クリスによる簡単な解決策
重い空気が流れる中、クリスはシェフに訊ねた。
「先ほどの料理に使った水はまだあるか?」
「あるぞ」
「少し飲んでもいいか?」
「別に構わないが、魔法で出した水ほど美味くはないぞ」
「味を知りたいだけだから構わない」
シェフがウエイトレスに視線を向ける。
「持ってくるわ」
ウエイトレスがキッチンに下がり、グラスに入れた水を持ってきた。
「どうぞ」
クリスがグラスを受け取り、匂いを嗅ぐ。そして少し口に含むと舌の上で転がした後、ゆっくりと飲み込んだ。
「前使っていた水と比べると、独特の臭みのようなものがあるな」
「そうなんだ。火にかけても消えなくて、料理にすると素材の味を邪魔するから困っている。これでも、まだ臭みが少ない水なんだ」
「だが、これぐらいならなんとかなるかもしれないな」
「え?」
一同が驚く裏で、クリスは誰にも気付かれないように自分の影を足先でトントンと軽く蹴った。
「屋敷の書庫に水をろ過する方法が書かれた本があったと思うが、これぐらいなら炭だけでも良さそうだ」
思わぬ言葉にクリス以外の三人が首を傾げた。シェフが代表となって質問をする。
「炭? 炭って煮炊きをする時に使う炭か? 炭でどうするんだ?」
「水釜に炭を入れる」
「それから?」
「一晩おく」
「それで?」
「それだけだ」
『え!?』
三人の声が重なる。
「いろいろ説明するより実際にやってみたほうが早いだろう」
「だが炭なんかいれたら水が黒くならないか?」
「質が悪い炭なら、カスが浮いたり、臭みが残ったりするな」
ドアをノックする音が響く。ウエイトレスがドアを開けると穏やかに微笑んだ黒髪、黒瞳の執事が立っていた。
珍しい色をした髪と目、そして麗しい外見にウエイトレスが思わず見惚れて動きを止める。そこに執事が普通に店内に入ろうとしたので、ウエイトレスは慌てて我に返った。
「あの、今日は休みで……」
「いえ、客ではありません。主に呼ばれましたので。失礼いたします」
頭を下げたカリストがウエイトレスの横を通り過ぎてクリスの前に来る。
「お待たせ致しました」
カリストが布に包まれた物をクリスに差し出す。
「これを使え」
クリスが布を取ると山盛りの炭があった。
「これは私の領地で作っている炭だ。沢山は作れないから市場には出していないが、質の良さは保証する」
『え!?』
今話していたものをすぐに持参したカリストと、しかもそれを当然のように扱うクリスに唖然とした目が向けられる。
「どうした?」
不思議そうにしているクリスにルドが訊ねる。
「この短時間でどうやって炭を持って来……いや、その前にどこで話を聞いていたのですか?」
後半の質問はカリストに向けられていた。
カリストが無言でにっこりと微笑む。たおやかな笑みなのだが、何故か背筋に寒気が走った。
本能で危機を察したルドが慌てて話を逸らす。
「そ、そんな水で淹れているから、師匠の屋敷で出てくる紅茶はいつも美味しいのですね」
ルドが無理やり納得する。ルドの態度に、同じく深入りをしてはいけないと悟ったシェフが頷きながら炭を手に取った。
「そうか。炭で臭みが取れるとは初めて聞いたな」
「あまり知られていない方法だからな。だが、やってみる価値はあると思うぞ」
「この炭を使ってもいいのかい?」
「あぁ。試してみて水の味が良くなれば使い続ければいい」
「わかった。また試食に来てくれるかい?」
「あぁ。また前の料理が食べたいからな。頑張ってくれ」
「よし。やってみよう」
シェフが炭を持ってキッチンへ行く。
「帰るぞ」
「また来てね」
クリスはウエイトレスに見送られながら、カリストとルドを連れて店から出て行った。
少し歩いたところでカリストがクリスに声をかけた。
「私は先に帰りますが、迎えはどうしますか?」
「そうだな。馬車を大通りに来させてくれ」
「わかりました」
カリストが優雅に頭を下げると、そのまま地面に吸い込まれるように消えた。
「は!? え!? どうやって!? どこに!?」
混乱しまくっているルドのすねをクリスが蹴る。
「落ち着け」
「いや、でも、えぇ!?」
それなりに本気で蹴ったのに痛がる様子がないルドにクリスが不機嫌になる。
「だから落ち着けと言っているだろ!」
クリスは親指だけを起こした握りこぶしを作ると、ルドの鎖骨の間の少し上の凹んでいる部分を力まかせにグリッと親指で押した。
「グェッ!? ゴホッ!」
激痛と息が出来なくなったことでルドがその場に座り込む。
「落ち着いたか?」
「……ゴホッ、ゴホッ。はい、すみませんでした。ゴホッ」
ルドが首の付け根をさすりながら立ち上がる。
「カリストは影を使った魔法が得意らしい。どこまで影を使えるのかは知らないが、影を使っての移動など朝飯前だそうだ」
「そんな魔法があるのですね」
「それだけ世界は広いということだ」
「素晴らしいですね」
ルドの感想にクリスが眉間にシワを寄せた。
「素晴らしい?」
「はい。まだまだ、いろんなことを知ることが出来るってことですから」
「知ることが良いことばかりとは限らないぞ」
「わかっています。でも悪いことばかりとも限りません」
クリスが呆れたように肩をすくめる。
「おまえはどこまでも前向きなんだな」
「いけませんか?」
「いや、良いことだ」
大通りに出るとクリスがふと思いついたように言った。
「子どもたちに菓子でも買って帰るか」
「そういえば師匠の屋敷にいた子どもたちは親戚ですか?」
「いや。使用人の子どもや奴隷の捨て子だ。見かけると、つい拾ってしまう」
「師匠は優しいですからね」
クリスが顔を背けて俯く。
「そんなことはない。ただの偽善だ」
「そんなことありませんよ。ただの偽善なら子どもたちはあんなに懐きませんし、お菓子を買って帰ろうなんて思いません。あの子どもたちはクリス様に拾われて幸せだと思います」
クリスが俯いたまま早足になる。微かに耳が赤い。
「……行くぞ!」
「待って下さい!」
クリスが大通りを歩いていると徐々に人が集まり、目的の菓子を買った頃には、例のごとく貢物を持った人々に囲まれ埋もれていた。
「師匠は人が多いところに行かないで下さい!」
そう叫ぶとルドはクリスを肩に担ぎ、貢物を捧げてくる人から走って逃げた。




