クリスによる必要な治療
若い女性が頭から被っていた布を取ると、見事な銀髪が現れたがその髪は短かった。
この年頃の女性なら髪は長いのが普通だ。もしかしたら旅の途中で路銀が足りなくなり、髪を売ったのかもしれない。
そんな予想を周囲がする中で、若い女性は胸に抱いていた子どもを抱っこ布から出すと、自分の膝の上に座らせてコップを持たせた。
「ゆっくり飲ませろ。いきなり沢山飲ませたら腹が驚いて吐くぞ」
クリスの助言に従い、若い女性はコップに手を添えてゆっくりと飲ませた。
「ほら、これも食べろ」
蒸しパンを差し出したクリスを子どもが見上げる。
「美味いぞ」
クリスは蒸しパンを一つ持つと少しちぎって食べた。そして、その残りを子どもに差し出す。すると子どもは蒸しパンを掴んで食べ始めた。
「いい子だ」
クリスは子どもの銀髪を撫でると、若い女性と向かい合うように椅子に座った。
「で、話をする気はあるか? ないなら私たちはこのまま街に帰る」
「街とは、この山の向こう側にあるシェットランド領ですか?」
「いや、帰るのは学問都市オークニーの方だ。シェットランド領に行こうとしていたのか? その軽装で?」
「実はオークニーにいる、ある方に会いに行こうとしていたのですが、警備が厳しくて入れなさそうなので、その方の本家があるシェットランド領へ行こうとしていたのです」
「シェットランド領に本家がある? シェットランド領から出ている人間は限られているぞ。誰に会おうとしているんだ?」
若い女性が剣士を見る。剣士は渋い顔をしながら答えた。
「治療師をしているというクリスティアヌス様だ」
ルドが無言でクリスの顔を見る。驚いた表情をしなかったのは長年の訓練の賜物だろう。
「……なぜ治療師に会いに?」
「訳あって国を出る時、医師クラウディオにクリスティアヌスという治療師を頼れ、と言われた」
思わぬ名前を聞いてクリスが呆れたように笑った。
「相変わらず世界中を旅しておられるのか。医師クラウディオの紹介なら無下にするわけにはいかないな」
「あの、医師とは何ですか?」
ルドの質問に若い女性が目を丸くする。
「医師を知らないのですか!?」
「驚くのも無理はない。この国に医師はいないから知っている者はほとんどいない」
若い女性に説明したあと、クリスはルドの方を見た。
「医師とは魔法を使わずに治療する者のことだ。この国では治療師以外の治療はほとんど認められていないから、医師という職業がないんだ」
「医師がいない国があるなんて……」
若い女性が静かに驚いていると、ルドが盛大に驚いていた。
「魔法を使わずに!? 魔法を使わずに治療ができるのですか!?」
「あぁ、出来る。私もその知識や技術を利用しているところが大きい」
「そ、そうなんですか?」
「おまえが今、勉強していることは医師が勉強する基礎中の基礎だからな」
「えぇ!?」
クリスは驚愕しているルドを無視して視線を若い女性に向けた。
「で、手紙は?」
手を出したクリスに若い女性が戸惑う。
「え?」
「私が治療師クリスティアヌスだ。おまえたちは運がいいな」
あまりに出来すぎた展開に若い女性が信じられない様子でクリスの全身を見た。
「え!? あ、あの、本当に?」
「疑う気持ちも分かるが、まずは手紙を出せ。医師クラウディオのことだ。私以外の人間では開けられない手紙を持たせただろ?」
若い女性が思い出したように頷いた。
「はい。確かにそう言われていました。あの、こちらが手紙です」
胸の奥から取り出した手紙をクリスが受け取る。それだけで封蝋が砂塵になって消えた。これには剣士も灰色の目を丸くする。
「姫以外の人間が手紙を持とうとすると、触れただけで痛みが走っていたのに……」
クリスが軽く手紙を左右に振った。
「医師クラウディオは魔法道具の収集家でもあるからな。魔法道具を収集するために世界を旅していると言っても過言ではない。そして面白い魔法道具を手に入れると使いたがるんだ。この手紙も、その魔法道具の一つだ。まあ、そのおかげで私が手紙の相手だということが証明されたがな」
「はい」
若い女性が子どもを抱えたまま立ち上がり頭を下げた。
「今までの数々のご無礼をお許し下さい」
「姫! そこまでされなくても!」
若い女性が剣士に鋭い視線を向ける。
「バルタ。私たちの身の上はこの方次第なのです。そのことをわきまえなさい」
「失礼いたしました」
威厳のある声に剣士が頭を下げる。
そんな二人のやり取りを横目で見ながら、あの顔を見てよく笑わないな、とクリスは見当違いの感想を抱いたが、そんなことは悟らせずに若い女性に声をかけた。
「とりあえず座って食べさせろ」
そう言うとクリスは封筒から手紙を取り出した。中身は癖が強い字で端的にこの三人の経歴と依頼文が書いてある。
手紙を読み終えたクリスが頷いた。
「跡継ぎ問題か。まだ小さいのにな……いや、小さいからこそ巻き込まれたか」
無邪気に蒸しパンを口に入れる二歳前後の子どもを眺める。クリスは手紙をカリストに渡した。
「おまえたち三人の身柄は私が預かる。私の領土で暮らすといい。衣食住は保証しよう」
クリスの言葉に剣士が驚いた表情をしたが、若い女性は安堵しながら再び頭を下げた。
「ありがとうございます」
そこにルドが慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと師匠! いいのですか? 詳しくは知りませんが他国の跡継ぎ問題を抱えている人たちなんでしょう? そんな人間を匿うなんて、国際問題に発展しますよ!」
「跡継ぎ? なんのことだ? この三人は医師クラウディオでは治せない病をかかえているから、私を頼ってきたのだ。だが、すぐには治療できないから私の領地で療養する。それだけのことだ」
「そんな建前、調べれば、すぐに嘘だと分かる……」
ルドの言葉を遮るようにクリスが子どもを指さした。
「子どもを見ろ。足が少し変形してきているだろ。これは骨が変形しているんだ。このままだと歩けなくなるし、他の骨も変形していく。これは治療魔法でも、簡単には治せない」
「確かに足の形が少しおかしいと思っていましたが……では、どう治療するのですか?」
「少しずつ必要な栄養を取らせて、太陽の光にしっかり当てる。時間はかかるが、それで治る」
「え? それだけで治るのですか?」
ルドの疑問に若い女性と剣士も同意する。
「これは、とある栄養素の不足と日光不足で起きるものだ。長いことロクな物も食べれず、子どもを隠すように日光に当てていなかったのだろう?」
「はい。確かにその通りです……」
若い女性が俯く。
「だが、それも生き残るために必要だったことなのだろう? 今なら、まだ治せるから気にするな」
クリスはカリストに訊ねた。
「迎えの連絡はしたか?」
「はい。ですが到着までには、まだ時間がかかると思います」
「誰が来る?」
「わかりませんが、たぶん……」
言いよどんだカリストにクリスの顔が曇る。
「……仕方ないか」
「はい」
クリスが諦めたようにため息を吐く。そんな主人を置いて執事が奥の部屋に消えた。




