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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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クリスによる穏やかな魔法指導その2

 ルドは困っていた。


 クリスの魔力を探っていたはずなのだが、気が付いたらクリスが目の前で寝ているのだ。しかも自分の手をしっかりと握っており離すどころか、動くことさえできない。


 ルドは仕方なく握られた手を見つめた。クリスの手は白くて少し小さい。


 華奢だが綺麗な手。この手で多くの人を助けてきた。自分がしたかったことを、ずっとやり遂げてきた。この手を、クリスを、できればずっと守っていきたい……


 だが、それは不可能だ。自分には時間制限がある。それでも、離れたあとも守り続けたい。

 だからこそ魔宝石を渡した。たとえクリスの隣に生涯を連れそう人が現れたとしても、クリスを守るのは自分だ。


 ルドが気合いを入れて顔を上げると、ガラスの壁から入る穏やかな日差しの下でクリスが気持ち良さそうに眠っていた。

 普段は長い前髪の下に隠れている金色の睫毛が太陽の光を弾く。あどけない寝顔は年齢より幼くみえ、可愛らしい。


 こんな無防備な寝顔は滅多に見ることが出来ないだろう。絶対に起こしたくないし、ずっと見ていたい……が、このまま見続けていたらクリスが起きた時に殺される。


 そのことに気付いたルドは慌てた。


「ヤバイ!」


 助けを求めるように周囲を見ると、ルドの背後に満面の笑みを浮かべたカルラがいた。


「あ、あの、いつからそこに?」


「つい先ほどですよ?」


 カルラが嬉しそうに小首を傾げる。

 ルドが助けを求めるように訴えた。


「ど、どうしたらいいですか?」


「クリス様が起きられるまで、そのままでよろしいかと思います」


「ですが!」


「クリス様はなかなか休めませんから。寝れる時に寝かしてさしあげるべきだと思いますよ」


「それはそうですが……」


「ところで魔力の流れは感じるようになりましたか?」


 当初の目的を思い出したルドがクリスに握られた自分の手に視線を向ける。


「師匠の魔力の流れは分かるようになりました。自分の魔宝石を渡しているので、師匠の魔力の流れは感じやすいのもありますが……」


 カルラは軽く頷いてルドの前に植木鉢を置いた。


「そのまま空いている方の手で植物に触れてみて下さい」


「え?」


「たぶん花を咲かせることが出来ると思いますよ」


「そうですか?」


 ルドが疑いながら空いている手で葉に触れる。すると先ほどは何も感じなかったのに、今は植物の魔力の流れを感じることが出来た。


「は? え? どうして?」


「驚くのは後にして、魔力の流れに自分の魔力を少しずつ乗せて下さい。自分が栄養を与え、草が育ち、花が咲く姿をイメージして下さい」


 ルドが集中する。感じた植物の魔力に、水を一滴一滴垂らすように、そっと自分の魔力を乗せていく。植物が自分の魔力で満たされ、成長していくのを感じる。それに合わせて徐々につぼみが大きくなり、花びらが広がっていく。


「……咲いた!」


 全てのつぼみが開き、植木鉢が小さなバラで一杯になった。


「カルラが教えたほうが良さそうだな」


 不機嫌な声にルドが慌てて顔を向けると、不愛想な顔をしているクリスがいた。その様子にカルラが笑う。


「クリス様が狸寝入りしたまま、うまく魔力を誘導したから出来たんですよ。いつから起きていたのですか?」


 クリスはカルラの質問に答えずにルドの手を離す。


「とにかく、傷を治すのも同じ感覚だ。自分の魔力を栄養にして、傷が塞がるように細胞を育てる。そうすれば細胞同士が繋がり傷は治る。ただ、そのイメージが正しくできるようになるためには、今している勉強が重要になる。深い傷だと血管や臓器があるからな。浅い傷なら今ので十分だ。あ、だが魔力を与えすぎると細胞が成長しすぎて過形成になることがあるからな。そこは気を付けろ」


「つまり神の力ではなく自分の魔力を使って傷を治しているから、神の加護がなくても治療ができるのですね!」


「そいうことだ。私は治す部位によって魔法式を作っているから、それを使って少ない魔力で治している。適した魔法式がなかったら、直接魔力を流して治すが、それだと魔力が多くいるから、どうしても効率が悪くなる」


「これなら自分でも魔力さえあれば治せるってことですよね!?」


「そうだな」


「やった!」


 ルドが立ち上がって喜ぶ。


「では、昼食にいたしましょう」


 カルラの提案にクリスが外に視線を向けて太陽の位置を確認する。


「もう、そんな時間か」


「はい」


 クリスが立ちあがりながらルドに声をかける。


「おまえも来い」


「え? いいのですか?」


「昼からは人体を使った治療の勉強をする。一度家に帰るより、このままここで昼を食べたほうが効率はいいだろ」


「はい! ありがとうございます」


 歩き出したクリスの後ろをルドが喜びながらついて行く。その後ろ姿にカルラは犬が盛大に尻尾を振っている幻が見えた。





 昼食後、庭に移動した二人は、用意された椅子に向かい合って座っていた。机の上には本が積まれている。


 クリスがルドに訊ねた。


「どの本を読んだ?」


 ルドが本の表紙を見て抜き取っていく。


「これだけ読みました」


 積み上げていた本の半分を読んでいることにクリスが軽く頷く。


「人体の基礎が書いてある本は、だいたい読んでいるようだな。さっきは植物だったからイメージがしやすかったと思うが、人体はそうはいかないところが多い。実際は個体差があり、人体の構造は本の通りではないこともある」


「はい」


「だから透視魔法でできるだけ多くの人の体の構造を観察しろ。正常な状態を知らなければ、悪い状態も分からないからな」


「……はい」


 ルドの声が沈む。透視魔法の次の段階である拡大魔法がうまくできないのだ。そのことを悟ったクリスが話を進める。


「拡大魔法は平行して練習していけばいい。今日は軽い傷を治す練習をする」


 その言葉にルドは以前、クリスが指を切って治療魔法の練習をさせたことを思い出した。


「ダメです!」


「は?」


「師匠を傷つけるのはダメです!」


「そうは言っても傷がないと治療の練習は出来ないだろ。痛みは感じないようにするから問題ないぞ」


 そう言ってクリスがナイフを取り出す。


「それなら自分の手を切って下さい!」


 ルドが手を差し出したが、クリスは悩んだ。


「おまえなぁ、練習はどうしても必要なんだぞ? それとも本当の怪我人をぶっつけ本番で治療するもりか? まあ、自分の怪我を治せるようになるのも必要だから、最初はそれでもいいか」


 クリスがナイフを机の上に置く。


「左手を貸せ」


 ルドが疑うことなく左手を差し出す。クリスがルドの左手首を掴んだ。


「橈骨神経ブロック」


 クリスがルドの手首を離してナイフを渡す。


「これで痛みは感じないはずだ。親指あたりを軽く切ってみろ。あ、切るのは皮膚ぐらいまでにしておけ」


「はい」


 ルドが親指にナイフを滑らす。皮膚がパックリと割れて赤い血が出たが、痛みはなかった。


「不思議ですね」


 ルドが傷を見ているとクリスがハンカチで傷を押さえた。触られている感覚は分かるのだが、どこかジンジンと痺れた感じがしている。


「痛みがなくても傷は傷だ。油断するな」


 クリスがハンカチを取ると血は止まっていたが傷はしっかりとあった。


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