整っている。青年に対して使う言葉ではないかもしれないが、麗しいという表現が合う。

 だからこそ普通の体格をしているクリスを抱えて移動できるだけの力があるとは思えなかった。


「自分が部屋まで運びます」


「いえ、客人にそこまでさせられません」


 そう言うと、執事は半ば強引にクリスをルドから引き取った。その体格からは想像できないほど軽々とクリスを抱える。


「カルラ、客人をサロンへ」


 いつの間にか執事の後ろに控えていた赤茶の髪をしたメイドが一歩前に出てくる。


「はい。お客様、こちらへどうぞ」


「あ、いや、自分はこれで……」


 帰ろうとするルドの耳に明るい声が入ってきた。


「クリス兄ちゃん、帰ってきたの?」


「いつもより早いな!」


「クリス兄様、遊んで!」


「ダメよ!私が先に遊んでもらう約束をしていたのだから!」


 屋敷の入り口に集まってきた子どもにクリスを抱えた執事が穏やかに諭す。


「こら、こら。ここに来てはいけないと言っていますでしょう。クリス様は調子が悪いので早く帰ってこられたのですよ」


「えー、じゃあ今日は遊べないの?」


「つまんない!」


「じゃあ、私はクリス様が早く元気になるようにホットミルクを作るわ」


「私も作る!」


 子どもたちが歓声をあげながら屋敷の奥へと走っていく。その姿を見ながらルドが微笑む。


「賑やかでいいですね」


 メイドが苦笑いをする。


「お見苦しいところをお見せしました。こちらへどうぞ」


 ルドは子どもたちの明るい声に誘われるように屋敷の中に入っていった。


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