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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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ジャコモによるしたたかな野望

 その国は小さいながらも貿易の重要拠点として独立国を維持していた。だが、押し寄せてくる大国の勢いには勝てず、表向きには同盟国という体裁を保ちながらも実際は支配下に置かれることになった。

 もちろん反対する者もいた。それでも国として生き残るためにはそうするしかなかった。それなのに一部の者が暴走した。


 同盟を結んだ祝いの席で大国の若き皇帝を毒殺しようとしたのだ。しかし、その計画は若き皇帝の姉によって狂った。若き皇帝が飲むはずだった祝いの酒を奪って飲んだのだ。


 運よく逃れた若き皇帝は裏切った小国を徹底的に潰した。かろうじて生き残った小国の国民は世界中に散らばった。胸の中にいつか大国に一矢報いることを決意して。


 ジャコモが遠い記憶に触れていると、クリスが探るように目を細めた。


「身代金が目的というわけではないようだな」


「そんな小さなものが目的ではないですよ」


「……オンディビエラ子爵に接触した中央の者とは、おまえのことだな?」


 クリスの指摘にジャコモが茶色の目を丸くする。


「あと悪魔召喚をした亡国の王子をこの街に入れるように誘導したのも、おまえだな?」


 ジャコモは表情を変えることなく逆に訊ねた。


「なにを根拠に?」


「やり方が回りくどい。誰かを隠れ蓑にして自分は表に姿を見せない。相応の人脈と権力がないと難しいが、現帝の姉の娘の執事として中央に出入りしているなら両方持っているからな」


 ジャコモがクリスを値踏みするように観察する。そこにベレンが叫んだ。


「本当なの!? 本当にそんな私の顔に泥を塗るようなマネをしたの!?」


 ジャコモがうんざりしたような顔をベレンに向けた。


「あなたの立場なんてどうでもいいんですよ。私は内側からこの国を崩せればいいだけなので」


「そういうことか」


 一人納得しているクリスにジャコモが声をかける。


「おや、なにか分かりましたか?」


「おまえはセルティの失脚を狙っていたんだな?」


 ジャコモが面白そうに口角を上げる。


「なぜ?」


「この国は現帝の統治によって今は落ち着いている。だが子に引き継がれた時、その安定が続くかは不明だ。だから、現帝はなるべく安定したまま国を引き継げるように三人の子に平等に役割と、それにともなう権力を与えている」


 クリスが一本ずつ指で数えながら話を続ける。


「第一皇子には政治、第二皇子には軍、第三皇子には経済。そうすることで、兄弟間での権力争いが起こることを防いだ。だが、そこにセルティが不祥事を起こして失脚してみろ? 第一皇子と第二皇子が、セルティが持つ権力を巡って争うだろう。そうなれば国を二つに分けた争いが起きる」


 クリスが確信を持ってジャコモに言った。


「この国を亡ぼすことは出来なくても内側から崩して混乱させ、その隙に全ては無理でも、端にあるこの国の領地を少しでも他国に占領させる。もしくは奪還させる。それが目的だな?」


 手を叩く音が響く。


「その通り。なかなか聡明ですね。さすが神童と呼ばれるセルシティ皇子の婚約者。これなら人質としての価値は十分です。それどころか、あなたを使えばセルシティ皇子も操れそうですね」


 ジャコモは拍手を止めると手を出した。


「この国の女性は魔法が使えないそうですが、聡明なあなたに魔宝石を持たせておくのは危険なようです。魔宝石を出して下さい。ちなみに拒否権はありませんよ」


 傭兵が再びベレンの首に剣を突きつける。ベレンがクリスに向かって怒鳴った。


「さっさと魔宝石を出しなさい! 私の首に傷が付いたら一生許さないわよ!」


 その様子にクリスが軽くため息を吐く。


「魔宝石を出せばいいんだな?」


 クリスが左手首に装着していたブレスレットを外した。銀色の鎖で作られた球体の中に赤い魔宝石がある。そのまま鎖で作られた球体から赤い魔宝石を取り出して左手の上に乗せた。


「こちらに渡しな……なっ!?」


 ジャコモが話している途中でクリスは赤い魔宝石を口の中に入れた。


「えっ!?」


 クリスの奇行に全員の動きが止まる中、赤い魔宝石を飲み込んだ喉だけが上下に動いた。


 全員が呆然としている中、ジャコモが慌てて叫ぶ。


「吐き出させろ!」


 近くにいた傭兵の一人がクリスの頬を剣の鞘で殴った。髪留めが外れ、黒髪が広がる。クリスは倒れかけたが足を踏ん張り顔を上げると、そのまま腹を殴られた。さすがに膝をついたが飲み込んだ魔宝石を吐きだす様子はない。


 傭兵がもう一度クリスを殴ろうとしたところでベレンが止めた。


「止めなさい! ルドの魔宝石なのよ! 下手に刺激を与えて暴発したら、この建物なんて跡形もなく消し飛ぶぐらいの威力があるんだから!」


 ベレンの必死な訴えに傭兵が嘘でないことを感じて一歩下がる。ベレンは振り返ってクリスに怒鳴った。


「あなた自分が何をしたか分かっているの!? よりにもよってルドの魔宝石を飲み込むなんて! ルドの魔力の大きさは知っているでしょ!? 体の内側からルドの魔力に食い破られて死ぬわよ!」


 クリスは立ち上がりながらニヤリと笑った。優雅で美麗なのだが、化粧のためか冷酷な美女という印象のほうが強い。


「これは私が預かったものだ。預かった以上、なにがなんでも守り抜く。それだけだ」


「なっ!? だからって自分の命をかけるなんて狂ってるわ!」


「そうか? 私は自分の欲望のために人を簡単に傷つけるほうが狂っていると思うがな」


 悠然としているクリスにジャコモが舌打ちをして他の傭兵に命令した。


「魔力封じの手枷があっただろ? それを付けろ。そうすれば手枷が魔宝石の魔力を吸収するから暴発する心配もない」


 クリスが深緑の目を細めるが誰も気付かない。傭兵の一人が手枷を持って出てきた。


「両手を後ろに回せ」


「はぁ……」


 クリスが肩を落として、これ見よがしにため息を吐いた。その行動に傭兵が眉間にシワを寄せる。


 クリスは顔を上げて傭兵に視線を向けた。


「始めに言っておくが、それを私に付けたら、おまえは絶対に後悔するぞ」


「な、なにを根拠に……」


 傭兵はそう言いながらも自分より小柄なクリスの気配に押されていた。確認するようにジャコモを横目で見る。


 ジャコモは訝しながらも指示した。


「なにをするか分からないからな。慎重に付けろ」


「はい」


 そのやり取りと見てクリスは大人しく両手を後ろに回した。傭兵がまず右手首に手枷を装着する。そして、左手首に手枷を装着した瞬間、クリスの体が光りに包まれた。



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