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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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ベレンによる最悪な一手

 クリスは白塗りの壁に金の装飾と灯りのランプが等間隔で並んでいる廊下を歩いていた。大きな窓の外には満天の星がある。


「ここまでしてきたのに無駄になった」


 不機嫌な顔のままクリスがブツブツと文句を言いながら早歩きで進んでいく。足元は柔らかな絨毯で覆われているが、カツカツとヒールが鳴る音が聞こえそうなほどの勢いだ。


「犬も犬だ。女性嫌いになった原因とすんなり踊るとは……いや、そこは関係ない」


 クリスが考えを消すように頭を振る。そこでふと足を止めた。


「ここの廊下はこんなに長かったか?」


 長い廊下の先には、この城の出入り口である観音開きの立派な扉がある。目的地は見えているのに、いくら歩いても近づいているように感じない。


 クリスは扇子を取り出すと、何気ない動作で飾りの一つを床に落として再び歩き出した。窓から見える外の風景も歩みに合わせて動いている。だが、出入り口である立派な扉との距離は縮まらない。


 クリスはふと足を止めると、そのまま床に視線を向けた。


「やはりな」


 先ほど落とした扇子の飾りが絨毯の中に埋もれている。真っ直ぐ歩いていたのに、いつの間にか戻ってきていたのだ。


「さて、どうするか」


 顔を上げたクリスの視線の先には一つのドアがあった。歩いていると定期的に現れるドア。あとは壁と灯りのランプと大きな窓しかない。


「入れ、ということか」


 このままでは同じ場所をグルグル歩くだけだ。変化をもたらすためには違う行動をする必要がある。


 クリスは躊躇うことなくドアの前まで歩いた。


「カリスト」


 呟きに返事はない。いつもなら影から何かしらの反応があるが、それがないということは……


「魔法で遮断された特殊な空間ということか」


 クリスが諦めたようにドアを開けた。高い天井にカーテンで囲まれた部屋。その中心にベレンが立っていた。


「気づくのが遅いですのね。待ちくたびれてしまいましたわ」


 クリスが部屋に入らずに無言でドアを閉める。見なかったことにしようとしているクリスに対して部屋の中から叫び声が響いた。


「なんですの!? その態度は! 私を誰だと……」


 クリスは無視して廊下の窓から外を見た。


「ここから出るか?」


「そのようなことをされたら空間の狭間に落ちて二度と戻れなくなってしまいますよ」


 クリスが振り返ると執事服を着た中年男性がドアを開けて立っていた。こげ茶の髪を撫でつけ、キツク上がった目と深く刻まれたシワは神経質そうに見える。


「主がお待ちです。こちらへどうぞ」


 諦めたクリスは誘導されるまま室内に入った。ベレンが頬を紅潮させたまま睨んでくる。


「無礼にもほどがありますわよ!」


「人の帰宅を何も言わずに邪魔するほうが無礼だと思うが」


「私がすることに無礼なことなど一つもありませんわ!」


 あ、これは会話が成立しない人種だ。


 クリスは素早く悟ると扇子を取り出して口元を隠した。


「で、私に何用だ?」


 ベレンが肩にかかった長い髪を振り払う。


「ルドの師匠をしているそうね? クリスティアナ嬢?」


 クリスの左眉がピクリと動く。


「どこでその名前を知った?」


「あなたが知る必要はなくてよ。それより」


 ベレンが白い手を出す。


「渡しなさい」


「……なにを?」


 歯を食いしばりながらベレンが言った。


「ルドの魔宝石よ! 私が持つべきなのに!」


「私は預かっているだけだ。あいつが自分で渡す相手を決めたら返す」


 淡々と事務的に話すクリスに対してベレンが癇癪を起したように怒鳴る。


「渡す相手は私に決まっているでしょ! いいから渡しなさい!」


「それは言う相手が違う。まずは本人に言え。それとも本人に言って断られたのか?」


「うるさい!」


 ベレンは持っていたハンカチを床に叩きつけた。


「拒むなら大切なものを失うわよ!」


