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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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ルドによる忠実な暴走

 光に見えたのはクリスの髪だった。全身を覆う髪が黄金に輝き、漆黒だったドレスは純白に色を変え、顔からは化粧が消えていた。

 クリスが後ろ手に手枷を付けられたまま髪を振り払うように頭を振る。化粧が消えたことで顔が数才幼くなったが、周囲の人間はそれどころではなかった。


「金髪に……緑の目だ……」


「やばい……」


 何人かは少しずつ後ろに下がっている。


「〝神に棄てられた一族〟だ……」


「呪われるぞ……」


 クリスに手枷を付けた傭兵は顔を真っ青にして体を小刻みに震わせている。


「だから絶対に後悔する、と言っただろ」


 予想通りの反応にクリスが呆れた顔をする。髪の色や化粧、そしてドレスの色までカリストの魔法で変えていた。それが魔力を吸収する手枷によって無力化されて元に戻ったのだ。


 騒然とする中でジャコモはいち早く我に返って周囲に命令した。


「か、〝神に棄てられた一族〟でも関係ない! 計画通り連れて行く! 船はまだか!?」


 誰もジャコモの呼びかけに答えない。周囲を必死に見回すジャコモの後ろに一人の傭兵が立った。


「どうした? 船が来たの……ヒッ!?」


 音もなくジャコモの首にナイフが突きつけられる。


「何をする!?」


 ジャコモの問いかけに傭兵は無言のまま動かない。そこに金属が擦れる音と激しい足音が響き、鎧を着た騎士たちがなだれ込んできた。


「なぜ、ここが分かったんだ……」


 ジャコモが驚いているとマントを付けた騎士が前に進み出てきた。


「私はセルシティ第三皇子親衛隊隊長、セスト・ギルランダだ! ジャコモ・バザリア! 王族誘拐の主犯として連行する! 他の者も動く……な……?」


 セストがクリスの姿を見つけて硬直する。他の親衛隊もヒソヒソとざわつき始めた。

 その様子にクリスが大きくため息を吐く。


「おまえら、それでもセルティの親衛隊か? これぐらいのことで動揺していたら減給と地獄の特訓が追加されるぞ」


 クリスの指摘に親衛隊隊長のセストが慌てて先ほどの台詞の続きを言った。


「て、抵抗すれば斬る! おとなしく投降しろ!」


 はい、そうですか。と素直に投降する人間はいない。

 警戒して誰も動かない中、クリスはやれやれと脱力しながら、ジャコモにナイフを突きつけている傭兵に命令をした。


「アンドレ、そいつを親衛隊隊長に引き渡せ」


 傭兵が無言で頷く。


「なっ!? 裏切ったのか!?」


 慌てるジャコモにクリスが口角を上げる。


「言っただろ? 私の屋敷には変装が得意な者がいる、と」


「まさか、こいつが!?」


 傭兵がジャコモの体を押してセストの前へと連れて行く。


「ご、ご苦労。他の者も拘束しろ!」


 あっさりと主犯を確保できたことにセストは拍子抜けしながらも指示を出す。他の親衛隊の隊員たちが傭兵たちを捕獲しようと走り出した。


 クリスは大きく息を吐いて、その場に座り込んだ。


「まったく、この服は疲れる。この手枷も早く外してほしいんだがな」


 抵抗する傭兵を数で抑える親衛隊の隊員たちの喧騒を眺めながらクリスが呟く。

 それこそ最初の計画通りクリスやベレンを人質にして脱出すればいいのだが、〝神に棄てられた一族〟であるクリスに誰も近づかない。

 それどころかクリスを恐れて、側にいるベレンにさえ近づこうとしない。それは味方であるはずの親衛隊の隊員も同じで、クリスとベレンはともに放置されていた。


 とりあえず、この騒ぎが治まるまでは大人しくしていようとクリスが休んでいると、入り口から大声が突き刺さった。


「師匠!」


 クリスが顔を上げると、そこには息を切らせたルドが立っていた。


「遅かったな」


 平然と声をかけるクリスに対してルドの琥珀の瞳が大きく開く。


「どうした?」


 首を傾げるクリスは気づいていなかった。殴られたことで頬は赤く腫れ、金髪は乱れ、ドレスは純白になったことで汚れが目立っていた。しかも後ろ手に縛られ、疲れた表情で座り込んでいる姿は乱暴され傷ついたようにしか見えない。


