個性が強い使用人たちによる簡単な一斉清掃
時間は少し遡り……
クリスが不在の屋敷は、いつもと変わらず使用人たちはのんびりと過ごしたいた。
カルラもそのうちの一人だった。屋敷の奥にある使用人が住んでいる建物の食堂で三歳になる息子のナタリオと共に夕食を食べていた。
ナタリオがカルラによく似た茶色の目を輝かせて今日あったことを話す。
「それでユアンが逃げるからさ! オレが代わりに、こぉーんなでっかい虫を捕まえてやったんだ!」
「それはすごかったね。で、その虫はどうしたの?」
「ちゃんと外に逃がした!」
「えらい、えらい」
カルラが自分と同じ赤茶色の髪を撫でる。
「えへへ」
ナタリオが褒められて嬉しそうに笑う。そこにカルラのポケットの中身が震えた。
カルラは周囲を見て少し離れた場所で夕食を食べている人に声をかけた。
「モリス! 仕事時間外に悪いんだけどナタリオをお願いできるかな?」
名前を呼ばれて顔を上げたのは、刈り上げた茶髪に糸のように細い目をした、いかつい大男だった。すぐに席から立ち上がり、食べかけの食事を持って近づいてくる。
「あら、どうしたの? 呼び出し?」
ゴツイ声に反して話し言葉は柔らかい。カルラはすまなそうに頷いた。
「そうなの。ちょっといい?」
「任せて頂戴」
カルラが笑顔でナタリオの頭を撫でる。
「ちょっと仕事してくるから。モリスと一緒にいてね」
「いってらっしゃい!」
カルラは手を振ると走って食堂から出ていった。残されたナタリオの頭をモリスが撫でる。
「よく泣かずに我慢したわね」
「泣いてない!」
威勢よく睨んできたナタリオにモリスが笑顔で顔を近づける。
「頑張ったえらい子には、特別にお菓子をあげちゃうわよ?」
「え? でも夜にお菓子は駄目って……」
母親の言いつけを思い出して悩むナタリオにモリスが小声で言った。
「だ、か、ら、これは二人だけの秘密。いい? 誰にも内緒よ?」
内緒という言葉にナタリオの顔が輝く。
「誰にも言わない!」
「夕食を食べたら私の部屋に行きましょう。お茶ととっておきのお菓子をあげるわ」
「やった!」
「ただし! ご飯は全部食べてね」
「わかった!」
ナタリオは急いで食べ始めた。
緊急で呼び出されたカルラは屋敷の中で一番高い場所である物見台に来ていた。
「どうしたの?」
見張り番をしていたメイドが屋敷の入り口を指さした。
「屋敷の周囲に張っている仕掛けが反応しました。場所は入り口と裏口。それから南側の植物園の近くと北側の森の中、それと東側の池の近くです」
カルラが言われた場所を見ていく。
「そうね……三人一組でこちらに向かっているわね。私はこのままここから指示を出すから通信機を持ってきて。あと動ける人を広間に集めて、子どもや体調が悪い人は地下シェルターに避難させて」
「はい!」
メイドが急いで階段を駆け下りる。
「クリス様もカリストもいない時にやってくるなんて」
困ってように言いながらも、その顔は子どもが新しい玩具を貰ったような良い笑顔だった。
三人の騎士がガシャガシャと鎧を鳴らしながら手入れされた庭の草をかき分けながら屋敷を目指して歩いていく。
「まったく。こんな屋敷の制圧にこんなに人数いらねぇよな」
ぼやくように言った騎士にもう一人が同意する。
「そうだよな。さっさと、こんな任務終わらせて一杯やろうぜ」
「そうだな。そもそも戦場に出ることがないっていうから裏金でここに配属されるようにしたのに、まさかこんなことをさせられるとは」
「まったくだ。おれは楽だって聞いて、親戚のコネでここに入ったんだけどよ。ま、戦場に出るよしマシか。訓練も適当でいいし」
「それな」
気楽に話している二人に後ろを歩いていた騎士が声をかける。
「無駄話はそれぐらいにしろ。合図があるまで、ここで待機だ。いつでも突撃できるようにしておけ」
「了解」
「了解です」
それぞれが間隔を開けて茂みに隠れる。陽も沈み、暗闇が身を隠す味方になる。静かに待機していると、それぞれの場所から魔法の狼煙が上がった。
後ろにいた騎士が通信機を取り出す。
「第一部隊から第五部隊まで配置完了。いつでも突撃可能」
報告に返事はない。気まぐれな主なため指示がいつあるか分からないので、そのまま待つしかない。
よく聞き取れない会話が続いた後、癇癪を起したような叫び声で指示が飛んできた。
『屋敷の奴隷を一人残らず殺しなさい!』
やっときた返事に騎士たちが全身に力を入れる。
「りょうか……グハッ!」
突然の後頭部への衝撃で通信機を持っていた騎士が気絶する。その音に他の騎士が振り返る。
「どうし……ガッ!」
暗闇からの攻撃に三人の騎士はあっという間に気絶した。
「……よわい。うごきがざつ。すきだらけ。へんそうするまでもない」
布を被ったアンドレがそう呟くと空に緑色の光球を三回打ち上げた。
アンドレが打ち上げた光球を確認したカルラが通信機に指示を出す。
「裏口に三人。カラーは緑だけど一応注意して。回収したら結界を張った中庭に放置して」