「大切なもの?」


 ベレンがドアの側で控えていた執事に目配せする。執事は頷くとクリスの前にやってきて木箱を開いた。


『第一部隊から第五部隊まで配置完了。いつでも突撃可能』


 木箱の中にある小型の通信機から声が響く。ベレンが優越感に浸った顔でクリスに言った。


「私の親衛隊よ。奴隷の寄せ集めなんてひとたまりもないわ。屋敷を血で汚したくなかったら、さっさと魔宝石をよこしなさい」


 クリスが扇子の下で目を細める。その表情に勝利を確信したベレンが近づいてきた。


「ここで渡せば、あなたも奴隷も無傷で済ませてあげるわ」


「……その言葉に偽りはないか?」


「えぇ」


 ベレンが口角を上げて勝利を確信した顔になる。


 その様子にクリスが笑った。化粧をしているためか優雅で綺麗なのだが冷気が漂っている。


「そうやって力で人を思い通りに動かしてきたんだろうが、私には通用しない。もう一度言うが、これは私が預かったものだ。預かった以上、本人の同意なしに勝手に渡すことはできない」


「なら、あなた安全も保障できないわね」


 カーテンの後ろから数人の騎士が出てきてクリスを囲んだ。


「さあ、これが最後の忠告よ。怪我をしたくなければ魔宝石を渡しなさい」


「自分の欲望のために人を簡単に傷つけるとは残念な性格だ」


 クリスの言葉にベレンは小型の通信機に向かって叫んだ。


「屋敷の奴隷を一人残らず殺しなさい!」


『りょうか……グハッ!』


『どうし……ガッ!』


 短い悲鳴のあと、何かが擦れるような意味のない音が響いた。


 何が起きたのか分からないベレンと執事が小型の通信機を見つめる。そこにクリスが解説を始めた。


「我が家には変装が得意な者がいてな。侵入者の姿に変装して紛れ込み、内部から攻撃をして崩すんだ。完璧に変装するために幼い頃に鼻と耳を削ぎ落され、髪と眉は生えてこないようにされたらしい。それで外見に劣等感を持っていて普段は布を被っている奴なんだ。別に隠す必要はないと思うんだがな」


 クリスの脳裏にアンドレがベレンの近衛騎士の一人になりすまして次々と攻撃している姿が浮かんだ。


「その混乱に乗じて、狙撃手が遠距離魔法を使う者を仕留めているだろうな。それが終わったら、次は指揮官たちを仕留めていくだろう」


 ラミラが屋敷の屋根の上から魔法弾を放ち、最低限の弾数で侵入者を仕留めていく。その隣には小型通信機を持ったカルラが他の使用人たちに指示を出しているだろう。


「魔力の動きを読み取るのが得意な者が、侵入者の魔力の位置を読み取って、通信機で全体に指示を出しているはずだ。うちには力自慢な奴らが多いからな。久しぶりに大暴れを始めているだろう。あぁ、それとシェフたちは解体が得意だったから、そろそろ包丁で侵入者をさばき始めている頃かな」


 クリスが深緑の瞳を二人に向けた。


「失う怖さを知っている者は強いぞ。二度と失わないために、がむしゃらに守る。それこそ相手が侵入した痕跡も残さないほど綺麗に」


 クリスの言葉が事実であることを証明するように小型の通信機からは派手な戦闘音と男のうめき声しか聞こえてこない。


「こ、こんなことを……私の近衛騎士に手を出して許されると思っているの?!」


「何を勘違いしている? 痕跡も残さないと言っただろ? おまえの近衛騎士など私の屋敷に来ていない」


 冷めた深緑の瞳に押されてベレンは一歩下がりながらも反論した。


「わ、私の近衛騎士は優秀なのよ! 奴隷ごときに……」


「本当に優秀かどうかは、もう一度確認したほうがいいぞ。裏金や縁故で雇われた者が真に優秀かどうかは不明だからな」


「なっ!?」


「それに優秀さなら私の使用人たちも負けないぞ。専門は違うが、みな戦闘のプロだからな」


 ベレンが焦って小型の通信機に叫ぶ。


「返事をしなさい! 誰か返事を!」


『……クリス様、侵入者の制圧は終了しました』


 女性の穏やかな声が響き、ベレンの顔が青くなる。クリスが無言でいると通信機から再び声がした。


『クリス様に何かしましたら……この国ごと消しますから』


 脅しのはずなのに、何故か実現しそうな重みを含んだ言葉にベレンは背筋が凍る感じがした。


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