神による極秘な歴史操作
主催者不在で祝賀会が開かれている城の一室から緊迫した気配が漏れていた。
「クソッ! 師匠とともに行動していればよかった」
ルドが控室の中をウロウロと歩き回る。そこにセルシティが入ってきた。
「セル! 何かわかったか!?」
飛びついてきたルドの頭をセルシティが軽く払う。
「落ち着け。君が焦ったところで物事は好転しない」
「だが!」
「まずは座れ」
セルシティがソファーに座る。その様子にルドも向かいのソファーに渋々腰を下ろした。
「今、分かっていることを話すぞ」
ルドが座ったまま体を乗り出す。
「クリスティは城から出た様子はない。そしてベレンも出ている様子はない」
「ならば探しに!」
立ち上がろうとするルドをセルシティが殴る。
「落ち着けと言っているだろう。城のどこにいるのかも、だいたい検討がついている」
「じゃあ、そこに……」
「人の話は最後まで聞け」
再び立ち上がろうとしたルドの足をセルシティが蹴る。
「場所は分かっているが珍しい魔法が使われていて近づくことが出来ない」
「珍しい魔法?」
「そうだ。簡単に説明すると空間を捻じ曲げて、誰もその場に入れなくする魔法だ」
「つまり、この城の中にいるが、そこには行けないということか?」
「そういうことだ」
「その魔法を解除する方法は!?」
ルドがセルシティに迫る。
「クリスティの執事が魔法の解読をしている」
「え!?」
思わぬ人物の活躍にルドの目が丸くなる。
「彼は様々な魔法に精通しているらしいからな。任せていればいいだろう」
「なら、そこに……」
「行っても邪魔になるだけだ。むしろ気が散って解読が遅くなるかもしれないな」
セルシティに指摘にルドの足が止まる。
「……何もできないなんて」
ルドが悔しそうに拳を握る。
「もし師匠に何かあったら……」
「ベレンを許さないか?」
セルシティの言葉にルドが顔を上げる。その表情にセルシティはニヤリと笑った。
「今まで何をされても流してきたのにな」
無言のままルドがセルシティを睨む。
「わかっている。ベレンは叔母上の一人娘ということで周囲が甘やかしてきたからな。行き過ぎた行動もあったが、裏で叔母上が上手く対処していたし、現帝も叔母上に負い目があるから静観してきた。だが、今回ばかりはそうはいかないだろう」
思わぬ発言にルドが驚く。てっきり今回のことも黙殺されると思っていた。
「どういうことだ?」
「それだけクリスティの存在は貴重なんだよ」
「貴重?」
クリスは白いストラを持つ最高位の治療師であるが、それだけで現帝族と並ぶほど貴重な存在と言えるほどではない。
セルシティがルドを値踏みするように紫の瞳を向けた。
「君はクリスティについて、どこまで知っている?」
「どこまでって?」
「クリスティの一族については知っているか?」
「それは師匠から聞いた」
「では、その一族の歴史は聞いたか?」
「いや……」
「やはりな」
セルシティが頷きながら顎に手を添えて、考えごとをしているような姿勢になる。珍しいセルシティの様子にルドは首を傾げた。
「どうした?」
「……いや、そのうちクリスティが話すだろうからな。今ここで話しても問題ないだろう。少し長くなるが、いいか?」
「どうせ今できることはないのだろう? それに師匠に関わる重要な話なら聞く」
ルドが深くソファーに座る。
セルシティは軽く足を組むと、大人しく聞く姿勢になったルドを正面から見据えた。
「全てはクリスティとカイ殿から聞いた話だ。遠い昔になるが、この世界は今より発展していたそうだ。それこそ今では考えられない世界だったそうだ。君も見たんじゃないか? 現代では作れそうにない代物の数々を」
その言葉にルドはクルマが浮かんだ。
「確かに。師匠の家には今まで見たことがないものが複数あった」
「知識、物、考え方。それは神によって奪われた時代のものが多い」
「神によって? 奪われた?」
「そう。人が、人間が数千年かけて積み上げ、造り上げてきたモノを神は一瞬で奪い去ったそうだ」
「は? 神が? なにを奪ったんだ?」
いまいち話が見えず首を傾げるルドにセルシティがゆっくりと説明をする。