『了解。マノロを中心に五人で回収に向かいます』
カルラが屋敷の南側を睨む。
「南側の植物園に三人。こちらの動きに気付いたのか動き出したわ」
『庭師たちが怒り狂って駆け出しました』
「……土足で踏み荒らしていることに気付いたのね。まあ、そこは任せましょう。あと東側の池の近くにも三人。少しずつ移動しているわ」
『そちらはシェフたちが喜び勇んで向かってます』
「……みんな鬱憤が溜まっているのかしら?」
『入り口と北側はどうしましょう?』
「防衛のために数人残して、他の人たちを二組に分けて行かせて。ラミラが援護するから四、五人いればいいわ」
『了解です』
カルラが横目で隣を確認すると、細い筒を構えているラミラが頷いた。
「任せて」
こうして使用人たちによって、あっさりと気絶させられた騎士たちは結界が張られた中庭に転がされたのであった。
侵入者の制圧をしながらカルラは通信機でカリストに現状の報告をしていた。すると、そこでクリスが行方不明であること。何者かに監禁されている可能性があることを知った。
このタイミングで屋敷への襲撃。同一人物が関わっていると考えるほうが自然だろう。
物見台から降りたカルラは冷めた目で中庭に転がされた騎士を眺めながら、騎士から取り上げた通信機に話しかけた。
「……クリス様、侵入者の制圧は終了しました」
この通信機の先にクリスがいるはず。そして今回の事件の首謀者も。
カルラは怒りを抑え、感情のない声で淡々と言った。
「クリス様に何かしたら……この国ごと消しますから」
その気配に転がっている騎士たちが身を引く。カルラは騎士たちを一瞥すると、メイドにモリスを呼んでくるように頼んだ。
少しして巨体に似合わずクネクネと体を揺らしながらモリスが歩いてきた。
「どうしたの?」
「殺さない程度に好きにして」
「え? 私の好きにしていいの!?」
モリスが嬉しそうに飛び跳ねる。カルラはモリスの後ろに並んでいる庭師たちに視線を向けた。
「抵抗したら好きにして。死んでいなければいいから」
「よっしゃぁ!」
庭師たちから歓声が上がる。自分たちが丹精込めて育てている植物園を荒らされたことに相当ご立腹なようだ。
喜びと殺気で溢れている庭師たちの間を抜けてカルラが屋敷の中へ入っていく。
モリスは騒ぐ庭師たちに声をかけた。
「まずは私からよ! さあ! みんなで服を剥いで!」
当然、騎士たちは抵抗をしようとしたが、そこはモリスが左眼だけを開いて睨んだ。
「五体満足でいたかったら抵抗するな」
ドスが効いた声と、その後ろでスコップや鍬やつるはしを肩に担いで睨んでくる庭師たちの殺気に押されて騎士たちが大人しくなる。
パンツ一丁にされて二列に並ばされた騎士たちの前にモリスが立った。
「まぁ、若くて威勢がいい男たちの半裸はいつ見てもいいわね」
薄っすらと頬を染めながら騎士の間を歩いて一人一人の体を観察していく。
「で・も! 騎士なのに鍛錬をさぼっているのはいただけないわね。ほら、こんなに贅肉が」
そう言いながら近くにいた騎士の腹の肉をつまむ。息がかかるほど顔を近づけてモリスは囁いた。
「そんなイケナイ子たちには特別特訓をしてあげるわ」
モリスが一歩離れて腰に隠していた鞭を手に持つ。
「全員うつ伏せになれ!」
突然の怒号に騎士たちが反射的にうつ伏せになる。
「腕立て五百回! 始め!」
「は!?」
「なっ!?」
騎士たちが困惑した顔を上げる。
モリスは鞭でピシャリと地面を打った。
「さっさと始める! もし嫌なら……」
モリスの後ろに控えている庭師たちが楽しそうに笑っている。合図があれば今にも喜んで襲い掛かってくる勢いだ。
「庭の肥料にされたくなかったら、さっさと始めろ!」
『はい!』
騎士たちが必死に腕立て伏せを開始する。モリスはその様子を見ながら騎士の周りを歩き出した。
「この周囲には魔法で結界が張ってあるから、ここから逃げられないわよ。あぁ、若い男たちが汗を流して運動する姿は最高よね」
モリスが騎士たちににっこりと微笑みかける。
「クリス様が無事に帰宅されるまで、みっちり筋肉を鍛えましょうね」
ここでモリスの雰囲気がガラリと変わる。
「ただ、もしクリス様が無事に帰宅されなかった場合は……」
殺気が込められた地を這うような低い声。背筋が震えた騎士たちはモリスの機嫌がこれ以上悪くないように、がむしゃらに腕立て伏せをしていく。
その様子にモリスが再び笑顔になった。
「腕立て伏せが終わったら、次は腹筋ね。夜はまだまだ長いわよ」
うふふふ、と笑うモリスに騎士たちは誰一人として顔を上げることが出来なかった。
その後、モリスの地獄の特訓が終わりヘロヘロになった騎士たちは、そのまま庭師たちの指導の下、自分たちが荒らした植物園の整備をすることになった。
ただ、それが過激な特訓の後で癒しになったらしい。
騎士を辞めて田舎で畑を作る。
それが、その後解放された騎士たち全員の意見だった。




