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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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犬自身による微かな自覚

 左腕がない御者の馬車が大通りに到着した時、ルドの心の中では百万にも匹敵する援軍に見えた。貢ぎ物を捧げてくる人に加えて野次馬まで加わり、逃げ続けることが難しくなっていたのだ。


 ルドは馬車が完全に止まる前に馬車に足をかけて飛び乗った。そのまま馬車のドアを開けて、肩に担いでいたクリスを馬車に押し込み、自分も乗り込む。そして馬車が大通りを抜けたところで、ようやく一息ついた。


「師匠、大丈夫ですか?」


 最後は手荒くなってしまった自覚がある。外を警戒していたルドが機嫌を伺うように恐る恐る視線を向けると、クリスはどこから出したのかクッションを馬車の壁に当ててもたれかかっていた。


「少し寝る」


「あ、はい」


 すぐにクリスは静かな寝息をたてながら眠ったが、それも馬車が走る音でかき消されていく。


「お疲れだったのか……」


 こうして見ると自分と同い年か少し下ぐらいの年齢である。だが普段の態度のせいか、それとも膨大な知識のせいか、そのことを失念してしまう。

 それは街の人も同じなのだろう。つい自分の気持ちを優先して押し付けてしまう。クリスがもう少し年齢を重ねれば、上手く対応できるようになるのだろうが、それにはもう少し時間がかかるだろう。


 こういう時に守れる誰かがいればいいのだが。


 そう考えながらルドはクリスの隣に立つ誰かを想像した。それだけなのだが、何故か胸に微かに違和感を覚えた。鋭い針で突かれたような、一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたような、わずかな瞬間だが確かに痛みがあった。


「……なんだ?」


 ルドが自分の胸に手を当てるが痛みはもうない。怪我をしたわけでもなさそうだし、痛みの原因に心当たりがない。


「気のせいか? いや、気のせいにしては……」


 ルドが一人で悩んでいたら、馬車はいつの間にか屋敷に到着していた。 


 屋敷の前で待機していたカリストが馬車のドアを開けて出迎える。到着すると同時に起きたクリスは、さっさと馬車から降りてカリストに何かを言うと、早足で屋敷の中に入っていった。


 ルドが馬車から降りるとカリストが声をかけてきた。


「クリス様は体調が万全ではございませんので、今日はこれまでとさせていただきます。治療院研究所は十日ほど休みますので、その間は自由に過ごすように、とのことです」


「そんなに調子が悪いのですか?」


「この前の事件で無茶な魔力の使い方をしましたので回復に時間が必要なのです。しばらくはクリス様に魔力を使わせないで下さい」


 そこでルドはクリスがシェフの妻の体を診た時に自分の髪を掴んだことを思い出した。あの時は気付かなかったが、クリスは自分の魔力を使わないために髪の毛からルドの魔力を拝借していたのだ。


 あの時に気づいていれば、もっと違う対応が出来たかもしれない!


 ルドが悔しい思いを隠して神妙に頷く。


「わかりました」


「クリス様も自身のことなので分かってはいると思うのですが、無理をしがちなので、いざという時は止めて下さい」


 カリストの言葉にルドが苦笑いをする。


「自分では師匠を止められる自信がないです」


「どうしても難しい時は気絶させて下さい」


 本気の言葉であることはカリストの目を見れば分かる。だが、とても執事の台詞とは思えない発言にルドは思わず確認をした。


「いいのですか?気絶させる、ということは、それだけの衝撃を師匠の体に与えなければいけませんが」


「貴方なら力加減も分かっているでしょうから、下手な人に任せるより安心です」


「褒められているようには思えませんね」


「そのようなことはございませんよ」


 カリストが微笑んで話題を変える。


「そうそう。クリス様が書庫はいつでも自由に使って良い、と言われておりました」


 琥珀の瞳が大きくなり、太陽のように輝いた。


「それなら、今から夕方まで勉強をさせてもらってもいいですか?」


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


 許可を得たルドはクリスの様子を確認した効果もあったのか、書庫で夕方まで思う存分集中して勉強をすることが出来た。





 翌朝。


 書庫で勉強しようとクリスの屋敷を訪れたルドはいつもと違う雰囲気に足を止めた。

 まだ屋敷に足を踏み入れていないのに、鋭い気配が体を突き刺してくる。いつもなら小鳥のさえずりが響き、穏やかな空気が流れているのだが、今は屋敷全体に緊張の糸が張り巡らされているように冷めた静寂が包む。


