ルドによる脳筋な朝の過ごし方
翌朝、太陽が昇る頃。ルドは軽いノックの音で目が覚めた。
「おはようございます。女性のお見送りをしますが、どうされますか?」
ラミラの声にルドがドアを開ける。
「行きます」
「こちらへどうぞ」
ラミラに案内されて屋敷の前に到着すると使用人がずらりと並んでいた。その前でクリスが女性の両親と会話をしている。
「突然、押しかけて無理を言いまして……ここまでしていただいて、なんとお礼を言ったらいいのか……」
「最期まで治療していただき、ありがとうございました」
すすり泣く両親にクリスが無表情のまま話す。
「こういう結果になって残念だった」
「それは覚悟しておりましたから」
「それどころか馬車で町まで送っていただけて……」
「気にするな。最期の手向けだ」
「はい」
女性を乗せた馬車に両親が乗り込む。そのまま馬車が走り出した。使用人たちが一斉に頭を下げる。ルドも頭を下げて馬車を見送った。
馬車が見えなくなったところでクリスが頭を上げて振り返る。ルドの姿を見つけて近づいてきた。
「夜は手を煩わせて悪かった。今日は家に帰って休め」
「いえ、これぐらい大丈夫です。どうせですから、このまま書庫で勉強させてもらってもいいですか?」
ルドの申し出にクリスが呆れたように肩をすくめる。
「熱心だな。なら、昨日の続きをしよう」
「クリス様」
声をかけてきたカリストをクリスが止める。
「何かしているほうが気が紛れる。少し休んで朝食を食べたら温室に案内しとけ」
「はい」
カリストが頭を下げると、クリスはさっさと屋敷の奥へと戻って行った。
ラミラがルドに声をかける。
「朝食はお部屋にお持ちしますので、それまでお休み下さい」
「いや、あの……」
言いにくそうなルドにラミラが微笑む。
「どうかされましたか?」
「この周辺を走ってきていいですか? あと、素振りが出来るぐらいの広さがある場所はありませんか?」
「まだ早い時間ですし、朝食を召し上がられた後でもよろしいのではないでしょうか?」
「いえ。いつもこれぐらいの時間に起きて体を動かしていますので、動かないと逆に気持ち悪いぐらいなんです」
ラミラは少し驚きながらも笑顔で頷いた。
「わかりました。この辺りは全てクリス様の土地ですので、走りやすいところをご自由に走っていただいてかまいません。素振りをする場所はこの先にある庭をお使い下さい」
「ありがとうございます。あと、鍬か、鉄の棒はありませんか? 素振りに使いたいので、できれば重さがあるものがいいのですが」
思わぬ要求にラミラがカリストと顔を見合わせる。
『……』
お互いに言葉は出さなかったが言いたいことは分かった。とりあえず犬の第二のあだ名は脳筋か筋肉になりそうだ。
カリストが答える。
「庭に準備しておきます」
「ありがとうございます。では、いってきます」
颯爽と走り出したルドを使用人たちは呆れた顔で見送った。
屋敷の周囲を走ったルドは庭に入った。そこには鍬と鉄の棒を持ったカリストがいた。
「こちらでよろしいですか?」
「ちょうどいい大きさです。ありがとうございます」
ルドが鍬を受け取る。カリストが棒を持ったまま訊ねた。
「こちらはよろしいですか?」
「鍬のほうが素振りをするには重さがちょうどいいです」
「そうですか」
カリストが棒を下げる。その動作を見てルドが訊ねた。
「ずっと気になっていたのですが、武術の心得がありますか?」
「自衛程度なら嗜んでおります」
「……少し相手をして頂いてもいいですか?」
カリストが黒い瞳を少しだけ大きくした。
「お相手が務まるほどの力はありませんよ?」
「避けるだけで構いませんので」
「それは、また難しいことを」
「避けれなければ影の中に逃げて下さい」
意外と食い下がってくるルドにカリストが諦めたように肩をすくめた。
「わかりました。棒をもう一本持ってきましょうか?」
「いえ、このままでいいです」
ルドが数歩下がって鍬を構える。それに合わせてカリストも棒を構えた。ルドが両手で剣を持つように、正面で鍬を構えているのに対して、カリストは右手だけで棒を持ち、体を斜めにして自然体のように構えている。
最初に動いたのはルドだった。一歩踏み出すと同時に鍬を振り下ろす。カリストが静かに左に動く。ルドは鍬の重さを感じさせない速さで、すぐに切り返してカリストを追った。
カリストはルドの動きを予想していたのか、軽く上体を逸らす。鍬がカリストの執事服をかすめるように過ぎ去った。
カリストの動きにルドの口元が少しだけ上がる。
鍬の勢いを殺すことなく一回転すると、そのまま大きく踏み込んだ。横から胴体を狙ったが、カリストは屈んで避けた。
その動きを読んでいたルドが蹴りを繰り出すが、カリストは全身をばねのようにして後ろに下がった。
そこにすかさずルドが追って鍬で攻撃していく。だが、カリストはゆらりゆらりと避ける。その姿は風に揺れる柳のようだ。
しばらくルドの攻撃が続いたがカリストは棒を使うことなく終始避けていた。攻撃が当たる様子はないが、ルドが焦っている様子もない。
カリストも鋭い攻撃に対して表情を一切変えることなく平然としている。
頬に一筋の汗が流れたところでルドは動きを止めた。
「ありがとうございました。いい運動になりました」
爽やかな笑顔でルドが言う。汗が朝日に輝いていた。
「お風呂で汗を流してきて下さい。その間にお部屋に朝食を準備しておきますので」
「はい。ありがとうございます」
ルドが鍬をカリストに渡して屋敷の方へ歩いていく。カリストは鍬を持ち上げて呟いた。
「まったく。これだけの物をあの速さで振り回すなんて、どれだけ筋肉をつけているんでしょうね。棒で受けなくて正解でしたよ」
カリストが呆れ半分の顔をしていると背後からカルラが現れた。
「魔法騎士団の名は伊達ではありませんでしたか?」
「えぇ。あれでも犬はちゃんと加減をしていましたし、魔法も魔力も使用していませんでしたからね。できれば敵にしたくないぐらいの実力です」
「もし本気で相手をするなら何人ぐらい必要ですか?」
「そうですね……まあ、アンドレとラミラと私がいれば、どうにかなるでしょう」
魔法騎士団は騎士の中でも選ばれた精鋭の集まりだ。普通なら執事やメイドがどれだけ束になっても相手をすることさえ出来ない。それを、たった三人で制圧など、どう考えても無理なことである。
だが、カルラは満足そうに微笑んだ。
「それなら合格ですね。そもそも、それぐらいの力がありませんとクリス様を任せるなんて出来ませんけど」
「メイドたちは随分と犬に協力的ですね」
「当然です。中途半端な人間にはクリス様の隣に立ってほしくありませんから」
「……そうですね。クリス様はどうですか?」
「いつも通りです」
「そうですか。朝食の準備をお願いします」
「はい」
カルラが音もなく下がる。カリストは鍬と棒を片付けるために納屋へと向かった。