「ちょっとややこしい話だからな。順番に話そう。はるか大昔になるが、全ての魔法は神の加護がないと使えないものだったらしい」
「全ての魔法が?」
「そうだ。今は精霊の力を借りたり、自分の魔力や魔法陣を使ったりする魔法もあるが、そういう魔法は一切なかったらしい。だが、様々な魔法があり発展していた。それは全て神の加護によるものだった。ところが突然、神の加護がなくなり全ての魔法が使えなくなった」
「魔法が使えなくなった!?」
「そうだ。神の加護が必要な魔法は神が人間側を意識していないと使えないのは知っているだろう? 神に何があったか知らないが、神の意識が人間から逸れて魔法が一切使えなくなった時代があったそうだ」
「そんなことが本当に……? だが、なぜ神の意識が……」
困惑するルドをセルシティが話しを続ける。
「ここで神の事情を考えても答えは出ないから、それは置いておく。それより今まで使えていた魔法が使えなくなった世界は荒れに荒れて混沌としたそうだ。そこで人間は神に頼ることを止めた。そして、神の加護がなくても使える魔法を開発した」
「もしかして、今使われている魔法か?」
「そうだ。今の魔法の基礎が完成してその魔法が広がると、世界は徐々に平穏を取り戻して急速に発展したそうだ」
セルシティが嘲るように口角を軽く上げた。
「そして、神が気が付いた時には人間は誰も神を必要としていなかった。数千年も放置していんだから当然だ。だが神はそれが気にくわなかったらしい。神は地表にあった全ての文明、知識だけを消し去った。そして魔法を使うために神の加護を必要としていた時代にまで戻したそうだ」
話についていけないルドは額を押さえて頭を横に振った。
「……待て。文明、知識だけを消し去るとは、どういうことだ?」
「自然や人はそのままで、建物や道具、人々の知識や本などの全てを神の加護を必要としていた時代のものに戻した。簡単に言うと、神の加護を必要としない魔法や、それ以後に造られた物を全て奪い去り、古いものに置き換えた、ということだ」
「そんなことが出来るのか!? 物だけでなく、人の知識……つまり人の記憶まで変えたということか!?」
セルシティが軽く肩をすくめる。
「そんなことが出来るから神と言われる存在なんだろう」
「だが結局、今は神の加護が必要ない魔法が使われているぞ。むしろ、神の加護が必要ない魔法のほうが数は多いぐらいだ」
「あぁ。だが治療魔法は絶対に神の加護が必要だ。人が治療魔法を使用している限り、神の存在を忘れることはないだろう」
「つまり神の存在を人が忘れなければいいということか。だが、数千年もの知識が一瞬で全て失われたのは惜しいな。どこかに残っていれば……」
そこでルドが何かに気が付いた。
「もしかして師匠が治療に使っている魔法や知識は……」
セルシティがニヤリと笑う。
「奪われた文明のモノもあると言っていた」
「……師匠はどこで、その知識を知ったんだ?」
「神に文明と知識を奪われなかった場所があるから、そこに残っていた資料を集めたそうだ」
ルドの脳裏に湖に沈んでいた街が浮かんだ。
「もしかして大きな湖の底にあった建物か?」
ルドの呟きを拾ったセルシティが苦笑いをする。
「私も最初はそう思ったんだが、違うそうだ。あれは、あの街を造った人間が沈めたものらしい」
「え!? なんのために街を沈めたんだ?」
「あの大きな湖を作るためだそうだ。人が増えれば水はより多く必要になる。必要な量の水を確保するために、ああいう湖を作ったり川の流れを変えたりしていたらしい」
「それだけの技術があったのか!?」
「そうだ。失われるには、とても惜しい知識や技術だ。あの街は湖に沈めたことで地表にはなかったから残ったという皮肉の結果だな」
ルドが何かに気が付いたように琥珀の瞳を大きくした。
「そうか! 地表ではなく湖の中にあったから残ったのか! と、いうことは他にも地表になかった文明が残っている可能性が!」
「そうだ。ただ無傷で残ったのは三か所だけらしいが」
「三か所も!? それは、どこなんだ!?」
迫るルドにセルシティは悪戯をする子どものように笑った。