 ルドは自然と警戒しながら屋敷のドアをゆっくりとノックした。少ししてドアが開き、落ち着いた声が響いた。


「おはようございます」


 優雅に微笑みながらルドを出迎えたのはラミラだった。いつもならカリストかカルラが出迎えるのだが、二人の姿は見えない。

 初めてのことにルドは少し戸惑いながら訊ねた。


「おはようございます。あの、書庫で勉強したいのですが……」


「はい。こちらへ、どうぞ」


 ラミラが丁寧な仕草で屋敷の中へと導く。

 ルドが一歩屋敷に入ると全身を何かが走り抜けた。余韻で手足の先がビリビリと不思議な感覚がする。


 思わず足を止めて両手を見たルドに、ラミラが困ったような笑顔を浮かべた。


「さきほど少し厄介なお客様が来られまして、屋敷全体が戦闘体勢になっております。あちこちに罠が仕掛けられていますので、必ず私の後ろを歩いて下さい。もし、それ以外の場所を歩きますと、罠に捕まって最悪の場合は大怪我をしてしまいますので、お気をつけ下さい」


 いつもと違う雰囲気の理由を知ったルドは素直に頷いた。


「わかりました、気を付けます。それにしても、ここまで警戒するなんて相当厄介な相手なんですね」


「……はい」


 微笑んだまま頷いたラミラの瞳はどこか複雑そうだった。





 クリスは不機嫌な顔で朝食を食べていた。いつもなら笑顔で給仕するカルラの表情が固い。というか時々、遥か前方を睨んでいる。


 そんな視線の先。


 クリスが座っている長いテーブルの先には、白金の髪を背中に流したセルシティが優雅に朝食を食べていた。隣ではカリストが給仕をしている。

 その背後には近衛騎士が二人ほど控えており、カリストの動きを監視している。その鋭い視線は少しでも怪しい動きをすれば斬りかかる勢いだ。そんな命の危機を感じる中でもカリストは平然とした表情で、普段通り綺麗な仕草で給仕をしていく。


 クリスは紅茶を飲みながら不機嫌な様子を隠すことなくセルシティに言った。


「例の事件で犬を自宅監禁にしていたそうだな。おまえなら監禁しなくても、身分証明ぐらいすぐに出来ただろ」


 セルシティは犬がルドのことであるとすぐに悟った。茶化すように質の悪い笑みを浮かべる。


「おや? 三日もルドに会えなくて寂しかったかい?」


 思わぬ言葉にクリスが飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになる。


「だ! 誰が! そ、そんなこと!」


 セルシティはますます楽しそうに口角を上げた。


「おや、おや。そんなに真っ赤になって否定するとは、あながち間違いではないようだね」


「だから! そんなこと一言も言ってないだろ!」


 クリスがテーブルを激しく叩いて立ち上がる。そんなクリスの姿にセルシティが満足そうに笑った。


「君がそんなに声を荒げるところを久しぶりに見たよ。まさか、君がねぇ……」


 ニヤニヤとするセルシティに、クリスは目の前にある水が入ったピッチャーを反射的に持った。そして、そのままセルシティにぶちまけようとしたところで、黒い瞳と目が合った。


 カリストがゆっくりと微笑み、首を左右に振る。


 その姿を見たクリスは、大きく息を吐いて忌々しそうに椅子に座った。


 これ以上、感情を出すのはセルシティの思うツボだ。のせられてはいけない。


 クリスは背もたれに背中を預けて足を組むと、大きく息を吸って呼吸を整えた。


「で、そんなことを言うために朝食をたかりに来たのか?」


 いつもの様子に戻ろうとしているクリスに、セルシティが残念そうに肩をすくめる。


「もう少し遊びたかったのだが、ルドのようにはいかないか」


「犬のことは、もういい。で、ここに来た目的は?」


 単刀直入な質問にセルシティから笑みが消えた。


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