セルシティによる衝撃的な発言(犬限定)
ガスパルが英雄の称号を授与した時の場面を知っている人々は懐かしそうな視線をルドに送った。多少の違いはあるがルドの服装はガスパルの若い頃を彷彿とさせたのだ。
黒髪クリスによって緊張していた雰囲気がルドによって和んでいく。固まっていた人々が少しずつ動き出したところでクリスがため息を吐いた。
「私は帰るぞ」
これだけ苦労して作った外見もルドに一発で見破られた以上、クリスはさっさとドレスを脱いで自由の身になりたかった。
「あ、では自分も帰ります」
ルドが当然のようについてこようとする。そんな二人をセルシティが笑顔で止めた。
「今日はなんの祝いの会だ? 功労者が二人もいなくなってどうする?」
クリスが左眉を上げる。
「私の名と姿は公表しない。最初に交わした約束だぞ」
「もちろん覚えているよ。ただ、もっと楽しんでほしいだけさ」
セルシティの飄々とした顔をクリスが睨む。そこにルドが口を挟んだ。
「副隊長とウルバヌスがいるし、自分たちがいなくても問題ないと思うが?」
その言葉にクリスが扇子の下から見回すと、チラチラとこちらを覗き見ている二人がいた。魔法騎士団の正装を着ており、周囲には女性が囲っている。
魔法騎士団といえば騎士の中でもかなりの実力を持つ、ほんの一握りしかなることはできない。高給取りであることはもちろん、中央にも出入りする憧れの存在である。
そんな魔法騎士団員が二人、しかもパートナーを連れていなければ女性が目の色の変えて集まるのは当然だ。ウルバヌスは笑顔で女性たちの相手をしているが、アウルスは居心地悪そうにしており、時折こちらに助けを求めるような視線を向けてくる。
それを知っていながらもセルシティはさらりと無視した。
「もちろん、あの二人はあとで功労者として勲章を与える予定だよ。それを見届けてから帰ってもいいんじゃないかな?」
「興味ない」
パチンと扇子をたたんで歩き出そうとしたところで人々が入り口の方を見て騒ぎ出した。静かに人垣が割れ、その中心を一人の女性が歩いてくる。
緩いウェーブがかかった白に近い金色の髪。長い睫毛にふちどられた色素が薄い水色の大きな瞳。筋が通った鼻にぷっくりと膨らんだ桃色の唇。小柄な体ながらも自然と人を惹きつける魅力にあふれている。
セルシティより少し年上に見える女性は上品に歩いてくると三人の前で立ち止まった。
「会いたかったわ、ルドヴィクス」
うっとりとした表情をする女性に対してルドはセルシティを盾にするように後ろに下がっていた。
「え、あ、そう……お、お久しぶりです」
全身を固まらせながらも、どうにか言葉を発したルドの様子にクリスが首を傾げながらセルシティを見た。それだけでセルシティが動く。
「久しぶりだね、ベレン。来るなら連絡をしてくれればよかったのに」
「ルドを驚かせようと思って」
無邪気に微笑むが目は笑っていない。まるで獲物を狩ろうとしている肉食獣だ。その目がクリスを睨む。
「で、そちらは?」
ルドが慌てそうになるが、それを隠すようにセルシティがクリスの腰に手をまわして前に出た。
「私の婚約者になる予定のクリスティだ。まだ誰も言っていないから内密に頼むよ」
セルシティの説明にルドの顔が真っ青になり全身が硬直する。だが、その姿はセルシティで隠れていて誰にも見えない。
一方のクリスは扇子を開いて恥ずかしがっているように顔を隠した。
そんなクリスにセルシティが優しく声をかける。
「私の叔母の一人娘、ベレンガリアだ」
セルシティの叔母ということは現帝の姉である。その姉の一人娘ということは皇族になる。女という時点で帝位継承権はないが、地位は皇族に次ぐ高位である公爵になる。
クリスは恐れ多いという様子でセルシティの背中に隠れるように寄り添った。そんなクリスの態度にベレンがにこやかに声をかける。
「まあ、そうだったの。いつまでも結婚する様子がないから心配していたのよ」
「見ての通りクリスティは、こういう場に慣れていなくてね。あまり表に出すつもりはないんだ」
「あら、そうなの?」
ベレンがクリスを見つめる。
「そうでもないように見えるけど? 化粧と服を変えたら、もっと化けそうよ?」
「クリスティは目立つことが苦手でね」
「その姿も十分目立っていると思うわよ」
「そうかな?」
美形同士がにこやかに微笑み合っており、目に麗しい光景のはずなのだが、猛吹雪で周囲を凍らす空気が流れている。
誰も近づけない雰囲気の中、セルシティが振り返った。
「ルド。久しぶりなんだし、ベレンと一曲踊ってきたらどうだい?」
「……あ、あぁ」
魂が抜けたようなルドが言われるまま操り人形のような動きで前に出てくる。抵抗すると思っていたルドがあっさりと承諾したことにセルシティが目を丸くした。
