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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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クリスによる意外な場所での魔力修行

 クリスがルドのパックリ割れた傷口を見ながら説明を始めた。


「傷を治すのにどれぐらいの魔力が必要か感覚を掴んだら、治療に使う魔法式を教える」


「はい」


「まずは魔力の流れを感じろ。傷のところで魔力の流れが途切れているだろ?」


 ルドが右手を傷の上にかざす。


「はい。途切れているのが分かります」


「魔力を与えて、途切れた魔力が繋がるように皮膚の細胞を育てるイメージをしろ。ただし、ゆっくりやれ。いきなり多量の魔力を流すと……」


 クリスが説明している途中でルドの親指が光った。そして、次に見た時は……


「魔力の微調整が問題だな」


 ルドはガックリと項垂れた。傷があったところはぽっこりと皮膚の山が出来ており治療が成功したようには見えない。


「魔力が多過ぎて皮膚が回復し過ぎている。これが過形成の状態だ。不要な皮膚を切るぞ」


 クリスがナイフで皮膚を切り取り、再び同じ傷が出来た。


「もう一度だ」


「はい!」


 ルドが気を取り直して再び右手をかざす。そこにクリスが左手を添えてきた。


「し、師匠!?」


 ルドが顔を赤くするが、クリスは傷から視線を外さずに指示をだした。


「私が魔力の量を調節するから覚えろ」


「あ、はい!」


 ルドが先ほどと同じように魔力を流す。


「多すぎだ。最初はもっと少なく。流れている魔力量より少ない量から、徐々に増やせ」


「……っ」


 ルドの額に汗が浮かぶ。

 これだけ微量を流し続けるのは意外と難しい。しかも、そこから少しずつ魔力を増やしていくのだが、少しでも集中力が切れると大量の魔力が流れ出しそうになる。


「そうだ。あと少しだ」


 ルドの親指がほのかに光り、そのまま消える。そこには傷のない親指があった。


「はぁ……」


 脱力したルドが机に伏せる。


「初めてなら、こんなものだろ」


 クリスが涼しい顔でルドを見下ろす。


「午前中、バラの花を咲かせた時は師匠がかなり手伝って下さっていたのですね」


 自分の魔力より小さく繊細な魔力の流れである植物を枯らさずに花を咲かせられたのは、さりげなくクリスが誘導していたからだと思い知った。


「拡大魔法もだが、おまえは魔力の調節が課題だな」


 クリスがルドの左手首を掴む。


「橈骨神経ブロック解除」


 ルドは自分の左手を見たが痛みや違和感はない。


「魔力が大きいことの弊害がこんなところで出るとは。少量の魔力を放出し続ける練習も必要だな」


「……はい」


「あとは回数をこなす、か」


 クリスが机の上に置いているナイフに視線を向けると同時にルドがナイフを奪った。


「ダメです。師匠の指は切らせません」


「だが手っ取り早く上達するには実践がいいぞ」


「なら自分の手を切ります」


 クリスがため息を吐く。


「頑固だな……そうだ。おまえ火力系の魔法は使えるか?」


「はい」


「よし、来い」


 クリスはルドを連れてキッチンに移動した、が。キッチンに入ろうとしたところでシェフの一人に止められた。


「クリス様、ここは使用人の仕事場です。クリス様は入らないで下さい」


「今日は大目に見てくれ。こいつの魔力調節の練習がしたいんだ」


「魔力調節?」


 中年のシェフが訝しむようにルドに視線を向ける。


「確か今、煮込み料理を作っていただろ? 弱火で長時間煮込まないといけないとか」


「はい。あれは火加減が難しい料理で、かなりの弱火でないといけないのですが、弱火すぎて火が消えやすいので難儀しています」


 ルドの頭に嫌な予感がよぎる。


「その火の番をルドがする」


『え?』


 シェフとルドの声が重なる。クリスがルドを見た。


「魔法でずっと弱火を維持しろ。これなら少量の魔力を使い続ける練習になるし、料理も出来る。いいだろ?」


「いや、そう言われましても……」


 シェフが困っているところに、通りかかったカリストが足を止めた。


「どうしたのですか?」


 クリスが状況を簡単に説明をする。聞き終わったカリストが微笑んだ。


「そういうことでしたら。今日だけ特例ということで二人がキッチンに入るのを許して下さい」


「……カリストが言うならしょうがない」


 中年のシェフが二人を渋々招き入れる。キッチンの奥にある複数の(かまど)の一つに大きな鍋が置いてあった。その竃には今にも消えそうなほどの小さな火が燃えている。


「この火を維持して下さい。大きくても小さくてもいけません」


「できるか?」


 ルドが神妙な顔になる。


「やってみます」


「では火種を出しますよ」


 シェフが鉄鍬で竃から焚き木を掻き出す。ルドが右手を竃に向けると、燃えるものがない場所で小さな火が灯った。


「これぐらいの火の大きさでいいですか?」


 ルドの質問にシェフが頷く。


「はい。その大きさの火を維持して下さい。大きくても小さくてもいけません」


「ここは私が見ているから仕事に戻っていいぞ」


「……わかりました」


 中年のシェフが下がる。クリスはどこからか持ってきた椅子に座るとルドに言った。


「限界がくる前に言えよ。ここで倒れても困るからな」


「……あの、師匠。いつまでするんですか?」


「だから限界がくるまでだ」


 クリスの意外なスパルタ指導にルドは騎士団の訓練を思い出した。

 限界突破しろ! という騎士団の熱血訓練よりはマシか。


「余計な事を考えるな。火が大きくなっているぞ」


 いや、騎士団の訓練より監視の目が厳しい。


 ルドは火の維持に集中した。





 あれからどれぐらいの時間が経ったか、ルドはぼんやりと考えていた。魔力は残っているが、魔力の調節に必要な集中力が切れつつあった。少しでも気が抜けると、すぐに火が大きくなる。


 いつからかルドの全身から汗が流れ落ちていた。キッチンは暑くないのに、一人だけ水を被ったかのように汗をかいている。


 その様子に先ほどとは違う若いシェフが小声でクリスに声をかけてきた。


「そろろそ休憩されては、どうですか?」


「そうだが……一応、こいつの限界を知っておきたいからな。もう少し様子を見る。あ、冷えたレモン水と軽食を用意しておいてくれ」


「わかりました」


 若いシェフが静かに仕事に戻る。

 クリスがどのタイミングで声をかけるか計っていると、いきなりルドが倒れた。


「まったく。倒れる前に言えと言ったのに。カリスト」


 呼びかけに応えるようにカリストがキッチンの入り口から入ってきた。


「はい」


「客室に運んでくれ。シェフ、すまない。火が消えた」


「はい」


 華奢なカリストが体格がよいルドを軽々と背中に担ぐ。若いシェフが焚き木を持って現れた。


「あとは、こちらでします。レモン水と軽食は客室に運ぶようにしておきましょうか?」


「あぁ、そうしてくれ。仕事の邪魔をして悪かったな」


 そう言うとクリスはカリストを連れてキッチンから出て行った。


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