カルラによる軽快な屋敷の施設案内
カリストに先導されるまましばらく歩いたあと、先ほどまで休んでいた部屋にルドは到着した。
「どうぞ」
カリストがドアを開けてルドを部屋の中に通す。
ルドは部屋に入ると、改めて内装と造りを確認した。部屋の奥にキングサイズのベッドがあり、手前にはテーブルと椅子がある。壁にはアーチ型の窓が二つと暖炉があり、その前にはソファーがある。こじんまりとした印象の部屋だ。
派手な装飾品はなく、質素なように見えるが、よく見ると調度品やソファーなどに使われている素材は高級品で揃えられている。
見た目より実用性。触り心地、使い心地が良い一級品ばかりだ。
ルドが部屋の観察をしていると、カリストが静かにドアを閉めた。それと同時にルドの襟首を掴んで壁に押し付ける。
突然のことだったが、ルドはカリストの動きを予想していたのか、抵抗することなく黙ってされるがままになっていた。
カリストが漆黒の瞳をルドに向ける。
どんなことがあろうとも動じることなく、常に冷めている瞳に怒りが宿り、黒い髪が逆立っている。まるでルドを食い殺さんという勢いだ。
一方のルドは静かに琥珀の瞳でカリストに見下ろしていた。動きのないその瞳からは感情が読めない。
静かに観察をしているルドに対して、カリストは声を荒げて言った。
「なぜクリス様を止めなかった!? 気絶させてでも止めろと言っただろ! 普通に魔力が使える状態でも困難な治療なのに、下手をすればクリス様まで死ぬぞ!」
琥珀の瞳と漆黒の瞳が睨み合う。ルドは無表情のまま言い訳をするでもなく、淡々と説明をした。
「自分が無理やり止めても、たとえ自分が協力しないと言っても、師匠は別の方法で治療をすると考えました。そして、たぶんですが自分が協力しなかった場合の方が、師匠は体に負担がかかる治療をすると予想しました。そうならないためにも、リスクを最低限にするため協力することにしました」
ルドが大きく息を吸って宣言する。
「師匠にはご自身の魔力は絶対に使わせません。自分の命を賭けて、全ての魔力を師匠に渡します」
無言のまま緊張が走る。しばらく沈黙が続いたが、先に動いたのはカリストだった。
脱力したようにカリストが手を離す。
「……わかっています。すみません、八つ当たりをしました」
ルドが乱れた服を整える。カリストはドアの前で振り返り一礼をした。
「本日この屋敷に宿泊されることは、こちらからご自宅へ連絡しておきます。御用がありましたら、そこの呼び鈴でお呼び下さい」
「わかりました」
「失礼いたします」
カリストが何事もなかったように部屋から出ていった。
ルドは家具や窓の位置、部屋の造りを一通り調べるとベッドに倒れ込んだ。慣れない魔力の使い方の練習をした疲労も残っていたところに精神的なものも加わり、想像以上に疲れたらしい。
肌触りが良いシーツと包み込むようなベッドが眠りを誘う。
「まだ、寝るには早……」
抵抗するように呟くも、眠気の方が強かった。ルドはすぐに夢の中の住人となっていた。
雲の中にいるかのような感覚で良眠を貪っていたルドを起こしたのは、軽いノックの音だった。
ルドが反射的に飛び起きて、すぐに返事をする。
「どうぞ」
了解を得てドアが開く。そこにいたのはカルラだった。
「おやすみ中に失礼いたします。お食事前にご入浴をされてはいかがでしょうか?」
「入浴? 湯あみのことですか?」
「はい」
「ですが、わざわざ湯を準備してもらうのも……」
井戸から水を汲んできて湯を沸かし、それを湯船に入れるというのはかなりの労力になる。
そのことに遠慮をしているルドにカルラが微笑む。
