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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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それぞれのメイドたちによる完璧な仕上げ

 セルシティと黒髪の女性の息があった突然の行動に見守っていた人々から軽い悲鳴が起こる。

 だが、その攻撃を受けた当の本人は鍛え上げている筋肉で、その場に踏ん張ったため床に叩きつけられることはなかった。しかし、バランスは崩してその場に尻餅をついている。


ふへへ(いてて)……」


 ルドが口から扇子を取って顔を上げると、セルシティがにこやかに手を伸ばしていた。


「君の顔の前に虫がいてね。刺されなかったかい?」


 明らかな嘘だがルドは気にした様子なくセルシティの手を掴んで立ち上がった。


「大丈夫だ」


 そう言いながらルドは黒髪の女性に視線を移す。だが女性はルドの方に見向きもしない。

 それでもルドは気にすることなく扇子を黒髪の女性に差し出した。


「どうぞ」


 黒髪の女性が仕方なさそう扇子を受けとると、再び広げて口元を隠しながら訊ねた。


「どうして私だと分かった?」


「え? どう見ても分かると思いますけど」


 ルドが不思議そうに首を傾げる。黒髪の女性は大きくため息をついた。


「エマ渾身の出来だったんだがな。一発で見抜かれるとは思わなかった」


 苦い顔をしている黒髪の女性と状況が分かっていないルドにセルシティが声をかける。


「ここだと人目があるから、こちらで話そう」


 セルシティに誘導されて会場のすみに移動する。楽団による演奏の音もあり、ここなら普通に話しても近づかなければ会話を盗み聞きされることはない。


 セルシティが楽しそうにルドに訊ねた。


「ルドはどうやってこの女性がクリスティだって見抜いたんだい?」


「だから、どう見ても師匠じゃないですか。あとは……微かに自分の魔宝石の魔力を感じたぐらいですけど」


 クリスが忌々しそうに舌打ちした。


「それか。魔宝石から魔力が漏れないように厳重に封じていたのにな。あと気付かれても性別で混乱してすぐには分からないと思ったのだが……」


「性別?」


 ルドがクリスの全身を見た後、笑顔で言い切った。


「綺麗に作っていますよね」


「つくっ……」


 クリスが驚いて言葉を失っている隣でセルシティが笑いをこらえている。


「そうきたか!」


 二人の反応の意味が分からないルドは首を傾げた。





 クリスが言葉を失うほど驚いた理由は昼間にあった。


「いたっ! やめろ! そこまでしなくていい!」


 屋敷の一室からクリスの叫び声が響いていた。


「駄目です! しっかりくびれを作って犬に分からないようにしませんと!」


 そう言いながらラミラがクリスに巻いているコルセットを絞める。


「グッ……」


 両手を本棚についてクリスが唸る。そこに両手の指をわきわきと動かしながら怪しい笑みを浮かべたカルラがやってきた。


「さあ、ここからは私の出番ですよ」


「な、なにを……うわぁっ」


 カルラが背中の肉を流すように前に寄せる。


「さあ、あなたは胸の肉よ。ほら、脇の肉も、腹の肉も。本当は胸の肉なのよ」


 ふふふ……と不気味に微笑みながら呟く。その間も手は滑らかにクリスの皮膚の上を動き続けている。


「それ! 意外と痛いぞ!」


 カルラがマッサージをするように背中から脇を通して胸へと手を動かす。


「全ては胸の肉……全て胸の肉……そう、胸の肉なのよ。胸よ! 大きくなりなさい!」


 まるで呪術でもしているかのようなカルラの雰囲気にクリスの顔が引きつる。こうしてカルラが育てた? 胸は補正下着も手伝って豊満になり立派な谷間も出来上がっていた。


 満足そうに額を拭くカルラに対して、クリスは息も絶え絶えになっている。


「こ、これで終わりか?」


「あとは化粧をしてドレスを着ましょう」


「化粧なら座っているだけでいいな?」


 クリスが脱力しながら椅子に座る。そこにエマが化粧道具を持ってきた。


「はい。目を閉じて座っていて下さい」


 エマが顔に化粧を塗り始める。クリスはこれで休めると気を抜いていたが……


「クリス様、目を少しだけ開けて下さい」


「もう少し目を開けて……はい、閉じて下さい」


「二、三回瞬きをして下さい」


「もう一度目を開けて……あ、開けすぎです。もう少し閉じて下さい」


「今度は口を少しだけ開けて下さい」


「口を閉じて上唇と下唇をつけて下さい。はい、今度は大きく口を開けて下さい」


 予想以上に指示が多く休むどころではなかった。だが、そのおかげで完成した顔はナチュラルメイクなのだが、知り合いが見てもクリスとは分からないほどだった。