 ルドの赤い髪が逆立つ。魔力が黒い霧となってルドの全身から溢れ出してきた。

 その様子にクリスが慌てて叫ぶ。


「おい! 魔力が暴走しているぞ! 抑え……ぐっ……」


 クリスは苦顔すると胸を押さえてその場に倒れた。


「クリス様!」


 ルドの後ろからカリストが走って前に出てくる。そのままクリスに近づこうとしたところで巨大な魔力に弾かれた。


「なにをするんですか!」


 思わず叫んだカリストの前には前屈みになったルドが立っていた。両手をだらんと垂らし、四本足で移動する獣のような姿勢になっている。琥珀の瞳は濁り、黒い霧が体の周りを渦巻き続けている。


「自分の魔力に呑まれましたか……」


 ルドが周囲を睨みながらクリスの側をグルグルと回る。まるでクリスを守ろうとしている野生の狼だ。


「私の魔力もあまり残っていないのに……厄介な状況になりましたね」


 苦々しく言ったカリストに応えるように変装を解いたアンドレが足元に現れた。


「どうする?」


「犬を抑えてクリス様を回収したいのですが……かなり難しいですね。そもそも戦力が少なすぎます」


 援護魔法が使えるカルラとラミラは屋敷の防衛のために置いてきた。セルシティの親衛隊はいるが、大勢いれば抑えられるというものでもない。むしろ邪魔になる可能性が高い。こういう時は少数精鋭の方がいい。


 カリストが悩んでいると背後から悔しそうな声がしてきた。


「遅かったか!」


 顔をしかめるアウルスに、どこか緊張感が欠けているウルバヌスが頭をかきながら訊ねる。


「あー、どうします? 魔力切れになるまで結界内に封じますか?」


 二人の慣れた様子にカリストが会話に入る。


「こういうことは初めてではないのですか?」


 魔法騎士団の正装のまま腰に剣だけを下げているアウルスが青い目を細める。


「戦場で何度か魔力が暴走したことはあった……が、ここまで禍々しいのは初めてだ。結界内に封じられるか?」


 訊ねられたウルバヌスが眉間にシワを寄せる。


「さっきから魔力を探っているんですが、どの系統の魔法でも弾かれるんですよ。このままだと封じることができません」


「どういうことだ?」


「火や水どころか、光とか闇の上位精霊の魔法も効く様子がないんです」


「なぜだ?」


 ウルバヌスの頬に汗が流れる。


「今までの魔力の暴走はルドの魔力だけでしたから複数の精霊の魔法の掛け合わせで、結界内に封じることが出来ていましたが……今回は違うみたいです。神の加護……魔力の中に神の力が混じっているので、どの精霊の魔法も効かない状態なんですよ」


「なら、神の加護を使った魔法なら効果があるんじゃないのか?」


「そうなると純粋に神の加護の量で効果が左右されますから……神の寵愛を受けているとまで言われたルドに、オレが神の加護の量で勝てると思います?」


 半ば投げやり気味に笑ったウルバヌスにアウルスが頭を振った。


「すまん」


「それは力づくで抑えるしか方法がないということですか?」


 二人の会話から結論を出したカリストにアウルスが唇を噛む。


「悪いが力づくで抑えられるとも思えない」


「ですが、こちらとしてはクリス様の様子が気になりますので、早く回収したいのですが」


「ルドのあの様子だと、それは無理だろう。被害を最低限にしつつルドが魔力切れになるまで待つしかない」


 カリストが小声で舌打ちする。


「無能か」


「なんだ?」


「いえ。アンドレ、私が引き付けるので、その間にクリス様を回収して下さい」


 カリストの指示にアンドレが布の下で首を横に振った。


「カリスト、ちからのこってない。おおけが、する。クリス、かなしむ」


 思わぬ言葉にカリストの黒い瞳が大きくなった後、少しだけ微笑んだ。


「あなたから、そのような言葉が出てくるとは思いませんでした。ですが、今は私よりクリス様です。クリス様に何かありましたら、それこそ使用人全員に殴られますから大怪我どころでは済まないですよ」


「カリストより、こいつらのほうが、ちからあるのに……」


 アウルスとウルバヌスは布の下からアンドレに睨まれているのが分かった。ウルバヌスが無言のまま横目でアウルスに確認する。


 アウルスは剣に手をかけて言った。


「わかった。ルドは俺たちが引き付けるから、お前たちは隙をみて主を助けろ」


「ありがとうございます」


 カリストが優雅に頭を下げる。アンドレがいつでもクリスを回収できるように素早く荷物の影に姿を隠した。


「ウルバヌス、お前は魔法で援護しろ。とにかくルドをこちらに引き付けるぞ」


「はい!」


 魔法騎士団の二人が剣を構える。その気配にクリスの周囲を回っていたルドが足を止めて睨んだ。


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