「この屋敷のお風呂は温泉という地下から湧き出るお湯を利用しておりまして、いつでも入浴できるようになっております」
「温泉? 湯が涌き出る?」
「はい、自然に涌き出ております。しかも、その湯は傷や弱った体の回復などに効果があるそうです」
「それは良いですね」
「では、こちらへどうぞ。お風呂を見たらきっと驚かれますよ」
「え?」
カルラがどことなく軽い足取りでルドを誘導した。
屋敷の奥へとカルラが進む。ここまで奥に入ったのはルドは初めてだった。
「こちらです」
カルラが立ち止まってドアを示した。他のドアより少し大きく、観音開きで頑丈に作られている。
「どうぞ」
カルラがドアを開ける。少し湿度が高い空気が流れてきた。案内されるまま部屋に入ると、そこは棚があるだけの小部屋だった。
「え? ここが?」
「ここは服を脱ぐ部屋です。お風呂はこちらになります」
カルラが小部屋の奥に移動する。そこには、表面にボコボコと凹凸があるガラスで出来たドアがあった。光は通すが、隣の部屋の中は見えない、不思議なガラスだ。
ルドが驚いて見ているとカルラがドアを開けた。湯気とともに熱気が入ってくる。
「大きい……」
人が五、六人ぐらいは転がれそうな広さに湯がたっぷりと入っている池のようなものがあった。その周囲は床から壁まで一面にタイルが貼られている。天井近くに窓があり、夕日が浴室内を橙色に染めていた。
ルドが浴場の大きさに驚いていると、カルラが木で作られた桶を椅子を持ってきた。
「湯船に入る前にこの桶に湯をくんで体と頭を洗って下さい。湯は自然と沸き出ていますから、いくら使っていただいても大丈夫です。あ、体を洗うタオルと石鹸はこちらにありますから」
説明しながらカルラが桶と椅子をルドに渡す。桶の中には石鹸とタオルが入っていた。
「こちらの白い石鹸が体を洗う用。こちらの黄色い石鹸が髪を洗う用です。体を洗う用の石鹸で髪を洗うとごわごわになりますので気を付けて下さい」
「え? え? 髪を洗う用の石鹸なんてあるんですか?」
ただでさえ石鹸は高級品で数が少ないため手に入れることが難しい。それなのに種類まであるとは初耳である。
だがカルラは何でもないことのように言った。
「当然です。体を洗う用の石鹸で髪を洗ったらクリス様の綺麗な髪が痛んでしまいますから、髪専用の石鹸を開発しました。本当はそのあとに特製の蜂蜜オイルを塗って頂きたいのですが、それは拒否されるんですよね」
カルラが困ったように左手を頬に添えてため息を吐く。
「そう……ですか」
驚き続きで言葉が出ないルドにカルラが続ける。
「新しい着替えとタオルはこちらに置いておきます。では、ごゆっくり」
カルラがタオルと服が入っているカゴを棚に置いて下がる。ルドは渡された桶と椅子を抱えたまま立ち尽くした。
「……とりあえず入るか」
ルドは意外と度胸と適応力があった。
思いのほか泡立ちが良い石鹸に苦戦しながらも、なんとか体と髪を洗ったルドは池のような湯船にゆっくりと足を入れた。
「少し熱いか?」
徐々に体を湯につけていき腰を下ろす。
「ふぅー」
胸から下まで湯に浸かったところでルドは大きく息を吐いた。
「これは結構いいかも」
湯船の端にある岩に腕をかけ、背中を預ける。たっぷりの湯の中で全身を伸ばすということは意外と気持ちがいい。始めは少し熱いと思ったが、それもすぐに慣れて心地よくなった。
なによりも何も考えずにボーとすることが出来る。
ルドはしばらく湯に浮かび、体がしっかり温まったところで湯船から出た。
「気持ちよかったな」
体を洗った時に使ったタオルを首にかけ、石鹸が入った桶を小脇に抱えてドアノブに触ろうとしたところで、ドアが勝手に開いた。