 渾身の出来栄えに喜ばなければならないクリスは疲れ切っていた。


「これなら犬と会ってもバレないな」


 そう呟きながらドレスに袖を通す。背中にある留め具をラミラがとめていく。

 クリスはドレスを見ながら訊ねた。


「この色は私に似合わない気がするが?」


「そこはカリストの担当です」


 カルラが外に控えていたカリストを呼んだ。


「では、仕上げを致しましょう」


 カリストが鼈甲の櫛を取り出して髪をといていく。すると茶髪が黒髪へと変化した。全ての髪を黒に変えた後、カリストが櫛でクリスのドレスに触れる。するとドレスが真っ黒になった。

 その色にクリスが満足そうに頷く。


「この色なら人も寄り付かんだろ」


「髪を結いあげますね」


 エマが漆黒の髪を束ねて編み上げていく。こうした苦労の結果、黒髪のクリスは作り上げられたのだった。





 一方のルドはクリスが変身する前日の夜から苦闘していた。

 ルドに呼ばれて用件を聞いた執事頭は渋い顔で声を出した。


「正装……ですか。今から正装を服屋に注文しても間に合いませんし、送ってもらっても間に合いません」


「わかっています。ここにある正装を貸していただけませんか?」


 執事頭が少し考えて唸るように言った。


「ルド様がよろしければ、それでもよろしいのですが……」


「貸して下さい!」


「……少々、お待ち下さい」


 執事頭がメイドを連れて戻ってきた。メイドは男物の正装を数着抱えている。


「ガスパル様の正装ですので数が少ないですし、デザインが古いのですが……」


 説明をしている隣でメイドが正装をテーブルの上に並べていく。


「ガスパル様は軍服で出席をされることが多かったので、正装はほとんどお持ちではありません」


 執事頭の言葉通り、正装は三着しかなかった。そのうち二着は白と黒で冠婚葬祭の時に着用するものだ。そうなると残りは一着しかない。


「これはガスパル様が英雄の称号を授けられた時に着用していた正装です」


 ルドが首を傾げる。


「称号を授けられる時は軍服で出席しますよね?」


「直前に軍服が汚れてしまいまして、急遽正装で出席したのです」


「そんな大切な正装を借りるわけにはいきません。他のを……」


 ルドが悩んでいると低い声が響いた。


「他に服がないのだろう? 着たらいい」


 その声に執事頭とメイドが頭を下げる。ルドは軽く首を横に振った。


「いえ、他の方法を考えます」


 ガスパルがテーブルの上に置かれた紺色の正装に視線を向ける。


「今から準備しても間に合わないだろう。下手な服装で出席するぐらいなら、潔くこの服を着ていけ」


「わかりました。ありがとうございます」


 ルドが頭を下げる。執事頭がルドに声をかけた。


「では試着をしましょう。直しが必要なところを確認をします」


「体格もそんなに変わらないし、直しは必要ないだろう」


 ガスパルは余裕をもった声で言ったがルドが正装を着ると衝撃の事実が判明した。


「肩がキツイですね。前も少しキツイですし……」


 執事頭も頷く。


「手足の裾も短いですね。全体的に大きくする必要があります。布が足りるが微妙なところですね……」


 紺色の正装はルドに似合っていたのだが、サイズが全体的に小さかった。肩と胸はあきらかにキツそうで、裾は明らかに布が足りなくて手首と足首がしっかりと見えている。これでは、とても人前には出れない。


 ルドと執事頭が微妙な顔をしていると、メイドが服の生地を確認しながら言った。


「裾は飾り布を足せば伸ばすことが出来ます。他の部分も縫い目をほどいて飾り布と組み合わせれば、どうにかなると思います。ただ布は明日の朝、店が開いてから購入しますので仕上がるのは急いでも夕方になるかと……」


「祝賀会に間に合えばいいので! お願いします!」


 頭を下げるルドの後ろでガスパルが地味にショックを受けていた。自分の若い頃と同じ体型だと思っていたのに、ルドのほうが体格が良く手足が長かった。

 孫に抜かされて喜びと悲しさが混同しているガスパルに執事頭が声をかける。


「ガスパル様、かなり手を加えますがよろしいですか?」


「あ、あぁ。良いようにしてくれ」


「ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げたルドの背中が破けそうになる。執事頭が慌てて止めた。


「ルド様、手直しをしますので脱いで下さい。いまからでも手直しできるところはしておきますので」


「はい」


 こうして想定以上に服の直しをすることになり、完成したのはメイドが予想した通り夕方だった。


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