「大丈夫かい?」
「あぁ……」
まるで透明な糸に操られているかのようにルドがベレンに手を差し出す。ベレンは嬉しそうにルドの手を取った。
「まあ! ルドと踊るなんて何年ぶりかしら!」
そう言って二人は会場の真ん中へと移動していった。
明らかに脱け殻となっているルドの様子にクリスは首を傾げながらセルシティに問いかけた。
「犬の魂が抜けかけているが、あのベレンというのは何者だ?」
セルシティが苦笑いをする。
「ルドの魂が抜けかけているのはベレンが原因ではないと思うんだけど……まあ、簡単に説明するとルドが女性恐怖症になった原因だね」
「どういうことだ?」
「見ての通りベレンは幼い頃からルドが好きで、ルドに近づく同年代の女性は全て排除してきたんだ」
「……排除?」
「どういうふうに排除したかは想像に任せるよ。ただ、そんな感じで女性の怖い面をいろいろと刷り込まれたルドは、気がついた時には立派な女性恐怖症になっていたんだ。あと、ベレン以外の女性に近づくと、ベレンが動いて迷惑をかけるから近づかないようにもしてるのもあるかな」
「だが、私のメイドたちとは普通に話しているぞ」
「それはメイドだからさ。ベレンの排除対象はルドの婚約者になる可能性がある女子。つまり、この国の国民の婚約者がいない女性だ」
「それで私を婚約者になる予定などと紹介したのか」
「私としては予定でなくてもいいんだけど」
「寝言は寝て言え」
クリスが扇子をピシャリと閉じる。
「とにかく私は帰る」
不機嫌な様子を隠すことなくクリスが歩き出す。その姿にセルシティは引き止めることを諦めた。
「表に馬車を回しておくよ」
クリスは興味本位の視線を浴びながら会場から出て行った。
ルドは魂が抜けたまま一曲を踊り終り、様々な人から声をかけられたが、生返事をしながらセルシティのところに帰ってきた。
「まったく。そんなに腑抜けていると狼どころか子犬にも負けるぞ」
「あぁ……婚約……予定……」
呆然と歩きながらそのまま壁に額をぶつける。
「おい、おい。前を見ているか?」
「あぁ……婚約……男……だが前例もある……」
ルドは壁に額をつけたまま動く様子がない。セルシティは蝶よ花よと、ちやほやされているベレンを眺めながら言った。
「クリスティのことを私の婚約者になる予定と紹介したことが、そんなにショックだったかい?」
「……」
「あそこであぁ言わないとベレンがクリスティに何をしたか分からなかったと思うんだけど」
ルドが勢いよく顔を上げる。セルシティが口角だけをニヤリと上げて言った。
「私としては婚約者でもよかったんだけどね。クリスティが良しとしないんだ」
「……つまり婚約者ではない、ということか?」
「そういうことだ」
濁っていた琥珀の瞳にみるみる光りが戻る。そのままセルシティに突っかかった。
「なんで、師匠を巻き込むような嘘を言うんだ!?」
「さっきも言っただろ? 君が女性と一緒にいるだけでベレンは何をするか分からないんだよ? これぐらいの嘘は可愛いものだと思うし、私は嘘にしなくてもいいと思っているぐらいなんだから」
「だが師匠は男だ! ちゃんと説明すればベレンも……セル?」
紫の瞳が零れるのではないかというほど目を見開いて驚いた顔になった。滅多に見れないセルシティの表情にルドの言葉が止まる。
「……あのドレス姿を見ても本気で言っているのか?」
「あの姿? あぁ、あれはカリストの魔法で外見を変えているのだろ? 師匠の周囲をカリストの魔力がおおっているから、わかったぞ」
ルドの回答にセルシティが頭を横に振った。
「おまえなぁ……いや、いい」
そう言って顔を上げたセルシティは紫の瞳を怪しく光らせた。ルドの左肩に左手をのせて耳元に口を近づける。
「そうやって真実から目を逸らし続けるがいい。その間にクリスティは私がもらう」
「!?」
ルドがセルシティを睨む。そこでルドは何かに気が付いたように周囲を見た。
「師匠は?」
「君が踊っている間に帰ったよ」
「帰った? いや、でもこの感じは……」
そこにセルシティの従者がやってきた。
「馬車の御者よりクリスティ様が現れないと報告がありました」
「城内は探したのか?」
「ただいま探しておりますが、姿を見た者がおりません」
セルシティとルドが同時にベレンに視線を向ける。すると、先ほどまでいた場所から消えていた。
「ベレンの足取りを追え。あとクリスティの執事に状況を伝えろ」
「わかりました」
従者が一礼して下がる。走り出そうとしたルドをセルシティが押さえた。
「目立つ動きをするな。静かに消えろ。私もすぐに追う」
ルドは頷くとゆっくりと歩いて会場から出ていった。




